「我らに審神者はいらぬ」
他の刀剣を庇うように前に出た三日月がそう言って目を細める。猫を抱えた少女は少し困った顔をして「そうですか」と言った。
「でも、僕も他に行き場がないので、申し訳ありませんが暫く離れをお借りしますね。…どうしても必要でなければ、そちらに顔を出したりはしませんから」
そう言って、お辞儀をして、小走りで去った。
「あっ…」
三日月は、完全に審神者を拒絶するつもりではなかった。ただ、審神者の人柄を見極め、人を怖がるこの本丸の刀剣たちに慣れさせるための猶予が欲しかったのだ。
少し迷って、少女を追う。西の離れの周囲に、丁度短刀たちが頭の天辺まで隠れてしまうような生垣と鉄の門が巡らされていた。もっとも、三日月のように大人の体格をしていれば十分中を見る事は可能なのだが。
「審神者さま!」
こんのすけの声がする。
「そんなにあっさり引き下がってしまってどうするのですか。きちんとお話しをしませんと」
「だ、だって…怖いんだもん」
「怖い?でしたら尚更、早く契約を結んでしまえばよいのです。そうすれば危害を加えられなくなりますから」
「無理強いはよくないよ。それに、そういうことじゃなくて…」
少女が小声で言った言葉を、三日月は聞きとることができなかった。聞こえたらしいこんのすけが頓狂な声を上げる。
「審神者さまがそのような事でどうするのですか」
「だ、だって、だって(ぐすっ)、おれ、かぞくいがいで、じゃけんにしないで、ゆうこうてきにしてくれたひと、いないもん。きらわれものなんだもん。なにもへんなことしてないはずなのに、きらわれるんだもん」
三日月は、己が致命的に言葉選びに失敗したことを悟った。事情を知らなかったとはいえ、頭ごなしに否定の言葉を投げてはならなかったのだ。よく考えれば、引き継ぎでやってきた少女は、外見で言えば短刀たちと幾らも変わらない程度の年の頃だったように思う。そのような子供が、いきなり見知らぬ男たちのところに寄越され、冷たい視線を向けられればそれは恐ろしかろう。
「いえ、今回ばかりは審神者さまがそのように深刻に考える必要はございません。この本丸の刀は、つい先日まで虐げられておりまして、非常にナイーヴになっているのです。落ち着いて向き合えば大丈夫ですので…」
こんのすけは状況を察しているらしく、宥めるように言うが、少女の反応は芳しくないようだった。三日月は暫く考え、門の内側に声をかける。
「審神者よ」
出来る限り穏やかな声を出すように心がけて言う。
「話はまだ途中だぞ」
「え、あ、ご、ごめん、なさい…」
「さぁ、審神者さま、もう一度表に出てくださいませ」
「う、うう…」
三日月は門を挟んで再び少女と向かい合った。少女の背は厚や薬研とそう変わらないくらいだろうと思う。抱えられていた猫は、門の内側で我関せずと毛づくろいをしている。
「…えっと」
「手入れの必要なものがいる。そなたに直接手入れせよと言うつもりはないが」
「…手入れ部屋の、式神さんたちにお願いしたらいいんですよね。本丸の管理者登録を書き換えれば霊力が供給されるようになるはずなので、それで大丈夫なはずですけど…」
完全に逃げ腰である。ふと、少女が一振りの太刀を背負っていることに三日月は気付いた。
「…その太刀は」
「たち…?…え、あ、この刀ですか?…僕の、初期刀、です」
「…ほう」
審神者が初期刀として降ろす刀は打刀になることが多いのだと、聞いた事があった。しかもその太刀は、レア度詐欺と名高い、三日月の兄弟刀である。ただ降ろすだけでも難しいものを、
「えっと、えっと…」
「顕現させぬのか?」
「本丸の契約を更新してからにしなさいって、言われてて、えっと、だから…」
「審神者さま、落ち着いてくださいませ」
「(ぐすっ)ごめん、なさい…」
「何故謝るのだ」
「三日月宗近、練度限界に達しているのですから、ひよっこの審神者さまを威嚇しないでください。鬼ですかあなたは」
「む…すまん」
他にもっと威圧感があるのがいるので失念していたが、三日月もなかなか威圧感のある方である。長身で整った顔をしている上に
「ふぐっ、うぅ…僕なんて必要ないって言うなら、そのまま放っておいてくれたらいいじゃないですかぁ…」
目にいっぱい涙を溜めて、少女が言う。三日月は少し考え、言った。
「…先の言葉を訂正しよう。"今は、審神者を受け入れられん刀剣がいる"。今は、だ」
「・・・」
三日月自身は、人間に対する隔意も恐れもない。ただ、人の中には横紙破りを平気でしたり、非道な事に躊躇いがないものもいることを知っているだけだ。以前に主と認めた審神者とは深い信頼で結ばれていたと思っているし、(本来行くはずだった本丸とは別の場所とはいえ)新たに肩を並べることになったこの本丸の刀剣たちを年長者として守り導いてやらねばならないと思っている。
それで、新しく来る審神者のことが蔑ろになっていたのは否定できないだろう。刀として存在した年月から見ても、顕現してからの年月から見ても、己よりはるかに幼い人の子をだ。
「…すまぬな。俺も少し、焦っていたようだ。あやつらには、少し時間が必要なのだ。いずれそなたの手を必要とする時が来ると思う。それまで、待ってはくれぬか」
「…その判断は、僕にはできません。上から任務とか、来るかもしれませんし。…でも、僕の裁量でなんとかできるうちは、頑張って、みます」
「そうか。…よろしく頼む」
彼女が、本来ならある程度経験を積んだものが行う本丸引き継ぎを命じられたことには、勿論政府の思惑が絡んでいる。諸々の事情を鑑みて、彼女には早急に強力な守り手の存在が必要と判断されたのである。
彼女が全ての縁を喪った歴史改変、存在こそ保っていたが、書類上、記録上、彼女は存在していない。彼女は、存在するはずのない人間となっているのである。戸籍も何も、ないのだ。彼女が生まれ存在した記録の全てが、改変によって消失している。改変によって他者に代わっているということもないのである。
その事から、政府はその改変の目的(の一つ、というべきかもしれない)が、彼女という人間を消失させることにあったのではないかと考えている。ならば、こうして生き残った彼女は、今度は直接狙われる可能性がある。審神者として優秀な資質を持っている彼女をむざむざ失わせる理由は政府には無い。
だから、ベテラン審神者に鍛えられた刀剣の所属していて、管理者が空位になっている本丸であったこの本丸が選ばれたのである。
本丸の管理者登録を書き換え、離れを独立した生活空間として使えるように改造してから、彼女は改めて太刀を手に取った。試験の時と同じように、鯉口を切る。桜吹雪が舞う。
「小狐丸、まかり越してございます。あなたは私がお守りいたします、ぬしさま」
小狐丸は彼女の前に跪いていた。彼女は少し困ったような顔をした。
「えっと、
「ぬしさまは主なのですから、小狐めにかしこまらずとも良いのですよ?」
「え、でも…」
「私自身が申し上げているのですから、問題ありませぬ。神は嘘偽りは吐かぬものです故」
「・・・」
碧猫は眉をへにょりと曲げたまま小狐丸をじっと見る。小狐丸はにこりと笑んでみせた。
「…でも小狐丸はそんなしゃちほこばった話し方するんでしょう」
「お嫌ですか」
「慇懃無礼、って言うんでしょう?」
「まさか。私は口先だけではございません」
「狐は化かすものでしょう」
「それは尊重すべき相手ではないものに対する話でございますれば」
「小狐丸にとって、己を降ろした人間は無条件に尊重すべきものなんですか?」
「いえ。いくら降ろしたものだとして、敬意の持てぬ相手に謙る程小狐丸の矜持は安くありませぬ。ぬしさまの魂の清らかさに魅かれたために私はこうして此処におります故に」
「僕は、そんなじゃないと思うんですけど…」
「御謙遜を。ぬしさまのような方は、数十年に一度生まれれば良い方ですが、その上で穢れぬまま成長される方は滅多におりませぬ。世と隔絶されたところで育てられたというわけではないのなら、奇跡にも等しいものなのでございますよ、ぬしさまは」
「それは、大袈裟なんじゃないでしょうか…」
「こうしてぬしさまの最初の刀として仕えられることは、私にとって望外の喜びにございます」
「…えっと、えっと、じゃあ、こうしましょう」
碧猫は小首を傾げる。
「お互い、もう少し気安い話し方をしましょう。初めて同士なんですから」
「ふむ…では、私は今のぬしさまの話し方ほどにしましょう。ぬしさまはどうなさるので?」
「えっと、えっと…じゃあ、これくらいでいい、かな?」
「小狐めに文句はありませぬ」
その時、猫がにゃーと鳴きながら駆け寄ってきた。
「…あ、くーちゃんどうしたの?」
すり寄ってきた猫に、小狐丸は一瞬面白くなさそうな顔をした。
「…その猫めは?」
「くるみちゃん…僕に残った、唯一の家族だよ」
「!」
「…お辛いことを、思い出させてしまいましたか?」
「ふぇ?……ううん、家族の事は、嫌な思い出はないよ。思い出せなくなってしまわないか、心配なくらいで…」
碧猫は僅かに目を伏せる。
「お父さんもお母さんも、おじいちゃんも、おばあちゃんも、弟も妹も、僕にとって大切な相手だもの。思い出すことは嫌なことじゃないの」
「しかし…今はその猫が唯一なのでしょう」
「・・・」
碧猫は少し困った顔をした。小狐丸が僅かに訝しげな顔をすると、碧猫は苦笑した。
「小狐丸は多分、勘違いしてるよ」
「勘違い、ですか?」
「僕の家族は、死んでしまったわけではないんだ」
「しかし、今はいないのでしょう。…まさか、
「うん、そういう意味じゃないよ。……僕の家族はね、現在存在しないんだ」
「…存在しない?」
鸚鵡返しに繰り返した後、少し考え、小狐丸はハッとした顔をする。
「…歴史改変の被害者、ですか」
「その改変で、存在が消滅せず、保っていられたのが、何でだかわからないけど、僕とくーちゃんの二人きりなの。…っていっても、僕も存在しない人間ということになってしまっているらしいんだけど」
「しかし、ぬしさまは此処に存在していらっしゃいます」
「んー…なんて言えばいいのかな。普通はね、改変されると、存在そのものが残っているなら、関係者が他人に入れ替わる形になるし、関係者が消失してしまえば存在消失してしまうものなんだって。…僕の家族は消失してしまっていて、"改変された別人"が代わりに存在している、ってわけじゃなくて…僕の家があるはずの場所に住んでる人は、僕の家族じゃないし、あちらも僕を見知らぬ人間と認識したんだ。戸籍とかも存在してなくて、今、僕の存在は此処にある実体以外の全てが宙ぶらりんなの」
誰の子で、何処で育ち、誰と関わり、何処に住んでいるのか。その記録全てが抹消されたも同然である。現住所は本丸になったが。
「…それで、他に行き場がないと」
「いっそ、死んで実体も消失してしまった方が楽かな、ってくらいにはね」
冗談めかして碧猫は言うが、それが真実冗談なのか否かが小狐丸にはわからなかった。
「…というか、顕現してない状態でも意識ってあるんだ?」
「一度でも顕現していれば、ではございますが。それに、実体を保てなくなって刀に戻っている場合は、意識も保てていない場合もありましょう」
「ふぅん…」
「ぬしさまが望むのであれば、小狐めはぬしさまの家族になりましょう」
「…いいよ」
「お嫌ですか?」
「嫌っていうか…それに是って言っても、小狐丸は僕のことをぬしさまって呼ぶんでしょう?…家族になってくれるより、僕はあーちゃんって呼ばれたい」
「…主をぬしさまと呼ぶことは"小狐丸"のあいでんていていにも関わります故、確かに変えられませんね」
「僕は、あなたが僕を裏切らなければ、それでいいよ」
「私がぬしさまを裏切ることなど、天地がひっくりかえってもございません。安心してくださいまし」
「僕とあなたの価値観が重なっていることを祈るよ」
碧猫は肩をすくめた。
「主さま、そろそろ食事を取られてはどうでしょうか」
未だ、本丸に来られてから何も食べられていませんよね、とこんのすけが確認する。碧猫は少し考え、「…ああ、そういえば、状況的に自分で用意しなきゃならないよね」と返した。
「空腹を感じてはおられないのですか」
「あんまり」
ちなみに、猫の餌(ドライフード)はキッチンスペースの隅に水と並べて放置されている。時間を決めて与えるという形にはしていない。
「小狐めが何か用意いたしましょうか」
「…料理とかできるの?」
「ぬしさまが苦手としていることでないのならば」
「こんのすけとしては、顕現したばかりの刀剣一体に任せきりにするのはお勧めできませんと申し上げる他ないのですが」
碧猫は小首を傾げる。
「傍についてるくらいなら自分でやった方が早いよね」
「…そもそも主さまの料理の腕は如何程なのですか?」
「んー…まあ、簡単なのはできるよ。味噌汁とかルー使ったカレーとかムニエルとか」
レシピがあればもうちょい、くらいかなあ。
「レトルトや冷凍食品を温めるだけ、などではなくて安心いたしました」
「寧ろ、そういうジャンクフードにあんまり縁がなかったんだよねぇ。お母さんの方針で。お父さんはよくお惣菜とか買ってきて太るよって怒られてたけど」
お母さんの作ったご飯に加えてお惣菜もお酒のつまみにしたりするものだから。
「自分一人となるとインスタントで済ませてしまおうとする審神者さまも多いそうですから、主さまには健康を考えてきちんと栄養の取れる食事をしていただきたいのです、こんのすけは」
「栄養考えて献立作るのは苦手なんだよなぁ…」
元ブラック本丸。寿命死本丸から引き継ぎで余所に送られるはずだった口下手な三日月
レアは微妙に集まってないし、非レアはちらほら折れてる 暴力系ブラック
血の気の多いのは大体折れてるか重傷になっている この本丸の初期刀も折れてる組
三日月の前主はベテランで顕現して何十年レベル(極になってそう)
ブラック面もあるけど、非道なだけではない政府