東方地恋譚   作:月の海

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村の中を歩いている。

目の前で年端もいかない子供が転んでしまった。

私は声をかける。

「大丈夫?」

助け起こそうと手を伸ばす。

「ぁ…」

母親らしき人が駆け寄ってくる。

母親は私の手をはじくと子供を守るように抱きかかえ、私を睨みつける。

「近寄らないで!!ウチの子をどうするつもり!!」

「私はただ…」

「あなたに触ると病気を患って死ぬんでしょ!!」

「ち、ちがっ――きゃ!」

母親は握った砂を私に投げかけ、走り逃げていった。

私はその場から動くことが出来ず、ただ立ち尽くすだけだった。

足元の地面を滴で固めながら。



プロローグ

ヤ「……ん」

 

まどろみから目を覚ますと見慣れつつある天井が目に入った。

 

昔の夢を見ていたらしい。

 

「引きずってんのかね…?」

 

今更十年近く前の出来事を引き合いに出すのも我ながらどうかしていると思う。

 

あれ以来、私は人に触れるのを極端に避けるようになった。

 

私の能力は触れることが条件というわけではないのに。

 

………

 

よしっ、切り替え切り替え。

 

気にしたところで地底(ここ)に人はいないんだから。

 

夢のせいか寝汗がひどい。

 

湯浴みでもしてこよう。

 

ガラッ

 

着物を脱ぎ始めるとほぼ同時に戸を開け一角の鬼が顔を出した。

 

勇「ヤマメ、起きてるかい?おっと、取り込み中か」

 

特に悪びれる様子もなく、そのままドカッと胡坐をかいて座り込んだ。

 

ヤ「そう思うなら、少し席を外してほしいんですけど」

 

勇「まぁそう固いこと言うなって」

 

勇儀さんは酒を盃に注ぎ、一気に飲み干す。

 

ヤ「はぁ…それで?ご用件は?」

 

勇「一緒に飲まないかい?」

 

盃をこちらに差し出してニカッと笑う。

 

ヤ「湯浴みしてきてからなら付き合いますよ」

 

勇「おう、じゃあいつものところで先に始めてるから駄目になるまでついてきなよ」

 

そう言うと勇儀さんは私の手を掴んで立ち上がった。

 

ヤ「!!」

 

勇「…………」

 

私の緊張を知ってか知らずか勇儀さんは何も言わず片手を上げそのまま出て行った。

 

 

 

 

 

湯浴みを終え、勇儀さんの待つ酒場に向かうと既に宴会の様相を呈していた。

 

数刻後、流石に朝からというのは堪えたのかだいぶ酔いが回ってしまった。

 

他の皆も同じなようでキスメなんか自分の桶に注いだ酒に浸りながらぐったりとしていた。

 

勇儀さんだけがまったくペースを落とすことなく飲み続けていた。

 

ヤ「ちょっと風にあたってきます」

 

勇「そうかい、行っといで。まったく皆情けないねぇ」

 

結局一人飲みになってしまった勇儀さんを残して離席した。

 

店を出た程度では酒の匂いがこびりついいていてあまり気休めにならなかった。

 

少し遠いが地上の入り口まで行ってみようか。

 

気が向いた私は地底と地上の境界へと足を運んだ。

 

 

 

久しぶりの地上。

 

涼しい風が髪を揺らす。

 

木々がざわめく。

 

決して地底の暮らしが悪いわけではない。

 

それでも地上は地上で惹かれるものがあった。

 

散歩がてら辺りをうろつく。

 

一刻ほど経っただろうか?

 

そろそろ勇儀さんのためにも戻った方がいいかもしれない。

 

地底へ続く穴に戻るとそこを覗き込む人影があった。

 

こんなところに人間が来るなんて。

 

悪戯心が浮かび上がってきた。

 

背後から忍び寄る。

 

人間は穴を覗き込んだままこちらに気付く様子はない。

 

ヤ「お前さん、なにしてるんだい?」

 

「!!」

 

不意に声をかけられて驚いた男はこちらに向き直り後ずさった。

 

後ろへ倒れ込むように男は大穴に吸い込まれていった。

 

…………

 

ヤ「まずい!」

 

止まった思考が復活するやいなや飛び込み後を追った。

 

結構深くまで落ちたところで追いつくことができた。

 

蜘蛛の糸を使い、巣のようにして男を止めた。

 

ゴッ!

 

ヤ「あ…」

 

運悪く穴の側面にぶつけてしまったようだ。

 

男は痛がる様子もなく動かない。

 

どうやら頭を打って気を失ったらしい。

 

たかが人間一人、このまま放って置くこともできるし、食ってしまうことだって出来る。

 

だが、今はそんな気分じゃなかったし、このまま放って置くのもなんとなく寝覚めが悪い。

 

よし、こいつの処遇は勇儀さんに任せよう。

 

仕方なしに私は男を背負い酒場へ向かった。

 

トラウマのことなどすっかり頭から離れていた。

 

 

 

 

 

店に近づくにつれて酒気が濃くなる。

 

戸口に立つと中にいたのは出ていった時と変わらない死屍累々の妖怪たちと依然として酒をかっくらい続ける鬼だった。

 

勇「お、帰ってきたね。それじゃあ駆けつけ十杯と…ん?その背中に背負ってるのは誰だい?」

 

私は勇儀さんに事の顛末を話した。

 

勇「へぇ、人間がこんなところにねぇ」

 

勇儀さんは訝しむ様子もなく、座敷に寝かせた男を見下ろしていた。

 

ヤ「どうしましょ?」

 

勇「まずはこいつが起きてからだね。どうしてここまで来たのかも気になる」

 

そう言うと勇儀さんは盃の酒を男の顔にかけた。

 

「……ぅ」

 

苦しくなったのか声が漏れ、少しして目がうっすらと開いた。

 

「ここは…」

 

ヤ「地の底さ。あんたが覗いていた穴の先」

 

「…?」

 

男は良くわからないといった様子でこちらを見ていた。

 

勇「あんた、名前は?どうしてこんなところに来たんだい?」

 

「名前…?」

 

勇「どうした?名前くらいさくっと言いな。それともそんなことすら言えなくなるほどびびっちまってるのかい?」

 

フフンと鼻を鳴らしてニタニタ笑いながら男を睨む。

 

「そうじゃないんですけど…」

 

男はどう言えばいいのかわからないといった様子だった。

 

勇「けど、なんだい?まどろっこしいねぇ。ちゃっちゃと言いな」

 

ヤ「なんか都合の悪いことでもあんのかい?」

 

急かされた男は言い辛そうに口を開いた。

 

「僕は誰なんでしょう?」

 

勇・ヤ「「はぁ!?」」

 

 

 

ヤ「つまりあれかい、名前も憶えてなければ記憶もないと」

 

「そうみたいです」

 

ヤ「どう思います?」

 

話を振ると勇儀さんは面倒くさいと言わんばかりに頭を掻いた後スッと目を閉じた。

 

そして、目を開けると私さえすくむようなを瞳を男に向けた。

 

勇「おい人間、私ら鬼は嘘が大っきれぇなんだ!今の話、嘘偽りねぇな!!」

 

空気が震えるようだった。

 

それに対して男は―

 

「はい」

 

何の飾り気もなくただ簡潔に勇儀さんをまっすぐ見据えて答えた。

 

しばしの沈黙が場を支配する。

 

「…………」

 

ヤ「…………」

 

勇「…………ふふっ」

 

 

 

あっはっはっはっはっは

 

 

 

沈黙を破ったのは勇儀さんの笑い声だった。

 

勇「はっはっは、どうやら本当らしいねぇ。私の凄みに対してまっすぐ答えるその勇気、正直さ、気に入った!!」

 

「そ、それはどうも」

 

勇「これで力も強けりゃ言うことなしなんだがねぇ、人間には望むべくもないか」

 

溜め息をつく勇儀さんは寂しげに見えた。

 

勇「ヤマメ」

 

ヤ「はい?」

 

勇「こいつの記憶が戻るまではあんたが面倒見なよ」

 

ヤ「えぇ!?」

 

勇「当り前だろう、本を正せばあんたのせいだからね」

 

ヤ「それはそうですけど…」

 

勇「なら決まりだ。こいつは私の客人みたいなもんでもある。悪いようにはするなよ?」

 

ヤ「…わかりましたよ」

 

自分のせいなのは確かだし逆らったところでいいこともない。

 

勇「そういうことであんたはこいつのところで厄介になりな」

 

「は、はい。よろしくお願いします」

 

ヤ「はいはいよろしく」

 

勇「それじゃあ飲み直そうかね、あんた…そういや名前も憶えてないんだったな」

 

「はい」

 

勇「なら私が付けてやろう。名前が無いってことで記憶が戻るまで今からあんたはナナシだ」

 

そんな安直な名前でいいんだろうか?

 

ナ「わかりました」

 

いいのか。

 

勇「よし、ヤマメ、ナナシ駄目になるまでついてきな!」

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