SANチェック失敗、短期発狂(不定持ち)的な
――どなたですか?うちに一体何の用で
――該当データなし…?!
――お気の毒に。あなたは、歴史改変に巻き込まれたんですよ。
夢から覚めた彼女は、動揺を引きずったまま、部屋から彷徨い出る。混乱したまま、裸足で庭へ降りる。夜中の庭を、何処へともなく歩く。門を越え、"見知らぬ大きな建物"からは視線を逸らす。あちらは、自分の向かうべき場所ではない。
覚束ない足取りで向かうのは"外"。己の知る場所に出たかった。
手入れによって傷は治ったものの、大人しく眠っているのも落ち着かず、和泉守は本丸の見回りをかって出ていた。助手である堀川も兼さんが出るなら、と名乗り出たが、疲労を原因にドクターストップが入っている。故に、本日の見回りは和泉守と同じく手入れで疲労も取れ切った同田貫、蜂須賀、長曽祢、大倶利伽羅、宗三の六振りが交代で組んで行う事になった。和泉守と組になったのは長曽祢である。
「…しかし、新たな審神者、か」
「手入れをきっちり全員やってくれたことには感謝してもいいかもしれねーけど」
「まあ、そうだな。ちゃんと向き合える俺たちが見極めないとな」
彼らは審神者と顔を合わせていない。どんな人間なのか、外見的なことすら知らない。一応、多少なりと話は聞いたが、己で見るまでは、と考えることを保留している。
ふと、何か聞こえた気がして和泉守は足をとめた。それを見て長曽祢も周囲の様子を伺う。
「…ん?あれは…短刀、か?」
暗色系の長髪を背に流し、着流しらしきものをまとっているように見える、おそらく短刀であろう小柄な人影が庭をふらふら歩いているのを和泉守は見つけた。すぐ庭に下り、その人影の元へ向かう。
「夜中に目が覚めちまったのか?厠はそっちじゃねぇぞ」
和泉守が肩に手をかけるとその人物はゆっくりと振り返って和泉守を見上げた。見覚えのない、少女。その表情は怯えと混乱で泣きそうに歪んでいる。
「!」
「どうした、和泉守」
「…審神者、か?」
「!」
和泉守の言葉に長曽祢もそちらに駆け寄る。
「おれの、なまえは、さにわじゃ、ないもん」
「え、あー…」
「そういえば審神者の名前は聞いてなかったな」
少女が裸足で足元が汚れているだけでなく恐らく傷を負っている事に気付き、和泉守は少女を有無を言わせず抱き上げた。
「話はあっちで聞くぞ。何やってたのかもな」
「し」
「し?」
「しらない、やだ、やだ、はなして、しらない、しらない、しらない」
「あ、おい」
半ば恐慌状態になった少女が暴れるが、和泉守は何とか踏ん張る。
「落ち付けって。別に取って食ったりしねぇから」
「しらない、なんで、なんで、なんで、しらない、ちがう、しらない」
長曽祢が猫だましを放つ。びくりとして、少女の動きが止まる。
「長曽祢さん」
「俺たちは君の敵ではない。そうだろう?」
「…、…。…ぁ、え、あ、えっと、えっと…ごめん、なさい。何か、ご迷惑を…?」
「いや、詳しい話は後だ。一度場所を変えよう」
宿直室に移動した。灯りのある所で見れば、少女の目元には酷い隈ができているのがわかった。
「見ない顔ですが…もしかして、審神者ですか?」
「早速発言内容を裏切ることになってしまい、申し訳ありません…」
申し訳なさそうにする少女の目は宗三を捉えていない。声のした方を向いているだけ、といった様子だ。
「…で、何であんなとこにいたんだ。しかも裸足で」
「えっと、なんというか…夢見が、わるくて。夢を否定するものを見つけなきゃって、気が動転していたといいますか…。…此処には、ないのは、わかっているんですけど」
「怖い夢でも見たってことか。ガキだな」よしよし
「あ、あっは…」
「具体的にどんな夢だったか、話してくれるか?」
「・・・」
「…無理にとは言わないが」
「…いえ、夢は、人に話してしまえば本当にならないって言いますからね。………家に、僕の家族が誰もいなかったんです。…いえ、この言い方は正確じゃないですね。家に帰ったつもりが、そこは自宅じゃなかったんです。それだけです」
「…?それで何であそこまで取り乱す程怯えることになるんだ?要するに家を間違っただけだろ?何か怪物でも出てきたってんならともかく」
「…解説させないでください、恥ずかしいじゃないですか」
「え、おう」
「「・・・」」
宗三と大倶利伽羅はその夢が何故"悪い夢"なのかがわかった。それは、"歴史改変"の夢だ。それも、"被害者"としての。
「…何処に行こうとしてたんだ?」
「え?えっと…海…だと思います。実家は海の近くで、子供のころから歩いて出掛ける場所と言えば砂浜か近くの神社でしたから」
海は、昔から変わっていないから。少女は口の中でそう呟いた。
「
和泉守の言葉に少女は困った顔をして肩をすくめた。そもそも彼女は本丸の外がどうなっているかも把握していない。
「それだけ動転していたということだろう…もう大丈夫なのか?」
「大丈夫、です…」
「いや、大丈夫じゃねぇだろ。裸足で庭歩き回ったりして、変なもん踏んづけてないか」
「え、うー……何か蹴飛ばしたような覚えがないではないですけど、大丈夫、だと思います。洗わないとばっちぃかもしれませんけど」
「いや、
「僕は基礎しか学んでないので詳しくないですけど、治療呪術というものもあると聞きましたよ」
「お前それ使えるのかよ」
「頑張れば多分」
「・・・」
少女には己を大切にしようという気持ちがないように思う。自暴自棄とまでは言わないが。
ちりんと鈴の音をさせて、小さな猫が姿を現した。少しかすれた声で少女に己の存在を誇示し、頭を擦りつけて喉を鳴らす。
「あれ、くーちゃん何で此処に?」
少女は猫を抱き上げ、その肉球に砂が付いていることに気付き、猫も己と同じように庭に出て門をくぐって出歩いてきたのだと察した。
「猫用の足ふきマットとか用意した方がいいのかな?」
「お前の猫なのか?」
「はい、くるみちゃんです」
少女はゴロゴロいっている猫を撫でながら言う。
「人間にはとりあえず媚びてゴロゴロいっとけばいいと思ってるビッチです」
辛辣である。
「びっち」
「尻軽女的な罵倒語ですね」
「…あの子、視力がないわけじゃないんですよね」
「流石に、盲目なら何かしら知らされているだろう。悪いだけじゃないか」
「相手が盲となれば特別の配慮が必要ですからね」
しかし、そういう話はなかった。…健康優良児とも言われてはいないが。
「眠かっただけってのは」
「そうは見えなかったが」
「おそらくあなた存在認識もされてませんでしたよ、同田貫」
和泉守は少女を離れまで抱えて運んだ。
「おーい、こんのすけ、いるかー?」
「こんな夜中に何ですか、和泉守兼定…って、主さま?」
「…ご迷惑を、おかけしました…」
「こいつ、裸足で庭ふらふらしてたから、怪我してるかもしれないと思うんだが」
「すぐチェックと処置をいたします」
式とこんのすけが洗浄とチェックを行った結果、植物などで切ったのだろう傷が幾つかと、左足の裏にぱっくりと裂けた傷が見つかった。ぱっくり開いた傷は、刃物の欠片を踏んだものだろうとこんのすけは思う。この本丸の庭は、折れた刀剣が放り捨てられたことが幾度かある。分霊の抜けた後の依代刀とて、刃物に変わりはない。
「何故裸足で降りられたのですか…」
「ちょっと気が動転してて…」
「動転?」
「…夢見がわるくて」
「そういえば、主さまは政府に保護されてから本丸に来られるまでカウンセリングを受けていたという話でしたね。こちらでも何か手配した方がよろしいのでしょうか」
「えっ…いいよ、そういうのは。自分で向き合わなきゃならないことだし」
「カウンセリングは、自身と向き合う為の手助けとして行うことですよ、主さま。必要とあらば、通信設備を使うなり、こんのすけにインストールするなり、横町で会うなり…いえ、主さまは状況が落ち着くまで外出はしないよう言われているのでしたね」
「…別に、そう行きたいところがあるわけじゃないから、僕はいいんだけど」
「…こんのすけ、かうんせりんぐ、ってぇのは何だ?」
「…簡単に言えば、会話を用いて行う精神治療の一つです。…主さまの場合はPTSD…心的外傷後ストレス障害というものですね」
「その心的なんとか、ってのは?」
「自分の力だけではどうしようもない恐ろしい体験をしたものが、そこから助けられた後も、精神に強い後遺症を残し恐怖心に苛まれるという症状です。一般的には、人死にの出るような事件や災害に巻き込まれた後や、虐待やDV被害者などによくあるものと言われています」
「・・・」
「…それは、刀もなるものなのか?」
「さて。人のように扱われ、人と同じような精神を持っていれば、そうなる場合もあるかもしれませんね」
似たような症状が見られた例がないわけではありません。
「そういえばあの青い人が此処の刀剣には時間が必要だって言ってたっけ」
「…主さま、その呼び方はどうにかなりませんか」
「だって僕、あの人の名前とか知らないし」
「…もしかしなくてもその青い人ってのは」
「三日月宗近のことですね」
「審神者のくせに天下五剣もしらねぇのかよ」
「てんかごけん?」
「…。…まあ、詳しい話はその内な。夜も遅いし、ガキは寝てる時間だ」
「主さま、このまま眠って大丈夫そうですか?」
「え?うーん…まあ、大丈夫、だと思うよ」
眠れなければそのまま起きているだけだ。
正確には時期的にASPかもしれない
こんこん丸はこんこん丸で寝付けなくてふらふらしてる
多分三日月に寝かしつけられてる