「俺は、君に抱かれたいんだ」
「……は?」
はっきりと、理解できない、という顔をした碧猫に、夕鶴は淫靡な笑みを浮かべて、彼女の手に頬を摺り寄せる。
「君の手で乱され、果てたい。…勿論、君が女子であり物理的に"ついていない"ことは承知している。この望みが果たされない…果たされるべきではないことは分かっている。それでも俺は、この欲を捨てられない」
「……あの、もしかして、せ…性的なアレをお望みだと?」
「ああ。俺は君に恋焦がれ、劣情を抱いている。君を抱きたいのではなく、君に抱かれたい。…ドン引いているな?見ればわかる。俺自身、こんなことは初めてなんだ。こんな望みを抱いたのは君が初めてだ」
「いや…それは、なんというか…僕の浄化で君の魅了がかき消されることへの反作用的なものなのでは?僕がどうとかじゃなくて」
「だとして、俺にとって重要なのは、俺がこうなっているのは君の力が原因だということだ。…これまで、老若男女色んな人間を抱いたり抱かれたりしてきたが、薬を盛られたわけでもないのにこんな欲求を持ったのは君だけなんだ」
「そんなこと言われても僕別に君とセックスしたいと思ったことないし」
「わかっている。そんな君だから、俺はこんなにはしたない欲を抱いてしまうんだ。…身も心も全て主のものにされたいと」
無意識に後ずさる碧猫を夕鶴が静かに追いかけ、いつの間にか、壁に追い詰める形になっていた。壁に背がついてそれを認識した碧猫の顔が強張る。夕鶴は碧猫の手首に口付ける。
「君を犯したいわけじゃないから、君の前で自慰するだけでもある程度満足できると思うんだ」
「いや、いやいやいや、落ち着け?正直僕はそういうの見たくないというか、性的なことには興味がなくてだな?」
「許してくれ、主。俺は君に犯されることを想像して自慰をしてしまう。君のその手に触れられることを想像しては劣情を募らせてしまう。正直、きみに刀解してもらった方がいいくらいかもしれない」
「そ、そんなこと言われても困るんだけど…!ていうか、そんな理由で刀解したくないし、何故刀解したか聞かれた時にそんな返答したくないんだけど」
「性的な目で見ていない君には、そういう目で見る俺は気持ち悪いだろう?」
「それは…」
碧猫は少し困った顔をして目を泳がせる。
「…正直、いい気持ちはしないね」
「俺が言っても説得力はないだろうが…わかっているんだ。興味のない相手に迫られることが苦痛だということは」
夕鶴は自嘲のように微笑って、陶酔した瞳で碧猫を見て、また彼女の手に口付ける。
「君の元にいる限り、この情欲を抑え続けるということは出来ないし、君の元を離れたくない。だから…君にとって受け容れ難いことなのであれば…どうか、俺を刀解してくれ。俺の失恋に決着をつけてくれ」
「そ、そんなこと、言われたって…っ」
動揺からか、碧猫の瞳には涙が浮かんでいる。
「――そこまでだ、鶴丸国永。あまり主を困らせるな」
隣室から襖を開けて入ってきた三日月が、夕鶴を退かして碧猫を自分の腕の中に匿う。
「三日月、さん」
「三日月…」
苦い顔をした夕鶴に三日月は困ったように微笑する。
「忠告したはずだぞ、夕鶴。お前は己の力を制御できるようにならねばならん、と」
「そんな簡単にどうにかできるなら、俺はこんなことになっていない」
「そのような泣き言は精一杯の努力をしてから言え」
「ぐっ…」
「自分の能力を制御するのは、お前自身の為でもあるし、周りの為でもある。お前が傷つかないためにも、お前が傷つけないためにも」
「…いくら君が長く
三日月は少し困ったような顔をして、小さく肩をすくめ、そして、碧猫と目線を合わせるように膝を折った。
「アオにも、契約は結んだが正式に名乗ったことはなかったな。…俺は太刀、号・三日月宗近。
「…三日月さんも、二つ名が?」
「永らく力は使う機会がなかった故、今はただの爺だがな」
「…で、先輩として俺に忠告してくれたってわけか」
皮肉気に夕鶴が言うと、三日月はこくりと頷いた。
「俺も…まあ、なかなか厄介な力を宿していたからな。封印具に頼るばかりでは根本的な解決にはならん、とな」
小首を傾げて三日月は問う。
「お前も、己の幸福を
「…俺には、その資格がない。望んだことではないとはいえ、多くの人の子を破滅させてきた」
「だからといって、お前が不幸になれば帳尻が合うというわけでもなかろうさ」
「・・・」
「それに、アオはお前が目の前で不幸になることに心を痛めず済む人間ではない」
「…まあ、もう、よく知らない相手ってわけじゃないし…」
「っ…いや、俺は…」
言葉に詰まり、夕鶴は俯く。
「…主を悲しませたいとは、思っていない」
三日月の戦装束の袖に隔てられて、碧猫は夕鶴に見えないし、碧猫も夕鶴が見えない。声の調子で相手の心情を推し量るしかない。そして、二人ともそういうことが下手らしかった。
「…君にこちらの心情を気遣おうという気があるとは思わなかったな」
しみじみという響きをもった碧猫の言葉に、夕鶴は狼狽える。
「俺は、そんな…あ、いや…そう思われても仕方ないな…君に対して、俺は己の我を通してばかりいるからな…」
最初に会った時からそうだったが、夕鶴は碧猫に強引に、性急に迫りすぎなのである。何としてでも手に入れなければならないと強迫観念にでも駆られているようにさえ見える。本刃に自覚があるかはわからないが。
「人の縁はともすれば一期一会のものとはいえ、夕鶴は少々がっつきすぎではあるな」
「…主のような相手には、二度と会えないのではないかと思うと、どうもな」
「…僕はそこまで特殊な人材かなぁ…」
「……どうだろうなぁ」
「少なくとも、俺は顕現して10年以上経つが、主のような人間は他に知らない。めぐり合わせかもしれないが、主だけだ」
三日月は苦笑のような顔をして二人の頭を撫でる。
「心や霊力の清さなら、他にもいるだろう。浄化に特化した霊力も珍しくはあるが、唯一ではないな。だが…アオのような
「…あー。まあ、そうそういても困るよね」
碧猫のような…歴史改変被害者が、生来の縁全てを喪いそれでも存在消失を免れた人間が、そうそういても困る。彼らは歴史の改変を阻止するために戦っているのである。
「俺が惚れ込んでいるのは、多分その霊力の清さと心の強さだけどな」
「霊力は、よくわからないけど…僕は、そんなに強くないよ」
「…其方がそう言うなら、そうなのかもしれんな」
「いや、初対面の時の塩対応は余程強い心がないと無理だと思うぞ。断られたことなかったぞ、俺は」
「それは心の強さというか、合理主義と
「アレは見ているものが違っただけだろう」
「…どういう意味だ?三日月」
「そのままだ。…アオは引継ぎの、他者に励起された刀と己で顕現した刀の両方を従えているから、お前を引き取るということを短期的な評価だけでなく長期的な評価でも見られたのであろう」
そもそも、彼女がいわゆる難民状態と言えるのは某二振りに関してだけである。それ以外は縁あれば来るだろう、と緩く構えていたら、なんか大体来た。某二振りに関しても特に熱心に探しているかというとそうでもなく…まあ要するに、基本的に来るもの拒まず去るもの追わず、というか。彼女自身は特に特定の刀を求めてはいない。
「わかりやすく言うのなら、主はあまり刀集めには熱心でない、ということだな」
「…あー」
三日月は、わずかに眉尻を下げて碧猫を見る。碧猫はわずかに肩をすくめた。
「現状に、早急に改善すべき不足は感じていません」
「主は名誉とか、ステータスってやつにも興味はないのか?」
「名誉って何の役に立つんです?」
「………権力?」
「まあ、ないよりはある方が便利だが、アオの求むるところではないだろうな」
そもそも、審神者界にいわゆるランキングの類はない。他の本丸の現状や成績は本人に直接会って話でもしなければわからないし、わかりやすく成績が評価されたりもしない。しいて言えば、審神者レベルという形でおよその実力が示される程度か。演練はレベルの近しいものから対戦相手の八割くらいが選ばれることが多い。
「…主、俺はきみを困らせてばかりで、すまない」
「ええと……べつに、謝罪してほしいとは思ってない、というか…」
碧猫は戸惑った様子で目を泳がせる。
「…正直、俺もどうすればいいかわからないんだ」
「俺が思うに、夕鶴が己の能力を制御できるようになれば丸く収まる話だぞ?」
「うぐっ…」
「…確かに、何にせよ自分の能力は制御できるに越したことはないですね…」
碧猫も自分の手を見ながら呟く。彼女自身、己の霊力の制御があまりうまくできていない。
「ど、努力する…」
「必要であれば俺も手を貸そう。円満に解決するのが一番だ」
「そうですね…」
「円満…俺はそういうのにはあまり縁がなくてな…」
「主も夕鶴も、一人で抱え込んだり突っ走ったりせず周囲に相談なり助けを求めるなりするのだぞ」
「…努力する」
「…まあ、頭からすっぽ抜けなければそうするさ」
二人の返答に三日月は少し困ったような顔をした。
「そういうのは"ふらぐ"と言うのだろう?駄目だぞ。やるといったらやる、やらないといったらやらない。己の言ったことを嘘にしてはいかん」
「嘘にするつもりはないですけど…」
「その言い回しであってるかどうかはわからんが、俺は別にそういうつもりで言ったわけじゃないが」
「多分間違ってはないと思いますけど…」
「他者を頼るのは悪いことではないのだ。一人で無理をして問題を大きくする方が拙いのだからな」