ドラゴンクエスト―ダイの大冒険― 冒険家の歩き方 作:amon
≪SIDE:ポップ≫
「やっ!!はっ!!」
オレは1人、森の中で自分の杖――マジカルブースターを振り回していた。アバン先生はダイの『特別ハードコース』に掛かりっきりで、この3日、オレは通常の特訓以外は暇になった。
べ、別にダイに対抗して修行してる訳じゃねえよっ!ただちょっと、身体を動かしたくなっただけだ!
「はぁ、はぁ……う~ん……」
少し息が切れたところで手を止める。振る時の手は、もっと上だったかな?ダイは確かこうやって……
「ピピーーッ!!」
「ッ!?」ギクッ!
不意に聞こえて来た鳴き声に、俺は慌てて振り上げようとしていたマジカルブースターを後ろに隠す。
振り返ってみると、空から羽の生えた金ぴかスライムが飛んで来ていた。確か、ゴメとか言ったっけ?
「なっ、なんだお前かっ!驚かすんじゃねえ……!!」
「ピィィ!ピピィ!!」
「い、いいか。オレはダイに対抗して練習してた訳じゃねえんだからな……!そこんとこだけは、ハッキリさせとくぞ……!」
「ピィピィ!ピピピッ!ピピ!ピピィ!!」
なんか飛び回って喚いてるけど、これ、オレに話しかけてるつもりなのか?
「何言ってんだよ……?オレはダイじゃないんだから、お前の言葉なんか分からねえよ」
「ピ……」
今度はなんだ?ゴメの奴、急に力んだ様な顔し始めたぞ?
「ピッ!」
あっ、ゴメが形を変えた!左右に2つずつの巻き髪――
「へえ!似てる似てる!アバン先生だろ!」
こいつ、器用な事するなぁ。言葉が通じないから、形で伝えようってか。
「ピィ~……ピ……」
なんか難しい顔し始めた……形を変えるのって、意外と大変みたいだ。
「ピッピィーー!!」
「ゲ!?」
ゴメが変わった瞬間、オレは目を剥いた――この形は、ドラゴン!
「ま、まさかっ!!?」
思わずドラゴン型のゴメを捕まえてしまう。そのくらい、オレは焦ってた。
アバン先生、ドラゴン――この2つのキーワードはオレにある悪夢の記憶を呼び起こす。そして、今、アバン先生はダイに『特別ハードコース』の3日目の修行を付けに行ってる……って事はつまり――
アバン先生はダイに、あの恐怖の『ドラゴラム』修行をつけてるって事だ!!
「せ、先生……なんて恐ろしい事を……!!」
オレはゴメを放り出して走った!オレも1度だけ、アバン先生の『ドラゴラム』修行を受けさせられた事がある。命辛々逃げ出して、何とか助かったけど……あの時は本当に死ぬかと思ったんだ!!
「大体、あいつは氷系呪文では1番弱い『ヒャド』さえ碌に使えないんだぞ!?ドラゴンの炎をどうやって防ぐんだよ!!」
たった3日で、ドラゴンと戦える様になれなんて無茶すぎるぜ!アバン先生!
いくら岩を斬れる様になったって、ドラゴンの皮膚は鉄より硬いんだ!あいつの唯一の武器の剣も通じないんじゃ手も足もでねえよ!
ダイが危ない!
オレはゴメの案内の元、ダイとアバン先生の所へ急いだ――間に合ってくれよ!!
≪SIDE:OUT≫
「熱、熱ちちっ……く、ぅ……!」
燃えさかる火炎で身体中あちこちが火傷を負いながらも、ダイは兵士の剣を杖代わりに立ち上がる。
戦意は衰えていない……今ダイは、必死にドラゴンの鋼鉄の皮膚と炎をどうにかする方法を考えているな。
「…………っ!」
おっ、目の奥に閃きが……何か思いついたな。
「……海を切る技……『海波斬』だ……!!」
気付いた――足を踏ん張り、剣を弧を描く様にゆっくりと振り上げ、両手持ちで構える。
この無茶とも言えるアバンさんのスパルタ修行の目的――それはアバン流刀殺法『海』の技、『海波斬』の実戦習得。『大地斬』がパワーで敵をぶった斬る技なのに対し、『海波斬』はスピードで斬り裂く技……その特性はもう1つ、『海を斬る』という言葉通り、“形のないもの”を斬ること。
高速で振り抜かれた刃から生じる“飛ぶ斬撃”は炎や冷気などの攻撃的エネルギーを斬り裂き、上手く使えばその先にいる敵も斬り裂く事ができる……らしい。
『大地斬』はパワーと斬撃の“重さ”、『海波斬』はスピードと斬撃の“鋭さ”をそれぞれ極限まで高めた技という事だ。
パワーと重みはドラゴンの皮膚の強靭さに弾かれてしまう。だが、スピードと鋭さなら……。
「うおおおおおっ!!!」
ダイが仕掛けた――!
「止めるんだぁーー!!ダイーー!!!」「ダイぃーー!!!」「ピイーー!!」
「ん?」
あの声は、ポップか……それに、ブラスさんやゴメも。
ポップはゴメがどうにかして呼んできたんだろうな。ちょうど良いタイミングだな。
再びドラゴンアバンさんが燃えさかる火炎を吐き――
「アバン流刀殺法!『海波斬』!!」
ダイが『海波斬』を繰り出す――!
2つのエネルギーが激突する瞬間に洞窟内が閃光に満たされる。
そして、閃光が止むとそこには……
「あ、あああっ……!ほ、炎を斬ったあっ!!」
左上に剣を振り上げた体勢のダイと、真っ二つに斬り裂かれた燃えさかる火炎――ダイは見事に『海波斬』を成功させたのだ、それも完璧に。
ピシッ
「『ンガッ!?グギャオォオオォ~~~ッ!!?』」
鼻先がプッツリ切れて、そのショックでアバンさんが元の姿に戻った。
「おおお~~~っ!!?鼻がぁ~~~ッ!?ふがッはがッあがッんがぁ!?」
ジタバタと大袈裟に痛がるアバンさん……たかが浅い切り傷1つだろうに、どうしてあれで『ドラゴラム』が解けるんだ?
「……ふぅぅ~」
力が抜けたのか、ダイはその場に座り込んだ。それを見たブラスさんとゴメが駆け寄る。
「ダイッ!大丈夫か!?」
「ピピィ!?」
ダイは心配そうな2人?に、盛大に疲れながらも笑みを見せてVサインを向けた。
「へへっ……やったぜ……!」
さて、そろそろダイを回復してやるとするか。
「お疲れさん、ダイ。ほれ、『ベホマ』」
回復の光がダイを包み、傷を癒していく。ダイが負ったダメージくらいなら、『ベホイミ』でも良かったかもしれないが、まあ、一応な。
「わあ!凄えや!痛みも疲れも一瞬で消えちゃった!エイト兄ちゃん、ありがとう!」
「どういたしまして」
「こりゃあ驚いたわい!『ベホマ』とは……!使い手も随分少なくなったと言われる高度な回復呪文じゃ!まさかエイト君が使えるとは、それもこうも完璧に……!」
「伊達に20年以上、世界中を冒険して回ってないって事っすよ」
ハッキリ言って悪いが、この世界の一般的な魔法使い・僧侶・賢者のレベルは低い。まあ、ゲームとは呪文の難易度や威力が大分違うみたいだから、一概にそうとも言えないのかもしれないが……。
それはともかく――
「んぐぅ~~!?はがッあがッ、くくぅ~~~!??」
いつまでジタバタやってるんだろうな?アバンさんは……。
「先生、大丈夫?」
「……!」
ダイが声を掛けると、アバンさんは背筋を伸ばして動きを止める。
だが……
「……う~~ん、痛ぁい~……!」
すぐに鼻を抑えて顔を顰めた。あんな傷でもやっぱり痛いらしい。
「自業自得ですよ、先生……。『ドラゴラム』で修行なんてムチャクチャやるんだもん」
そう呆れた風に言ったのはポップだ。
「いや~、ここ数日の特訓でダイ君の剣は元々備えていたパワーに加えて、スピードが飛躍的に増していましたからね。これはもう、『海波斬』はできるだろうから、この際ついでにより実戦的な稽古もやっちゃおうかな~~なんて……!」
「そんないい加減な目算でやらないで下さいよ!!」
「おやっ?えらくムキになりますねぇ?そんなに心配だったんですか~?」
「べっ、べっつにぃ……」
からかう様なアバンさんから、ポップは顔を逸らす。素直じゃないな。
しかし、ダイの成長速度は本当に大したもんだ……。たった3日で、ここまでパワーとスピードを身につけ、しかも技を2つも覚えてしまった。こんな事、神様から転生の特典を貰った俺だって出来やしない。
「ともあれ!!ダイ君は既に、『海波斬』のコツを掴んでいます!この調子なら『特別ハードコース』の達成も、夢ではぬわぁ~いっ!!」
いきなり奇声を上げるアバンさん。
「ちょっとアバンさん、そんなに力んで叫んだら……」
ツゥ……
「ん……?」
鼻の傷口から血が垂れた……言わんこっちゃない。
「あっ……エイト君、私にも回復呪文かけてくれませんか!?」
「「「だあ!?」」」「ピィ!?」
ダイ達が揃ってズッコケた。アバンさん、多分ワザとやってるんだろうな、これ……。
「ったく、締まらないねぇアバンさん。ほい、『ホイミ』」
指先をアバンさんの傷口に近付けて呪文を唱えると、すぐに傷は消えた。
「う~ん、まったくカッコ悪いッスね~。アハハハハハッ!」
「「「「ハハハハハッ!」」」」
アバンさんがカラカラと笑い、釣られて俺達も笑ってしまう。本当に、不思議な魅力のある人だよ、アバンさんは。
「ハハハハ……んっ?」
なんだ?この肌にビリビリくる強烈な気配は……。それに、全身に感じるこの刺す様な威圧感……これは、殺気!
「……!」
見れば、アバンさんも同じものを感じている様で、険しい表情を浮かべている。
間違いない……何者かは知らんが、俺達に敵対的な存在が近付いて来ている!
ゴゴゴゴゴゴ……!!
「じ、地震だあ!!」
「なんじゃっ!?火山の爆発かっ!?」
ダイとブラスさんが慌てて周りを見回す。
「……いや!違います。この震動は……何者かが島の魔法陣を破ろうとしているのです!」
「「「ええっ!?」」」
俺を除く全員が、アバンさんの言葉に驚く。
「一体、誰が……!?」
「バカ!魔王の手下に決まってんだろ!この島は、邪悪を拒む魔法陣で守られてるんだ!入ってこられねえのは悪りぃ奴だけ!魔法陣を、無理矢理破ろうとしてるって事はそいつが邪悪な奴って事!つまり、魔王の手下に間違いないんだ!!」
ダイに教えるポップ。確かにそれは間違っちゃいない……だが、アバンさんが張った結界が、並のモンスターに破れる様なチャチな代物な筈はない。
「……っ!」
現に、アバンさんはさっきより更に険しい表情を浮かべている……。今、デルムリン島に侵入を試みている奴は、相応の実力があるという事だ。
ズゴゴゴゴゴゴゴゴッッ!!
一段と揺れが酷くなった!
それに、感じ取れる魔力も強くなっている……!敵が遂に結界を突破してしまったらしい――隠す気もない殺気が、どんどん近付いて来るのを感じる。
「うううっ……う~~ッ!!」
「じいちゃん!?どうしたの!?」
突然、ブラスさんが頭を抑えて苦しみ出した。
「こっ、この強烈なエネルギーには……覚えがある……!!」
なんだって!?
「えっ!?覚えって……じいちゃん、知ってるの!?」
ダイが驚く中、アバンさんが額から汗を流しつつ言った。
「どうやら、不安が的中してしまったようです……」
どうやら、アバンさんも覚えのある敵の様だ。一体、何者なんだ……?
そうしている間にも、敵の気配はすぐそこまで迫って来ている。
そして、次の瞬間――爆発と共に洞窟の天井に穴が開き、そこから迸る魔力の紫電を纏いながら1人の男が降りてきた……。
身長は190センチぐらい、頭から全身をスッポリと覆うローブの様なマントを被り、まるで2本の角が生えているかの様な輪郭、唯一覗く顔は鈍い青色の肌に如何にも『悪党』という目付きの悪い顔、ついでに目も濁っている……。
肌の色だけでも魔族と分かる。感じられる魔力や威圧感からも、相当強いと分かる。
「グフフフハハハ……ッ!貴様の魔法陣にはなかなか骨を折らされたぞ……」
「っ!やはり生きていたか……、魔王ッ!!」
「「「魔王!?」」」
俺とダイとポップの驚きの声が重なる。
この、目の前に現れた魔族の男が……かつて世界中を恐怖のどん底に叩き落とし、15年前にアバンさんが打倒したというあの……
「魔王ハドラーッ!!」
アバンさんの叫びが、洞窟に木霊した――。