戦士絶唱シンフォギアIF   作:凹凸コアラ

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 皆さん、どうもシンシンシンフォギアー!!(挨拶)

 2週間に1度のペースで更新するつもりだったのに、まさか1週間で話を書き上げて投稿出来るだなんて、流石に自分でも予想外でした。

 これもきっと感想やお気に入り登録に評価、アンケートへの回答を惜しみなくしてくれる読者の皆様のお陰で高まったフォニックゲインのお陰ですよ! 気分は正しくエクスドライブってね!

 さて、無駄話も大概にしてとっとと本編に入っていきましょうか。

 それでは、どうぞ!


EPISODE 25 君に歌う

 激闘の果て、翼はカ・ディンギルの破壊に成功した。

 

 翼によって破壊されたカ・ディンギルは、殆ど原型すら残さぬ程に完膚無きまでに破壊され、残った部分も爆発によって黒焦げになっており、最早荷電粒子砲としての役割を熟すことなど不可能となっていた。

 

「私の想いは……またも……!!」

 

 長い年月を掛け、漸く己の大願成就を果たせそうであったのに、その全てをクリスと翼の手によって水の泡にされたフィーネは、夢の跡地とも言える残骸と成り果てたカ・ディンギルを見上げながら呆然としていた。

 

 すると、響の影に突き刺さっていた翼の小刀型のアームドギアが空気に解けるように消滅した。小刀の消滅に伴い響も解放される。

 

 解放されたことで再び暴れ出すかと思われたが、響の暴走は既に止まっていて、いつも通りの響に戻っていた。

 

「……」

 

 響は無言のまま左手で自身の顔を撫でた。触れられた響の顔は少し湿っていて、己の顔を触った響の手は真っ赤に染まっていた。その手に付いた血は、先程翼に抱き締められた際に付着した翼の胸元から流れ出ていた翼の血であった。

 

「翼……ッ!」

 

 響は顔に付いた血を腕で拭い、翼の血が付いた右手と左手を握り締めながら悔し気に翼の名を呟いた。直後、歯を食い縛って体を震わせながら俯く響の目から、涙が一雫流れた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 一方でシェルター内も重苦しい空気に包まれていた。確かに翼のお陰で月の破壊が行われる心配は無くなったが、そのことを手放しで喜べるような状況でもなかった。

 

「ぁぁ……」

 

「天羽々斬……反応途絶……」

 

「ぅぅ……ぅ……っ!」

 

 藤尭から天羽々斬の反応、つまりは翼の反応が完全に無くなったことを聞き、既に口元を押さえていた友里は体ごと顔を背けながら手で顔を覆って嗚咽を漏らし始めた。

 

「身命を賭して、カ・ディンギルを破壊したか、翼……。お前の歌、世界に届いたぞ……! 世界を守りきったぞ……!!」

 

 弦十郎は、己が姪が成し遂げた偉業を褒め称える一方で、何も出来なかった自身の無力さと怒りでその巨躯の体を大きく震わせていた。

 

「分かんないよ……! どうして皆戦うの!? 痛い思いして! 怖い思いして! 死ぬ為に戦っているの!?」

 

 それは悲鳴にも近い弓美の言葉だった。弓美とて、何故響達が命を賭してまで戦い続けているのかを理解していない訳ではない。だが、それでも今日一日だけで弓美の目の前では沢山のことが起こり過ぎたのだ。

 

 突然に起こったノイズの襲来から始まり、自分達の避難誘導をしてくれていた自衛隊の1人が目の前でノイズによって殺され、今まで非日常の世界とは無関係であったのにも関わらず一連の騒動の根幹部分をいきなり知った。

 

 平和の裏で響達装者が自分達の平和の為に身を削りながら戦っていたことを知り、直接的な関わりは無かったが装者であるクリスが月の破壊を防ぐ為に己が身を投じた姿を見て、今し方自分達が通う学院で高嶺の花の存在のように思われていた翼が捨て身にて敵の野望の要を打ち砕いた姿を目撃したのだ。

 

 短い期間で余りにも多くのことが起こり過ぎた結果、弓美は目を背けたくなるような現実を前に正常な思考を巡らすことが出来なくなり、ヒステリックな状態に陥り掛けていた。

 

「分からないの?」

 

 静かでありながらも何処か力強い未来の声が室内に響き渡った。パニックを起こしながら涙を流す弓美が未来を見遣ると、未来は目から涙を流しながらも強い瞳で弓美のことを見ていた。

 

「え……?」

 

「……」

 

 そんな気丈な未来の姿に弓美は困惑する中、未来は棒立ちの弓美の二の腕を掴んで自身がいる方向へ少し引き寄せた。

 

「ああ!」

 

「ぁ……!」

 

「……!」

 

 弓美から小さな悲鳴が出て、その一連の流れを見守っていた創世も思わず小さな声を漏らし、創世同様に状況を見守っていた詩織も僅かに反応する。だが、未来は別に弓美に対して何かをするということは無く、二の腕を掴んだまま弓美の目をじっと見詰めるだけだった。

 

「ぇっ?」

 

「……分からないの?」

 

 この絶望的な状況で響達が戦うことを止めないのは、誰もが生きることを諦めていないからだ。

 

 命を後世に繋ぐことが生物としての本能や原則だとするならば、誰かを守る為に一生懸命になることはきっと生物として、人間として当たり前の姿なのだ。

 

 毅然とした表情と佇まいで弓美を見詰める未来。そんな未来の姿を見ている内に、パニック状態であった弓美の精神状態も徐々に落ち着いていく。

 

「ぁ……ぅぅ……! うわぁぁぁぁぁん!!」

 

 平静な状態に戻りつつあったことで弓美は再び逃れることの出来ない現実を直視することとなり、更に大粒の涙を流しながら嗚咽と共に大きな鳴き声をあげたのであった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 カ・ディンギルの破壊によって起こった爆発の余波も完全に治まり、赤く染まった月の光が照らす静寂に満ちた戦場へと逆戻りしていた。

 

「ええぃ!どこまでも忌々しい!!」

 

 その静寂を今度はフィーネが打ち消した。苛立ちをぶつけるようにネフシュタンの鞭を地面に叩き付け、その表情に怒りの感情を露にしながら言葉を吐き捨てる。

 

「月の破壊は! バラルの呪詛を解くと同時に、重力崩壊を引き起こす……! 惑星規模の天変地異に人類は恐怖し! 狼狽え! そして聖遺物の力を振う私の元に帰順する筈であった!」

 

 フィーネはそう吐き捨てると、この場に残った最後の装者である響を鋭い目付きで睨み付けた。

 

 その目には激しい憎悪と最早抑えることの出来ない程に膨れ上がった怒りが宿っていて、もし睨むことで人を殺すことが出来るのなら、フィーネのその目は多くの人間を容易く殺戮することが出来ると思わせるくらいの凄みがあった。

 

「痛みだけが人の心を繋ぐ絆! たった1つの真実なのに!」

 

 フィーネは言葉を紡ぎながら呆然と立ち尽くしたまま俯いている響へと歩み寄って行く。未だ動かぬ響を見て、響が呆然と立ち尽くしている間に自身の今後の邪魔の要因となる最後の芽を摘もうとしているのだ。

 

「……それを! それをお前は! おま「黙れぇ!!」ッ!?」

 

 怒鳴り散らしながら響に近付き、そのまま響に攻撃を加えようとしたフィーネ。しかし、フィーネの手が届く前に響は唐突に動き、フィーネの言葉を遮ってフィーネの顔面に握った右拳を叩き込んだのであった。

 

「ぅぐっ!?」

 

 殴り飛ばされたフィーネは、苦悶の声を漏らした後に口内にじんわりと広がってきた血を唾と一緒に吐き捨てて響を見遣った。

 

 フィーネの視線の先にいる響は、フィーネに向かって振り抜いた自身の拳を引き戻してそのまま戦闘態勢に入って構えを取った。

 

 その姿は勇ましく、今さっきまで暴走し、共に戦っていた2人の仲間が戦いの中で立て続けに倒れたとはとても思えない振る舞い方であった。

 

「お前ぇ……!!!」

 

「……違う! 痛みだけが絆だなんて、そんなことはない! 人は、人はそんなものじゃない!」

 

「違わぬさ! 人は、与えた痛みは忘れても、与えられた痛みは忘れようとはしない! 故に争いは終わらない! 痛みと戦いの歴史は未来永劫刻まれ続ける!」

 

「確かに人は恩は忘れても痛みは忘れない。その痛みを今度は誰かに与え、ぶつけようとする!」

 

 響が思い出すのは、やはり2年前のノイズによる惨劇だ。当時の被害者や被害者の遺族の胸中にはまだ与えられた傷と痛みが燻っているし、その後に起こった迫害による痛みを響はしっかりと覚えている。

 

「けど、人は痛み以外にも色んな形の繋がりを覚えてる! それは痛みみたいに冷たいものばかりじゃなくて、もっと暖かいものが沢山ある筈だ!」

 

 だが、それ以上に響はもっと強い繋がりを知っている。痛みなんかよりも暖かく、痛みよりも鮮明に思い出せるものである。

 

 それは人と人の心を結び、繋げる心の糸。それを人は、“絆”と呼ぶ。

 

 痛みが愛の闇の側面と呼ぶものなのだとしたら、絆はきっと愛の光の側面と呼ぶものなのだ。

 

 絆は、誰かと結ばれることでより光り輝く。輝きを増した光は、新たに人を惹き付け、また新しい絆を紡ぐ。

 

 心の絆がきっと響や翼やクリス、彼らとその仲間達を会わせてくれたのだ。

 

 紡がれてきた繋がりは、例え姿が見えず、声が聞こえなくてもしっかりとそこにある。

 

 心の絆という強固な繋がりが、今の響に戦う意思と目には見えない力をくれたのだ。

 

 故に響は否定する。例え痛みが繋がりの1つの形であろうとも、人と人との繋がりは痛みだけなどという短絡的且つ簡素で単純なものではないのだ。

 

「ふん。何れだけ言葉を紡ごうと、所詮今のお前は1人だ。1人で何が出来る? まさか、貴様1人でこの私を打ち倒せるとでも本当に思っているのか!!」

 

「1人じゃない! あいつらの思いが俺の中でまだ生きてる! なら、俺は1人じゃない! 仮に1人だとしても、力の大小如何の斯うので俺が諦める理由になる訳ねえだろ!!」

 

 その言葉を皮切りにして響はフィーネに向かって駆け出した。響は腕部ユニットを引き絞ってから右手を帯電させ、エネルギーを身体中に循環させることで加速してフィーネに向かって手刀を突き出す。

 

【我流・迅雷撃槍】

 

 目で捉えることが出来ない程に加速した響の一撃は並大抵のことでは防ぐことも躱すことも出来ない。更に右手に電撃を纏っているということもあって破壊力も向上されていて、食らえば致命傷は避けられないだろう。

 

 だが、目にも留まらぬ速さで放たれた筈の突きは、フィーネが体を僅かに横に逸らしたことで簡単に避けられてしまった。

 

「ッ!?」

 

 響はその光景に目を見開き、直ぐに引き戻そうにも全身が加速に乗っているせいで動かすことが出来ない。その一瞬の隙を突かれて響はフィーネに右腕を掴まれ、加速の勢いが乗ったまま地面に叩き付けられた。

 

「ぐあっ!?」

 

「幾ら見えずとも、そんな攻撃は弱点と欠点を知っていれば幾らでも対処が可能だ!」

 

 そう、この必殺の一撃にも弱点と欠点が存在している。この技の欠点は、まだ響の動体視力が加速した際の速さに順応していないことと、加速が速過ぎるせいで未だ急には止まれないということだ。

 

 その辺りは響が扱い慣れれば克服も出来るであろう。だが、弱点だけはどうしようもない。

 

 この技の弱点とは、攻撃が一直線であるが故にカウンターに弱いということだ。一直線上の真っ直ぐな攻撃は、どうしても敵に待ち伏せられてカウンターの的となってしまう。

 

 カウンターの種類によっては、響が目を養い、勘を研ぎ澄ませ、その両方を活用することで如何にか出来るものもあるが、今のように響の攻撃を利用したカウンターにはどうしようもない。

 

「まだ、ぐふっ!?」」

 

 響は体を起き上がらせて直ぐに態勢を立て直そうとしたが、その前にフィーネに顔を蹴り上げられてその体を宙に舞い上がらせた。

 

「天羽奏のようにガングニール本来のアームドギアを使えぬお前は、必然的に徒手空拳による近接格闘で戦わざるを得ない。だが、お前の戦い方も技も全て解析済みで私の頭の中にある。故に次にどんな行動を取るか、容易に予想がつく!」

 

「戦いは数字じゃねえ! そんなあんたの頭ん中のデータの予想なんて軽く覆してやる!」

 

 今度こそ響は態勢を立て直し、そのまま余裕そうに佇むフィーネに肉薄する。正拳、裏拳、肘打ち、前蹴り、回し蹴りといった動きに大小の差がある格闘術を織り交ぜながら攻撃するも、その悉くをフィーネは読み、捌き、躱し、防ぎ、弾く。

 

 そして響の攻撃の隙間を縫い、フィーネの握り締めた拳が響の胴体に叩き込まれた。拳を叩き込まれたことで響は吹っ飛び、地面を何度も跳ねながら転がっていく。

 

「そんなものを理解していない私ではない。所詮データはデータ。過去の遺物にしか過ぎん。だが、人間はそう簡単に自分の動き方を変えられる程柔軟な生き物ではない」

 

 フィーネはネフシュタンの鞭を振るい、攻撃によって倒れ込んだままの響の背中を打ち付ける。

 

「がぁっ!?」

 

 フィーネによる追撃によって響は苦悶の声を漏らし、フィーネは続けてもう片方の鞭で攻撃を加える。まるで太鼓の桴で太鼓を叩くように交互に背中にネフシュタンの鞭を振るい続ける。

 

(何でだ!? さっきから体が思うように動かねえ! それに随分体が重く感じる!!)

 

「その顔、思うように体が動かせないといった具合だな。違うか?」

 

「ッ!」

 

 自身の思惑を未だに攻撃を加えているフィーネに見抜かれ、響はフィーネの方を向いて瞠目する。フィーネは鞭の動きを止めて冷徹な笑みを浮かべる。

 

「当然だ。お前は既に今日一度戦って疲労が蓄積している。そのまま立て続けに戦うことになった上に暴走までしている。そのことでお前の体力とギアのエネルギーは極限まで消耗している。幾らガングニールと融合していると言っても、暴走によって限度無く削られた体力が即座に回復する訳がない」

 

 フィーネは説明を終えると、再び響に攻撃を加える為に鞭を振るった。しかし、響は体を転がすことでフィーネの攻撃を回避し、腕部ユニットのハンマパーツを引き絞った左腕を地面に叩き付けることで、発生した衝撃に乗って宙に跳び上がった。

 

「それがどうした! そんなこと、俺が止まる理由にならねえ! ……託されたんだよ、俺は。託されたんだっ! クリスは俺と翼を、翼は俺を信じて後を託したんだ! なら、ここで終わる訳にはいかねぇ!」

 

 響は宙で体勢を整え、右足の脚部ユニットのパワージャッキを引き絞った同時に腰部バーニアを吹かせることで重力とバーニアの勢いを合わせてフィーネに向かって急降下していく。

 

「我流・撃龍槍ぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!」

 

【我流・撃龍槍】

 

 響の渾身の反撃を前にしてもフィーネの余裕な態度は崩れない。フィーネはネフシュタンの鞭を十字状に幾重にも交差させてASGARD(アスガルド)を展開し、万全の状態で響を待ち受ける。

 

【ASGARD】

 

「ハァァァァァァァァァッッ!!!」

 

 雄叫びを上げながら響は飛び蹴りを繰り出し、フィーネのASGARD(アスガルド)が響の我流・撃龍槍を受け止めた。そのぶつかり合いは、翼の天ノ逆鱗の時と同様に周囲に電撃を迸らせ、響は捩込むように足に力を入れてASGARD(アスガルド)を突破しようとする。

 

「どうした? まだ暴走してた時の単純な攻撃の方が威力は遥かに上だったぞ?」

 

「嘗めんなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 響は更に声を張りげて叫びながら蹴りに力を注ぎ込む。そして、引き絞られていた脚部ユニットのパワージャッキがASGARD(アスガルド)に向かって打ち込まれた。

 

 パワージャッキが打ち込まれたことによって、ASGARD(アスガルド)に罅割れが広がっていく。これをチャンスと見た響は、更に力を込めてASGARD(アスガルド)を突破しようとする。

 

「がふっ!?」

 

 だが、その前にフィーネがネフシュタンの鞭を振るって響を弾き飛ばした。響は苦悶の声を漏らした直後に錐揉み状に回転しながら飛ばされ、そのままの勢いで地面に叩き付けられた。

 

 攻撃中の無防備なところに鋭い一撃を叩き込まれ、普通ならこれでもう戦闘不能に陥る筈である。しかし、地面に叩き付けられた響は今にでも立ち上がろうとしていて、ゆっくり且つふらふらではあるが着実に立ち上がっていく。

 

「呆れた頑丈さだ。よもや相手取ると、これ程までに面倒且つ難儀なものだとはな。いい加減にお前の相手も飽きてきた。これで沈めてやろう」

 

 見下げるように響を見ていたフィーネは、軽く溜め息を吐いた後に両方のネフシュタンの鞭を大きく振り上げた。その鞭は通常よりも大きく伸び、その先端部を響に向けた。

 

【IMPERIAL EDGE】

 

「ッ!」

 

 それを見た響は即座に身体中にエネルギーを巡らせ、エネルギーのベクトルを防御に全振りする。すると、響の体全体を覆うように橙色のエネルギー状の膜のようなオーラが展開された。

 

【我流・亀甲槍陣】

 

 その技は我流・亀甲槍陣と言って、響が強力な攻撃を受け止める際に使う防御固めの技である。

 

 そして、響に先端部を向けたネフシュタンの鞭が凄まじいスピードで急降下していく。そのスピードは目で捉えることは叶わず、響は顔の前で両腕を交差させて耐え忍ぶ選択をした。

 

 鞭の狙いは滅茶苦茶で響に当たらぬものもあったが、攻撃は連続且つ高速で行われ続けた。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁつつつ!!?」

 

 ネフシュタンの大地を抉る一撃が降り注ぎ続ける中、響は1発喰らっただけでも不味いと思われる攻撃をその場から動かずにじっと耐え続ける。

 

 地面を抉った影響で周囲に土煙が充満し始め、その土煙が濃くなっていくに連れてフィーネの攻撃の嵐も徐々にその勢いを衰えさせ始める。

 

「……そろそろか」

 

 フィーネはそう言うと、ネフシュタンの鞭を引いた。辺りに土煙が充満し過ぎたせいで、フィーネからは響の姿を確認することが出来ない。

 

「……ふっ」

 

 響が土煙の中で動く気配もなければ、土煙が揺らぐ感じもしない。

 

 それを見たフィーネは、先の技によって響が行動不能になったと判断し、万が一が無いよう最後に止めを刺すべく動き出そうとする。

 

 その直後、フィーネの足元の地面から唐突に土煙が舞い上がり、土煙と共に地面に出来た穴から響が飛び出してきた。

 

「なっ!?」

 

 流石のフィーネもこの響の奇行には予測が追い付かなかったのか、大変驚くと同時に致命的且つ決定的な大きな隙を晒してしまう。

 

 対する響は、既に隙によって生じたガラ空きの胴体に狙いを絞っていて、握られた右拳の腕部ユニットはこれまでに無い程に引き絞られている。

 

我流(がりゅう)撃槍衝打(げきそうしょうだ)ぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

 

【我流・撃槍衝打】

 

 初めてこの技と放った時と同じように技名を大声で叫びながら、響は今持てる全てのエネルギーを右手に込めて全力で拳を振り抜いた。

 

 響の拳は捻れて抉るように打ち込まれ、無防備のフィーネの鳩尾に完璧に入った。拳を叩き込まれたフィーネは瞠目し、次いで腕部ユニットのハンマーパーツが稼働して更なる衝撃が打ち込まれた。

 

 フィーネは悲鳴や呪詛を吐く暇も無く攻撃のインパクトによって吹っ飛ばされ、全力全開の一撃を放った響は肩を大きく上下に揺らして荒くなった呼吸を繰り返しながら地に膝を着いた。

 

 直後、響が纏っていたギアが橙色に淡く輝き出し、粒子状に分解されながら静かにシンフォギアは解除された。

 

 どうやら今の一撃に響が持て得る限りの全てを投じた結果、シンフォギアを纏い続けることが困難となり、強制的にギアが解除されてしまったようであった。

 

「はぁ……はぁ……最後に上手くいって良かった……」

 

 響は自身の直ぐ背後にある穴と、未だに土煙が立ち込めている先程までフィーネが攻撃していた場所を順番に見遣った。

 

 すると、立ち込めていた土煙が徐々に晴れていき、土煙で隠れていた場所の実態がハッキリと見えてきた。

 

 先まで土煙が立ち込めていた場所は、フィーネの技によって乱雑に荒らされていて、その中心にはぽっかりと大きな穴が空いていた。

 

 その地面に空いた穴は、何と今さっき響が出てきた穴と通じているのだ。

 

 フィーネの猛攻を耐え忍ぶことを選択した響は、ただフィーネの攻撃を耐えるのではなく、どさくさに紛れて奇襲の為の穴に潜って地面を掘り進んだのである。

 

 作戦としては割と単純で、まず響は土煙が立ち込めて自分の姿がフィーネに見えるなくなるまで攻撃に耐えた。

 

 次に、土煙で自分の姿がフィーネから見えなくなったと判断したら、フィーネの攻撃のタイミングに合わせることで穴を掘る音をカモフラージュにしながら地面を掘った。

 

 そして、最後にフィーネの攻撃が止むまで地中で息を殺して忍び続け、攻撃が止んでフィーネが油断したタイミングを見計らって奇襲を仕掛けたのだ。

 

 言葉にすれば簡単だと思われるが、そんな簡単に実行出来ることではない。これを実行するには、幾つかの要素が重要且つ必要になる。

 

 1つ目は、敵の攻撃に耐えながらも計画を実行に移す為の呆れる程の頑丈さ。

 

 2つ目は、敵との距離を目測で測って地中を深過ぎず、また浅過ぎない位置まで掘り進む研ぎ澄まされた勘とセンス。

 

 3つ目は、そもそもこの奇抜な策を思い付く為の別ベクトルに飛び抜けた頭の回転。

 

 そして、どんな事態に陥ろうが悲観せず諦めず、勝つ為の策を考え続けることを諦めない想いと意志と根性。

 

 肉体、感性、頭脳、心といった1人の人間を構成する要素が1つでも噛み合わなかったら絶対に成功しない、正に響だからこそ実行に移せた作戦なのだ。

 

「はぁ……はぁ……やったか?」

 

 響は膝を着く程に疲弊しているが、それでも油断はせずに肩を大きく揺らしながらフィーネが飛んで行った方角を見遣った。

 

 その方角は、さっきまで響がいた場所以上に土煙が立ち込めていることもあって当然フィーネの姿は確認出来ない。だが、それでも響は持て得る全てを、初めてクリスに技を放った時以上に力とエネルギーを込めた一撃を放ったのだ。

 

 気絶はしていないにしても、せめてその場から動けなくなって戦闘不能になっていることを願う響。

 

「……3人の中で、私はお前のことを1番に警戒していた」

 

「ッ!?」

 

 だが、響の望みは土煙の中から声が聞こえてきたことで呆気無く砕け散った。

 

 響は目を見張り、立ち込める土煙に1つの黒いシルエットが浮かび上がって、悠々と土煙の中から抜けた出した。

 

「エネルギーの回復速度、単身での爆発力、肉体の頑丈さ、何れを取ってもお前は残りの2人よりずば抜けていたが、1番に厄介なのは土壇場で奇策を思い付き計算を容易に狂わせるその意外性だ」

 

 そこには、ついさっき絶唱にも匹敵する威力で殴り飛ばされたとは思えない体に傷1つ無い状態で悠然と佇みながら言の葉を紡ぐフィーネの姿があった。

 

「嘘、だろ……!? あれを受けて、まだ……!?」

 

「正直、私がネフシュタンと融合せずにあれを受けていれば即死であっただろうな。だが、ネフシュタンと融合した私の再生能力は、お前の絶唱とも並ぶ威力を持った一撃を上回った。ただ、それだけのことだ」

 

 フィーネはさっき響に全力で殴られた箇所を手で撫でながら、驚いている響に何故自身が悠然と立っているのかを淡々と解説した。

 

 そんなフィーネの姿を見た響は、体を震わせて膝に手を付きながら立ち上がる。

 

「お前は役に立った。生体と聖遺物の初の融合症例……お前という先例がいたからこそ、私は己が身をネフシュタンの鎧と同化させる事が出来たのだからな」

 

「だったら、今度こそ……! Balwisyall Ne──」

 

 立ち上がった響は、再びシンフォギアを纏う為に聖詠を歌おうとする。しかし、響の聖詠は目にも止まらぬ速さで急接近したフィーネが喉を親指で押さえながら首を掴んで持ち上げたことで遮られた。

 

「せっ、ぐっ……!?」

 

「言った筈だ。もうお前の相手は飽きたと。先は遅れをとったが、もう油断はせん。聖詠を歌う暇すら与えるものか!」

 

 フィーネはそう言うと、力一杯響を地面に叩き付けた。

 

「がふっ!?」

 

 その際の痛みと衝撃は、生身で攻撃を受けた響にダイレクトに響き、衝撃で気絶しそうになると共に発生した痛みによって無理にでも意識を繋ぎ止められた。

 

「頑丈さが取り柄だというのなら、それでも構わんさ。私はお前のその頑丈さを利用し、苦しみと痛みを与え続けてやろう。その無駄な頑丈さを恨むがいい」

 

 フィーネはそう言って、響に次の攻撃をする為に手を伸ばす。響はその手に掴まれる前にフィーネの手を掻い潜って、握り拳を作った左腕を振り抜いた。

 

 振り抜かれた左腕は、回避しなかったフィーネの右の頬に命中した。しかし、フィーネは響の生身の拳など意に介せず、硬直した響の腹に蹴りを放った。

 

「ぐえっ!?」

 

 響は苦悶の声を漏らしながら蹴り飛ばされ、地面を一転二転してから這い蹲った。しかし、それでも響は諦めず尚立ち上がり、今出せる全力でフィーネに向かって駆け出す。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!」

 

「ふっ。バカの一つ覚えが!」

 

 ギアを纏うこともせずに自身に突っ込んでくる響を見てフィーネは嘲笑する。すると、響は着ていたパーカーを脱ぎ去って勢い良くフィーネに向かって投擲した。

 

「それがどうした?」

 

 フィーネは飛んでくるパーカーを鞭で払う。斬り裂かれたパーカーの隙間から見えた先には響は既におらず、響はフィーネの視線が飛んできたパーカーに集中したのを利用して懐に潜り込んでいた。

 

 響は曲げていた膝を一直線に伸ばして全力で跳び、跳んだ際の勢いを合わせたアッパーでフィーネの顎を殴り飛ばした。

 

 だが、それもフィーネには通用せず、直ぐに顎の位置を元に戻したフィーネは響の頭を髪の毛ごと鷲掴み、そのまま体の向きを180°反転する勢いを付けて地面に叩き付けた。

 

「がはっ!?」

 

 そして、苦悶の声を漏らす響の胴体に向けて追撃の蹴りを入れるフィーネ。響は躱すことなど出来ずに胴体にまともに蹴りを喰らい、荒廃した地面を転がっていった。

 

「諦めろ。最早ギアを纏うことすらも叶わぬお前が私に勝てる道理など無い」

 

「……俺は、諦めない」

 

 響は土を握り締めながら腕に力を入れて体を起き上がらせ、再びゆっくりと立ち上がった。

 

 生身であるのにも関わらず、ゾンビのように何度も懲りずに立ち上がる響の姿に、然しものフィーネも静まってきていた怒りが再燃する程に苛立ちが募っていく。

 

「絶対に、諦めるかぁぁぁぁぁぁーーーっっっ!!!!」

 

 自身に喝を入れる為に放った咆哮と共に立ち上がった響は、生身の体1つで強大な力を有するフィーネに尚も向かっていった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 簡易モニターに映るのは、今も尚生身で反抗を続ける響の姿と、何度打ち倒して立ち上がり続ける響を見る度に苛立っていくフィーネの姿だった。

 

 そんな未だに諦めずに生身でも戦い続ける響の姿を見て、ただ見ていることしか出来ないシェルターの一室内の面々は様々な思いを胸中に秘めながら黙ってモニターを見詰めていた。

 

「ん?」

 

「ぇ?」

 

 すると、未来達がいるシェルターに向かって近付いてくる複数の足音が聞こえてきた。未来達が足音が聞こえて来る方角に顔を向けると、緒川を先頭にして移動してきた沢山の人達がやって来た。

 

「司令! 周辺区画のシェルターにて、生存者を発見しました」

 

「そうか! 良かった……!」

 

 緒川が連れて来たのは、創世達と同じくこのリディアンの地下シェルターに避難してきた人達であった。

 

 周辺区画ということで、緒川と共にいる人達で生存者の全てという訳ではないが、それでも沢山の人達が助かっていたことを知り、報告を聞いた弦十郎は喜色の表情を浮かべた。

 

「ああっ! お母さん、カッコいいお兄ちゃんだ! えへへ!」

 

 簡易モニターに表示された響の姿を見て、緒川が連れて来た避難民の中にいた小さな女の子は、目を輝かせて響が映る簡易モニターに近寄って行った。

 

「ぇっ?」

 

「ああ! ちょっと、待ちなさい!」

 

 反応からして響のことを知っているようである女の子を見て未来は小さな疑問の声を漏らし、その女の子の母親と思われる女性も後を追って室内に入っていく。

 

「すいません……」

 

「ビッキーのこと、知ってるんですか?」

 

「え……?」

 

 謝りながら入ってきた女性は、創世からの質問を聞いて暫し思案する表情を見せた後に創世達に返答する。

 

「詳しくは言えませんが、家の子はあの子に助けて頂いたんです」

 

「え……?」

 

「自分の危険を顧みず、助けてくれたんです。きっと、他にもそういう人達が……」

 

 女の子の母親が今し方簡潔に話した内容は、まだ響がギアを纏う以前に行った人助けの行為についてであった。その女性は、響が女の子を助けてくれたお陰で大事な娘を失わずに済んだのだ。

 

「僕と妹もそうだよ! 迷子になった僕達と一緒に、あのお兄ちゃんとお兄ちゃんにクリスって呼ばれてたお姉ちゃんが父ちゃんを捜してくれたんだ!」

 

「うん! 一緒に迷子になってくれた!」

 

 次いで人混みを割って出てきて声をあげたのは、離れ離れにならないよう手と手を繋いでいる男の子と女の子の兄妹であった。

 

「儂も知っとるぞ! あの坊やが倒れた自転車を一つひとつ丁寧に並べ直してたのを朝に何度か見たことがある!」

 

「私も知ってます。 道に迷った私をあの子が目的地まで一緒に連れて行ってくれたの」

 

「俺もあの人見たことある! 逃げ出した飼い犬を必死に追い掛けて捕まえて、元の飼い主さんのところまで戻してあげてた!」

 

「俺も車の調子が悪かったのを直してもらったんだ! 道具はあっても知識は無かったもんだから本当に助かったんだ」

 

「私も息子達の喧嘩の仲裁をして頂いたことがあります」

 

「私も!」

 

「俺も!」

 

「響の……人助け……?」

 

 老人が、女性が、学生が、男性が、母親が、多くの人達が口々に響を知っていると口にした。その人達全てが何らかの形で響を知り、響が人助けをしている姿を目撃したことのある者達であった。

 

「ねぇ、カッコいいお兄ちゃん、助けられないの?」

 

「……助けようと思ってもどうしようもないんです。私達には何も出来ないですし……」

 

 女の子の言葉に未来達は俯き、詩織は悲観的な言葉を女の子に返した。しかし、女の子は詩織の言葉を聞いても悄気ることは無く、寧ろ一層明るい表情を浮かべて言葉を述べる。

 

「じゃあ一緒に応援しよっ!! ねぇ、ここから話し掛けられないの?」

 

「ぁ……うん。出来ないんだよ……」

 

 無邪気な女の子はシェルターから響に声を届けられないかを藤尭に訊ね、藤尭は包み隠すこと無く女の子に現状の真実を語った。すると、何かを思い付いたのか、未来は俯かせていた顔を上げる。

 

「あ、応援……。ここから響に私達の声を、無事を知らせるにはどうすれば良いんですか? 響を助けたいんですっ!」

 

「助ける?」

 

 未来は響に声を届かせることが出来ない現状を打開する為の方法を弦十郎に訊ねた。訊ねられた弦十郎は言葉を返すように呟き、弦十郎の代わりに藤尭が思い付いた方法を話し始める。

 

「学校の施設がまだ生きていれば、リンクしてここから声を送れるかもしれません」

 

 藤尭の話を聞き、未来は一筋の希望を得たかのように表情を明るくして笑みを浮かべた。

 

 それから未来は藤尭と友里の指示の下に動き始め、緒川と共に地下のシェルターの通路内を移動し始めた。その際、未来のことを心配した創世、詩織、弓美も未来と一緒に緒川に付いていった。

 

 そして、未来達一行は作戦を遂行する為の要である施設の目の前までやって来たのであった。

 

「この向こうに、切り替えレバーが……?」

 

「こちらから動力を送ることで、学校施設の再起動が出来るかもしれません」

 

 未来達のここにやって来た目的は、動力源を変更することで止まってしまっている学校の機能を再起動させることであった。

 

 動力を切り替えることで施設を再起動させ、その施設に簡易モニターを繋げることで地上にあるスピーカーや音声機器から地上にいる響に向けて自身達の無事を知らせるのだ。

 

「でも、緒川さんだとこの隙間には……」

 

 未来が見遣る先にある施設の入り口はとても小さく、比較的大柄で男性である緒川が入ることは無理であった。緒川では、この先に行って作業を熟すことが出来ないことに一同は黙り込んでしまう。

 

「……あ、あたしが行くよっ!」

 

 だが、その沈黙の中で最初に次なる言葉を発したのは、先程までパニックを起こし掛けていた弓美であった。

 

 弓美が自分から志願することがそれだけ以外であったのか、その場にいた一同は揃って驚く。

 

「ぇ? 弓美……!?」

 

「大人じゃ無理でも、あたしならそこから入って行ける……! アニメだったらさ……こういう時、体の小っこいキャラの役回りだしね……。それで響を助けられるなら!」

 

「でも、それはアニメの話じゃない!」

 

「アニメを真に受けて何が悪い! ここでやらなきゃ、あたしアニメ以下だよ! 非実在青少年にもなれやしない! この先、響の友達と胸を張って答えられないじゃない!」

 

 1度は未来から反対するが、それでも弓美の決意は揺るがない。その弓美の姿は、とても先程まで恐ろしい現実に震えるだけであった少女のそれとは思えなかった。

 

 弓美がここまで大きく出ることが出来たのは、偏に響の存在があったからである。戦い続ける響の姿が、諦めないで立ち向かい続ける響の心が、響に助けられた多くの人達の声が、弓美に前に出る勇気を与えたのだ。

 

 そしてそんな弓美の影響を受け、未来が明るい表情を浮かべる中で詩織と創世も弓美と共に響を助ける為に動き始める。

 

「ナイス決断です。私もお手伝いしますわ」

 

「……だね。ビッキーが頑張ってるのに、その友達が頑張らない理由はないよね」

 

「皆……!」

 

「ふふ……」

 

 全員が全員響を助ける為に全力で協力し合う姿勢になったのを見て、未来は喜色の声と共により一層明るい表情を浮かべ、それを見守っていた緒川も微笑を浮かべていた。

 

 小さな入り口から狭小な区画内に侵入した未来達は、出入り口から中の様子を窺っている緒川の指示を聞きながら区画内の施設の操作して回り、最後に操作した施設内の切り替えを行う為のスイッチを入れる作業に取り掛かっていた。

 

 そのスイッチは高い場所にあり、とても未来達の身長では腕を伸ばしても、背伸びしても、全力で跳躍しても届かない。

 

 そこで未来達は組体操の要領で2段重ねの人間ピラミッドを作り、そのピラミッドを台替わりにすることでスイッチに手を届かせことを思い付いた。

 

 1番下の最初の段には4人の中で体格が1番大きい創世と選手経験があって持久力と筋肉がそこそこある未来がなり、2番目は残った2人の中で体格の大きい方である詩織がなって、ピラミッドを登ってスイッチを入れるのは弓美の役目となった。

 

 計3人で作られたピラミッドの上に登った弓美は、詩織の背中の上で背伸びをしながら手を伸ばしてスイッチに届かせようとする。しかし、スイッチにはまだ微妙に手が届かないでいた。

 

「うぅ……!くっ……!」

 

「うぅ!」

 

「くぅぅ……!」

 

「……ッ!」

 

 弓美は慣れない足場でフラつきながらも必死に手を伸ばすがそれでも手は未だスイッチには届かず、下の台となっている3人も時間が過ぎていくに連れて苦しそうな表情を顔に浮かべていっている。

 

「……」

 

 そんな少女達の頑張りを、緒川は小さな出入り口から固唾を飲んで見守っていた。

 

「うっ……うぅぅ……! せぇ……のっ!」

 

 小さく掛け声を出して一か八かの賭けに出た弓美は、詩織の背中から跳躍してスイッチに迫った。跳躍のお陰で弓美の手はスイッチの下まで辿り着くことに成功し、弓美は跳んだ際の勢い利用してスイッチを入れた。

 

 スイッチが入ったその瞬間、施設内の動力の供給先が切り替わり、施設周辺の電子機器が動き出して周囲の蛍光ランプが光り始めた。

 

「きゃあ!」

 

「うわぁ!」

 

「ああ!?」

 

「わっ……!?」

 

 だが、弓美が着地した際の衝撃によってピラミッドは崩れ、未来達は重力に従うままコンクリートの地面に倒れこんだ。

 

「くぅ……!」

 

「うぅ…」

 

 ピラミッドが崩れた際の衝撃と痛みのせいで4人は各々苦悶の表情を浮かべながら呻き声をあげていたが、自分達の行動が上手くいったことを理解すると同時に4人は顔を合わせあって小さく笑い合う。

 

「ふふふっ!」

 

「あはは……」

 

「ふふ……」

 

「はは……!」

 

 4人が笑い合っていた一方で、4人の働きの結果はシェルター内で未来達の成功を祈りながら待っていた藤尭達の簡易モニターに着実に現れていた。

 

「来ました! 動力学校施設に接続!」

 

「校庭のスピーカー……いけそうです!!」

 

 学校施設へのアクセスが出来るようになったことを理解するなり二課のオペレーター筆頭である友里と藤尭は、即座に行動を起こしてモニターを操作しながら弦十郎へ報告した。

 

「やったーー!!」

 

「フッ……!」

 

 友里と藤尭からの報告を聞いて、弦十郎の側で話を聞いていた女の子は諸手を挙げて喜び、その様子を見ていた弦十郎も釣られて微笑を浮かべた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 時は少し遡り、場面は再び響が戦っている戦場へと戻る。

 

 諦めること無くフィーネに抗い続けていた響であったが、その響も遂に肉体面と体力に限界が訪れてしまい、心は折れてはいないが抵抗虚しくフィーネに痛め付けられていた。

 

「あがっ……」

 

 頭を掴まれながら持ち上げられている響は、自身の頭を掴むフィーネの手から逃れようとフィーネの手を両手で掴んでいるが、ギアを纏っていない疲弊した体で出せる力など高が知れており、尚且つネフシュタンの鎧を纏っているフィーネに力で勝てる筈などなかった。

 

 太陽の光が山脈の隙間から漏れ始め、直に夜の時間も終わりを迎えるであろう青空と暁光と夜空の色が入り混じった紫天の空の下でフィーネは突然徐に自身の過去を語り始める。

 

「もうずっと遠い昔、あのお方に仕える巫女であった私は、何時しかあのお方を、創造主を愛するようになっていた。だが、この胸の内を告げることは出来なかった。その前に、私から、人類から言葉が奪われた……! バラルの呪詛によって、唯一創造主と語り合える統一言語が奪われたのだ……! 私は数千年に渡り、たった1人バラルの呪詛を解き放つ為、抗ってきた……。何時の日か統一言語にて、胸の内の想いを届ける為に……」

 

 その想いこそがフィーネの行動の起源であった。その想い、言葉にするならば正しく“愛”という言葉が最も相応しいものなのだろう。

 

「胸の……想い、ね。だからって、何をしても許される訳無えだろ……!」

 

 “愛”そのものは素晴らしいものだ。それを響は否定したりはしない。だが、その為に多くの人を巻き込み、騙し、嗤い、踏み躙ることが許される訳がない。そんな理屈が罷り通るなんてことは、有ってはならない。

 

「是非を問うだとっ!? 恋心も知らぬお前がぁぁっ!!」

 

 響に是非を問われて激昂したフィーネは、感情の赴くまま力任せに響を地面に向かって投げ付けた。響は受け身を取る暇も無く地面に叩き付けられ、土煙と岩の破片を中に巻き上げながら地面を滑っていった。

 

 フィーネは今し方荒ぶった気持ちを治める為に響から視線を外し、大きく息を吐くことで荒くなった呼吸を整えて冷静さを取り戻そうとする。しかし、フィーネが深呼吸をする前にフィーネの足に何かが当たる。

 

「む?」

 

 フィーネの足下には、先程までは無かった小石が転がっていた。すると、また新たな小石がフィーネの足に当たってその周囲に転がった。

 

 うんざりするようにフィーネは石が飛んできた方角に視線を向ける。その方角には、地べたに這い蹲りながら視線を逸らすこと無くフィーネを睨み付けている響の姿があった。

 

 その響の手には掌のサイズの小石が握られていて、響はプルプルと震える左腕で体を支えながら上半身を起き上がらせ、フィーネに向かって握っていた小石を投げた。

 

 その小石の投擲は、最早動くことすら叶わない響の最後の抵抗であると同時に届かぬ想いをぶつける為の手段でもある。

 

「はぁ……はぁ……何でだよ……?」

 

「……」

 

「何で……あんたは同じ想いを持ってる人達を踏み躙った……!!」

 

 響は自身の周りにある小石を掴み、再びフィーネに向かって小石を投げた。

 

「そこまでに言うからには、あんたは知ってる筈だ……! 誰かを愛することを……っ! なのに、どうしてあんたは誰かに愛されてることに気付かなかったんだよっ!!」

 

 再度小石を掴んで投げようとしたが、その前に支えにしていた左腕から響は崩れ落ちて再び地面に這い蹲った。

 

「……クリスも、おやっさんも、翼も、緒川さんも、藤尭さんも、友里さんも、未来も、きっと奏さんだって! 俺を含めた皆、あんたのことが大好きだったんだ!」

 

 響の言う好意と愛の形は、フィーネの胸にあるそれとは全く違う形をしているかもしれない。しかし、誰かを大切に思い、誰かを愛しているということに違いは無いだろう。

 

「お前達が好意を寄せていたのは、飽く迄櫻井了子を模造した偽りの顔に過ぎない」

 

「それでも……! 偽りだったとしても、皆があんたを大好きだった事実は変わらない!」

 

 響の言葉を聞いた直後、再び怒りが再熱したフィーネは荒い足取りで響の懐まで歩み寄ってそのまま響の胴体を蹴り上げる。

 

「ごはっ!?」

 

 苦悶の声を漏らしながら響は大きく宙を舞い、重力に従って背中から強く地面に叩き付けられた。

 

「私は全てを利用し、全てを踏み躙る。全ては統一言語にて、この想いをあのお方に伝える為にっ! 何も知らぬ青二才が、青二才の価値観と視野で私を語るなど烏滸がましいにも程があるっ!!」

 

 フィーネはそう吐き捨てると、今一度深呼吸をして呼吸と感情を落ち着かせた。先程まで怒り一色だったフィーネの目は、それだけで最初の冷徹な目目と様変わりしていた。

 

「シンフォギアシステムの最大の問題は、絶唱使用時のバックファイア……。融合体であるお前が絶唱を放った場合、何処まで負荷を抑えられるのか、研究者として興味深いところではあるが……ッハ! 最早お前で実験してみようとは思わぬ」

 

 フィーネはそう言うと、先程感情任せに投げ飛ばしたせいで大きく距離が開いた響との距離を詰める為に仰向けのまま動かない響にゆっくりと近寄り始めた。

 

「この身も同じ融合体だからな。神霊長は私1人がいればいい。私に並ぶものは、全て絶やしてくれる……!」

 

 響の近くまで歩み寄ったフィーネは、話を切り上げるなりネフシュタンの鞭の先端を響に向けて構えた。

 

 フィーネがこの危機的状況の中で自身を睨んだまま動かぬ響を見て、勝利を確信したと同時に笑みを零していると、突如として誰もいないこの場に歌声が響き始めた。

 

「ん? チッ! 耳障りな! 何が聞こえている?」

 

「ぁぁ……!」

 

 フィーネは聞こえて来る歌に鬱陶しそうに顔を歪めて悪態を吐き、響は極限状態の中でスッと胸に入り込むように聞こえて来る歌声に胸の内を打ち震わせて反応を示した。

 

「何だこれは…!」

 

 フィーネが表情を歪める程に不快に感じているこの歌は、ノイズの襲撃を受けた中でまだ生きていたリディアン音楽院のスピーカーから聞こえてきているものであった。

 

 地上にある各所のスピーカーから聞こえて来るこの歌声は、地下の未来達がいるシェルターから送られてきていた。

 

 そのシェルター内には、周辺区画から集められた生存者達の中にいたリディアンの女学生達が集められいて、その全員が友里の持っている小型端末に向かって歌を歌っているのだ。

 

 その中には創世や詩織や弓美、勿論未来の姿もあった。

 

 その全員が歌っているのは、私立リディアン音楽院高等科の校歌であった。それはここにいるリディアンの女学生達全員が歌うことが出来ると同時に、響が和むと称した響のお気に入りの歌でもあった。

 

(響……私達は無事だよ……! 響が帰って来るのを待っている……! だから……負けないで……!)

 

(あぁ……聞こえてるよ、未来。無事で良かった……。待ってろ、絶対に生きて戻るから……!)

 

 歌に想いを乗せて未来は歌い、響は歌に乗せられた未来の想いをしっかりと受け取った。

 

 互いに直に顔を見せた訳でもなく、ちゃんとした言葉で想いを伝えあった訳でない。だが、今この瞬間の響と未来は想いは歌によって繋がっていた。

 

「チッ! 何処から聞こえてくる……この不快な……歌……! 歌、だと…!?」

 

「……聞こえてるよ、皆の声も」

 

 フィーネが不快さを隠せないでいる側で、響はそっと呟いた。

 

 すると、絶望に支配されたいた状況に一筋の希望の光が差し込むように、眩い輝きを放つ太陽が山脈から顔を出して大地を照らし始めた。

 

「俺の守りたかったものは、まだ何も失われてなんかいない……っ!」

 

 今まで全く力が入らなかった体に力が漲っていくのを響は感じた。響は拳を強く握りしめて地面に叩き付け、力強く大地に立ち上がった。

 

「なっ!? 立ち上がっただと!?」

 

「皆が歌ってるんだ……なら、俺はまだ歌える。立ち上がれる! 戦えるっ!」

 

 立ち上がった響を見て酷く狼狽するフィーネに対し、力強く立ち上がった響は右手の拳を握りしめたまま駆け出し、軽く助走を付けて自分から近寄ってきていたフィーネに向かって腕を引いて拳を引き絞った。

 

「今の俺は、負ける気がしねぇぇぇぇぇぇぇぇーーーっっっ!!!!!」

 

 そして、響は全力で拳を振り抜いた。

 

 普通なら、この攻撃も生身の時点で先程までと同じ結果に終わると思われるだろう。実際、拳を受ける立場にあるフィーネもそう思い、驚いてもいたが敢えてその場から動かずにいた。

 

 だが、その時不思議なことが起こった。

 

 響の拳がフィーネに触れる直前、その刹那の間に急に淡く橙色に輝き始めたのだ。その輝く拳を受けたフィーネは軽く頭を仰け反らされ、その直後に響の周囲に突如発生した光の円環と球場のオーラによって後方に弾き飛ばされた。

 

「なっ…!?」

 

「……!」

 

 弾き飛ばされたフィーネは体勢を整えながらも驚愕を露にした顔で響を見て、対する響は強い輝きを宿した瞳でフィーネを見返した。

 

「まだ戦えるだと……!? 何故まだ立ちあがれる……? 拳を握る力も残ってなかった筈だ……? 鳴り渡る不快な歌の仕業か? お前が纏っているものは何だ? 肉体は既に限界を迎えていた筈……!?」

 

 確かに先程までそこにいたのは、最早死に体と言っても過言ではない少年であった。しかし、今フィーネの目の前にいる少年はピンピンしていて、2本の足で大地に立っていた。

 

 それが賢者と言っても差し支えないフィーネに、混乱と驚愕を与えていた。

 

「なのに…何を纏っている!? それは私が造ったモノか!?」

 

 シンフォギアシステムはフィーネが作ったものである。だからこそ、フィーネはその性能と限界を熟知していた。しかし、今響が纏っているものは、フィーネが想定したシンフォギアの規格より逸脱しているものにしか見えなかった。

 

「お前が纏うそれは一体何だっ!? 何なのだ……っ!?」

 

「……ッ!」

 

 狼狽するフィーネに返答するように響がフィーネを睨み返した直後、朝焼けが照らす決戦の大地とその周辺で橙、青、赤の計3つの光の柱が天へと昇った。

 

 決戦の大地から見える橙の光の柱の下には響が、破壊されたカ・ディンギルの頂上から見える青の光の柱の下には翼が、鬱蒼とした雑木林から見える赤の光の柱の下にはクリスがいた。

 

 翼とクリスは、響と同様に自身の周りに光の円環と球状のオーラを発生させながら立ち上がった。

 

 そして、3つの柱があった箇所から3つの光が大空に向かって飛び上がった。

 

「シンフォギアァァァァァァァァァァァァァァーーー!!!!!」

 

 黄金の如き淡い黄色と白色の2色に染められたギアを纏って天空へと飛び上がった響は、雄叫びをあげるように大きな声で叫んだ。

 

 直後、脚部装甲と脚部のブレードからエネルギー状の翼を生やした淡い青色と白色のギアを纏った翼と、展開された腰部アーマーから同じくエネルギー状の翼を生やした淡い赤色と白色のギアを纏ったクリスが響の周囲を飛び交う。

 

 そして、響自身も背中から2対4翼のエネルギー状の翼を広げたのであった。




・原作ビッキーと今作ビッキーとの相違点コーナー

(1)響、ギアが解除されない
──原作響は暴走終了時にギアが解除されていたが、今作ビッキーはギアはそのままでした。

(2)響、1人だとしても戦い続ける
──今作ビッキーは原作響と違い、1人になったとしても戦い続けました。例え1人でも、胸の内にある絆と想いを信じて今作ビッキーは戦いました。結果は付いてこなかったけど。

(3)響、奇襲からの必殺技
──地中から飛び出すことで相手の虚を突き、そこに全力の一撃を叩き込む今作ビッキー。地中からの変態攻撃仕掛けさせたことのあるシンフォギアの二次創作って今作が初めてだと思う(自惚れ)

(4)響、生身でも戦い続ける
──ギアが解除されても、今作ビッキーは諦めずに生身のままで戦い続けました。ここ若干万丈リスペクトだったりします。

(5)響、街の皆の人気者である
──平日でも時間帯問わずに乱歩していた今作ビッキーは、その体質から多くの人助けをしており、その姿を街の皆に見られていたからか、街の皆が顔を知っていて好感を持っている。

(6)響、未来と以心伝心する
──歌で繋がった今作ビッキーと393は、例え顔が見えなくても、声が聞こえなくても、唇の動きを見てなくても互いに互いの思っていることが分かります。……何だこいつら、NT(ニュータイプ)か? それとも夫婦か?

(7)響、尚も立ち上がって生身でフィーネを殴り飛ばす
──諦めなかった結果、万丈のようにラスボスを拳で仰け反らせることに成功した今作ビッキー。生身でラスボス殴り飛ばすとか、どんどんOTONAへの道を辿って行っている模様。

(8)響、覚醒によって2対4翼の翼を展開する
──今作ビッキーは、原作響と違って上に大きめの翼を1対持ち、その下にそれよりも幾分か小型になった1対の翼を背中から展開しています。

 今回で僕が挙げるのは以上です。他に気になる点がありましたら感想に書いて下さい。今後の展開に差し支えない範囲でお答えしていきます。

 話の前半部分にあった人の繋がり云々の部分に、ウルトラマンコスモスのEDの“心の絆”の歌詞から引っ張ってきた文章があるのですが、皆さんはお気付きになられましたか?

 話の中の一般People達が言っていた響の活躍ですが、それの一部は『EPISODE 17』の方にそれっぽい描写があります。あの日常回がただの日常回だと思いましたか? あの時の話も、この時の為の布石だったのです!

 ……布石と言う程のものでもありませんが、ただ響は沢山の人達と繋がっていると認識して頂ければ幸いかと。

 仮面ライダー業界を知る者なら誰もが知ってる、たった一言で何が起きても納得してしまう魔法の言葉。それは、『その時不思議なことが起こった』である。

 諦めなった今作ビッキーは、結果としてラスボスを生身で殴り飛ばし、奇跡の覚醒まで果たしましたが、これも全部『その時不思議なことが起こった』の一言で解決出来る現象なのです。

 今話の最後にてエクスドライブも発動し、1期の物語も遂に最後の戦いが始まります。

 まだアンケートの方も実施しておりますので、投票されていない方は活動報告の方を覗いて、ちゃんと記載項目を読んで頂いてからじっくり考えて投票して下さい。

 それでは、次回もお楽しみに!

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