戦士絶唱シンフォギアIF   作:凹凸コアラ

27 / 37
 皆さん、どうもシンシンシンフォギアー!!(挨拶)

 どうにか投稿出来ましたよ! これも皆さんが感想や評価、アンケートへの回答をしてくれたお陰です! 本当にありがとうございました!

 皆さん! あの“ツヴァイウィング”の新曲が6年という時を経て、XDUの方に実装されましたね!!

 その名も“双翼のウィングビート”!!

 “ツヴァイウィング”ガチ勢の僕としては、歓喜の雄叫びを上げざるを得ません! ファン諸君、サイリウムの貯蔵は十分か!?(っ!`・ω・´)っ!

 そして、ガチ勢の僕は“双星ノ鉄槌-DIASTER BLAST-”の方も入手済みです! ガチャが配信されたその日に当ててやりましたよ!!

 閑話休題、そろそろ本編に移りましょうか。今回の話で無印1期は完結です! 1期完結ということもあって、本文の文字数が初めて2万字を超えちゃいましたよ。

 それでは、どうぞ!


EPISODE 27 流れ星、墜ちて燃えて尽きて、そして──

 戦いは終わった。戦いが終わった頃には、街はすっかり西側に沈んでいく太陽が照らす夕暮れ時になっていた。

 

 街に残っていたノイズもフィーネに吸収されたことによって赤い竜諸共討滅され、街にノイズはもう存在しない。

 

 しかし、戦いの爪痕は痛々しい程に街に大きく残ってしまっていた。道は荒れ、ビルは崩れ、其処彼処(そこかしこ)から黒い煙がモクモクと上がり、そこに以前の平和な街の姿は無かった。

 

 街は無事ではないが、ノイズの反応が確認されなくなったことで政府の方から避難者への避難指示も解除され、避難者達は各々が逃げてきた地下シェルターの中から地上へと出てくる。

 

 そこで真っ先に彼らが目にするのは勿論荒れ果てた自身達の住む街であり、これから彼らは選択を迫られることになるだろう。

 

 ここから離れて別の平和な街で一から暮らし始めるか、この街に残って街の復興に努めるのかの(いず)れかを。

 

 そして長きに渡る一連の事件に終止符を打ち、今回の騒動を治めることに最も貢献したであろう者達はボロボロとなったカ・ディンギルの直ぐ真下に集まっていた。

 

 一箇所に集まっている翼とクリス、未来とその友達、弦十郎と二課の仲間達が見据える先には、夕日をバックにしながら背中に人を背負って未来達の下まで歩み寄ってきている響がいた。

 

 その響の背中に背負われているのは、先程まで響達と激闘を繰り広げ、響達が放った絆の一撃にて敗北を喫したフィーネであった。

 

 赤い竜の大爆発に巻き込まれたかのように思われていたフィーネであったが、大爆発の寸前で赤い竜の内部に捨て身で突入してきた響によって間一髪大爆発を免れたのだ。

 

「……お前……何をバカなことを……」

 

 肝心の助けられたフィーネは、何故響が自身を助けたのかが理解出来なかった。助けたとしても響達にメリットは無く、寧ろ今後の危険と成り得る可能性を孕んでいるのだから。

 

「……このスクリューボールが」

 

 先程まで対峙していた敵さえも助けてしまう響の生来のお人好しさに、クリスは呆れるようにボヤいていたが、クリスを始めとしたその場にいた全員は何処か嬉しそうな微笑を浮かべてもいた。

 

「バカって言われるのは不服だけど、今だけはバカで結構だよ。実際に知合いの殆どからバカ扱いされてるし、親友からも変わった子扱いされるのには慣れてるからな」

 

 不満をボヤく響であったが、その顔は晴れ晴れとした表情をしていて、こういった場面でバカ扱いされるのは余り不満に感じているようには見えなかった。

 

「それにだ。あんたを助けないのが賢いってことなら、俺は一生バカで良い」

 

「……はぁ」

 

 フィーネを座らせることが出来そうな丁度良い大きさの岩の下まで運んだ響はそう言い、そんな響に対してフィーネは少ししてから重い溜め息を返した。

 

「もう終わりにしようぜ、了子さん」

 

「私はフィーネだ……」

 

「けど、俺にとってあんたは紛れも無く櫻井了子。何処まで行っても了子さんなんだよ」

 

 フィーネのことを改めて了子と呼ぶ響に、フィーネは心底疲れたような様子で訂正を促すが、響はフィーネの言葉を無視して依然了子と呼び続けていた。

 

「俺達は、きっと分かり合える……!」

 

 響がそう言うと、フィーネは座っていた場所から静かに立ち上がり、ゆっくりとした歩幅で前に向かって歩きながら言葉を語り始める。

 

「……ノイズを造り出したのは、先史文明期の人間。統一言語を失った我々は、手を繋ぐよりも相手を殺すことを求めた。そんな人間が分かり合えるものか……!」

 

 その言葉には実感が籠っていた。先史文明期から長い時を生き続け、人間の清濁の双方を見てきたフィーネだからこその言葉であった。

 

 響達も薄々勘付いてはいた。古代の人間達が作り上げた聖遺物。その聖遺物から招かれる人ならざる存在、それこそがノイズである。

 

 人間だけを襲い、襲われた人間を問答無用で炭素に変えて殺すその存在は、統一言語を失った古代の人間達が自身の身内以外を信じられなくなり、信じられない者達を排除することを良しとした結果に生まれた。

 

 その古代の人間達の考えは、今を生きる現代の人間にも当て嵌まるものがある。

 

「……知ってるさ。そんなこと、今更言われるまでもねぇ」

 

 響は思い出す。世界を渡り歩いて見てきた多くの残酷な真実と虚偽、そんな辛い現実の中でも確かに存在する暖かくて尊いものを。

 

──ヒビキ!

 

──ビキー!

 

 響の脳裏でフラッシュバックする光景があった。荒れていた自身の心を再び豊かなものに戻してくれたある人達との優しい温もりの時間、優しい温もりが一瞬で永遠に失われた瞬間を。

 

(……一緒だ。自分達の利己的な目的だけを追求して動いた人間が、他人の細やかな幸せすら踏み潰して他の命を奪う)

 

 信じられないから、自分達とは性質や考えが違うからこそ、時に人は他者を排除してでも己の身の安全や目的に達成を追求する。

 

(俺も一緒だ。俺が、自分の利己的な自己満足を満たそうとしたせいで……あいつらは……)

 

 自身の思考が悪い方向に行きかけたことに気付き、響はその思考を無理やり中断して再び意識を現実に向ける。その際、握られていた響の右手に若干力が入った。

 

(……響?)

 

 そんな目に見るには難しい些細な変化を、後ろから響を注視し続けていた未来だけが気付いていた。

 

「だから私は、この道しか選べなかったのだ……!」

 

「おい──」

 

 ネフシュタンの鎧の鞭を握り締めながら語られたフィーネの言葉に、クリスは思わず身を乗り出して何かを言おうとしたが、それは翼が左手を出してクリスを制したことで遮られた。

 

 暫しの間、誰も言葉を発さず吹き抜ける風の音だけが聞こえる静寂にその場を支配された。しかし、フィーネの言葉を受けた響が静寂を打ち破る次の言葉を述べる。

 

「……けど、人は言葉よりも強く繋がることが出来る。俺達も、あんたも、今さっきそのことを身を以て知っただろ?」

 

 言葉は重要ではない。言葉でなくとも、人は心から人と繋がることが出来る。

 

 何故なら響達が今纏っているものは、言葉が届かない状況下で人が人を想い合って行動し合った果てに生まれたものだ。

 

 そのことが言葉が1番に重要なものではないことの証明となる。

 

 互いに想い合う心が、人と人を結ぶ繋がりとなり、それが歌となって響達に力を与えた。

 

 繋がる心が、響達の力なのだ。

 

「……ふぅ」

 

 響の言葉を最後まで聞き届け、フィーネは瞼を伏せて軽く息を吐いた。

 

「でやぁぁぁぁ!!」

 

 すると、カッと目を見開いたフィーネは勢い良く身を捻るように体を反転し、響に向かってネフシュタンの鞭を投擲した。

 

 突然の行動に響は慌てること無く冷静に避け、フィーネに急接近して拳を放とうするが、響の拳はフィーネの胴体に直撃する寸前のところで止まった。

 

 響が攻撃を寸止めしたのは、もうこれ以上フィーネと戦う理由が無くなったのと、フィーネがもう肉体的に限界で助かることが出来ないことを分かっていたからであった。

 

 デュランダルとネフシュタンの鎧がぶつかり合って聖遺物の対消滅が起こった。それによって、響達が持っていたデュランダルは消滅した。

 

 本来ならネフシュタンの鎧やその鎧と融合してしまっていたフィーネも消滅する筈だったが、消滅する前に響がフィーネを助け出したことで、フィーネはその場での消滅を免れた。

 

 しかし、それは消滅の瞬間を先延ばしにしただけに過ぎず、ネフシュタンの鎧は今もフィーネの体を巻き込みながら刻々と消滅の道を辿っているのだ。

 

 響達が何もせずともフィーネは直に消滅するし、そのフィーネの手にはソロモンの杖も無く、ネフシュタンの鎧の再生能力はもう存在しないから再生することもない上に殆ど力も残っていない。

 

 故に響達がフィーネにすること、出来ることは残っていない。しかし、フィーネには残っていた。この場で出来る最後の抵抗が。

 

「私の勝ちだっ!!」

 

 勝ちを確信した自身に満ち溢れているフィーネの声に、響は顔だけ後ろに振り返らせて未だに天に向かって伸び続けているネフシュタンの鞭を見遣った。

 

 天に向かって伸びたネフシュタンの鞭は、何処までも真っ直ぐに伸び続けて地球の大気圏を突き破って、最終的に宇宙空間にまで到達し、深々と月本体から抉り取られた月の欠片に突き刺さる。

 

 ネフシュタンの鞭の伸縮が止まって鞭に確かな手応えを感じたフィーネは、体を反転させて力一杯天に向かって伸びているネフシュタンの鞭を引っ張る。

 

 余程強く踏ん張っているのか、フィーネの立っている箇所を中心にして大地に不規則な形状で亀裂が広がっていくのと同時に、引っ張っているフィーネのネフシュタンの鎧がフィーネの体ごと崩壊していく。

 

 そして力の限り引っ張られた月の欠片は、引っ張ったフィーネの力に従ってその場から動き出し、地球の響達がいる場所目掛けて移動を始めた。

 

「月の欠片を落とすっ!!!」

 

「なっ!?」

 

「えぇ!?」

 

 狂気的な面持ちのフィーネの口から出た言葉に唖然とした翼とクリスは体を反転し、空に浮かぶ月本体から離れてより大きく見えるようになっている月の欠片を見て絶句した。

 

「私の悲願を邪魔する禍根は、ここで纏めて叩いて砕く! この身はここで果てようと、魂までは絶えやしないのだからなっ!」

 

 狂言を吐き続けるフィーネの体は、先程よりも急激な勢いで崩壊していた。どうやら先程の一連の行動が、フィーネの消滅へのカウントを縮め、その分だけフィーネの崩壊速度が速くなったようである。

 

「聖遺物の発するアウフヴァッヘン波形がある限り、私は何度だって世界に蘇る! 何処かの場所! 何時かの時代! 今度こそ世界を束ねる為にぃ! ハハハッ! 私は永遠の刹那に存在し続ける巫女、フィーネなのだぁぁぁ! ハハハ!」

 

 急速に体が崩壊していってるのにも関わらず、フィーネは変わらずに勝ち誇って狂気的な笑みを浮かべている。

 

 自身の遺伝子を引き継いだ人間を依代にして蘇り、永遠の時間を生き続けることが可能であるフィーネにとって、今この瞬間に朽ち果てることは一時の休眠期間に入ることにしか過ぎず、フィーネという存在の終焉にはならない。

 

 アウフヴァッヘン波形が発生するということは、それだけ人類の聖遺物研究が進んだ証拠であり、そこには必ず何らかの形で聖遺物が存在する。

 

 旧世紀の人間であるフィーネの遺伝子が、どれ程の範囲で今を生きる人間に引き継がれているかは最早見当も付かず、その人物がどのタイミングで聖遺物の研究に関わることになるのかも予測出来ない。

 

 故にフィーネは必ずまた蘇る。蘇った先にある場所にひっそりと紛れ込み、再び自身の祈願を果たす為に息を殺しながら黙々と計画を進めるであろう。

 

 そんなフィーネにとって蘇った先で真っ先に邪魔になるのは、今この場にいるフィーネの目的と真実を知り、剰えフィーネの野望を打ち砕いた響達である。

 

 響達が今後の障害となることが確定事項である為、フィーネは月の欠片を落とすことで口封じをするのと同時に障害の排除を実行しようとしているのだ。

 

 フィーネを除いたここにいる殆どの人間が迫り来る月の欠片を見て呆然とする中、狂気的な笑みを浮かべるフィーネの鳩尾に響がトンと自身の拳を軽く当てた。

 

 そんな響を見て、狂気的に笑っていたフィーネがは唐突に笑うのを止め、笑い声が無くなったことで一気に静かになった空間内に一陣の風が吹き抜けた。

 

「……あぁ、その通りだ」

 

 月の欠片が落ちてくるという未曾有の危機の中で、妙な落ち着きを見せる響。

 

 この状況で1番に慌てふためきそうな響が、全員の中で1番落ち着きを保っているという現状を見て、不安と危機感に飲まれていた未来達や勝ち誇っていたフィーネでさえも言葉を失って静まり返った。

 

「何処かの場所、何時かの時代……戻ってくる度に何度でも、俺の代わりに皆に伝えてくれ。世界を一つにするのに、力なんか必要ねえってこと。言葉を超えて、俺達は一つになれるってことを……。俺達は未来にきっと手を繋げられるってことを……! 俺には無理だから、了子さんにしか出来ねえからさ……」

 

「お前……まさか……」

 

 含羞(はにか)んで笑っている響の口から語られる言葉を、その場にいた全員が静かに傾聴していた。そしてフィーネは、響の言葉から響が今何を考えているのかを察して瞠目した。

 

「さてと! 了子さんに未来を託す為にも、俺が今を守らなくちゃいけないな! じゃないと筋が通らねえ!」

 

 響は、まるでやる気を入れるかのようにその場で軽くを肩を回しながら笑ってみせる。その無邪気な笑顔は、何時も響が櫻井了子や多くの人々に見せていた心からの笑顔であった。

 

 呆然とした顔で響を見ていたフィーネは、呆れるように軽く小さな溜め息を吐いたが、その直後に表情を和らげて優しく微笑んだ。

 

「本当にもう……放っておけない子なんだから……」

 

 困ったように眉を八の字にするフィーネ。その顔の優し気な笑みや金色ではないアメジスト色の瞳、優しい語気の言葉は櫻井了子としての言葉だった。

 

 フィーネ……いや、了子は響の顔に自身の顔を擦れ擦れまで近付け、まだ崩壊していない左手の人差し指で響の胸の中心を優しく突いた。

 

「胸の歌を、信じなさい……」

 

 その言葉が、フィーネが櫻井了子として響に残す最後の言葉だった。

 

 直後、了子の体は乾いた砂のような色に変わって全体に亀裂が入っていき、吹き抜ける一陣の風に乗せられるように塵となって消滅した。

 

「……またな、了子さん」

 

 黄昏の光に解けるように消えていった了子に、響は静かに簡潔な言葉を告げた。決してさよならは言わない。また何処かで会えると響は信じているから。

 

 消えてしまった了子を見ていた弦十郎や翼は瞳を潤ませ、クリスは歯を食い縛って震えていた。それ以外にも了子と関係があった者達は、何かしらの反応を見せていた。

 

 彼らが何かしらの反応を見せるのは、例え偽りの関係だろうとそこに確かな繋がりと絆があったからなのと、響がフィーネの心と本当の意味で繋がりを紡ぎ、最後にフィーネが櫻井了子として彼らに接したからだろう。

 

「……ッ」

 

 クリスは、フィーネをフィーネとしてしか知らない。痛いことや辛いことも沢山あったし、実際に命を狙われるようなこともあった。

 

 だが、6年間バルベルデで捕虜になっていたクリスを自身の計画の為とはいえ引き取り、2年もの間クリスに衣服、食事、住む場所、教養といった彼女に与えられるべきもの全てをクリスに与え、クリスを育ててきたのはフィーネだ。

 

 クリスは認めはしないだろうが、フィーネは両親を失ったクリスにとって義理の、第2の母と言っても過言では無い人間だった。

 

 母とも言える人との別れ前にして人は涙を堪えることなど出来る訳がない。それはクリスであっても例外ではなく、寧ろ大きな痛みを背負ってるクリスだからこそ堪えることなど出来ない。だが、それをクリスは無理矢理押さえ込もうとしている。

 

 響は踵を返すと、顔を俯かせて震えているクリスをそっと優しく抱き締めた。

 

「ッ!? ……お前」

 

「……泣けよ」

 

 抱き締められたクリスは響の顔を見上げて涙を堪えようとしていたが、響は寧ろクリスに泣くように促した。

 

「我慢しなくて良い……! お前は今、泣いて良い! 泣いて、良いんだ……!!」

 

 響がそう言うと、クリスの肩は大きく震え始め目尻には大粒の涙が溜まり始めた。

 

「ぅぅ……っひく、ぅ、うわぁぁぁぁぁぁん!! あぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 響の胸に縋り付くように大粒の涙を流しながら大声で泣くクリス。響は力強く抱き付いてくるクリスを拒むようなことはせず、クリスを優しく抱き締めたまま丁寧にクリスの頭を撫で続けた。

 

 しかし、彼らに悲しみに暮れている時間は無い。今や一刻の猶予も無く、月の欠片は刻々と地球に向かって落ちて来ているのだから。

 

 それを理解していた二課の面々は逸早く悲しみから立ち直り、クリスが完全に泣き止むまでの短い間に藤尭が簡易モニターを使って月の軌道計算を割り出していた。

 

「……軌道計算、出ました。直撃は避けられません……!」

 

 軌道計算の結果、月の欠片は間違いなくこの場に落ちてくることが分かった。月の欠片なんてものが落ちれば、地上にどれ程の規模の被害が起きるかなど、この場にいる誰も見当が付かなかった。

 

 ただ言えるのは、直撃地点にいる響達はこのまま何もしなければ絶対に助からないということだった。

 

「あんなものがここに落ちたら……」

 

「私達はもう……!」

 

 皆が皆月を見上げながら不安と焦燥を隠せずにいて、詩織と創世が悲観的な言葉を漏らした。

 

 だが、響の顔には不安も絶望も写って無かった。ただ静かに月の欠片を見上げていた響は、何も言葉を言わずに前に歩み出た。

 

「響!」

 

 未来が響の名を呼ぶと、響はほんの少しだけ振り返ったが、そのほんの少し振り返った角度からは響の顔と表情を窺い知ることは誰にも出来なかった。

 

 何も言葉を述べないでいた響は、徐に自身の右手を肩の高さまで持ち上げ、握っていた拳から親指だけを上げてサムズアップを作った。

 

「……へいき、へっちゃらだ。絶対に何とかしてみせる」

 

「……ぁ」

 

「だから、生きるのを諦めるな……!」

 

 未来は知っている。今響が言った言葉は、2年前の惨劇の時に響を助けた奏が響に向かって言った言葉であることを。

 

 未来はもう何も言えなかった。響がこれからしようとしていることを長年の経験から理解した未来だったが、理解したからこそ何も言えないのだ。

 

 何故なら、何処までも真っ直ぐで愚直な響の意思を他人がどうこう言って変えることなど出来ないことを未来が一番知っているからだ。

 

 響はその場にいた全員にそう言い残すと、その場から駆け出して助走を付け、次に大きく出した1歩で空に向かって跳躍し、背中から2対4翼のエネルギー状の翼を広げて飛び立った。

 

「響……」

 

 遠くなっていく響の背中に既視感を覚えた未来は、もう届かないと知っていながらも響に向かって手を伸ばし、静かに涙を流しながら響の名を呟いた。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal」

 

 ただひたすらに遥か上空へと飛んでいく響の歌が天空から地上へと響き渡る。その歌の正体は、今までに奏、翼、クリスの二課が知り得る装者全員が1度は歌ったことが確認されている絶唱だった。

 

「Emustolronzen fine el baral zizzl」

 

 今まで絶唱を歌ったことが確認されている装者が全員女性だったからか、絶唱という歌は幻想的でとても儚い終わりの歌という印象が強かった。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal」

 

 しかし、響の歌う絶唱はそれとは真逆の印象を持ち、幻想的でありながらとても力強く、生命の息吹と鼓動を感じさせる始まりの歌という印象を感じさせる。

 

「Emustolronzen fine el zizzl」

 

 その絶唱はまるで響の意思と生き様を体現しているようであり、地上の未来は天空から鳴り響く生命の鼓動に等しい響の絶唱を大粒の涙を流す目で空を見上げながら聞いていた。

 

(……にしても、ここまで高く飛ぶのは初めてだな)

 

 絶唱を歌い終えた響は、改めて自分がいる場所を見渡して苦笑を浮かべた。

 

 響は既に対流圏、成層圏、中間圏、熱圏の4つ全てを突破しており、響が今いるのは大気圏の外側であった。

 

 大気圏を飛び出して外気圏にまで上ることなど普通の人間にはまず出来ることではなく、そこまで上って尚普段と変わらずに活動することが出来るシンフォギアの性能に響も舌を巻いていた。

 

(……やっぱ、あんたは凄えよ了子さん。このシンフォギアのお陰で空の旅も快適だ)

 

 外気は冷たいを通り越し、空気はもう無いに等しい場所でも苦しく感じることは無く、思わず響はこのまま何処までも飛んでいくことが出来そうな感覚に囚われそうになるが、こちらに向かってくる月の欠片を再認識して気を引き締め直した。

 

(こうして見てみると、やっぱデケぇな)

 

 改めて見た月の欠片の大きさは、地上から見えていた大きさよりも当然大きく、その大きさは大体の月の欠片の大きさを考えていた響の予想を遥かに通り越していた。

 

(……片腕で済めば良い方だな)

 

 予想以上の大きさを持つ月の欠片を前にして、響はそれを壊した後の自身への被害を軽く見積もった。

 

 響の考えでは、例え限定解除されたギアと絶唱の力を合わせても、この大きさのものを地上に被害が出ないよう完膚無きまでに破壊するには相当骨が折れると考えられている。

 

 良くて響の右か左かの何方か片方の腕が一生使えなくなる。だが、響の考えでは最悪自分の命をかなぐり捨てることで漸く破壊出来るとも考えている。

 

(これは下手すると死ぬかもな……)

 

 目の前にある死の象徴に響は久しく忘れていたものを思い出した。

 

 2年前にノイズと初めて遭遇して死を覚悟し、当時の響はただ恐怖に心が震え、奏と翼がノイズと戦った際の余波で実際に死に掛けた。

 

 死への覚悟と死が近付いてくる感覚。その両方を思い出した今の響は、驚く程に落ち着いてた。

 

 当時のように恐怖に震えるようなことは無く、響が平常心のまま己が目的の為に飛ぶことが出来ているのは、偏に響の中に当時は無かったものが今はあるからだ。

 

 大好きな人も大切な人も当時の響の心にはいた。ならば、今の響の心に新たに増えたものとは何なのか? それは、自分の命以上に大切と思えるものである。

 

 例え自分の命を捨てることになったとしても、自身の死の先に大事なものが守れるのなら、それでも良いと思える心の形。

 

 人は、それを“愛”と呼ぶ。

 

 響が見下ろす先にある青い星には、響が心から愛している自身の命よりも大切だと思える沢山の人達がいる。その大切な人達を守れるのなら、響にとって自分の命など惜しくはない。

 

(あぁ……何でこんなに気持ちがすっきりしてるんだろうな。さっきまで彼是(あれこれ)色々と考えてたのに、今は頭ん中がすっきりしてる)

 

 頭の中はクリアになって思考速度が速くなり、雑念が無くなったことで響の心には響の足を止めようとする臆病な思考も恐怖の感情も無い。今の響の心にあるのは、自身の背中にある大切なもののことだけである。

 

(いらない。そうだ、何もいらない。皆を守ることが出来るなら、俺はもう何もいらない!)

 

 響が欲するのは、響の大切な人達の明日と笑顔だけ。それ以外は何も、それこそ自身の命すらいらない。血を、肉を、骨を、命を、魂を、響を響としている全てを捧げる覚悟だった。

 

(高が月の欠片の1つ、シンフォギアでぶっ潰しやる!)

 

 確固たる決意を胸に、響は迫り来る月の欠片を破壊する為にその場から飛び出そうとする。

 

「(そんなにヒーローになりたいのか?)」

 

 だが、今にでも飛び出そうとしていた響の脳裏に響以外の別の人物の声が響き、響は思わずその場で滞空しながら動きを止めて後ろを振り返った。

 

 体を反転させた響が見たのは、響同様に母なる青い星から飛び出して響の下に向かって飛んで来ている翼とクリスの姿であり、響が聞いた先程の念話はクリスから飛ばされて来たものであった。

 

「(こんな大舞台で挽歌を唄うことになるとはね。響には驚かされっぱなしよ)」

 

「(翼!? それにクリスまで!?)」

 

 自身の後を追って飛んで来た2人の姿を目の当たりにした響はその場で固まり、響が固まっている間に後から追って飛んで来た翼とクリスも響の下へ無事合流した。

 

「(まぁ、一生分の歌を歌うには、ちょうどいいんじゃねぇのか?)」

 

「(お前ら、どうしてここに!? 分かってるのか、ここにいるってことは──)」

 

 響が念話で言わんとしていることを伝える前に翼が右手の人差し指を響の人中辺りに当てて制し、クリスはそんな響を見て呆れるように首を振っていた。

 

「(分かっているわ。でも、響が私達のことを大切に想ってくれているように、私達も響のことが大切なの。だから、私もあなたのことを守りたいの)」

 

「(お前、あたしとの約束を破る気かよ? あたしにはお前が必要なんだ。勝手にいなくなるなんて、神様と仏様が許しても、あたし様が許さねぇ)」

 

「(……ハハッ! ったく、お前らはよ……!)」

 

 翼とクリスは言い方に違いがあるが2人共自身の真摯な想いを響にぶつけ、その想いを聞き届けた響はポカンとして顔を綻ばせて気持ちの良い笑顔を浮かべていた。

 

 響は1人で先行することはせず、翼とクリスと共に黄色、青色、赤色の3色の軌跡を描きながら飛翔し、今一度1つの歌を響、翼、クリスの3人で歌い紡ぐ。

 

 歌う中で3人は互いを見合い、響を中心にして翼が響の右手を、クリスが響の左手を握って飛んでいく。

 

「(それでも私は、響や雪音と一緒にもっと歌いたかったわ)」

 

「(ごめんな。俺の無茶に2人を付き合わせちまって……)」

 

 翼の心からの望みを聞き、響は申し訳なさそうに眉を顰めて2人に謝罪した。だが、そんな顔を俯かせて気分が暗くなりがちな響の頭を、晴れ晴れとした表情のクリスが軽く押した。

 

「(ばーか!こういう時はそうじゃねぇだろう?)」

 

「(クリス……あぁ、そうだな。ありがとな、2人共!)」

 

 クリスの言葉で響が謝罪を取り消して代わりに感謝の言葉を述べると、翼とクリスは響に向けてまるで花が咲いたかのような笑顔を見せた。

 

「(行くぜ、全力全開! ここからは、俺達のステージだっ!!)」

 

「(えぇ!)」

 

「(あぁ!)」

 

 響の言葉に翼とクリスは間髪入れずに念話で即答し、3人は各々のスラスターを勢い良く吹かせながらエネルギー状の翼を羽ばたかせ、1つの光の軌道を描きながら月の欠片に向かっていく。

 

「(皆が皆夢を叶えられないのは……分かっている。……だけど、夢を叶える為の未来は、皆に等しくなきゃいけないんだ!)」

 

「(命は……尽きて終わりじゃない。尽きた命が残した物を受け止めて、次代に託していくことこそが人の営み……。だからこそ、剱が守る意味がある……!)」

 

「(例え声が枯れようが、この胸の歌だけは絶やしはしねぇ……! 夜明けを告げる鐘の音奏で、鳴り響き渡れっ!!)」

 

 クリスの、翼の、響の、この場にいる3人の装者達の想いと歌は、重ね合わされて一つとなる。重ね合わされた3つの胸の歌は、1つの歌と旋律になりて奇跡のハーモニーが奏でられる。

 

「(これが俺達の…絶唱だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!)」

 

 響の念話による咆哮が宇宙に鳴り響き、装者達3人は3つに別れて各々の方法で月の欠片を粉砕する為の準備を進める。

 

 翼は、その手に持つ大剣状のアームドギアをの大きさを倍以上の大きさに巨大化させ、更にその巨大になったアームドギアを翼の身長の十何倍もの大きさに巨大化させて月の欠片を見据えながら構える。

 

 クリスは、展開した飛行ユニットから3の倍数の割合で次々と大型ミサイルを背部に連装させながら展開していき、合計で216基もの大型ミサイルを準備してその照準を月の欠片に合わせる。

 

 響は、腕部ユニットのハンマーパーツと脚部ユニットのパワージャッキを同時に稼動させ、後ろ側に向けてどんどん伸ばしていき、その両方を自身の身長の何十倍もの長さに伸ばして月の欠片を睨み付ける。

 

「「「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」

 

 3人は咆哮を上げて、同時に月の欠片への攻撃を始めた。後先考えない動きと攻撃でシンフォギアの装甲やアームドギアに次々と破損が広がっていこうと、そんなことに3人は構わずに己の持てる全てを以て攻撃を続けた。

 

 そして3人の全力による奮闘の結果、地球に迫っていた月の欠片は一瞬の閃光の直後に爆発し、眩い爆発の際の光を発しながら粉々に砕け散った。

 

 月の欠片の爆発の余波は当然のように地球の地上まで及んでおり、月の欠片の破壊の際の発光の光や鳴り響いた爆音による轟音は未来達の下にまで届いていた。

 

 その光景を見ていた未来の目から流れていた止め処ない量の涙は一瞬で止まり、未来は覚束無い足取りで前に何歩か歩いた後に膝から崩れ落ちた。

 

「ぁ……ぁぁ……流れ星……響……」

 

 周りにいる関係者の殆どが涙を流す中で、未来は目に見える光景を見て呆然と言葉を呟き、再びその目から大粒の涙を流し始めた。

 

「ぅぅっ…! ぅわぁぁぁん! ぅぅぅ!うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

 欠片とはいえ、月を破壊するなんて芸当を行った人間どうなってしまうかなど想像に難くなく、それを分かってしまったからこそ未来は絶望し、その場に泣き崩れてしまった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 事件の終結から3週間という時が流れた。

 

 3週間程度の時間では復興の目処など立つ筈も無く、今でも街全体には激しい戦闘による破壊の爪痕が残っている。

 

「……」

 

 曇天の下、未来は浅い眠りから目を覚まして体を起き上がらせる。その顔には生気など微塵も宿っておらず、深く大きい隈が出来上がっていて、目にも光が宿っていなかった。

 

 未来達が通っていたリディアンの校舎が倒壊したことで、学院での学習が無理になってしまった未来達リディアン生には、無事だった教師や学校関係者から自主学習と特別課題が通達されている。

 

 街の殆どが被害を被っていて、無事に済んだ建物は少ない。未来のようなリディアンの寮生達が住んでいた寮も被害を受けており、寮生達は実家の方に戻ったり、友達の家などに滞在させてもらいながら学校側からの通達を待っているのが現状である。

 

 未来も両親から家に戻ってくるよう連絡を貰っていたが、今の未来は両親の言葉に全く聞く耳を持たず、友達の家に泊まらせてもらうと両親からの提案を断って街に残った。

 

 そして、今未来が寝泊まりしている場所は、偶然戦いの戦火から逃れて無事に済んでいた響の住んでいるマンションだった。

 

 以前に響から部屋の合鍵を貰っていた未来は、ボロボロになった寮から持って来られる分だけ自分の荷物を響の家に移動させて響の家に住み始めた。

 

 普段なら未来が住むに当たって家主である響が何かを言ったかもしれないが、今未来がいるその家には家主はおらず、3週間もの時間が過ぎても響は帰って来ていなかった。

 

「……今日も連絡無し、か」

 

 目に光が宿っていない未来は、近くに置いてあった自身のスマホを手に取ってメッセージを確認した。しかし、目的のものが無かったのを確認して次の作業に入る。

 

 未来のスマホには、未来の両親や創世、詩織、弓美を始めとしたリディアンの友人達からの安否確認や未来を心配するメッセージが多く入っていたが、そこに響からのメッセージは1件も無かった。

 

「……これで良し」

 

 未来はスマホの過去のメッセージ履歴から響のスマホへの簡単なメッセージを作成して送信すると、スマホの電源を切ってベッドに放り投げた。

 

 未来のスマホの送信履歴には、既に同じ内容の文が記されたメッセージが何十件も並んでおり、その履歴にあるメッセージの全てが響のスマホに送信されたメッセージであった。

 

 未来が寝ていたのは、響の家の響の寝室のベッドである。未来はゆっくりとベッドから這い出て立ち上がり、まるで幽鬼のような足取り寝室を出ると、そのまま家中を徘徊して部屋内を探索し始める。

 

「……いない。何処にも……いない」

 

 家中の部屋を探索し終えた未来は、ふらふらとした足取りでリビングに入った。そこには、生気の無い未来を心配するように未来を見上げながら悲しそうに鳴く響の飼い犬のミライがいた。

 

「くぅ〜ん……」

 

「……うん。……大丈夫。へいき、へっちゃら……だよ?」

 

 心配そうに鳴くミライに、未来は身を屈ませて目線を合わせながら平気だと伝える。しかし、まるで亡霊のようにも見える今の未来は、誰がどう見ても平気そうには見えなかった。

 

「ごめんね……今から、ご飯作るから……」

 

 それから未来は、響が残したメモ書きを見ながら冷蔵庫にあった鳥の笹身肉を使ってミライのご飯を作ってミライに食べさせ、自分は量の少ない簡単な食べ物で食事を済ませた。

 

 事件の終結からの3週間の間で、未来の健康状態はかなり悪い方へと進行していた。

 

 日が経つに連れて未来の食事の量は明らかに少なくなっていき、今では食事の回数も日に1回となり、その量も小さなお握り1つ程度の量になってしまっている。

 

 健康への被害は睡眠にも出ている。未来の今の睡眠はとても浅く、睡眠時間の方も長くて30分程度となっており、眠りが浅い上に短いという悪循環の中で未来は眠れぬ夜を過ごしていた。

 

 悪循環の生活リズムは明らかに未来の体調を悪化させ、今の未来は少し動いただけでも息が上がって凄まじい脱力感に襲われるようになってしまっていた。

 

 そんな未来を心配して創世達はメッセージを送るが、未来から返ってくる返事は決まって「へいき、へっちゃら」といった大丈夫そうなメッセージであり、その言葉は響が口癖のように言っていた言葉であった。

 

 悪循環の生活を送る未来は、響の家で響が帰ってくるのを独りでずっと待ち続けている。響が何時帰って来ても良いよう、ミライの世話をちゃんとして、家事をしっかりと熟している。

 

 家事をする中で、未来は響の家に明らかに女性ものと思われる衣類や下着、記憶にある少女が着ていた衣服を発見したが、特に気にするようなことは無かった。そんなことを気にする気力も余裕も、今の未来には残ってないのだから。

 

「……そうだ……私、今日も行かなきゃ……」

 

 いつも通り家事を始めようとしていた未来であったが、あることを思い出して徐に手を止めて外出をする為の準備を始めた。

 

 簡単な私服に着替え、肩掛けの小さな鞄に必要最低限の荷物を入れた未来は、ふらふらとした足取りで玄関にやって来て靴を履き始め、未来を見送るようにミライも玄関前にやって来る。

 

「くぅ〜ん……」

 

「……心配しないで。用が済んだら……直ぐに帰ってくるから、ね……?」

 

 寂しそうに鳴くミライに、未来は儚気な笑みを浮かべて言葉を掛け、ミライに小さく手を振りながら扉を開けて外に出た。

 

 戦いの影響で街中の殆どの道路が荒れていて、少しでも足場を踏み間違えれば即座に転んでしまいそうである。

 

 未来は覚束無い足取りではあったが、過去に陸上の短距離走の選手であったからか、それともただ単に運が良かったのか、全く転けるような兆しは無く目的地を目指して曇天の空の下を歩いていた。

 

 未来が最初にやって来たのは、復興の目処が立っていないこの街で営業している数少ない店の1つである花屋であった。

 

 今回の事件のせいで犠牲になった人は多い。故に被害者や3週間経っても生存が絶望的な人が身内にいる人は、弔いの為の花を買いにこの花屋まで足を運ぶ。

 

 そして、未来もまたここに墓参りの際の弔いの為の花を買いに来た者の内の1人である。

 

「……ありがとうございました」

 

 弔いの花である白百合を購入した未来は、包装して貰った花束を両手で抱えたまま次の目的地に向けて歩いていくが、途中で天気が曇天から雨天へと変わり、外を歩いていた未来に向かって激しい雨が降り注いだ。

 

 生憎未来は折り畳み傘を携行しておらず、普通なら屋根のある場所で雨の勢いが弱まったり止んだりするのを得策だが、未来はそんなことは考えずに激しい雨が降り続く中でもずぶ濡れになりながら歩き続けた。

 

 激しい雨に打たれ続けている未来が次にやって来たのはバス停であった。未来は雨に打たれながら暫しバスを待ち続け、少ししてやって来たバスに乗り込んだ。

 

 未来が乗り込んだバスには、五体満足な健康の人もいれば、体の何処かを負傷している怪我人もおり、未来は濡れた髪や服から雨水を滴らせながら怪我をしている人に席を譲るようにバスの隅っこで立ち尽くしていた。

 

 長い時間バスに乗り続け、次のバス停が目的地であることをバスのアナウンスで知った未来は、バスの停車ボタンを押してバスに停車してもらい、バスの乗車料を払ってバスから降りた。

 

 未来がバスに乗ってやって来たのは、街の郊外にある霊園であった。未来が霊園の端にある階段を登り、霊園内の通路を進んで自身が参りに来た墓の前に辿り着いた。

 

「……また来たよ」

 

 未来が参りに来た墓石には、誰の名前も彫られていない。その代わりに、墓石の前には写真立てが置かれていて、その写真立てが誰の墓なのかを示す役割を担っている。

 

 その写真立てには、含羞みながら晴れ晴れとした笑顔で笑っている響の写真が飾られている。

 

 飾られている響の写真は、以前に未来が響との再会と仲直りを祝して撮影した写真であり、本来なら響と未来の2人が残っている写真は未来のいる部分が切り取られて響だけが写っている状態になっていた。

 

 実を言えば、響の行方の捜索は既に打ち切られていて、二課の方ではMIA(作戦行動中行方不明)からKIA(戦死)として扱われることが弦十郎の口から直接未来に伝えられた。

 

 響の墓こそあるが、そこに響のお骨は収められておらず、機密の関係上墓石に名前を彫ることも許されていない。

 

 外国政府からの追及を躱す為だと弦十郎から伝えられてはいるが、今の未来は弦十郎の話をまともに聞くことも出来なければ、耳に残った言葉の意味を理解することも出来なかった。

 

 未来から弦十郎に渡された写真が飾られていれば、それだけが立花響の墓標であることを示す寂しいお墓がそこにはあった。

 

 その場に少し佇んでいた未来は、突如として膝から崩れ落ちて両手両膝を地面に付き、両手に抱えられていた白百合の花がは無雑作に霊園の通路に落ちた。

 

「会いたいよ…! もう会えないだなんて……私は嫌だよ……! 響……」

 

 未来はその場に泣き崩れ、未来の口から嗚咽が漏れると同時に大粒の涙が未来の頰を次から次へと伝って流れていく。

 

 今の未来は心も行動も矛盾だらけであった。こうして律儀にも毎日響の墓参りに来ているというのにも関わらず、ずっと響の帰りを響の家で待ち続けているのだから。

 

 心は現実を受け入れるのと同時に現実から目を逸らしていて、現実を受け入れていない筈なのに現実を受け入れたかのように墓参りにも来てしまう。

 

 二重人格までとは言わないが、未来の心には現実という名の真実と希望という名の理想を見詰めている2人の未来がいるような状態になっている。

 

 現実が見えているようで見えていない今の未来は、とても精神が不安定且つ危うい状態で今この瞬間を生きている。

 

 何方かに傾倒するならば、未来の精神は確かに安定するだろう。だが、何方か一方に傾いた瞬間に未来の行動は簡単に定まる。それ即ち“生”か“死”かである。

 

 真実に目を向けて現実を受け入れれば、響が死んでしまったことに絶望した未来は響の後を追うように死を選ぶだろう。

 

 理想に目を向けて希望を受け入れれば、響が死んだことを信じずに未来は響を待つように生き続けるある種の抜け殻のような存在になるだろう。

 

 この精神の不安定さこそが、未来を響達の知る今までの未来足らしめているのだ。極端に食事の量が少なくても飲まず食わずの状態にならないのは、偏に未来が生と死の間で揺れ続けているからだ。

 

 だが、もう既に限界は近い。常人がこのような極限状態の中で不安手にな精神状態で生き続けるには限界がある。その証拠に未来は心の痛みを訴えるかのように泣いていた。

 

 1度は止んだ雨も、まるで未来の大きな悲しみに呼応するかのように再び激しく降り始め、未来の嗚咽と泣き声は激流のように激しい降雨の中に溶けていった。

 

 だが、泣き崩れてその場から動けずに雨に打たれ続けていた未来の体に突然雨が掛からなくなった。不思議に思った未来は、顔を上げて上を見上げた。

 

「大丈夫か? 雨と涙でグチャグチャで、折角の可愛い洋服と顔が台無しだぜ?」

 

 未来が見上げた先には、自分が濡れるのを構わず差していたのだろう自分の黒い傘を未来の上にやって、未来が雨に濡れるのを防いでくれている喪服と思われるスーツをしっかりと着こなした背の高い男が立っていた。

 

「あなたは……?」

 

「俺か? 俺は通りすがりの何でも屋さ。ここには俺にとっての身内の墓参りに来たんだ」

 

 未来の言葉に男は律儀に説明を返し、その男の片手には未来が持ってきたのと同じ白百合の花束が握られていた。

 

(この人も、あの戦いのせいで大事な人を……)

 

 男が喪服であることから、男の身内が今回の戦いに巻き込まれて亡くなったのだと未来は思った。

 

「話は変わるが、君は毎日ここに通い詰めているのか?」

 

「はい……友達が亡くなったって分かってから、毎日ここに来てます。私の友達は、私や皆を守る為に……」

 

「そうか……自分の身を顧みずに誰かを助けたのか……」

 

 聞かれたこと以上の内容を口走った未来であったが、詳しい内容や響の名前は伏せてある。しかし、男には未来の友達が目の前にある墓に飾られる写真立ての少年であることが丸分かりであった。

 

「俺は薄情な奴でな……俺の身内が今回の騒動に巻き込まれたのを知ったのは、騒動が起こってから1週間後だった」

 

 男はそう言うと、未来に自身の傘を持たせて自分は近くに落ちていた未来の花束と自身で持ってきた花束を響の墓の前に置いた。その一連の行動を見ていた未来の口から疑問の声が漏れる。

 

「え……?」

 

「俺の身内……俺の弟分は、俺が血眼になって捜していた俺のダチの忘れ形見について何か掴んでいた。それを直接聞く為に面倒な仕事をさっさと片付けようとしていたらこのザマだ」

 

「……」

 

「結局俺は、肝心な時に何も気付かずダチや身内に手すら伸ばせずに終わっちまうような男だ」

 

 未来の代わりに激しい雨に打たれている男は、響の墓の前で手を合わせながら未来に言葉を吐露した。初対面の見知らぬ男の話を聞いていた未来は、その男が誰なのかを理解した。

 

「あの、あなたは……名瀬黎人さん、なんですか?」

 

「あぁ。俺は名瀬黎人。何故か名前が彫られてねぇ墓に眠ってる立花響の兄貴分をやってた男だ。そういう君は小日向未来ちゃんだろ?」

 

「私のこと……」

 

「あぁ、知ってる。俺の弟分からよく聞かされた。優しくて頼りになる自慢の幼馴染みだってな」

 

 未来の前に立っている男の正体は、以前に未来が響から聞かされた2年前に独り家を飛び出して路地裏でくたばりそうになっていた響を保護し、響を連れ添って世界を回りながら、生きる為の術と知識を響に叩き込んだ恩人で響の兄貴分の名瀬黎人であった。

 

「……ったく、あいつも罪作りな奴だ。こんなになっても欠かさずに墓参り来てくれる良い女を残して逝っちまうなんてよ」

 

「黎人さん……」

 

「それにだ。折角2年前に命辛々生き残ったてのに、日本に戻ってきた途端にこの有様だ。あいつはどんだけ不幸な星の下に生まれてきてんだ。日頃の行いは寧ろ良い癖に、小さな面倒事から大きな面倒事の悉くに巻き込まれやがる。相当面倒な因果でも複雑に絡んでるのか、それとも余程悪質な神にでも呪われてんのか。どっちにしても両方共糞食らえだ」

 

 響の不幸を嘆き悲しみ、黎人は帽子を手で押さえ付けるようにして深く被りながら曇天を見上げて悪態を吐き捨てた。

 

 雨に打たれるのも構わず、黎人は未来に傘を預けたまま目元を隠すように帽子を動かしてその場に佇んでいて、その黎人の隠されている目元付近から一際大きい雫が頰を伝う。

 

 それは雨の水滴が溜まりに溜まって流れ落ちたものなのか、それとも……。

 

「なぁ、未来ちゃん。最近まともに生きてるか?」

 

「……え?」

 

 突然黎人に聞かれた内容に未来は理解が追い付かず、呆然としたまま疑問の声だけが口から漏れ出た。そんな未来の反応を見ていた黎人は、小さな溜め息を吐いてから話を続ける。

 

「俺がこの時間にここにやって来れたのは、周りの人からお前さんの目撃情報を集めたからだ。その話で出てくるお前さんは、全員が全員共通してまるで亡霊みたいだって口々に話してた。見た所顔は酷いし、足もふらふら、少し窶れても来てる。食生活どころか、睡眠だってまともに取れてない。違うか?」

 

「……」

 

 黎人の質問に未来は答えを返さなかった。しかし、その代わりに今の未来の沈黙こそが質問の回答になってしまっていた。

 

「……図星か。ったく、何やってんだ。そんな命をドブに捨てるような生き方をして、(あいつ)が喜ぶと思ってるのか?」

 

「……せん」

 

「ん? 何だって?」

 

「そんなの知りません! どんな風に生きたら響が喜ぶかなんて分かりません! だって、お墓は何も答えてくれないから! 例え響のお骨がそこにあっても、お墓は何も言葉を返さない! 笑顔を向けてくれることも、頭も撫でてくれることも無い!! なのに、どうしたら響が喜んでくれるなんて分かるんですか!!?」

 

 黎人の言葉によって、未来の心の堤防が決壊して胸の内に燻っていたドス黒い感情が濁流となって溢れ出し、未来の口から言葉となって吐き出された。

 

 響がいないことが未来のストレスとなり、そのストレスが未来の心を歪ませていき、その歪んだ心が響がいないことを再認識させて再びストレスを増加させる。

 

 その悪循環の中で育てられた未来のドス黒い感情は、黎人が響にとっての兄貴分で恩人であることを忘れさせ、未来の口から不平や不満、悪態や罵倒といった罵詈雑言を吐き出させた。

 

「響は帰ってくるんです……もういないんです……死んでなんかいません……話すことも出来ないんです……」

 

 未来の精神状態は大きく揺らぎ、その精神の不安定さを示すように口から出てくる言葉はバラついていた。響は生きてる、響は死んだ、それら意味を指す言葉が次から次へと未来の口から紡がれる。

 

「……死にたい……響に会いたい」

 

「ッ!」

 

 そんな未来の痛ましい姿を見ていた黎人は、座り込んでいた未来の肩を掴んで激励の言葉を投げ掛ける。

 

「思い出せ! あいつが何の為に体を張ったのか!? よく考えろ! あいつに守られたお前さんが、これからその命をどう使っていくべきなのかを!?」

 

「ッ!? ……響が体を張った、理由」

 

 黎人の言葉を聞いて、未来は繰り返すように言われた言葉を口にしながら思案する。響が体を張った理由を。助けられた自分がこれからどうするべきなのかを。

 

(……響は皆の笑顔と未来を守る為に歌い続けた……その皆の中には、きっと私のことも入ってる。なのに、私は響がいなくなってから笑ったことが無い。先のことも何も考えてなくて……どうでもよくなってた。響が残してくれたものを、私は自分から台無しにしようとしてた)

 

 響の行動の意味と響の願いと想いをよく思慮することで未来は思い出し、未来の真っ暗だった瞳に少しばかりの光が灯る。

 

──だから、生きるのを諦めるな……!

 

(響は、生きるのを諦めるなって言ってた。けど、私は響の想いを無視して勝手に生きることから逃げて諦めようとしていた。助けられた私が自分から生きるのを諦めるなんて……そんなの筋が通らない)

 

 響の最後の言葉を思い出し、未来が自分から響の願いを踏み躙ろうしていたことに気付いたことで未来の瞳が今までと同じ輝きを取り戻す。

 

(……響は皆が手と手を取り合える平和な世界を夢見てた。翼さんも、クリスも、皆が同じ想いだった。なら、私がこれからすべきことは──)

 

 未来の想いがそこまで至った瞬間、未来の瞳にこれまでに無い程の確かな強い輝きが宿り、未来は自らの力で立ち上がった。

 

「……理解したんだな?」

 

「……はい。私が大好きな男の子は、私が生きることを望んでました。だから、私は生きます。響が願ってたことを私が叶えてみせます」

 

 黎人に向かって啖呵を切るようにそう言った未来の瞳は、とても強い輝きに満ちたものであった。その毅然とした佇まいを見て、黎人はもう心配するようなことは無かった。

 

(元から未来ちゃんは強い人間だったんだろうな。それが響という心の主柱を失ったことで揺らいだ。けど、今度は響への想いを胸に立ち上がってみせた。人の生死を左右するくらいにまで人の心に踏み込んで、その中心になるなんてな。全く大した男だよ、(きょうだい)……)

 

 ここまでの未来の姿を見てきて、黎人は響がどれだけ未来にとって大きな存在であったかを理解し、同時にそこまでの大きな存在になっていた響を誇りに思った。

 

 未来が立ち上がった直後、今の未来の心に作用するように降り続けていた雨も唐突に止んだのであった。まるでこの空そのものが、今の未来の心情を表しているかのようであった。

 

 だが、そうなると未来の心はまだ曇っているということになる。この曇天が未来の心なのだとすれば、この空を晴らすことが出来る存在は、やはり──

 

「嫌ぁぁぁぁ!!助けてーーー!!」

 

「「ッ!?」」

 

 すると、突然霊園全体に響き渡るかのような大きな悲鳴が周囲一帯に鳴り響いた。その声に反応して、未来も黎人も悲鳴が聞こえてきた方向へ視線をやった。

 

 悲鳴の発生源では、電灯に車をぶつけた大学生くらいの女性が複数のノイズに道路を塞ぐように囲まれていた。女性は自分を追ってきたノイズを見遣った後、前に回り込んできたノイズを見て悲観的な言葉を漏らす。

 

 そんな恐怖に震えていた女性の手が唐突に誰かの手に掴まれ、手を掴まれた女性は反射的に掴まれた自身の手がある方向を見遣った。女性の視線の先には、先程まで未来と一緒にいた黎人の姿があった。

 

「こっちだ! 未来ちゃんも逃げるぞ!」

 

「は、はい!」

 

 黎人はそう言うと女性の手を無理矢理引きながら走り出し、階段の上に置いてきた未来に逃げるよう促して未来と女性と一緒にノイズから逃げ出した。

 

 霊園を経由して別の出入り口からコンクリートの道路に出た黎人達はそのまま全速力で逃げ続けるが、そんな黎人達の後をノイズの集団をしつこく追い掛ける。

 

 様々な修羅場を潜ってきた黎人一人なら、どうにかノイズを撒くことが出来たかもしれない。しかし、あまり運動が得意ではないのか共に逃げている女性は既に限界で、不健康な生活を送っていた未来の方も既に限界が近かった。

 

「私、もう……」

 

「諦めるな!」

 

 体力も限界でノイズの恐怖に負けてしまった女性はその場で失神し、黎人は女性を励ましながら女性を背中に背負って再び走り出す。

 

(諦めない……絶対に……!)

 

 体力が既に限界に到達していながらも、未来は懸命に走り続けた。先程までの未来なら逃げることもせずに大人しくノイズの餌食になっていただろう。しかし、今の未来は自分から諦めることを決してせず、響と並ぶ程の諦めの悪さと根性を発揮して走っていた。

 

 だが体力の限界と体調の不調が重なり合ったことで、未来は足を縺れさせてそのまま勢い良く転けてしまった。

 

「ッ! 未来ちゃん!」

 

 少し距離が離れたところで未来が転けたことに気付いた黎人は、直ぐ様足を止めて振り返った。黎人が振り返った先には、体力が限界で起き上がることさえ困難な未来と直ぐそこまで迫って来ているノイズの集団がいた。

 

 迫り来るノイズの集団は、その形状を変化させて一斉に未来に襲い掛かった。転けて身動きが取れず、体調も優れない未来がここからノイズの攻撃を躱すことなど到底不可能だった。

 

「……ごめんね、響」

 

 迫り来る絶対的な死を間にして、最後に未来の口から出たのは謝罪の言葉だった。黎人の言葉で漸く立ち上がることが出来たのに、何も成せずにここで果ててしまうことに未来は響への申し訳なさを感じていた。

 

 これから来るであろう痛みと死を直視しない為に、未来はせめてもの抵抗に目を瞑ってノイズを見ないよう視界を閉ざした。

 

 しかし、次に未来が感じたのはノイズの攻撃による痛みや自分の体が煤に変わっていく感覚ではなく、自身の体が何者かに持ち上げられて凄まじい勢いで揺れ動いた感覚だった。

 

 体が激しく揺れる中、次いで未来は凄まじい打撃音と何かが砕け散るを耳にした。

 

「……え?」

 

 何時までもやって来ない痛みや常人には出来ないであろう無茶苦茶な軌道で揺れ動く感覚、聞こえてきた謎の破壊音を不思議に思い、未来は閉ざしていた視界をゆっくりと開いた。

 

 目を開いた未来は、まず最初に自分が地面から浮いてることに気付いた。脇腹と膝裏に白い装甲で包まれている手があったことで、未来は所謂お姫様抱っこで持ち上げられてることを理解した。

 

 次に未来の視界に入ったのは、風の流れに乗ってゆらゆらと揺れ続けるマフラーだった。マフラーの先端に菱形状の金属パーツが付いていて、そのマフラーが風に乗るのと同時に周囲に煤が舞った。

 

 ノイズがいる場所で煤が舞うということは、それ即ちノイズかノイズに襲われた人間が炭素分解されて粉々に砕け散ったことの証左である。

 

 この場で最もノイズに近かったのは未来であり、最も先にノイズに襲われるのは未来であることは間違いなかった。しかし、その未来が無事であるということは、ノイズだけが炭素の塊となって砕け散ったということになる。

 

 だが人の身ではノイズに勝てない。それは銃を持っている訓練された兵士でも同じである。未来の知る限りでは、ノイズに対抗出来るのはそれこそ櫻井了子が作り出したアンチノイズプロテクターであるシンフォギアだけだった。

 

(……あれ? この手の感触)

 

 未来は触れられている自身の脇腹と膝裏から感じる手の感触に既視感を覚えた。とても大きいその手と優しい手付きは、未来が小さい頃からよく知っているものであり、その手に撫でられることが未来は大好きだった。

 

 だからこそ、その手の感触を持つ人物を未来が間違えることなど有り得ない。

 

(まさか……)

 

 有り得ないとは思いながらも未来は確かめられずにはいられなく、自分を横抱きにしている人物の顔を見ようと顔を上げた。

 

 しかし、未来が顔を確認する前にその人物の体が発光した。発光した際の光は眩しく、未来は思わず目を瞑ってしまった。

 

「……大丈夫だ、未来。もう大丈夫だ」

 

「ッ!?」

 

 光が治まるのとほぼ同じタイミングで未来に声が掛けられた。その声を聞いた未来は思わず体を震わせ、眩しさが少し残っている自身の目を開いて今度こそ相手の顔を見た。

 

「ぁ……ぁあ……ああ!」

 

 相手の顔を確認した直後、未来は歓喜の声を漏らして自身を横抱きにしている人物の首に両腕を回して強く抱き締め、その目からは大粒の涙が溢れ出した。

 

「……ハハッ! ったく、何だよあいつ! 無事なら無事って連絡寄越せよ……! こりゃ色々と聞かなきゃイケねぇことが増えちまったな」

 

 少し離れた場所から未来と未来を助けた人物を見ていた黎人は、軽く悪態を吐きながらも嬉しそうに笑みを浮かべて涙ぐんでいた。

 

「会いたかった……未来」

 

「……私もだよ……響」

 

 未来を助けたのは、戦死したと伝えられていた響であった。響が生きていたことに未来は歓喜の涙を流し、響は泣いている未来に未来が大好きな晴れ晴れとした笑みを向けた。

 

「響……響……響ぃ……!」

 

「ごめんな、未来。機密がどうとかを守らなくちゃいけなくてさ……未来には余計な心配と苦労を掛けさせた」

 

「許さないもん……。でも、良かった……。響が無事で良かったよぉ……!」

 

 響が無事だったことに喜んで泣きながらも拗ねる未来に、響は返す言葉も無くただ謝ることしか出来ない。すると、そんな響の後頭部に軽い衝撃が走った。

 

「あいたっ」

 

「少しは私達と合わせなさい。先行されると連携が取れなくなるわ」

 

「全くだ。そいつが危ないのを見るなり1人で突っ込みやがって。この猪突猛進の単細胞バカが」

 

「翼さん! それにクリスも! 無事で良かった……」

 

 苦言を漏らしながらも呆れたように笑みを浮かべて未来が無事だったことに安心して響の横に並び立ったのは、響同様に戦死したと伝えられていた風鳴翼と雪音クリスだった。

 

「私達も余計な心配を掛けたわね、小日向」

 

「ったく、そんなに話した訳でもないあたしのことまで心配するなんざ、人が良すぎだ」

 

「そんなこと言いつつも、実は内心で狂喜乱舞してるんだるぉ? 全くクリスちゃんってば素直じゃないんだからぁ〜」

 

「ッ!! 煩え、このバカ! お前がちゃん付けなんてするんじゃねぇ! お前が女なら兎も角、男のお前にちゃん付けされたくねぇ!」

 

「んだとコラ! 誰がバカだ! せめて筋肉付けろよ!」

 

「はいはい。落ち着きなさい、2人共。司令達を待たせる訳にもいかないから、続きは家でやりなさい」

 

「Yes, ma'am!」

 

「家なら良いってのか!?」

 

 響が帰ってきた途端に未来の周囲は騒がしくなった。こんな騒がしい遣り取りでも、今の未来にはその全て愛しく尊いものに思えた。

 

「……で、俺への説明はあるんだろうなぁ……弦十郎?」

 

「勿論だ、黎人。寧ろ、俺の方からお前に話があるくらいだ」

 

 少し離れた場所では、車でここまでやって来た弦十郎と緒川の下に合流した黎人が、親友との親交を暖めるように談笑しながら響達のことを見守っていた。

 

「お帰りなさい、響」

 

「ただいま、未来」

 

 未だ目尻に涙を溜めながらもお帰りと言う未来に、響は満面の笑みを浮かべながら未来にただいまと返したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノイズの脅威は尽きる事無く、人の闘争は終わること無く続いている。

 

 未だ危機は満ち溢れ、悲しみの連鎖は止まることを知らない。

 

 しかし、彼らは鬱向かない、諦めない。何故ならこの世界には……歌があるのだから──。




・原作ビッキーと今作ビッキーとの相違点コーナー

(1)響、過去を思い出す
──今作ビッキーはフィーネの言葉で自身の過去を思い出しました。それが何時の時の話なのかは別の機会で。

(2)響、涙を堪えるクリスに涙を流させる
──涙を堪える女の子に胸を貸して上げる男の中の男のような立ち振る舞いである。自分以外の女の子を抱き締めてる意中の男の子を見て鋭い視線を向けてた女の子2人なんていなかった。良いね?

(3)響、未来にサムズアップを送る
──決して顔は見せず、背中とサムズアップで語る今作ビッキー。溢れ出る主人公ムーブである。

(4)響、歌道オンステージ
──俺達のステージとか言っちゃう今作ビッキー。普段はオレンジだし、内側からどんどん人止めてってるから強ち間違いじゃないという。

(5)響、未来のピンチに颯爽と登場
──原作と違い、マジで死にます5秒前だった393を一瞬で助けた今作ビッキー。自分以外の女の子をお姫様抱っこしてる意中の男の子を見て鋭い視線を向けてた女の子2人なんていなかった。良いね?

 今回で僕が挙げるのは以上です。他に気になる点がありましたら感想に書いて下さい。今後の展開に差し支えない範囲でお答えしていきます。

 これにて、第1期完結です。

 今話では色々なシーンのオマージュを入れたりしてましたが、皆さんには分かりましたかね?

 それと原作よりも精神状態がヤベーイ今作393です。2年前の惨劇を響と共に乗り越えていなかったり、再開時の反動のせいで無意識的に響への依存が強くなっていたりで、原作393よりもメンタル面が少し脆い今作393です。

 でもまぁ、この精神の脆さも今回の件を乗り越えたことでより強くなり、後々の物語のある部分への影響を与えていったりするんですがね。

 後、ここから黎人の兄貴も本格的に物語に参戦させる予定です。心のANIKI、技のNINJA、体のOTONAな感じの最強のトライアングルチームが結成されます。

 今話を持ちまして、活動報告に掲載していたアンケートへの回答を締め切らせて頂きます。アンケートへの回答をして下さった読者の皆様には、感謝とお詫びの言葉を申し上げます。本当にありがとうございました!

 集まった回答やご意見はしっかりと吟味し、本編や番外編の方へ反映させていこうと思います!

 今後の予定としましては、“戦姫絶唱しないシンフォギア”を参考にしたり、オリジナルで考えた番外編を幾つか挟んでからG編に突入しようと思っています。

 それでは、次回もお楽しみに!

 年内の投稿は今話が最後になります。皆さん、良いお年を!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。