あれから、碧猫は好奇心に瞳をキラキラさせて本丸内の色々なところを歩き回るようになった。刀剣たちへの対応もわりとフレンドリーである。偶にピントのずれたことを言うが。
何かをふっ切ることができたのだろうとは、事情をよく理解していないものにもわかった。それは、少なくとも悪いことではないだろう。部屋に閉じこもってぼうっとしているよりもずっといい。
「…とはいえ、まるで別人のような変わりようだね…?」
「別人に入れ替わったりはしてませんよ。そもそも、人間の出入りがありませんし」
「霊力も変化していませんしね」
短刀たちが言葉を交わし合う。ついでにいうと、本丸内を自由にウロウロするようになったのはくるみも同様である。といっても、母屋は仲良くしているものの傍にしか寄らないのだが。
碧猫は近侍を決めていない。必要であればその時傍にいたものに頼む程度だ。此処で問題(?)になるのは、碧猫を熱烈に慕っている刀剣は複数いるということである。碧猫の前で露骨に争ったりはしないのだが。特に熱烈なのは、小狐丸、一期一振、へし切長谷部、加州清光の四振りになる。ちなみに、この本丸の刀剣を引き継ぎと顕現の二派に分けた場合、小狐丸と長谷部は両者の異端となる。
碧猫の好感度が高い刀剣は誰か、という話は難しい。
裏切ることはけしてない、と認識されているのは小狐丸を除いた顕現刀だが、だから好感度が高いというわけでもないようなのである。
いずれ、状況が変われば裏切ることもあるだろう、という前提を持たれた上で、好感度の高いものもいるのである。同田貫や大倶利伽羅なんかがそうである。和泉守は好感度自体は高いが、やはり気拙さはあるらしく、若干ぎこちない。
小狐丸になるとその感情は相当複雑になる。本人は信用できないが、好意的である、と言っているが、そうは言いつつも、小狐丸が裏切ることはないという事が感覚《ほんのう》的にはわかっているのか、無意識に信頼しているのである。自覚はないが。
厨組は碧猫の好き嫌いの多さに渋い顔をしている。小狐丸が実際作って調べただけでも、かなり多い。野菜など、確実に食べられるものはほぼないくらいである。調理法によっては食べるものもあるが、どう調理しても食べないものもある。そもそも、一見して食べられないと判断すると皿に口を付けず、一度口を付けた皿はどうしても受け付けないのでない限り空にする、というのがややこしい。一度食べて嫌いだと判断すると次は食べないのである。毎回感想を聞いて対処していた小狐丸は偉い。
「もー、アオちゃん、何で好き嫌いするの」
「別に好き嫌いしても死にはしませんよ。だったら、口に合わないものは食べたくないです」
「僕らの料理、美味しくないかい?」
「好みじゃないです」
不味い、とは言わない。美味しくないわけじゃないが、好みじゃない。相当に微妙なニュアンスである。
「…君の御母堂は苦労しただろうね」
「いえ、割と早々に匙を投げられました。うちの人たち、同じようなメニューは続いたからとそこまで文句を言うわけでもなかったですし」
にっこりと笑って碧猫は言う。
「それに、最近は何時の間にか食べられるようになったものもありますし、昔よりは好き嫌い減ってるんですよ」
「…参考までに聞いてみたいんだけど、何が克服できたんだい」
「えっとですね…まず、相当昔は苺が種がダメで食べられませんでした。というか、果物が林檎と蜜柑とメロンくらいしか食べられませんでしたね。生クリームを食べると気持ち悪くなるのでケーキがダメでしたし、一時期ハンバーグが嫌いでした。それから、ピーマンとか大根とかは、味付けがしっかりしてるものなら食べられるようになりましたし、しめじも食べられるようになりました。それから…」
「いやいやいや、それって、一体何食べてたんだい、昔は」
「昔は魚中心の食卓だったと記憶しています。カレイの煮付けとかフライとか、サンマの焼いたのとか、シャケのムニエルとか」
後アサリの味噌汁とか豚汁とか。
「…一周回って健康的だったのか?…いや」
「ニンジンは昔からちゃんと食べられました」
「うん、まあ、人参が嫌いな子はそこそこいるって話は聞くけどね…」
「お母さんの実家でトマトも作ってたけど、昔から目の敵にしている」
「なんで?」
「…何ででしょう?とにかく味も臭いも食感も駄目です。加工品は平気ですけど」