「…俺を刀解してくれないか」
「とーかい?」
「…お前から鍛錬所の式神に頼めばやってくれるはずだ」
「わかった。式神さんに頼めばいいんだね」
「…ああ、それでいい」
「そういえば、あんたのことは何て呼べばいいんだ?俺は小鳥」
「…他の俺に聞いてくれ」
「?他の君は他の君だろう?」
きょとんと首を傾げた小鳥に、彼は僅かに眉を寄せ、目を細めた。
「…名乗る程のものでもない。何せ、無銘刀なものでね」
「無銘でも名刀なんでしょ?」
「・・・」
彼は肩をすくめる。小鳥は不思議そうにまた首を傾げた。
二人が並んで鍛錬所に向かって歩いていると、鶴丸が姿を現した。彼は僅かに嫌そうな顔をする。
「珍しいな、廣光。てっきり自分から近付く気はないんじゃないかと思っていたんだが」
「…あんたには関係ないだろう」
「つれないな。君もそう思うだろう?」
「鶴丸は寂しがりなの?」
「…。…別に、寂しいとかそういう話じゃないぜ」
鶴丸はすっと目を逸らす。
「…で、どうしたんだ?何でもないってことはあるまい」
「えっとね、と」
素直に答えようとした小鳥の口を彼は塞ぐ。
「・・・」
「…何か悪だくみでもしてるのかお前」
「あんたには、関係ない。…鬱陶しいのは光忠だけで十分だ」
「鬱陶しい、って…」
子供が反抗期に突入していたのを知った父親のような顔をした鶴丸に顰め面を返し、彼は小鳥の手を引く。
「…さっさと終わらせるぞ」
「え、うん…」
「式神さん、ちょっといい?」
小鳥が声をかけると、式神は何の用だ、と小鳥を見る。
「あのね、彼がとーかい?ってのをしてほしいんだって。式神さんに頼めばいいって言ってた…って、え、どうしたの?」
式神は厳しい顔をして彼女に尋ねる。刀解が何かわかっているのかと。
「ううん。今日初めて聞いたと思う。…何か大変なことなの?」
式神は刀解がどんな字を書くのか、どんな事なのかを話した。小鳥は彼を見る。
「…承知の上だ。俺は刀解でいい。…現状、戦場で折れるのは難しそうだしな」
「…どうしても?」
「ああ」
「…そっか」
小鳥は背伸びして彼の頭を撫でる。
「大倶利伽羅は、たくさんたくさんがんばったね。おつかれさま」
「…あんた」
「君の刀としての名を知らないと言った覚えはないよ」
「・・・」
彼は膝を折って、床に座り込む。式神は本当に刀解するのかと問う。
「…俺は、もう疲れた。憎いとか、苦しいとか、悔しいとか、光忠や国永のことやなんかも…今更全部忘れろなんてのは無理な話だ」
「…この本丸は、君にとって嫌なばかりの場所だった?」
「…さあな。折れ損なった俺に言えたことじゃないし、刀解しろと言った俺に言える事はないが…」
一旦言葉を切り、目を伏せる。
「…光忠は、ちゃんと笑えるようになりそうだし、国永もいずれ…。…だから、十分だ」
「…君は、やさしい人だね」
「買いかぶりだ。俺が本当に優しければこんな事を申し出たりはしない」
彼は赤い瞳で小鳥を見る。
「あんた、同一の刀でも、契約していなくても、見分けがつくんだろう。…練度が違うからわかっただけかもしれないが」
「んー…練度の見方とかまだあんまりよくわかってないんだよね。でも、うん。同一の刀でも個々に違うだろう?区別がつくのって変なのか?」
「…少なくとも、当たり前ではないな」
「そうか…」
「…別に、俺たちにとって悪い事じゃない」
彼は小鳥の頭を撫で返す。
「あんたは、それでいい。俺は慣れ合うつもりはないが、そうしたいやつもいるんじゃないか」
式神は、祟刀のままでは刀解するにも問題があるから浄化を先にしろと言う。
「浄化すればいいのか?」
小鳥は彼の手を取って祝詞を紡ぐ。それは、劇的に場を、彼を清めていく。彼は穏やかに、それに耳を傾けるように目を閉じた。
「大倶利伽羅!」
鍛錬所に走り込んできた光忠はそれを見て瞠目し、言葉を失った。
「…光忠か」
彼は煩そうに金色の瞳を細める。そこに祟りの気配は欠片も残っていない。
「倶利伽羅、君…」
「俺の死に場所は俺が決める。あんたに指図されるまでもない」
「…君は、逃げるのか。いなくなるのか。僕らを置いて!」
「あんたにだけは、言われたくないな。…俺を生かして自分は折れたのは、何振り目かのあんただっただろう」
「それは…」
「こいつは俺の選択を是と言った。今更あんたに否定される筋合いはない」
「それは、小鳥ちゃんは付き合いが短いから…」
「違うな。俺もこいつも、他の奴の感情よりも俺の感情を優先した。それだけだ」
「そんなのっ…」
「一応言っておくが、こいつを恨むのはお門違いだ。俺から申し出たことだからな」
「…流石に、小鳥ちゃんの方から言い出したとは思っていないよ」
光忠は小鳥に目をやる。小鳥は彼の隣で眠りこんでしまっている。
「今日言い出して、浄化を終えてから…一度時間を置いてからにしろと言った式神《おやじどの》の抵抗を何の気なしに無にしてしまったのは、まあ、恨み事を言われても仕方ない所業かもしれないが」
「…そうだ、君、何時の間にそんな浄化されてるんだい」
「さっき、こいつが浄化してくれた。本人は加減が判らなかったのかへばっているが」
「それでも、気持ちは変わらないのかい」
「こいつに俺のように厄介な刀ばかり何振りも抱え込ませることはないだろう。こいつは俺の望みの為に手を尽くしてくれた。それで十分だ」
「何でっ…君は本当にそれでいいの?
「俺は、あの時折れてしまうはずだったし、それを拒むつもりもなかった。"あんた"が余計な事をしなければそもそも俺は今此処にいなかった」
「俺は、助けてほしいなどと言った覚えはない」
「っ…」
「…違うだろう。"助けられた事が不服"なわけじゃなくて、"相手を犠牲にして自分が生き残った"ことが嫌なんだろう」
小鳥は眠そうに目を細め、彼の頭をぽんぽんと撫でる。
「自分を犠牲にして助けられるより、潔く散る方が…貸し逃げされるのが嫌だったということだろう。…わかるとは言わないが、喧嘩別れはできればやめてくれ。"君"はいなくなるというなら、なおさら」
穏やかに紡がれる少し枯れたハスキーな声が、僅かに憂いを帯びているように思う。
「…俺は、慣れ合うつもりはない」
「君、貸し借りを作るの嫌いだろう」
「・・・」
「小鳥ちゃん、君は彼が刀解を選んでもいいと思うの」
「僕が何を言っても説得力はないし、彼に響く言葉にはならない。だから、僕には引き止められない」
小鳥はそっと目を伏せる。
「本人に心残りも、躊躇いも迷いも、後悔もないのであれば、無理に引きとめられても鬱陶しいだけだろう。自棄になっているというわけでもないようだし。…なら、僕にできるのはその最期を本人に快く迎えさせる手助けくらいだ」
「…そりゃあ、君が諦めてしまっていたらそうだろうね」
「説得力がないというのはね」
小鳥は穏やかに続ける。
「彼が何故それを選んだのか理解できていないし、どんな風に過ごしてどう思ったのかも知らないし、何故そう思いきれるのかもわからない。…だけどね、己の死を忌避すべきものと思わないのは同じだなぁ、と思うからだよ。光忠は、"死"が怖いのかい」
「――」
「いずれ死ぬのであれば、自分の納得できる死に方が良いと言うのであれば、僕は納得できてしまうし、そう思う。まあ、僕は別に自分から死のうとは思わないが」
「家族や知人が死ねば悲しいというのは知っている。けれど、それを憂うのと死を恐れるのはまた別の話だ。…心の痛みは、いずれ時が解決してくれるしね」
小鳥は目を細める。
「まあ要するに、僕が死ねば家族は悲しんでくれるだろうとは思うけれど、だから死んじゃならないとは思わないんだよね。…自分が思ってもいない事を言って説得なんて、できるわけないし、覚悟の上なら否定するのは失礼だ」
「自棄になって死のうとしてるなら止めるけど」
「…俺は、自棄になっているわけじゃない」
「…それでも僕は、君がいなくなるのは嫌だよ」
「"大倶利伽羅"は俺一振りじゃないだろう」
「そういう問題じゃないよ」
「あんたも、俺と他の俺の区別がついているわけじゃないだろう。練度が同じなら区別がつかなくなる」
彼は目を細める。
「そもそも、あんたに何かされた覚えはあっても、俺から何かをした覚えはない。…あんたが拘ってるのは、俺じゃなく別の俺なんじゃないのか」
「・・・」
「…そういう半端な同情は迷惑だ」
「…小鳥ちゃん、僕は間違っているのかい」
「その辺りの是非は僕にはわからない。…だが、間違っていたらいけないのか?」
「…間違いは正さなきゃならないものだろう」
「正すことに意義があるならね」
「・・・」
小鳥は式神を抱き上げる。
「空気の読めない審神者でごめんね」
労わるように撫でるその手は優しい。それなのに何故、と思う。思ってしまう。
「…暫く、一人で考えてみるよ」
「…独りで無理しないでね」
この子は優しいはずなのに、何故彼には優しくしてくれなかったのだろうと思う。否。それが優しさだったと認めたくないだけだ。あんな穏やかな彼を見るのは久しぶりで、それでも彼は己が消える事を選んでしまったから。