本丸の管理者権限を書き換えたのはいいが、こんのすけが見当たらないので探していたわけだが。
「…なんだあれ」
何かいる。
いるのはわかるのだが、何故か姿をはっきり見ることができない。もやがかかっていると言うか。…近付くべきか、近付かないべきか。…いやでも、いつまでも避けて通れるものでもない気がするし…。まあ、様子見兼ねて近付いてみるか。
僕の存在に気付いたのか、それは僕から逃げるように動いた。…んんん?何故、あっちが逃げる?僕が逃げるならともかく、あちらが?…。追いかけよう。
暫くの追いかけっこの後、呪術も駆使して漸く追い付いた。
「つっかまえたっ!」
というか、飛びついた。触った感触は柔らかい。…いや、むしろ、人のような感触だ。人間、なのか?
「…。…まずい、捕まえてどうするか考えてなかった」
いや、だって逃げられたら追いかけたくなるだろ、普通に考えて。
「…私に、用があったわけではないのですか」
「逃げられたら何事かと思うじゃん?あんたが誰か知らないし。っていうか、日本語通じる?人語話せるの?じゃあ、聞きたい事があるんだけど。…あ、僕は小鳥。今日、此処に配属されたんだ」
「…。聞きたい事、とは?」
「こんのすけって式神知らないか?本丸システムの認証が出来たら、後の事はこんのすけに聞いたらいいって言われたんだ。けど、それらしい奴が見当たらなくって…他の式の子たちにも聞いたんだけど」
「…この本丸に、こんのすけはいませんよ。既に依代が壊れてしまっていますから」
「えっ」
えっと、それはつまり…僕騙されたのかな?あちらの確認ミスかな?どっちにしても、次の手に出ないとだな。うーん…どうしよう。
「…離していただいてもよろしいですか?」
「逃げない?」
「…。…逃げません」
ハグをやめる。何かさっきまでより少し存在がはっきりしてきた、かな?ぼやっと人の形が判る。なんとなく、黒と白と青が見える。
「…あなたは、この本丸についてどの程度を知っていますか?」
「新品じゃないってことくらいかなあ。物資とか全然ないし、壊滅状態っぽい?」
「…あなたより前にこの本丸に配属された審神者は皆、亡くなっています。…此処は、常人に耐えられる場所ではありませんから」
「…それってつまり、本丸の何処かにその死体とかあるの?」
「いいえ…政府の式が遺体を引き取っていきましたから…」
「…つまり、政府もこの本丸の状態は把握しているということだね」
「…ええ、把握しているでしょうね」
「…そうか」
騙された可能性が濃厚、か。…はあ、嫌になるなあ。まあ、人間なんて自分たちの都合で生きてるもんだ、仕方ない。
「…あなたは、どうされるつもりですか?」
「現世に戻って問いただす…否、状況からして門が繋がらなかったりするのかな。でなきゃこんな騙し討ちのような事をする必要ないだろうし。…うーん、とりあえず」
「とりあえず?」
「お昼ご飯にする。…あ、あんたも食べるか?そう大したもんは材料的にも俺の力量的にも作れないが」
並んでお勝手場(かろうじて使えない事もない)に立つ。生物がないんだよなあ。乾物と、粉類と、缶詰と…まあ、保存食類。生鮮品がない。何作ろっかな…自分一人ならまあ、食えりゃいいで適当にやったんだが。
「…お、ホットケーキミックスがある。蜂蜜加えて焼くか」
牛乳と卵入れないとふわふわあまあまにはならないらしいが、ないものは仕方ない。…ドライフルーツもあるし、これも混ぜるか。飲み物は…紅茶があるな。飲み慣れてないがまあ、いいだろう。蜂蜜入れるか。
…しかし、和風建築にこれだけ洋物が揃ってるのは若干違和感あるなあ。別にいいんだが。
「これは、何ができるのですか?」
「ホットケーキ的なもの」
「的なもの」
「正しいレシピだと牛乳と卵入れて作るもんだが、代わりに別のもん入れるから」
まあ、食えんもんは出来んだろ、多分。好みに合うかはともかく。
「…そういや、何かアレルギーっつーか、体が受け付けないとか、そういうのがあったりするのか?」
「…いえ、そういうものはないと思いますが…」
「そっか。ならいいんだ」
さて、ちゃっちゃと焼きますかね。
「…あなたは、取り乱したりはしないのですね」
「自分から感情的になるのって、苦手なんだよな。殴られたら殴り返す心構えはしてるけど、正直、どうでもいい事の方が多いと言うか…いや、実感とかないだけなのかも。危機感というか」
「そういえば、常人には耐えられなくて死に至るって言ってたけど、具体的には何処がどう拙いんだ?俺が見て回った限りだと、全体的に汚いかなーって、くらいだったけど」
「………私という、穢れと瘴気の塊のようなものがいましたので…それに、この本丸が閉鎖空間であることも災いしたようです」
「すまんが零感だからそういうオカルト的なのはさっぱりわからん。…いや、一応来る前に呪術の基礎は教わってきたんだが、幽霊とかは生まれてこのかた見た覚えがないからなあ」
「…あなたは、審神者として此処にやってきたのですよね?」
「ああ、受かると思わなかったんだが、見事に合格してしまった」
興味本位みたいなものだったのだが。…って、ん?
「あんたは"よくないもの"なのか?随分理性的で親切なように思うんだが」
「…そう、ですね…本日は、久方ぶりに頭の中がすっきりしていて、思考も穏やかです。またいつ、沈むともしれませんが」
「ふーん…?」
ってことは、逃げたのってもしかして、僕に害を与えることを避けるため、だったってことか?どう考えても善人臭しかしないんだが。しかしまあ、本人(?)がそういうなら、そうなんだろう、多分。
ホットケーキもどきを食い終わる頃には、相手の姿も大体わかるようになっていた。黒髪に青い衣装の美人…美少女?いや、声的に美青年?だ。なんか白い布のようなものを羽織っている。
「そういや、あんた何て言うんだ?呼び名くらいは教えてほしいんだが」
「…私は、数珠丸恒次と申します」
「じゅじゅまる」
「数珠丸」
「ずじゅまる」
「数珠丸」
「ずじゅ…ちょっと馴れ馴れしいかもしれないが、恒次って呼んでもいいか?」
「構いません」
はっきりと、その姿が見えるようになった。なんか、すごい数珠?みたいなのと白い刀が見えるんだが。んん?
「……もしかして、恒次って所謂刀剣だったりする?」
「はい、私は太刀の刀剣男士ですよ」
「そっかー」
…まあ、そりゃそうか。本丸にいるのは審神者か式か刀剣かの三択だもんな。ていうか、男士ってことは男なのか…美少女に見えるんだが。いや、声的には完全に男だけどさあ。
「…どうかされましたか?」
「いやあ、こんな美人に会うのは人生で初めてだなーって。…まあ、刀は美術品としての価値も認められてるっていうしなあ」
「…私よりも、三日月宗近の方が美しいと思いますよ」
「って言われても、僕その三日月?ってやつ知らないし。会ったことないし」
「・・・」
門を調べてみたが、上位権限で凍結処理がされていた。現世にも、過去にも繋がらない。ついでにネットも繋がらない。…。
「…あれ、物資の調達ってどうすればいいんだ?」
ある程度、無機物なら呪術で創造する事も出来なくもない、が、生き物とか食物とかは駄目だからなあ…畑で何か育てるにしても種がないとだし、すぐ、というわけにもいかないだろうし…。
「…もう少し、私の穢れを祓うことができれば、妖横町へ連れていくことができるのですが」
「妖横町?」
「時空の狭間、"何処でもない場所"にある妖たちの商店街です。あそこならば門を介さず向かう事が出来ますが…人の子が一人で迷いこめば拐されて帰れなくなる事さえあり得ますから…」
「ふぅん…じゃあ、その穢れを祓う?のってどうすればいいんだ?僕にできる?」
「祝詞は知っていますか?それを唱えていただくだけでも、少しは効果があると思うのですが」
「祝詞…ああ、一応習ったぞ。…空で唱えられるかは若干怪しいが」
確か、テキストデータと、節付けて音楽データになってるやつが端末に入ってたはず。…あ、あったあった。
「たかあまはらにかむづまります」
効果、あったのかな?俺にはよくわからないんだけど。しいて言えば、若干恒次の顔色がよくなった…ような気もする。気の所為かな?どうなんだろう。
「…えっと、どうかな」
「…万全とはいきませんが、これで、本丸から出ても大丈夫だと思います。ありがとうございます」
「えへへ、どういたしまして」
上手くいった、ってことかな。よくわかんないけど。
「よし、それじゃあ、晩御飯の食材を買いに行こう。僕に出来る範囲で料理も頑張るよ。恒次は何か食べたいものとかある?」
「…私は、料理にはあまり詳しくないもので…名の由来となった主も、僧侶ですし」
「生臭ものは避けたい感じ?」
「私はあくまで刀ですから…忌避感などはありませんよ」
「んー…じゃあ、売ってたものでメニュー考えよう。やっぱり季節の物の方が安かったりするのかな?」
興味深そうに町を眺める小鳥を見て、数珠丸は改めて彼女のような稚《いとけな》い子供が死地に送りこまれてきたことを憂う。その稀有な浄化の才を見込まれたという可能性もあるが、穢祓いの方法を心得ていなかったことからして怪しいところだ。どれだけ霊力があっても、それを正しく使えなければ意味はないのだから。
そう、例え小鳥の浄化能力が自我を危うくするほどに邪気に呑まれていた数珠丸を引き戻せる程に優れたものであったとしても、本人に自覚がなければ己の意思で使う事は叶わない。
「♪さかなさかなさかな~さかなーをたーべるとー」
小鳥は楽しそうに歌っている。はぐれないように片手は数珠丸と繋いで歩いていた。今日の夕飯の主菜は鱈である。切身で四切れ買った。半分は明朝に焼くそうだ。夕餉はどう調理するつもりなのかはまだ聞いていない。本丸に足りない食材が多いとかで、小鳥は色々買い込んでいる。荷物は概ね端末の四次元収納にしまってしまっているが。
「♪一本でーもにんじーん、二匹でもさーんま」
空腹を感じる。
「――おやおや、仲良しさんだねぇ」
同じく買い物途中らしいにっかり青江が数珠丸に声をかけた。小鳥はきょとんとして青江を見た。
「にっかり青江」
「こんにちは恒次さん。そちらは君の主さんかな?」
「んー、えっと、僕は小鳥だよ」
「うんうん、素直な子は嫌いじゃないよ」
数珠丸と同派の霊刀は、彼が穢れに侵されていることを見抜いているだろうと思った。
「…貞次殿、この子は」
「自分の状態はわかっているだろう?…なんてのは余計なお節介か。自分自身の事が判らないわけがないものね。…穢れの事だよ?」
「いえ、違うのです。…この身の穢れていることは事実ですが、この子に非はないのです」
小鳥はいきなり真剣な顔で話を始めた二振りに疑問符を浮かべている。
「…それは、己に責任がある、という話かい」
「いえ、そのような段階の話ではなく…この子は、引き継ぎで本丸に来たばかりなのです。私が穢れたのはこの子に会うより前、寧ろ、この子が祓ってくれているのです」
「!」
「私たちのあり方が正しくないのは重々承知です。しかし、あなたの主に報告するのは、少し待っていただけませんか?…私は、この子を独りにしたくはないのです」
「…恒次、何の話なんだ?正しくないって何が?僕は何か間違ったことをしているのか?」
「いえ、あなたは、あなたにできる最善をこなしていると思いますよ。…間違っているのは、あなたを取り巻く状況そのものです」
「…恒次が何を言いたいのかがよくわからない」
「…成程ね。主に報告するのは、今回はやめておくよ。…そうだね、次に会った時に改めてすることにするよ。…主への報告をだよ?」
「…恩にきます」
「嫌だな、これはけして善行ではないんだよ?悪行ということもないだろうけどね。主への背信、とまではいかないと信じているけれど」
「…いえ、私が穢れを祓って再契約できるだけの猶予があれば十分です。私も、現状が最善とは思っていませんので」
夕餉は鍋になった。土鍋に昆布で出汁を取って、醤油で味付けしたつゆで魚と野菜と豆腐を煮込んだ。うどんも加えられている。
「…そういえば、この本丸に君以外の刀剣はいないという認識でいいのか?」
「ええ。残っていたのは全て折れていますから」
「…恒次は、一人で寂しくなかったの?」
「…私は、寂しさを感じるだけの余裕がありませんでしたから」
より正確には、正気ではなかった、というべきか。思考する精神がなかったので、寂しさを感じることもなかった。
「私のことは気にしないでください、小鳥。己が不幸であったとまでは、思っていないのです」
「だったら、恒次も僕の事可哀想みたいに言わないでよ。そりゃあ、ちゃんと説明されないで此処に来たけど、審神者になったことそのものは僕の意思で選んだ事だし、それ自体は後悔してない。恒次に会った事も悪い事だとは思ってない。…騙されたのは腹が立つけど」
「…私は、あなたに会えて良かったと、思いますよ」
これ以上、罪なき人の子を傷つけずに済むのなら、それは幸いだ。元より数珠丸は人を恨んで堕ちかけたわけではない。結果的に堕ちかけただけで、人に絶望まではしていない。まだ人を信じる心を持ち続けている。
だから、数珠丸はこの優しく稚い人の子に出来る限り手を貸してやりたいと考えている。その為には、さっさと契約を結んでしまうのが一番だ。契約への干渉は生半ではできない。
数珠丸本人は介錯してないが、これまでの審神者は死んでる できれば殺したくない