この時代の義務教育は高校までという設定
「あ、あの、畑仕事、僕もお手伝いします!」
「ん、ありがとう、五虎退」
「僕、戦うのは得意じゃないですけど、畑仕事とかなら、活躍できると思うんです」
「やる気があるのはいいことだね」
小鳥は微笑する。
「内番は好まないものもいますからね」
「同田貫には俺は農具じゃねぇ、って言われたしね」
しかし文句言いつつちゃんとやる。
「戦の方が好きな人の方が多いですから…」
「別にいいんだよ、それで困るわけじゃないし」
小鳥は肩をすくめてみせる。
「戦もそれ以外も、やりたい人、やれる人がやればいいのさ。まあ、誰か一人に負担が集中してしまうなら別だけれどね」
「小鳥ちゃん、大倶利伽羅を手入れしてほしいんだけど!」
「光忠、俺に手入れは必要ない…」
大慌ての様子で大倶利伽羅を引っ張ってきた光忠を見て、小鳥は目を瞬かせた。
「…ええと、手入れの必要な負傷は負ってな…いや、今ぶつけたのは怪我に入るのかな?」
「必要ない」
大倶利伽羅は赤い瞳を細め、光忠の手を鬱陶しそうに振り払おうとする(が、打撃と練度の差から振り払えない)。
「だって、手入れがいらないなら何で」
「光忠ストップ。とりあえず状況を整理させてほしいんだけど」
小鳥は考える仕草をして、言う。
「大倶利伽羅に何か不具合が見つかったから、手入れでそれを治せないかと考えて連れてきた、ということでいいんだよね?」
「…戦や、日常生活を行う上では問題ないし、負傷があるわけでもない。放っておいてくれ」
「問題大ありだよ?!ちゃんと直してもらわないと駄目だってば!」
「必要ない」
「…何があったの?」
「倶利伽羅の味覚がおかしいんだ」
「味覚」
「味覚に不具合が出た所で、何も不都合はない。…厨番が出来ないくらいだ」
「嗅覚は?」
「…わからないということはないが」
「一応、肉体的な異常かそうじゃないのかだけでもこんのすけにスキャンしてもらおう。判りづらい所に瑕疵があるのかもしれない」
こんのすけのスキャンの結果は(祟化していることを除けば)刀身にも躯にも特に異常はない、ということだった。
「心因性味覚障害、ってやつかな?具体的にはどう異常が出てるの?」
「彼、辛いのが苦手なはずなのに、鶴丸さんから没収した激辛麻婆饅つまみ食いして平然とした顔してたんだ。しかも完食しちゃったし!おかしいだろ?」
「・・・」
「辛いのの得手不得手が個体差だって話じゃなくて?」
「うちに辛いのが得意な倶利伽羅はいないよ!」
大倶利伽羅はぷいと目を逸らした。
「…一口に味覚障害といっても、幾つかパターンがある。味覚を感じる機能が減退する、辛味が甘味になるなど感じ方が変化する、特定の味だけ感じられなくなる、何を食べても嫌な味を感じる、何もないのに口の中で嫌な味がする…最後の二つは違いそうかな?自覚的にはどうなの?」
「…血以外の味を感じられない。血の味を快く感じるわけじゃないが」
「無味症の亜種ってことかな?何食べても血の味ってんなら異味症だか悪味症だかかもしれないけど」
「いや、基本的に何も感じないのが、口の中を切った時だけ血の味がしただけだ」
「じゃあ無味症かなあ」
「味覚障害って人間の病気なんだよね?治せるんだよね?あ、さっき嗅覚の話をしてたのは?」
「嗅覚…においも味を判断する時の重要なファクターだからね。鼻詰まってる時は味がわかりづらくなったりする。(刀剣が風邪を引くかは知らないが)風邪の時に味覚がおかしくなるっていうのが大体それだ。刀剣男士に当てはまるかは知らないが、人の場合、味覚障害の主原因は亜鉛不足だそうだ。要するに食生活の乱れだな。サプリで治る場合もあるらしい」
「その亜鉛ってやつが補えればいいんだね?」
「不足が原因ならね。けど、本丸の皆の食生活は大体共通だし、他に味覚障害起こしてるっぽい子はいないだろう?…ストレスとか鬱とかが原因のこともあるらしいから」
「けど、僕にできることがあるなら…」
大倶利伽羅が苦い顔をするのをちらりと見て小鳥は苦笑する。
「ほどほどにね。後で厨の備え付け端末をアップデートしておくよ」
「うん…」
光忠が資料室に向かうのを見送り、小鳥は大倶利伽羅に尋ねる。
「一応、亜鉛のサプリ取り寄せておく?無味じゃあ食事を取るのも苦行っぽいし」
「…あいつにしこたま食べさせられるよりはましだな」
「…で、ストレスの方に自覚があったりする?」
「…ないとは言わない。…光忠の奴も、放っておいてくれればいいだろうに」
「…正直、光忠は鬱に理解がないタイプっぽいよねぇ」
「君も、戦に出たい勢だったりする?」
「…出たくないとは言わない」
その視線は、俺を戦に出したいのか、と言っている。小鳥は肩をすくめた。
「こんのすけには、契約を結んでいない刀剣で部隊を組んで過去に送るわけにはいかないと言われている。そちらにその気がないなら無理強いをする気はないし、主義主張を曲げさせる気はないよ。…こっちは命をかけてもらう側だからね。それだけの価値を示せないんじゃ仕方ない」
「仕方ないか」
「僕は、どうでもいい奴の為に命をかけていいとは思ってないからね。自分にできないことを他者に強要は出来ないよ」
「…じゃあ、あんたは誰のためなら命をかけられるんだ?」
「家族。…それに、俺の事を大切だって言ってくれるヒト、かな」
「・・・」
「命をかければどうにかなるくらいのことなら、幾らでもかけるよ。…でも、現実には多分、それくらいじゃ不足することばかりだからね。世知辛いね、現実ってやつは」
小鳥はやれやれと肩をすくめてみせた。
「…あんたが死んだりして、また別の審神者が此処に寄越される、なんてことになったら俺たちは困るんだが」
「うん、そういうのもあるから、命をかけるってのは難しい話なんだよね。実際俺も死にたいわけじゃあないし」
死にたくない、とは、彼女は口にしない。その意味を、大倶利伽羅は知っている。
「…あんたから契約を持ちかけたら、頷くやつもいるんじゃないか」
「重要なもんだって聞いた。俺の方から急かすようなことはできない。…っていうか、俺、必要以上に働かない主義だからさ。あんまり政府の思惑に乗っかりたくないんだよね。本丸の立て直しなんて遅々として進まない位でいいと思ってる」
とはいえ、本丸の浄化そのものは殆ど終わっている。大掃除は終わり、これ以上は祟刀の数を減らさなければ祓えない。顕現を解いていた刀も大半が再び目覚めている。順調といって問題ないくらいだろう。
「…あんたは、優秀な審神者なんだと思う」
「他の審神者に会ったことないし、俺からはノーコメントかなあ。でも、俺はちゃんとした審神者じゃあ、ないんだと思うぜ」
「あんたは"あいつ"の心残りだかわだかまりだかを解いたんだろう。…それで光忠は余計に煩くなったが」
「…その辺俺にはよくわからないんだけどなー」
「へし切長谷部、と言います。長谷部とお呼びください」
青年は胸に手を当ててそう言って、赤い瞳を細めて微笑んだ。
「ん。長谷部だね。僕は小鳥。よろしくね」
「ええ。どうぞ俺を有用に使ってください、主」
「え、うん、がんばる」
「俺は、主命とあらば何でもこなしますよ」
「んー…そういうの、俺はあんまり好きくないなあ。他人の選択の責任まで負いたくないし。無理強いとかしたくないし」
「・・・」
「強制出来るほど己の正しさを信じてないからさ。君もちゃんと自分で考えてよ。自分で考える頭がないわけじゃないでしょ」
「…それが、主の望みであるのなら」
「そんなに大袈裟なものでもないんだけどなぁ」
長谷部が部屋を辞した後、天井板を外して鶴丸が降りてきた。
「…いやいや、驚いたぜ。まさか君が政府に対して隔意を持っていたなんてな」
「俺だって流石に自分に悪意を向けた相手に何の感想も持たないわけじゃないよ。…まあ、関心はあまりないけどね」
「従順な駒なのかと、思っていたんだがな」
屋根裏に潜んでいた事で衣についた埃を鶴丸が掃うと、小鳥はくしゃみをした。
「自分の分は弁えてるだけさ。抵抗しても利がないなら労力の無駄だろ。放っておかれる方が楽だし」
「退屈だとかは思わないのかい」
「退屈感じる程此処の暮らしに馴染んでない」
「…と言っても、そろそろ二月になるんじゃないか?そろそろ慣れてきただろ」
「…それは皮肉で言っているのか?」
「…。…まあ、退屈を感じるわけはないか。君はそこまで暇ではなさそうだものな」
「ついでに言えば、僕には知らない事が多過ぎて、日々学ぶ事があるからね。退屈なんて言ってられないのざ」
「…そんな風に目を輝かせていられたころが、俺たちにあったかな」
「過去の事は知らないが、新しきを知る喜びは得ようとするものには幾つになっても与えられるものだ。全てを知る事なんて不可能だからな。逆に言えば何かしらあるものなんだ、知らないものが」
「物を知らぬ子供が、賢しらなことを言う」
「俺は世間知らずだが、自分に知らないことが沢山ある事は知っている。君らは子供だ子供だというが、俺も普通に親元から独り立ちしてて当然の年だし、何も知らなくて標準ってことはないんだからな。…多分君らが思ってるより年嵩だぞ、俺は」
「…俺たちが思ってるより年嵩、ねぇ…20くらいかい?まあ、それくらいになれば人の子としては子供と言えない年だよなあ」
「…。…純粋に何歳だと思われてるんだ、僕は」
「…まあ、12は越えてるだろうと思っているぞ、皆」
「…僕一応義務教育終わってから年単位で経ってるんだけどな」
「言っちゃあ何だが、君は行動からして全く大人に見えん。どう見ても子供だぞ」
「そりゃ、君ら皆俺のこと子供扱いするからな。俺が子供の方が都合がよいのかと」
「…。わざと子供っぽく振る舞っているのだと?」
「さて、どうだろうなあ。まあ、子供っぽく見えるのを知っていて自重しない時があるのは確かかな。別に殊更子供を演じているつもりもないが」
大人らしく振る舞う事をしていないだけで。
「…君、案外性格悪いところあるだろう」
「そりゃあ、何をもって性格が悪いというかによるんじゃないか」
「そういえば君、何故天井から出て来たんだ」
「君と君の従者に
「んー…まあ、こんのすけの耳に入ったら拙いかなと思わないではない」
「一応、真意を確かめておきたくてな」
「真意も何も、そのままなんだけどね。僕としては実感も何もないが、初っ端から事態に抗う為の知識を与えられずに死地に送られたのだと言われて、不信感を持たずにいられる程お人好しじゃない」
「…まあ、己の命が脅かされたら心象が悪くなるのは当然だろうが…それを言ったら、三日月だって君を斬ろうとしたはずじゃないのかい」
「三日月が斬ろうとしてたのは僕じゃないだろう。アレ以降は普通に友好的にしてくれているし」
「政府は」
「二度ある事は三度ある、と言うだろう」
「・・・」
「いや、ある意味三度めがあっても困るんだけどね。恒次もいい気はしないだろうし」
「…君は?」
「契約結んだ相手と別れさせられた経験がないからわからない。"その時"今契約結んでる子以外と契約結んでるかもわからないしね」
「…君の方には結ぶ気はあるのか」
「僕は基本、来るもの拒まず去るもの追わず、だよ?まあ、やなことされそうになったら殴ってでも抵抗するけどね」
友好関係を結ぶ気がないなら呼び名なんて聞かないよ。
「俺、加州清光。川の下の子です」
「大和守安定、扱いにくいけど良い刀のうもり」
「俺は小鳥。何て呼べばいい?」
「俺の事は清光でいいよ」
「なら、僕も安定でいいよ」
「清光と安定だね。わかった」
二振りは、金色の瞳を嬉しそうに細める。
「小鳥は、俺たちの新しい主なんだよね?俺の事、可愛がってくれる?」
「君の望む可愛がり方による。俺もできる事と出来ない事があるし」
「あ、えーと…うん、大事に使ってくれたら、それでいいかな。俺、可愛くしてるから、沢山使ってね」
「僕も、まあちゃんと使ってくれればいいかな」
「善処する」
「善処って主…」
「戦は得意じゃないんだよ」
「…まあ、得意そうには見えないよね」
「基本はなんとか把握したんだけどね」
「主、手も小さいんだね。短刀とそう変わらないんじゃない?」
「君らがでかいんだ」
「いや、主は絶対小さいって。…ごはんはちゃんと食べてるんだよね?」
「抜く理由がないよ。普通にこなしてるだけでお腹すくし」
「…主は俺たちと違って人間だもんね」
「そうだよ、人間は簡単に死んじゃうんだよ」
「…何があったんだ?」
同田貫が訝しげな顔をする。
「正直、俺にはよくわからない」
「いや、あんたのことだろ」
「他人の心の動きまではわからん」
小鳥は打刀三振りにしがみ付かれている。なおかつ、清光と長谷部が無言で睨みあっている。
「…。とりあえず、出陣の報告ってやつ、やっていいか?」
「うん、ちょっと待って、記録の準備するから」
小鳥はひょい、と三振りの腕から抜け出て文机に筆記用具を用意する。
「「主?!」」
「俺鳥頭だからちゃんと記録しないと」
同田貫も何でもかんでも全部は覚えていられなさそうだ。
「つっても、報告できることはひとつしかないぜ。三回挑戦したが、三回とも敵大将に辿りつけなかった。あの賽ぶった切りてぇ」
「斬っちゃ駄目だってば、…同田貫は賽と相性が悪いのかな?」
契約して普通の刀剣男士のように暮していればその内祟りは薄まってくるもんなので契約組はその内通常カラーに戻る 正確には、心の中のつっかえてる部分をどうにかできれば浄化できる