戦士絶唱シンフォギアIF   作:凹凸コアラ

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 皆さん、どうもシンシンシンフォギアー!!(挨拶)

 3週間も投稿期間が空いてしまい申し訳ありません。お家の事情で忙しかったり、風邪を引いたり、高校の時の友達と集まったりで執筆する時間が削られ、オリジナル展開を考えてたら遅くなってしまいました。

 その結果、今話の文字数が25000字以上になりました。文字に効果を与える特殊タグなどを使っていますが、それでも20000字以上は書いたことになると思います。

 それと以前の投稿の後書きで書きました通り、XV放送中は投稿曜日を月曜に変更しました。

 さて、僕が投稿出来てない間もXVの方は順調に放送されてましたが、皆さんはどう思いましたか?

 翼さんの新技だったり、クリスちゃんの世界の果てだったり、オートスコアラーの派手な復活だったり、満を持してのキャロルの復活だったり、最終話でもないのに響以外のエクスドライブの登場だったりと僕的には言いたいことが沢山あります!

 けど、一番に言いたいのは……ほらー! 皆さんがラスボスラスボス言ってたから遂に393がラスボスとして顕現したじゃないですかー!

 どうすんのアレ!? 何か変身シーンの背景に浮かんでた模様も神獣鏡ぽかったし、もしかして聖遺物分解ビームも撃てちゃうの!?

 種蒔き糞爺も何か不穏な雰囲気出してるし、今後の展開が全く読めない! どうなる、シンフォギア!?

 アニメは後半に入って色々と白熱していますが、この作品は未だに2期のG編ですので皆さんは気軽に息抜きのつもりで読んでいって下さい。

 では、そろそろ世間話も終了して本編の方に入っていきましょうか!

 それでは、どうぞ!


EPISODE 31 Superb Song Combination Arts

 重力に従って無数のノイズの海の中へ落ちていく翼の映像がモニターに流れていたが、突如として映像が途切れてモニターに“NO SIGNAL”という文字と真っ黒の背景が映し出された。

 

「何で消えんだよ! 動けこのポンコツが! 動けってんだよ!!」

 

 何の前触れも無く映像が途切れたことでに響は驚愕し、再び映像を映らせようと懐から響専用の万能ドライバー取り出して簡易モニターをバラそうとし始める。

 

「現場からの中継が遮断された!?」

 

 手元の端末を見ていた友里の声を聞いて響は簡易モニターを分解しようとしていた手を止めて友里を見遣り、クリスは勝ち誇った笑みを浮かべながら左手の掌に右手の拳を叩き付けた。

 

「ってことは、つまり……?」

 

 笑みを深めるクリスを見て、クリスが言わんとしてることを常人よりも優れた勘で察した響は指をパチンと鳴らした。

 

「反撃開始、ってことだな!」

 

「そういうことだ!」

 

 中継映像が流れなくなったということは、誰もこれから起こることを視認することが出来なくなったということに他ならない。

 

 それはつまり大衆の目という鳥籠に入れられていた鳥が、鳥籠から解放されて自由に大空を羽ばたくことが出来るようになったということだ。

 

「Imyuteus amenohabakiri tron」

 

 今度こそ翼は聖詠を完全に歌い切り、その時をずっと待ち続けていた絶刀が翼の聖詠(うた)によって解き放たれる。

 

 翼は起動したシンフォギアをその身に纏うが、その装いは響達同様にルナアタックの際に纏っていたギアとは少し違っていた。

 

 体を覆うインナースーツは明度が高い水色と白と黒のものに変わり、次々と体に装着されていく各部ユニットも純色の青と白色で構成されている。

 

 剥き出しとなっていた両脚部のブレードは、シンプルで無駄の無いコンパクトな形に収められていて、その色合いは各部ユニットと同じ色に染まっている。

 

 そんな全体的に純色の青と白の色合いが多くなって以前のギアよりも出力が向上したシンフォギアを纏った翼は、獅子奮迅の勢いで駆け抜けながら群がるノイズを一刀の下に両断していく。

 

 ある程度のノイズを切り捨てた翼は、大きく跳び上がると同時に手に持つアームドギアの形状を刀から青色の刃が追加された大剣へと変化させ、高密度のエネルギーを纏わせた大剣を縦に振り抜いた。

 

【蒼ノ一閃】

 

 放たれた蒼ノ一閃は直線上にいた全てのノイズを両断し、蒼ノ一閃によって出来上がったスペースに翼は無手となった両手で着地する。

 

 すると、今度はコンパクトに収まっていた両脚部のブレードを展開して周りに群がるノイズを回転しながら両断していった。

 

【逆羅刹】

 

「中継が中断されたッ!?」

 

 会場側からの中継が中断されたことによって、会場側に映っていた世界各国の主要都市の様子を映した映像も途切れて全ての画面に“NO SIGNAL”という文字と真っ黒の背景が映し出されている。

 

 翼がシンフォギアを纏う寸前のところで都合よく中継が途切れたのは、大衆の目に縛られた翼を自由にする為に動いていた緒川のお陰である。

 

「シンフォギア装者だと世界中に知られて、アーティスト活動が出来なくなってしまうなんて、風鳴翼のマネージャーとして許せる筈がありません」

 

 そう言った緒川の顔から何筋かの汗が垂れ落ちていて、肩を大きく揺らしながら大袈裟に呼吸をしていることから本当にギリギリのところで間に合ったということが窺い知れた。

 

 現在緒川がいるのは、ライブ会場から各国への中継を統制する会場内の管制室である。そこの機材を操作し、全ての映像の電源をオフにすることで中継を中断させたのだ。

 

 ライブ会場との中継を司る機関があるのは緒川の入る管制室のみであり、外部からの中継の再開が不可能な以上これで翼は後顧の憂い無く戦いに専念出来る。

 

 その肝心の翼は、積み上げてきた経験と研鑽してきた技を以って瞬く間に会場内にいた無数のノイズの全てを斬り捨て、未だにステージの上に立っているマリアの前に着地して剣を構えた。

 

 人質もいなければライブ会場の中継も無くなったことで完全に形勢が逆転されたにも関わらず、翼の前に佇むマリアの顔が未だに余裕を含んだ表情をしていることから、翼はより一層の警戒を高める。

 

「いざ、推して参る!」

 

 早々に睨み合いから一転して、翼は何もしてこないマリアに自ら仕掛けた。

 

 戦いの中で研磨されてきた翼の剣戟がマリアに振るわれるが、マリアは迫り来る剣戟の悉くをまるで舞でも踊るかのようにマントを翻しながら躱してみせる。

 

 暫く攻撃の回避に徹していたマリアであったが、翼が大きく振るった横からの一刀を翼の頭上を跳んで避けるのと同時に翼から大きく距離を取り、()かさず伸縮自在のマントでの反撃を行う。

 

 翼は飛来するマントを剣で振り払おうとしたが、伸縮自在であると同時に自由自在に動かせるマントは弾かれても止まること無く翼に向かい、翼は顔面に直撃する寸前のところで腕部装甲を装着した左腕を間に挟むことで辛うじて攻撃を凌いだ。

 

「このガングニールは本物ッ!?」

 

 防ぎはしたがマントの攻撃を受けた反動で後退させられた翼は、その攻撃の感触からマリアが纏うギアが間違い無くガングニールであると判断した。

 

「漸くお墨を付けてもらった。そうよ、これが私のガングニール。何者もを貫き通す無双の一振りッ!」

 

 マリアはそう言うと、今度は自身から翼に仕掛ける。

 

 硬度さえも自由に操れるマントを上段と下段から振るい、そこから自身の身をマントごと独楽(こま)のように回転させながら攻撃する。

 

 対して翼はマリアの猛攻を冷静に対処し、マリアの回転攻撃を剣から火花を散らせながら受け止め、今度は弾き飛ばされないようその場に全力で踏ん張りながら攻撃を防いだ。

 

「けれども、私が引き下がる通りがある訳では無いわッ! 何よりも、あなたが纏うそれがガングニールであると言うのなら、私は尚更負ける訳にはいかないのッ!」

 

 誰よりもガングニールと共に戦ってきた翼だからこそ、同じガングニールを纏うマリアに負ける訳にはいかないのだ。

 

 すると、戦いに集中していたマリアのヘッドギアに一本の通信が入った。

 

『マリア、お聞きなさい。フォニックゲインは現在22%付近をマークしています』

 

(なっ!? まだ78%も足りてないッ!?)

 

 通信越しで聞かされた老齢の女性の言葉にマリアが目を見開いて驚愕したことでマリアの動きは一瞬止まり、それと同時にマリアの意識が翼から逸れたことでマリアは自ら大きな隙を晒してしまった。

 

「ッ!」

 

 そして、歴戦の戦士である翼は戦いの最中に垣間見えた決定的な隙を見逃すことは無い。

 

 翼はマリアが大きな隙を晒した瞬間に後ろに離脱し、攻撃対象がいなくなったことでマリアの攻撃は見事に空振り、マリアはバランスを崩してしまった。

 

 連鎖するようにマリアが隙を晒し、翼はその好機を逃さない為に大技による早期決着を試みる。

 

 翼が手に持っていたアームドギアを手放すと、足先から太股の半ばまでを覆う脚部装甲から諸刃の直剣型のアームドギアが射出され、翼はその2本のアームドギアを逆手持ちで掴み取る。

 

「今のあなたにこれが躱せるかしらッ!」

 

 翼は持っていた2本のアームドギアの柄頭を連結させて1本の両刃剣とし、翼が両刃剣を逆時計回りで振り回し始めると同時にその刀身に烈火の如き炎が燃え上がった。

 

 着地した翼は両刃剣のアームドギアを振り回したままマリアに向かって駆け出し、新しく加わった脚部ブレードのバーニア機能でホバー走行をしながらマリアに突進する。

 

 翼の一連の動作は本当に瞬間的な間に行われたものであり、マリアが体勢を立て直して翼に再び意識を向けた時には既に攻撃の回避が不可能な距離にまで翼は迫っていた。

 

 そんな直撃コースが避けられないマリアに対し、翼は一切の手加減無しで響やクリスとの訓練の中で共に仕立て上げた新たな奥義をお見舞いする。

 

【風輪火斬】

 

 疾風の如き速度と烈火の如き威力を以って眼前の敵を焼き斬る翼の新奥義──風輪火斬がマリアに直撃した。

 

「くっ!?」

 

 咄嗟の判断で防御の姿勢を取り、直撃こそ避けられたかったがそれでもある程度のダメージ軽減を行ったマリアであったが、剣戟によるダメージと両刃剣が纏っていた炎による相乗ダメージによって苦悶に満ちた表情を浮かべていた。

 

「話はベッドで聞かせてもらうわッ!」

 

 初撃こそ防がれたが、それでも明らかに大きなダメージが入ったことでマリアの行動速度が遅くなっていることを翼は見極め、風輪火斬による次撃でマリアとの戦いに決着をつけようとする。

 

 対応が遅れたことで先のように攻撃を防げない無防備な背中を晒してしまっていたマリアであったが、突如としてピンク色の無数の何かが攻撃を行う翼に向かって飛来した。

 

「ッ!?」

 

 飛来する何かを視認した翼は、マリアへの突進を中断して体を反転させ、両刃剣を回転することで飛来物を防御した。

 

 そんな謎の飛来物が飛んできた方向には、ピンク色を基調とした黒色のシンフォギアを身に纏っている小柄の少女がいた。

 

 歌を歌いながらステージに向かって降りてくる少女は、ツインテールのようなアームドギアを展開して、そこから先と同じ無数の飛来物──小型の丸鋸を翼に向かって射出する。

 

【α式 百輪廻】

 

 直後、その少女の背後から緑色を基調とした黒色のシンフォギアを身に纏っている金髪の少女が飛び出した。

 

 金髪の少女がロッド状の何かを振り回すと、その何かは巨大な大鎌のアームドギアへと変形し、更にそこから大鎌の刃が3枚に分裂する。

 

「行くデス!」

 

 金髪の少女は空中で器用に体を回転させることで勢いを付け、その勢いが乗ったまま大鎌を振るった。

 

【切・呪リeッTぉ】

 

 大鎌が振るわれると同時に大鎌の先端に付いていた3枚の刃がアームドギアより分離し、3枚の刃は回転の勢いに乗っていたことで回転しながら翼に向かって飛んで行った。

 

 正面から飛来するα式(アルファしき) 百輪廻(ひゃくりんね)の対応に追われていて翼は、左右から飛来する3つ緑色の刃──(キル)呪リeッTぉ(ジュリエット)に対応出来ず、その直撃を受けてしまう。

 

「あぁッ!?」

 

 呪リeッTぉ(ジュリエット)の直撃を受けた翼は後方に弾き飛ばされ、背中からステージの上に叩き付けられた。

 

「危機一髪」

 

「まさに間一髪だったデスよ」

 

 上から降りてきた2人の少女は、マリアに背を向けながら翼とマリアの間に並び立った。

 

「装者が……3人ッ!?」

 

 上体を起き上がらせた翼は、唯でさえ適合することが稀であるシンフォギア装者が敵側に3人もいるという光景を目の当たりにして瞠目した。

 

「あの子達は、さっきの……!?」

 

 管制室から状況を確認していた緒川は、突如として戦場に現れた2人の未確認の装者の正体がつい先程自分と鉢合わせた2人の少女であることに気が付いた。

 

 そう、この場に現れた2人の少女とは、緒川が意図せず出会った切ちゃんなる少女と調という2人の少女だったのだ。

 

「調と切歌に救われなくても、あなた程度に遅れを取る私ではないんだけどね」

 

 すっかり体勢を立て直したマリアは切ちゃんなる少女改め切歌と調の隣まで歩み出て、未だに尻餅をついて座り込んでいる翼を見下ろしながらそう言った。

 

 明らかに形勢は逆転し、翼の身はマリア達の匙加減一つでどうとでもなるという絶望的な状況にあるのに対して、翼は悲観的な表情は一切浮かべずにいるどころか、笑みを浮かべていた。

 

「ふふ……」

 

「何が可笑しいの?」

 

「聞こえないのかしら、この音が」

 

 翼がそう言った直後、会場全体を揺らしながら聞こえてくる破壊音と空気中を震わせる騒音の両方が同時にマリア達の耳に聞こえてきた。

 

「ッ!? 上か!」

 

 会場内に響き渡る不協和音の内の片方の出所を即座に判断しらマリアが上を見上げ、そんなマリアに釣られるように調と切歌の2人も上を見上げた。

 

 上空を見上げたマリア達の視線の先には、会場上空で滞空しているヘリとそのヘリから飛び降りてきたクリスの姿が映っていた。

 

「奇襲にしては御座成りなで──」

 

「だらっしゃあぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」

 

 見え見えの奇襲をするクリスを迎え撃とうとしたマリアであったが、翼がいるステージの一部を壊す音と共に聞こえてきた雄々しい叫びによってマリアの言葉は遮られてしまった。

 

 そんなステージの足場をぶち破って姿を現したのは、先程までクリスと共に会場に向かっていた響であった。

 

 上空のクリスに意識が向いていたマリア達は響の奇怪な登場の仕方に完全に虚を衝かれたことで行動が出遅れ、包囲していた翼の救出を許してしまった。

 

 翼をお姫様抱っこの要領で抱き抱えた響は、インパクトハイクという脚部ユニットのパワージャッキによる特殊運用で空気を蹴り込み、空中での軌道修正を行って後退する。

 

「土砂降りの、10億連発!」

 

【BILLION MAIDEN】

 

 そして、翼を救出した響に視線が移っていたマリア達に向けて、クリスが2丁4門の2連装ガトリングガンによる一斉掃射で鉛玉の大雨を降り注がせた。

 

「ッ!? 調ッ! 切歌ッ!」

 

 3人の中で逸早くクリスの攻撃に気付いたマリアは、隣にいた調と切歌を即座に自分の下に抱き寄せ、自分達の頭上に展開したマントを硬化させてクリスの攻撃を防いだ。

 

「どうして響は下から出てきたの?」

 

「たはは。何とも間抜けなことにヘリから落ちちまって……」

 

「えぇ!?」

 

「ヘリで回収しに行く時間も勿体ないし、ギアを纏ってるところを一般の人達に見られる訳にもいかないから、何時かの時みたいに会場の下まで地底を掘り進んできた」

 

「えぇ……」

 

 響の口から話された下から出てきた理由の説明を聞いて、翼は心配半分呆れ半分の気持ちになってしまって何も言えなかった。

 

 ヘリのモニターが映らなくなった直後、すっかり気が抜けて安心してしまった響はうっかり後ろに凭れ掛かってしまった。

 

 だが、肝心の響の後ろは響が飛び降りようとヘリの扉を開けていたことで空への通り道になってしまっていた。

 

 同じように安心していたクリスも先のように対応が間に合わず、結果として響はそのまま空へと身を投げ出すこととなりって見事に落っこちた。

 

 幸い即座にギアを纏った響は無事着地に成功し、コンクリートの地面に赤い染みを残すことは無かったが、新たに面倒な問題が浮上してしまった。

 

 ここで響を回収してしまうと更なる時間ロスに繋がり、一刻の猶予も無い非常事態の今はそのロスされる時間さえも惜しい。

 

 故にヘリは響の回収はせずにそのまま会場に向かい、シンフォギアを人目に見られる訳にはいかないという理由で響は人目が絶対につかない地下を掘り進んで会場までやって来たのである。

 

 会場まで到着した後は、翼がいるであろうライブステージまでコンクリートの壁で隔てられた階層の天井をぶち抜きながら登り、最後にステージの真下の天井をぶち抜いたら偶然翼の真下だったという訳だ。

 

 要約すると間抜けを遣らかした響は、お得意の脳筋運用と奇天烈が過ぎる発想を活かして会場までやって来たということである。

 

「それは兎に角として、今は翼が無事で良かった!」

 

「助けてくれてありがとう……響」

 

 自身の無事を確認して安堵する響に、翼は顔を薄く赤らめて微笑を浮かべながら響にしか聞こえなくらいの声量で助けてくれたことへのお礼の言葉を述べた。

 

 翼がお礼の言葉を述べ終えると同時に響は着地し、響の首に腕を回していた翼はお姫様抱っこの心地よさに名残惜しく思いながらも響から離れて表情を引き締め直した。

 

 そんな響の隣に牽制を終えたクリスも着地し、漸く合流した二課の装者達はステージの上で並び立っているマリア達3人の装者へ視線を向けた。

 

 一堂に会する6人の装者達。お互いに人数は同じ3人と3人。

 

「ッ!?」

 

 相対する装者の一人一人を見ていた響は、ある一人の少女を視認した直後に瞠目した。その顔には驚愕と動揺の2つの表情が織り混ざっていた。

 

「?」

 

 一方で響に見られた直後に響が瞠目する姿を見ていた少女は、そんな不思議な行動に首を傾げるばかりであった。

 

「もう止めろッ! 今日初めて出会った俺達が争う理由なんて無い筈だッ!」

 

 お互いの視線が激しく交差する中、まず最初に口を開いたのはこの中で唯一の男であり先程まで瞠目していた響であった。

 

 両者の争いを止める為に説得を試みる響であったが、響の言葉を聞いた直後に調が歯を剥き出しにしながら嫌悪と怒りを滲ませた表情を浮かべて響を睨み付けた。

 

「そんな綺麗事を!」

 

「はっ?」

 

「綺麗事で戦う奴の言うことなんか信じられるものかデス!」

 

 調と切歌からの返答にはハッキリとした拒絶の意思が込められており、響は困惑しながらも諦めずに再度言葉による説得を敢行する。

 

「相手のことも全く知らないのに、争う理由が何処にあ──」

 

「偽善者」

 

 言葉を尽くしてどうにか場を治めようとした響であったが、不意にポツリと静かに呟かれた調の言葉を聞いて途中で話を途切れさせてしまった。

 

「この世界には、あなたのような偽善者が多過ぎるッ!」

 

 綺麗事と断じられた響の言葉はより調の神経を逆撫でする結果に終わり、今度は嫌悪と怒りに加えて憎悪の感情までもが混ぜ合わさった呪詛が歌として調の口から紡がれる。

 

 頭部のアームドギアを展開した調は、今度は言葉ではなく攻撃によって明確な拒絶の意思を響に突き付けてきた。

 

「避けろ!」

 

 調の攻撃によって反射的に意識を切り替えた響は、両隣にいる翼とクリスに向けて攻撃を避けるよう叫び、響の声を聞いた2人はそれぞれ左右にバラける形で調の攻撃を避ける。

 

 調に真っ先に狙われた響は無数の丸鋸の射出による調の攻撃を、攻撃の射線の下にスライディングの要領で潜り込む形で回避した。

 

 調の攻撃を回避したクリスは展開していたガトリングでマリア達を狙い撃つが、クリスの攻撃が届く前にマリア達3人は別々の方向へ散り散りになってクリスの攻撃を避けた。

 

 クリスは上空に跳んで攻撃を回避した切歌に追撃を行うが、切歌は手に持つ大鎌のアームドギアを振り回すことで先の翼のように攻撃を防ぎながらクリスに迫る。

 

 距離を詰められたクリスは攻撃が入る直前のところで後退して切歌の攻撃を躱し、再び距離を稼いだ後にアームドギアを中距離戦用のクロスボウに切り替えて反撃を行う。

 

「近過ぎんだよ!」

 

 複数のエネルギー状の矢をクリスは撃つが、切歌はその悉くを鎌を振り払うことで弾き飛ばし、再び距離を詰めてクリスへの攻撃を再開する。

 

 一方で翼は再びマリアと対峙しており、マリアのマントによる攻撃を後退して回避した後に翼は持っていた両刃剣を分離させ、逆手持ちの二刀流でマリアに斬り掛かる。

 

 マリアは翼の連続斬りをマントを器用に操作して防ぎ、マントによる回転攻撃で翼を後退させると防御から攻撃に転じてマントでの攻撃を行った。

 

 翼とクリスが流れで各々の相手と戦うことになった結果、響は消去法で先程に険悪な雰囲気になってしまった調と対峙することになってしまった。

 

 調は頭部のアームドギアから先端部に巨大鋸を装着した2本のアームを展開し、そのアームを縦横無尽に操作して響を()り刻もうと伐り掛かる。

 

 対する響は持ち前の身体能力を活かして伸縮自在なアームによる攻撃を器用に躱しながら、何度拒絶されようと諦めること無く説得を続ける。

 

「俺は戦いたい訳じゃない! ただ皆の笑顔を守りたいだけなんだ! だからッ!」

 

「それこそが偽善!」

 

 響がどれだけ言葉を並べようと調はその全てを偽善と言い捨てて一蹴する。

 

 響が調にどれだけ言葉を尽くそうと、全くもって聞く耳を持たない今の調には響の言葉は届かない。

 

「痛みを知らないあなたに、誰かの為になんて言ってほしくないッ!!」

 

【γ式 卍火車】

 

 響を拒絶し続ける調は、アームドギアの伸縮自在なアームを操作して先端部に付いていた巨大鋸を分離させることで響に向けて投擲した。

 

「少しは話を聞け、このぺたんこ娘ッ!!」

 

 話を聞こうともしない調に到頭(とうとう)堪忍袋の尾が切れた響は、女性に言ってはいけないであろうワードを口にしながら調に向かって勢いよく飛び出した。

 

 響と調の間には今も響に向かって飛来する卍火車(まんじかしゃ)の巨大鋸があり、このまま突撃すれば響はその身を巨大鋸に伐り刻まれることは想像に難くないだろう。実際、響と対峙していた調もそう思っていた。

 

 しかし響は持ち得る身体能力をフルで発揮するようにアクロバティックな動きで身を捻りながら跳び、飛来する2つの巨大鋸の間の隙間を潜り抜けるようにして回避してみせた。

 

「嘘ッ!?」

 

 流石の調もこのような予想外の避け方をされるとは思っていなかったらしく、響の動きをずっと目で見て追っていたせいで調は次に起こす行動が遅れてしまった。

 

 だがそんなことは響の知ったことではない。アクロバティックな動きで攻撃を避けた響は、着地と同時に脚部ユニットのパワージャッキと腰部ユニットのバーニアを同時に起動させることで凄まじい跳躍力を発揮して一気に調の直ぐ目の前まで迫る。

 

「しまっ──」

 

 行動が遅れた調は響の瞬間的な加速に付いていけず響の接近を許してしまい、懐に潜り込んだ響によって調は二の腕を掴まれて加速の勢いに乗ったまま押し倒された。

 

「捕まえたぞ、ツインテ娘ッ!」

 

「私はツインテ娘なんて名前じゃない! 私には月読調っていう大切な人から貰った大事な名前がある!」

 

 響に取り押さえられた調は拘束から逃れようと身じろぎして(もが)くが、人としての巣の力の差や纏っているギアの性能の方向性の違い、響の巧みなポジショニングといった様々な要因によって調は全く拘束から抜け出せない。

 

「分かった。なら、その耳()穿(ぽじ)ってよく聞け、月読! 良いか、痛みなんてものは誰だって抱えてる! 寧ろ痛みを知らない人間なんてそうはいねえよ!」

 

 今は響と肩を並べて共に戦ってくれている翼とクリスとて、その胸に痛みを抱えている。その痛みが原因で響とぶつかり合ってしまったこともあった。

 

「ッ! 勝手なこと言わないで! 痛みに苦しむ人の気持ちも分からない癖に!!」

 

「そんなの当たり前だ! 人の気持ちになんてなれる訳がない!」

 

「なら──」

 

「けど、思い遣ることなら何とか出来る」

 

 響と調が口で激しい遣り取りをする中、調が何かを言おうとしたところで響が食い気味で調の言葉を遮って己の言葉を述べ、その言葉を聞いた調は瞠目しながら固まってしまった。

 

「人の感じたものに大も小も無ければ、貴賎なんてものもない。全員自分が昔に感じたことを物差しにして物事を見て感じ取る。俺はそう教えてもらった」

 

 2年という長いようで短い時間の中で今よりももっと頭の悪いガキだった響は、今の調と似たような言葉を兄貴分である黎人に吐き出したことがあった。

 

 そんな響に黎人は教えた。

 

 世の中に痛みを知らない人間なんてそうはいないこと。

 

 人は真の意味では他人の気持ちは分からないし、況してや人の気持ちには絶対になれないこと。

 

 人が各々感じたことに大小は無く、貴賎も無く、順位付けもありはしないこと。

 

 人は過去に感じたことを物差しにして物事を見ること。

 

 そして、人は人を思い遣ることが出来ることを。

 

「俺はお前の過去に何があったか知らない。お前の感じる痛みを俺は本当の意味では分かってやれない。けど、そんなお前を思い遣ることは俺にだって出来る!」

 

 自身の想いを語る響の目には一切の揺らぎは無く、その揺るぎもしなければ淀みも全く感じられない響の目に見詰められた調は身じろぎすることも忘れ、響の真っ直ぐな瞳に釘付けになっていた。

 

「俺は月読のことを全く知らない。そのせいで俺はお前の、お前らの抱える痛みをちっとも分かってやれない。だからこそ、話し合いたいんだ。お前らを、お前のことを知る為に。この手を伸ばして、お前らと繋ぐ為にも」

 

「……そんなこと、本気で出来ると思ってるの?」

 

「出来る出来ないじゃない。やるかやらないかだ。俺はやると言ったらやる」

 

 調の問い掛けに響は間髪入れずに迷うこと無く言葉を返した。何処までも真っ直ぐな響の言動を見ていた調の瞳が静かに揺れ始める。

 

(何なの、この人? 私は知らない。こんな人、初めて見た……)

 

 月読調は、立花響のような何処までも真っ直ぐで表裏の無い人間に初めて出会った。

 

 月読調の知る人間とは、自分と同じ境遇の者を除けば、その殆どが腹に一物抱えた裏のある人間か自分の富や名声といった欲望に忠実な人間ばかりだった。

 

 そのような人間達は綺麗事を吐いては自分達を利用して辛いことや苦しいことを押し付け、その裏で自分達を虚仮にしながら自身の欲望を満たそうと画策していた。

 

 故に調は綺麗事を吐く人間を信じないし、この世界に人が語るような都合の良い綺麗事があるとは絶対に信じていない。

 

 しかし、今調の眼前にいる人間は綺麗事を吐いていながらも一物抱える人間が考えるような打算を全く感じさせない。その心の赴くまま自分の本音を話しているように見えた。

 

 そんな調の心には、小さくも光を放つ明確な迷いの芽が芽吹こうとしていた。

 

「調を離すデスッ!」

 

「そっちに行ったぞ、筋肉バカッ!」

 

 響と調の本心をぶつけ合った遣り取りは、横から聞こえてきた仲間達の声によって終わらされてしまう。

 

 クリスの声に反応した響が素早くその場から飛び退くと、その直後に今さっきまで響がいた場所を切歌が振るう大鎌のアームドギアが水平に通過した。

 

「大丈夫デスか、調! あいつに何かされなかったデスか!?」

 

「う、うん。私は大丈夫。助けてくれてありがとう、切ちゃん……」

 

 調は響との遣り取りが途中で終わってしまったことに胸に小さなもやもやを抱えながらも、助けてくれた切歌にお礼の言葉を述べた。

 

「調を守るはあたしの役目デスからね! 見たところ調はあいつとの相性が悪いみたいデスから選手交代デス!あたしが調が相手してた方とやるデスから、あっちの赤い方を抑えて欲しいのデス」

 

「……うん。分かったよ、切ちゃん」

 

「およよ〜……?」

 

 自分の言葉の何時も間を挟むこと無く返事をしてくれる相棒が今回に限って間を空けて返事を返したことに切歌は若干の疑問を覚えたが、今は戦闘中であると気を引き締め直して響へと視線を向けた。

 

「悪い。一瞬の隙を突かれて加勢に行くのを許しちまった」

 

「気にすんな。見た感じだとクリスじゃあのデス子とは相性が悪いっぽいしな。仕方無えよ」

 

 調や切歌と同じく響と合流したクリスはまず最初に謝罪の言葉を口にしたが、響はきにすること無く謝罪を受け言えれた。

 

 本名を知る前は調のことをぺたんこ娘やらツインテ娘と言っていた響は、本名を未だ聞いていない切歌のことをその口調からデス子と呼ぶことに決めたようだ。

 

「つー訳でポジションチェンジだ。相性が悪いなら、相手を交換するのも戦いのお約束だ!」

 

「こっちは大助かりだが、それで良いのか? 別に無理にあたしに合わせなくても──」

 

 クリスがそこまで言ったところで、唐突に響はクリスの唇に人差し指を当てて無理矢理話をを中断させた。

 

「だから気にすんなって。俺の武器は(これ)だけだから、結局相手に近付くのは変わらない。それに女の子の為に体張るのは男の仕事だからな」

 

 自身の拳を見せながら笑っている響はそう言い、屈託の無い笑顔で笑う響を見ていたクリスは頬を赤らめながら自分の唇に当てられた響の指を退かすと響から顔を背けた。

 

「な、なら好きにしろよ。後で文句言っても聞いてやれねえからな!」

 

「OK!」

 

 言うが早いか返事を返した響がクリスの邪魔にならないようその場から離れると、そんな響を追うように調の傍にいた切歌もその場から飛び出した。

 

「調の代わりにあたしがお前を切り刻むデス!」

 

「物騒過ぎるぞ、こいつら!?」

 

 まるで少し前のクリスみたいだなと心の中で思いながらも口には出さず、響は横から振るわれた大鎌の一閃を後方に跳び退いて躱す。

 

「逃がさないデスッ!」

 

 切歌は響を追うように前方に大きく跳躍し、響が跳んだ高さを跳び越えてより高い位置に跳び上がった。

 

 空に跳び上がった切歌は、手に持つ大鎌のアームドギアを左足に装着させ、装着と同時により鋭利な形に変形した大鎌の先端を響に向けながら蹴りの体勢を取って重力に従うまま降下していく。

 

【兇脚・Gぁ厘ィBアa】

 

「やばッ!?」

 

 迫り来る切歌の兇脚(きょうきゃく)Gぁ厘ィBアa(ガリバー)を目にした響は、身動きが取れない空中で翼を救出した際と同じようにインパクトハイクを使って前方に跳び出した。

 

「なんデスとッ!?」

 

 響が着地すると同時に攻撃が命中するよう狙いを定めていた切歌は目を見開いて驚愕を露にし、響が着地直前で前方に移動したことで切歌の必殺技は見事に躱されてしまった。

 

「おい! 俺達は本当に戦わなくちゃならないのかッ!?」

 

「まだ言うデスかッ!」

 

「あぁ、何度でも言ってやる! 互いのことを何も知らない俺達が戦い合う理由なんて無いッ! こんなことしても何の意味も無いッ!!」

 

 攻撃を躱しながら相手が変わっても尚説得を続ける響の言葉を調と同様に綺麗事と切り捨てる切歌は、攻撃を躱され続ける焦燥感と聞こえてくる響の言葉への苛立ちが相俟って攻撃が大雑把になる。

 

 大雑把に横から水平に振るわれた大鎌の一振りに対し、響は攻撃を後退で避けるのではなく、逆に前進することで切歌の懐に潜り込んだ。

 

 懐にも潜り込んだ響は、大鎌のアームドギアの柄を脇で挟み込んむことで受け止めると同時に大鎌をガッチリとロックし、空いている右手で無防備な切歌の左肩を掴んだ。

 

「デデデデースッ!?」

 

 見事に攻撃が大雑把になった瞬間の隙を突かれた切歌は響を振り切って離脱しようとするが、大鎌の柄を脇に挟まれるのと同時に左肩も逃げられぬようしっかりと掴まれたことで抜け出せなくなっていた。

 

「逃がさないぞ、デス子!」

 

「なんデスとッ!? あたしはデス子じゃなくて、暁切歌デス!」

 

 自分の語尾から付けられた不名誉な渾名を払拭するように切歌は聞いた即座に自身の本名を名乗って訂正を促した。

 

 そんな訂正兼自己紹介とも取れるような切歌の言葉を聞いていた響は、デス子という呼び方を改めることを内心で決めながら今は自分が言っておきたい自身の思いを口にする。

 

「なぁ、暁。お前達の目的を俺達は知らない。けど、お前達がしようとしてることは本当にこんなやり方でしか出来ないものなのか?」

 

「それしかないからあたし達はこうしてお前達と戦っているんデス!」

 

「それだとやったらやり返されるかもしれないんだぞ。そしたら、またやってやり返されて、次もやられたからやり返しての繰り返しだ」

 

「さっきから綺麗事ばかりッ!もううんざりデスッ!」

 

 息を吸うように出てくる響の綺麗事を続けて聞いていた切歌は、口から唾を飛ばさん勢いで言い返すと同時に険しい目付きで響を睨み付けた。

 

「あぁ、その通りだ。でも、だからこそ現実にしたいだろ?」

 

「え?」

 

 次に響の口から述べられた言葉を聞いて切歌は呆然としたまま固まり、切歌の肩を掴んでいた響の手が離れても離脱すること無かった。

 

「どんなに御託を並べても、結局のところは綺麗事が一番良いんだ。(これ)でしか遣り取り出来ないなんて、そんなの悲し過ぎるだろ?」

 

 肩を掴んでいた手で作った握り拳を切歌に見せながら響はそう言った。そんな自身の本心を口にした響の顔は、悲しさを押し殺したような表情を浮かべていた。

 

 響は過去の経験から、相手のことを考えずに自分の都合だけで振るわれる理不尽な暴力が嫌いだ。

 

 そんな暴力を嫌いながらも、響は皆の笑顔を守るという己のエゴの為に一人の女性の長年の思いと愛、その野望を打ち砕いた。そんな形でしか響は皆の笑顔を守れなかった。

 

 響は自分の言葉や考えが綺麗事に過ぎないことを自覚している。だが、どれだけの言葉を並べても綺麗事こそが最高最善の理想なのだ。

 

 理想を謳うことを止めれば、それこそ現実は救いの無い残酷な真実で塗り潰されてしまう。

 

 故に響は綺麗事を言い続ける。少しでも現実を理想に近付ける為に。簡単に口に出せるからこそ真っ先に綺麗事を口に出し、次いで行動で綺麗事を現実にするのである。

 

「なぁ、俺達は話し合いじゃ分かり合えないのか? 俺達は、戦うことでしか分かり合えないのか?」

 

 響は目を逸らさずに切歌のジッと見詰めながら問い掛けたが、前者は兎も角後者に関しては切歌ではない別の誰か、(ある)いは自分に問い掛けているようだった。

 

 ルナアタックの際、戦いの中で互いの本音をぶつけ合った戦いの果てに響は了子と分かり合えた。だが、それは戦いという悲しくもこの世界では当然な現実の中で漸く得た小さな救いである。

 

 戦いの中で相手と分かり合うことなど普通は出来ない。何故なら、戦いとは本来相手と分かり合えないからこそ起こりうることなのだから。

 

 しかし、響はそんな現実をひっくり返した。それは辛く苦しい戦いの中でどんな状況に追い込まれようと諦めずに戦い、同時に了子のことも諦めなかった響への報酬のようであった。

 

 けれども、戦いの果てに分かり合えた2人に待っていたのは、了子との別れという悲しい現実だった。

 

 分かり合えても避けられなかった別れ。辛い現実の中で得た救いや希望さえも無慈悲な現実は常に侵食する。

 

 そんな非常な現実に負けたくない。響は、分かり合えないからこそ必然的にやって来る運命に負けたくないのだ。

 

「……それに出来ればお前とは戦いたくない」

 

「え……?」

 

 加えて言うなら、響は個人的な思いから目の前にいる暁切歌という少女と戦いたくないのだ。

 

──ヒビキ!

 

(オリビア……)

 

 今も響の脳裏で生き続ける少女の顔と目の前の少女の顔が重なる。肌や髪の色こそ違うが、顔のパーツや輪郭は響の記憶にある少女と似通っている。

 

 暁切歌という少女の顔が、響の胸に仕舞い込まれていた想いと記憶を蘇らせ、そんな記憶の少女と似た少女と響は戦いたくないという思いを抱いてしまった。

 

 辛そうに言葉を吐き出した響は苦しそうであり悲しそうでもある悲哀に満ちた表情を浮かべ、切歌はそんな響から目を離せないでいた。

 

(どうして、あたしを見ながらそんな顔を浮かべるデスか……)

 

 響の顔を見ていた切歌は困惑した。先まで綺麗事を言い続けていた目の前の少年が、突如として今にも泣き出しそうな顔をしていたのだから。

 

「退きなさい、切歌!」

 

「ッ! 合点デース!」

 

 だが、唐突に聞こえてきた声に反応した切歌は話している内に緩くなっていた響の拘束から抜け出し、切歌が離脱した直後に切歌の後方にいたマリアのマントによる攻撃が響に直撃した。

 

「がっ!?」

 

 意識が内側に向いていた響はまともにマリアの攻撃を食らって後方に弾き飛ばされ、そんな響への追撃をマリアは怠らない。

 

 迫り来るマリアの追撃を前に響は頭を振って意識を切り替え、身体中を巡るエネルギーを体の表面に固着させることで膜状のバリアを形成する。

 

【我流・亀甲槍陣】

 

 防御力を高めた響はマリアの攻撃を体で直接受け止め、攻撃が当たった直後にマリアのマントが戻る前にそれを掴んで離さないよう握り締めるのと同時に脚部ユニットのパワージャッキをコンクリートの地面に打ち込んだ。

 

「召し捕ったぁぁぁぁぁッ!!」

 

 相変わらず戦いの中での頭の回転は早く、意識を即行で切り替えた響は敢えて攻撃を受けることでマリアを捕らえたのである。

 

「くっ!?」

 

 マリアはマントを引き戻そうとするが、当のマントは響に掴まれているせいでびくともしない上に響ごと引っ張ろうにも響が地面にパワージャッキを楔のように打ち込んでいるせいでピクリとも動かせないのだ。

 

「マリアッ! 今行くデ──」

 

「あなたの相手は私よ!」

 

 響がマリアを相手取ったことでフリーになっていた切歌が透かさずマリアの援護に入ろうとしたが、そんな切歌の前に先程までマリアと相対していた翼が割り込んでそれを阻止する。

 

 調や切歌に続いてマリアとも一対一で話し合える機会が訪れたことをラッキーと思った響は、翼が切歌を、クリスが調を抑えている間にマリアにも説得の言葉を投げ掛け始めた。

 

「もう止めよう、マリアさん! こんな戦い、俺はしたくないんだ!」

 

「あら、随分とお優しいことを言うのね。流石はルナアタックの英雄と言ったところかしら?」

 

「俺は英雄なんかじゃない。ただ俺は守りたいものを守る為に我武者羅に拳を振るってきただけだ」

 

「なら、今回もその拳で大事なものを守れば良いじゃない。それとも、人は殴れない、傷付けられないとでも言うつもりかしら?」

 

「あんま嘗めんなよ、マリアさん。そんなことを今更躊躇う俺じゃない」

 

 響は何かを傷付ける覚悟は既に決めている。何かを守るということは、何かを傷付ける覚悟を持つということなのだから。

 

 だから、響は誰かに向けてその拳を振るうことを躊躇したりはしない。と言っても、殴ることを躊躇しないだけであって殴ること自体には抵抗感も持っているし、何も感じない訳ではない。

 

 人を殴れば嫌な気持ちを抱いて心が痛くなる。しかし、響はそんな心の痛みに耐えながら人と戦ってきたのだ。

 

「なぁ、マリアさん。本当のあんたは戦いなんて望まない優しい人の筈だ!」

 

「随分と私を買い被るのね。私が会場のオーディエンスをノイズを使って人質にしているところをあなたは見ていなかったのかしら?」

 

「あぁ、見てたよ。全部見てた。けど! あんたはノイズを使って観客を傷付けるような真似はしなかった!」

 

「ッ!? ……私には卑怯な小細工なんて必要無い。自分の力で如何とでも出来る! ただそれだけだ!」

 

「何が何でも目的を達成しようとする人間がそんな正々堂々な訳があるかッ! 本当に目的を果たそうとする人間は、どんなものだって簡単に切り捨てられるくらいには残酷になれるんだよ!」

 

 世界を回る中で響は見てきた。己が利の為に他者の命を簡単に奪い去り、無関係な者が巻き込まれようと容赦無く引き金を引いてみせる人間の残酷さを。

 

 先に起こった大きな戦いの中でも響は実際に見た。己が思いを成就させる為に永劫とも見れる長い時間を掛け、利用出来るもの全てを利用し、必要無くなったものを容赦無く切り捨ててでも目的を果たそうとする何処までも残酷で純粋に愛に生きた女を。

 

 そんな者達と比べて、マリアの遣り方はどうしようもなく甘さと優しさ、そして彼女の中にある真っ直ぐな正義が垣間見えた。

 

 だからこそ響は言う。マリア・カデンツァヴナ・イヴという女は、正々堂々とした振る舞いを好む本来は優しい少女なのだと。

 

「なぁ、頼むよ。話してくれないか、マリアさん。あんた達の目的を。一人の装者として、そして何よりもあんたの歌が大好きでこうしてる今もあんたのことを信じたいと思ってる一人のファンとして」

 

「……」

 

 自身の心が感じたマリア・カデンツァヴナ・イヴという一人の女性を信じ、響は真摯にマリアを説得した。そんな響にマリアは何も言葉を返さずに視線を下に下げた。

 

 するとマリアは響と同型の両手の腕部ユニットを重ね合わせることで一つにして腕から射出し、組み合わさった腕部ユニットは空中で変形を始め、1本の槍を形成した直後にマリアの手の中に収まった。

 

「奏さんと同じ、槍の、アームドギア……ッ!?」

 

 マリアの手にある1本の槍は色こそ違うが、嘗て響が心の底から欲し翼が背中を預けていた天羽奏が振るっていたものと同型のアームドギアであった。

 

「まさか今までアームドギアを温存していたというの!?」

 

 遠目からマリアを見ていた翼は、シンフォギア装者のメイン武装とも言えるアームドギアを封じた状態でマリアが自分達を相手取っていたという事実に驚きを禁じ得なかった。

 

 槍型のアームドギアを手にしたマリアは、これまでと一変してマントを引かせるのでは無く、寧ろ逆に自分から響に突っ込んでいった。

 

「ッ!?」

 

「ハァァァァァァッッ!!」

 

 凄まじい速さで突進したマリアはその勢いのまま槍による刺突を繰り出し、パワージャッキを地面に打ち込んでいた上にマントを握っていた響は回避行動が遅れてしまう。

 

【PAINS†THRUST】

 

 凄まじい速さで繰り出される刺突──PAINS(ペインズ)THRUST(スラスト)を、響は腕部ユニットを用いてその軌道を逸らすこと回避する。

 

 逸らす際に擦れた表面から火花が散り、攻撃を逸らすことには成功するが攻撃が通り過ぎた際の突風と衝撃によって響は大きく弾き飛ばされしまった。

 

「がはっ!?」

 

 弾き飛ばされてコンクリートの地面に強く背中を打ち付けた響は、その際の痛みと衝撃から苦痛に満ちた唸り声を出すと同時に肺の中の空気を大きく吐き出した。

 

「……私達の目的を話したところできっとあなたとは分かり合えないわ。何故なら、私達の遣り方はあなた達とは相入れ合えることは無いのだもの」

 

「マリアさん……」

 

 痛みを堪えて立ち上がろうとする響に語り掛けたマリアの顔には、まるで眩しいものを見るかのような心底羨ましそうな表情と悲し気な表情が混在していた。

 

「響から!」

 

【疾駆ノ炎閃】

 

「離れろぉ!」

 

【QUEEN'S INFERNO】

 

 すると、吠えるような2つの声が響き渡った直後に響の直ぐ近くに立っていたマリア目掛けて蒼炎の斬撃と無数のエネルギー状の矢が飛来した。

 

 自身に向かって飛んで切る2種類の攻撃を視認したマリアは、その場から大きく飛び退くことで蒼炎の斬撃を回避し、もう片方の無数の矢はマントを硬化させながら周りに回転させることで防いだ。

 

「響、大丈夫!?」

 

「平気か、響ッ!?」

 

 マリアに弾き飛ばされた響を気に掛け、各々の攻撃を繰り出すことでマリアを牽制して引かせた翼とクリスが立ち上がろうとする響の傍まで駆け付けてきた。

 

「2人共、月読と暁は……?」

 

 翼とクリスが相手していた調と切歌がこちらに来ないことに疑問を感じた響は直ぐに2人にそのことを訊ね、2人はそれぞれがやって来たと思われる方向を視線で見遣った。

 

「ケホッ……! ケホッ……! ミサイルの煙幕で動きを止めてくるなんて……!」

 

 クリスが相手をしていた調は、無傷ではあるが若干の咳を溢しながらもくもくと上がる真っ黒な爆煙の中から出てきているところであった。

 

「ふぬぬぬぬぬッ! ダメデス! 全然、これっぽっちも動けないデースッ!?」

 

【影縫い】

 

 翼が相手をしていた切歌は、自身の影に刺さった短刀型のアームドギアに気付かず無理くり動こうとしても動けないでいる様子であった。

 

 どうやら、響の危機を察知して各々のやり方で相手の動きを封じた後に急いで響の下に駆け付けたらしい。

 

「……」

 

 一方、装者達の戦いを正体不明の車両内のモニターで観測していた老齢の女性は、装者達の聖遺物が発するアウフヴァッヘン波形とフォニックゲインの数値が表示されたモニターを見て表情を険しいものに変えた。

 

「この伸び率では、数値が届きそうもありません」

 

 老齢の女性が言うように、モニターに表示されたフォニックゲインの数値は翼とマリアが差しで戦っていた時と比べても2%しか上がっていない。

 

 フォニックゲインの数値を100%にすることを目的としているマリア達であるが、このまま現状を維持しても目的の100%に届くとは到底思えない。

 

「最終手段を用います」

 

 故に老齢の女性は、計画を修正して虎の子や奥の手とも言える最後の手段に打って出た。

 

 響達二課の装者達が合流して本来の武装たるアームドギアを展開したマリアにどう立ち回るかを考えていたその時、突如としてライブ会場のセンターステージに緑色の光が出現した。

 

 会場内にいた装者達全員の視線が緑色に光るライブ会場のセンターステージに集まり、その緑色の光の中からまるで溢れ出るようにぶくぶくとした見た目の緑色のノイズが姿を現した。

 

「何だ、あの豆打餅擬(ずんだもちもどき)ッ!? 気色悪ッ!!?」

 

 唐突に出現した謎のノイズに対して響は率直に感想を述べた。確かに響の言うようにその見た目はまるで豆打餅のようだが、今までのどのノイズとも符合しないお初にお目にかかるそのノイズはハッキリ言って気持ち悪い。

 

「増殖分裂タイプ……」

 

「こんなの使うなんて聞いてないデスよッ!」

 

 咳の治まった調が出現したノイズの種別を言い、如何にかこうにか翼の影縫いの捕縛から逃れた切歌が調と合流しながら驚愕を露にした。

 

「……マム」

 

『3人共退きなさい』

 

「……分かったわ」

 

 この目の前にいるノイズを出現させる指示を出したであろう老齢の女性にマリアは通信を入れ、通信越しに撤退指示を出されたマリアは少し間を入れてから了承の返事を返した。

 

 マリアがアームドギアの槍を今し方出現したノイズに向けると、槍の先端部から半ばまでの刀身部分が展開して砲身が形成される。

 

 砲身部分にエネルギーが集束されたことで砲身付近に紫電が走り、マリアは砲身から高出力のビームを目の前のノイズに向けて放った。

 

【HORIZON†SPEAR】

 

「おいおい、自分らで出したノイズだろ!?」

 

 自分達で出したノイズに向けて自分達が攻撃するという不可解な行動を見たクリスは、理解出来ないその行動に驚愕しながら声を荒げた。

 

 放たれたビームがノイズに直撃したことで爆散し、爆発の衝撃によってノイズの一部である緑色の肉塊が周囲に散らばる。

 

 その中でマリア達は身を翻し、響達に背を向けながらライブ会場からの撤退を始めた。

 

「ここで撤退するの!?」

 

「折角(あった)まってきたところで尻尾を巻くのかよ!?」

 

「ッ!? ノイズが!」

 

 ライブ会場から去っていくマリア達の背を目で追っていた翼とクリスであったが、逸早く周囲に散らばったノイズの異変に気付いた響の声に反応して視線を周囲に向けた。

 

 周囲に散らばった緑色の肉塊はまるで膨れ上がるように大きくなり始め、大元であるノイズ本体の方も先程の大きさを優に超す程に肥大化していっている。

 

「ハッ!」

 

 翼は両手に握る2振りのアームドギアを合体させて1本の大剣型のアームドギアを形成し、一方向に溢れるノイズの肉塊を蒼ノ一閃にて斬り捨てる。

 

 しかし、斬り捨てられた肉塊は斬られた断面図から膨れ上がるように再生するだけだなく、更に体積を膨れ上がらせると同時に分裂するようにその数を増やしてしまう。

 

 先の攻撃で出現したノイズの特性を大まかに把握した翼とそれを遠目から見ていたクリスは、迂闊な攻撃は行わずに自分達の中心とも言える響の下へ集合した。

 

「このノイズの特性は、増殖と分裂みたいね」

 

「放って置いたら際限無いってことか……。その内ここから溢れ出すぞ!」

 

 2人の話を聞いて何とも面倒な置き土産を残していってくれたものだと響は歯軋りし、そんな響達の下へライブ会場の管制室から戦況を見守っていた緒川から通信が入る。

 

『皆さん聞こえますか! 会場の直ぐ外には、避難したばかりの観客達がいます! そのノイズをここから出す訳には……!』

 

 緒川の言う通り、避難したばかりの無数の観客達がいる中で万が一この際限無く増え続けるノイズが接触しようものなら、このノイズ一体だけでどれ程の被害が出るのか予想も付かない。

 

「観客!? 未来や皆が……ッ!?」

 

 そして避難している観客達の中には、今宵にライブ会場に来ていた未来や創世達もいて、それを思い出した響の心に焦りの感情が生まれ始める。

 

「迂闊な攻撃は徒らに増殖と分裂を促進させるだけ……ッ!」

 

「どうすりゃ良いんだよ……ッ!?」

 

 ノイズの増殖と分裂のスピードを鑑みるに、ノイズが会場内から溢れ出すのに然程時間は掛からない。

 

 会場内から溢れ出すのを早急に阻止しようにも、迂闊に攻撃しようものならその分だけ余計にノイズの増殖と分裂を促進させて、己が首を絞める結果に終わってしまう。

 

 策を練ろうにも残された時間は少なく、会場内全域に広がったノイズを都合良く同時に殲滅する手など早々に思い付く訳が無く時間だけが過ぎていく。

 

 刻々とタイムリミットが進んでいく中、響はこの状況を打開出来るであろう唯一の手段を提示する。

 

「……絶唱だ」

 

「「え?」」

 

「絶唱しかない!」

 

 響が提案した手段、それはシンフォギア装者達にとってシンフォギアの力を限界以上に解放する絶唱であった。

 

「本気なのね、響?」

 

「あぁ。もうこの手しかない」

 

「……分かったわ」

 

 訊ねる翼に即座に返答した響を見て、翼は反対すること無く響の提案を受け入れた。

 

 二課に所属する人間の中でも特に響と関わりの深い人間は、立花響という少年が“絶唱”という歌を特に嫌っていることを知っている。それは共に戦う翼とクリスも例外では無い。

 

 天羽奏(恩人)は絶唱によって命を燃やし尽くし、風鳴翼(先輩)は絶唱によって重傷を負い、雪音クリス(相棒)は絶唱によって世界を守った命を落とし掛けた。

 

 故に響にとって“絶唱”という機能はどうにも心的印象が悪く、出来ることなら使いたくないと思っていることは共に時を過ごしていれば否が応でも分かるようになる。

 

 しかし、ルナアタックの際の例があるように使う必要がある時であれば使うことを躊躇しないのは何とも響らしいことである。

 

 そんな響が自分から好きでない絶唱を提案したということは、今この瞬間こそが絶唱を使う必要があるべき時なのであるということなのだ。

 

 そんな響の思いを汲み上げた翼は、この状況を打開する為にも絶唱を使うことを了承したのである。

 

「正気か!? あのコンビネーションは未完成なんだぞ!!」

 

 すんなりと了承した翼とは逆にクリスは声を荒げて反対した。

 

 ある意味では当然の反応である。ただでさえ危険が伴う絶唱であるにも関わらず、これから響達がしようとしていることは更に難易度が高い列車の護送の任務の際に響が言っていた奥の手なのだから。

 

 しかし、響は意見を取り下げること無く微塵も揺るぎが無い瞳でクリスを見据えながら力強く頷く。

 

「増殖力と分裂力を上回る破壊力で一気殲滅。理に叶っている上に響らしくて私は好きよ」

 

「おい、本気で言ってるのかッ!?もし失敗すればあたし達は兎も角、(こいつ)の身が危険なんだぞ!」

 

 声を荒げながらもクリスが反対するのはそれが理由であった。

 

 これから響達が行おうとしていることは未完成な上にリスクも高い。もしも失敗すれば、ことの要である響がその反動で危機に晒されるかもしれない。

 

 (ひとえ)にクリスは響の身を案じ、響にこんな部の悪い賭けを行って欲しくないから反対しているのだ。

 

 しかし、他に手が浮かばないのも事実である。成功すれば全てが救われ、失敗すれば多くの命ともしかすれば響の命までも失い、何もしなければ誰も救われずにただ多くの犠牲が出るだけ。

 

 確かに部の悪い賭けではあるが、全てが救われる道があるのなら立花響という少年が選ぶ道など既に決まっているようなものであった。

 

「クリス」

 

 何時も騒がしい少年が一刻を争う機器的状況の中で静かにクリスの名を呼び、声を荒げていたクリスも何時もとは違う少年の雰囲気に閉口せざるを得なかった。

 

「俺を、信じてくれ」

 

「お前……」

 

「俺は翼とクリスのことは信じてる。俺は俺のことを信じてるけど、翼とクリスが信じてくれてる俺の方がもっと信じられる」

 

 少年は語る。自分で信じる自分よりも、自分が信じている誰かが信じてくれた自分の方がもっと信じられると。

 

 そんな真摯な響の頼みを聞いて、クリスは少し頬を赤らめて外方を向いてしまうが、横目で響を見据えながらぼそりと呟く。

 

「言われるまでも無えよ。お前のことは元から信じてるっつうの」

 

「へへっ」

 

 響だけに聞こえる声量で呟かれた言葉を聞いて響は笑みを浮かべ、クリスとは反対に立っている翼と互いに頷き合う。

 

 響が左手を翼に、右手をクリスに向けて差し出し、男女の違いや想い人と手を繋ぐということもあって少しだけ頬を赤らめた翼が右手で響の左手を握り、反対側のクリスも変わらず頬を赤らめながら左手で響の右手を握った。

 

「行くぞ! S2CA(エスツーシーエー)・トライバースト!!」

 

「「「Gatrandis babel ziggurat edenal」」」

 

 まるで必殺技の名乗りをするかのような響の言葉を皮切りにして、響と翼とクリスは同時に絶唱を歌い出した。

 

「「「Emustolronzen fine el baral zizzl」」」

 

 観客も誰もいない無音のライブ会場で絶唱の際に見られる女性特有の幻想的で儚さ感じさせる歌声と、男性特有の幻想的で力強く、生命の息吹と鼓動を感じさせる歌声が溶け合い、1つのハーモニーが奏でられる。

 

「「「Gatrandis babel ziggurat edenal」」」

 

 響き渡る幻想的な歌声。会場の外には聞こえない筈の歌声であったが、その歌を一度聞き取った経験からか逃げ出した観客の中でただ1人だけ特徴的な響の絶唱を聞き取った少女がいた。

 

「……お願い。響、無事でいて……」

 

 聞こえてきた歌が絶唱であったことから、その少女は己が思いを馳せる少年のことを想いながら指を組んで少年の無事を願った。

 

「「「Emustolronzen fine el zizzl」」」

 

 響達が絶唱を歌い終えた直後、響達の周りを囲うように満ち広がっていたノイズの肉塊が響達から発せられ始めた凄まじいエネルギーの奔流によって消し飛ばされた。

 

「スパーブソングッ!」

 

「コンビネーションアーツッ!」

 

「セット! ハーモニクスッ!!」

 

 装者達は絶唱の負荷に耐えながら額に脂汗を滲ませ、吹き荒れる装者それぞれの3色のエネルギーの奔流を纏めて1つの虹色の高エネルギーへと昇華させた。

 

 凄まじい高密度の虹色のエネルギーは触れた傍からノイズの肉塊を削り、ノイズの肉塊は再生や分裂をする間も無く消し飛ばされていく。

 

「ぐ……くぅぅ……ッ!!」

 

「耐えて、響!」

 

「もう少しだ!」

 

 苦悶に満ちた声を漏らす響を見兼ねた翼とクリスは、デュランダルを掌握しようとした時と同じように響の手を握る力を強めながら響に声を掛けて励ました。

 

 凄まじい高密度のエネルギーの影響で管制室のモニターが次々と消えていく中、緒川は真剣な眼差しでエネルギーの中心地点にいる響達を見守っていた。

 

「S2CA・トライバースト……。装者3人の絶唱を、響君が調律し、1つのハーモニーと化す。それは、手を繋ぎ合うことをアームドギアの特性とする響君にしか出来ない。だが、その負荷は響君一人に集中する……」

 

 Superb(スパーブ) Song(ソング) Combination(コンビネーション) Arts(アーツ)、略してS2CA。

 

 聖遺物との融合体である響が、手を繋いだ他の装者との絶唱を増幅させ、他の装者のバックファイアを抑制させる効果を持っている。

 

 しかし、緒川が言うように響に全員分の絶唱の負担が掛かるという欠点が存在する。それこそがクリスの懸念していたことであり、失敗すれば成果を得られずに響に激しく消耗させる負荷を与えるだけの結果に終わってしまうのだ。

 

 このコンビネーションは、ルナアタックの際に響、翼、クリスら3人が揃って絶唱を発動させ、月の破片の落下から地球を救うもそのバックファイアで命が危ぶまれていた時、その3人とも無事であった現象から編み出されたコンビネーション戦法なのである。

 

「装者は、根性ぉぉぉおおおおおぉぉぉぉぉーーーッッ!!!」

 

 響は自身に喝を入れるように叫び、翼とクリスの声援を励みにして襲い来る負荷に耐える為に気合と根性で踏ん張る。

 

 S2CAが齎すエネルギーの奔流が放つ虹色の光はライブ会場の外にも溢れ出し、その光を視認した観客達はその場で足を止め、驚愕の声を漏らしながら溢れ出る光を眺めていた。

 

「……響」

 

 その中で避難した友人達や外で合流した友里と同じように溢れ出す光を見ていた未来は、瞑目して指を組む力をより一層強めながら先と同じように響の無事を祈り続けていた。

 

 溢れ出る光で満たされた会場にいる増殖分裂型ノイズの本体は、自身に付着していた肉塊の全てをエネルギーの奔流によって削り取られ、漸くその本来の姿を曝け出した。

 

「今よ!」

 

 人の脊髄ような形をした増殖分裂型ノイズの本来の姿を見た翼は、攻撃の好機が訪れたことをエネルギーの制御に集中している響の目の代わりとなるように声に出して響に伝えた。

 

「レディ!!」

 

 翼の声を聞いた響が次の過程に移ると、響が身に纏っていた脚部ユニットや装甲、ヘッドギアの2本の角のようなパーツが橙色の光を漏らしながら展開され、響は両腕の腕部ユニットを重ね合わせる。

 

 重ね合わされた腕部ユニットは回転しながら変形して4つのピックが付いた新たな腕部ユニットを形成し、会場内に満ち溢れていた虹色のエネルギーは形成された新たな腕部ユニットに収束された。

 

 エネルギーを収束された腕部ユニットが更に展開され、内蔵された回転式スクリューが凄まじい勢いで回転を始める。

 

 響は腕部ユニットを装着した腕を構えながら目の前の増殖分裂型ノイズの本来を見据えるが、凄まじいエネルギーはコントロールが難しく、まるで誘発するように時折暴走した際の響の姿が響に重なる。

 

「ぶちかませぇ!!」

 

「これが俺達のぉ!! 絶唱だぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーッッ!!!!」

 

 クリスの言葉を合図にして響はその場から飛び出し、腰部バーニアで加速しながら引き絞った右拳を増殖分裂型ノイズに向けて全力で叩き付けた。

 

 拳を叩き付けると間髪いれずに腕部ユニットに付いた4つのピックが展開され、4つのピックも腕部ユニットの装甲ごと内部の回転式スクリューと同様に凄まじい勢いで回転を始める。

 

 弾性で作動するハンマパーツもその直後に作動し、その2つが組み合わさったことで響の腕部ユニットから凄まじい威力を誇る虹色の竜巻が形成されて増殖分裂型ノイズを木っ端微塵に吹っ飛ばした。

 

 形成された虹色の竜巻はノイズを吹き飛ばすだけでは終わらず、その勢いを伴ったまま気流を生み出して上空の雲を吹き飛ばしながら天高く昇っていく。

 

 虹色の輝きを放つ竜巻型の凄まじいエネルギーの奔流を会場間近から見ていた未来達は思わず呆然としまま固まり、近くのビルからその光景を見ていたマリア達も呆気に取られていた。

 

「何デスか、あのトンデモはッ!?」

 

「……綺麗」

 

 切歌は事前に見た輝きとは想像を絶する威力に驚愕を露にし、調は虹色の輝きを放つその彩りに呆然としまま感嘆の声を漏らした。

 

「こんな化け物もまた、私達の戦う相手……」

 

 そして、自分達でも対処するのが難しい増殖分裂型ノイズを掃討した必殺の一撃を見ていたマリアは、自分達の前に立ちはだかるであろう障害の強さを再認識して思わず歯噛みするのであった。

 

 マリアが表情を苦しげなものに変える一方で、謎の車両に乗っていた老齢の女性は薄く笑みを浮かべていた。

 

「……ふ、夜明けの光ね」

 

 老齢の女性が見詰める先には、先のS2CA・トライバーストの画像と謎の物体の画像、そして“COMPLETE”と表記された文字が浮かんでいた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 先のノイズを殲滅したことで戦闘も終了し、戦場となったライブ会場は戦闘音1つしない夜特有の静けさに包まれていた。

 

「響、無事!?」

 

 すると、先程からノイズを討滅した場所から動かずに佇んでいた響の身を心配して翼とクリスが響の下へ駆け寄ってきて声を掛けた。

 

「……」

 

「……響?」

 

 声を掛けても響は返事を返さず、翼は何時も声を掛ければ振り向いて言葉を返してくれた響が無反応なことに首を傾げた。

 

「おい、聞いて──」

 

 そのことを翼同様に疑問に感じたクリスも横から回り込んで正面から響に呼び掛けようとしたが、言葉を言い切る前に響は唐突に後ろに向かって倒れ始めた。

 

「響!?」

 

 そんな響の真後ろにいた翼は、驚きつつも即座に対応して後ろに向かって倒れていく響を受け止めようとする。

 

 しかし、ライブや戦闘で発生した疲れが翼に蓄積されていたことやギアが解除された翼の靴は片方のヒールが折れていたことも相重なって、翼は元から質量もあって体重もそこそこある響を受け止められずにバランスを崩して諸共倒れてしまった。

 

「お、おい! 大丈夫か!?」

 

「え、えぇ。響は何とか大丈夫よ」

 

「いや、そこの筋肉バカのことだけじゃなくてだな、その……」

 

 響に巻き込まれる形で一緒に後ろに倒れてしまった翼を心配してクリスが声を掛け、倒れた響の頭を自身の太股の上に乗せることで響の無事を確保したが代わりに翼は尻餅をついてしまい少し痛そうに自身の臀部を撫でていた。

 

 クリスは自分のことを差し置いて響の無事を報告するという少しだけズレた発言を聞いて、自分は響のことだけでなく翼の身の安全も聞いてるのだと言おうとしたが、まだ響以外に素直に言葉を伝えられないクリスは恥ずかしそうにぼそりと呟くだけに終わってしまった。

 

「? どうかしたの?」

 

「ッ!? 何でもねぇッ!!」

 

 そのことを疑問に思った翼がクリスに訊ねるが、クリスは声を荒げて先の発言を有耶無耶にした。

 

「それより! そのバカは大丈夫なのか!?」

 

「そうだったわ! 響、大丈夫!?」

 

 クリスは再び同じ質問がされるのを面倒に感じてこうなった要因である響へ話題を振り、見事クリスの誘導に嵌った翼は自身の膝の上に頭を置いている響に話し掛けた。

 

「……zzz

 

 しかし響から返ってきたのは元気の良い返事や悲し気な返事ではなく、規則性のある気持ちの良いくらいの寝息であった。

 

「えーっと……寝てる?」

 

「……はぁ」

 

 返ってきた響の反応に翼は疑問符を浮かべながら困ったような笑みを浮かべ、直ぐ近くそんな響の様子を見ていたクリスは呆れるように大きな溜め息を吐いた。

 

「ったく、人騒がせな奴だ。真面目に心配したこっちがバカみてぇじゃねぇか」

 

(まぁ、今日だけで3回もギアを纏って戦ってる上にさっきのS2CA・トライバーストの反動もあって疲れがピークに達しちまったのかもな)

 

 口では愚痴を溢しながらも、今日一日を響と共に過ごしたクリスは休む間も無い戦ってばかりの一日を過ごしたことも分かっており、先程の絶唱の負荷で疲れが限界を迎えたことで寝入ってしまったのだろうと判断した。

 

「どうするべきかしら?」

 

「寝かしとけ。さっきのこともあって死ぬ程疲れてんだ。どうせ誰も戻ってこないだろうし」

 

 ノイズの襲撃があった場所に民間人がのこのこと戻ってくる訳が無く、この場所は間も無く特異災害対策機動部の人間によって閉鎖され、事後処理が行われる。

 

 そのことをルナアタックから今日までの日々の中で把握したクリスは、疲れて眠ってしまった響を労う意味で起こさないことにした。

 

「連絡とか打ち合わせもこっちでやっとくから、あんたは大人しくそいつの枕になっときな」

 

「幾ら何でもそれは流石に──」

 

「そいつを無理に起こすつもりか? そいつの顔を見てみろよ。凄く気持ち良さそうな顔してるだろうが」

 

 クリスが言うように、翼の太股に頭を預けている響の顔はとても気持ち良さそうな穏やかな顔をしていて、凄くリラックスしながら眠っていることが容易に窺い知れた。

 

 出来ることなら自分が代わりに響に膝枕をしてあげたいと思っているクリスであったが、そのような我が儘は決して口に出さず、響の眠りを妨げない為にもここは自然な流れで膝枕をすることになった翼にお株を譲ってあげることにしたのである。

 

 恋敵に塩を送ることになるが、自身の思いよりも想い人の眠りを優先してあげられるクリスは本当に優しい子である。

 

「……そうね。今はゆっくり休ませてあげるべきね」

 

 自身の膝枕で眠る響の穏やかな顔を見ていた翼は、そんな響のことを愛しく思いながら頬を赤らめて優しい手付きで響の頭を撫で始める。

 

「……zzz

 

「ふふっ……。相変わらず、可愛い寝顔で寝るのね」

 

 その光景を間近で見ることになったクリスは、己が内で燃え上がる嫉妬の炎が今以上に大きくならない内にさっさと司令部にいる弦十郎に連絡を入れた。

 

 しかし、そんな響に気を取られたことで翼とクリスは、ライブ会場の隅より自分達を見据えながら笑みを浮かべるソロモンの杖を持った男の存在に気付けなかったのだった。




・原作と今作の相違点コーナー

(1)響専用の万能ドライバー
──要するに十徳ナイフのドライバーVerとでも思ってください。

(2)上空ではなく、地下から出てくる響
──何かと下を潜っては相手の隙を突くことに定評のある今作ビッキー。

(3)実はヘリから落ちてた響
──ヘリが飛んでるのに扉を開けてた響の自業自得である。

(4)響にお礼を述べる翼
──お姫様抱っこの状態でお礼を述べた今作のUTAME。クリス同様に無意識に響の首に腕を回す辺り乙女要素全開である。

(5)調の百輪廻を躱す響
──普段の頭の出来は原作ビッキーに劣るが、戦闘中は決して思考停止しない今作ビッキー。

(6)調の卍火車も躱す響
──スパイダーマン並みの回避能力を持つ今作ビッキー。初見攻撃を躱してみせる戦闘の変態である。

(7)調の言葉に答える響
──黎人と共に世界を巡った長い旅は、今作ビッキーに大きな答えを与えました。

(8)響VS切歌
──これだけ混戦状態なのだから、どんどん戦う相手を変えていきたいオリジナル展開です。

(9)切ちゃんの兇脚(きょうきゃく)Gぁ厘ィBアa(ガリバー)
──この技が進化したのが、XVに出てた断突(だんとつ)怒Rぁ苦ゅラ(ドラキュラ)だと個人的に思ってます。

(10)切ちゃんの言葉にも答えてみせる響
──参考にしたものがアレだから言うけど、やっぱりクウガって最高ですね。

(11)切ちゃんにそっくりな少女ことオリビア
──今作ビッキーと切ちゃんを絡ませる為に考えたオリジナル要素です。

(12)響VSマリア
──1度は絶対にやりたいと思っていたガングニールVSガングニール。

(13)響との戦いで槍を顕現させるマリア
──万能マントが封じられたから早々に使う判断を下しました。

(14)響の応援に駆けつける翼とクリス
──響を助ける為なら必殺技を使うことも辞さない響ラブ勢である。

(15)動きを止められた調と切歌
──翼さんの影縫いの餌食となった切ちゃんであった。

(16)絶唱が好きじゃない響
──周りがあんだけ絶唱で傷付いてたら、そりゃ好きになれる訳がない。

(17)S2CAを使う際に響を心配するクリスちゃん
──今作ビッキーが大好きな今作クリスちゃんは大好きな響に無茶をしてほしくないのである。

(18)絶唱が聞こえた未来
──実は今作ビッキーよりも絶唱が嫌いな今作393。帰りを待つ立場の人間として、帰ってくる人を帰らぬ人に変える可能性がある絶唱は絶対に好きになれない。

(19)絶唱後に眠った響
──本能に素直な今作ビッキー。眠くなったら何処でも寝るし、腹が減ったら早急に飯を食う。

(20)響に膝枕をする翼
──ついつい寝てる想い人を撫でちゃう今作UTAME。可愛い。

 今回で僕が挙げるのは以上です。他に気になる点がありましたら感想に書いて下さい。今後の展開に差し支えない範囲でお答えしていきます。

 誤字脱字等ございましたら、誤字報告機能を使ってご報告宜しくお願いします!

 オリジナル要素を盛り込み過ぎて本文ばかりか後書きまで長くなってしまいました。オリジナル要素の盛り込みすぎも考えものですね。

 出来ることなら次回はもっと早く投稿出来るよう頑張る所存です。

 それでは、次回もお楽しみに!

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