ナ「というわけでさとりさんと付き合うことになりました」
食事の時間、ヤマメさんに今日のことを報告する。
ヤ「へぇ」
随分と素っ気ない返事が返ってきた。
ヤ「…………」
…………
ヤ「はぁっ!?」
ナ「ちょ、汚いですよ」
ヤ「あぁ、ごめん。ちょっと、いや、すごく驚いちまってさ」
先程の返事はどうも理解が追い付いていなかった結果らしい。
ナ「不釣り合いですよね」
ヤ「いや、まずそれ以前の問題なんだが…」
ナ「?」
ヤ「まぁいいや、私にゃ関係ないことだ。幸せにやんな」
ナ「はい」
ヤ「そういや、ここに住みっぱなしでいいのかい?古明地にしたらいい気分じゃないだろう?」
ナ「そのことなんですが地霊殿の客間を貸していただけるそうで明日にはここを離れるつもりです」
ヤ「随分急な話だね」
ナ「元々居候の身でヤマメさんには迷惑をかけていましたから早めに済ました方がいいかと思って」
ヤ「迷惑ってほどではないが……そうかい、じゃあこうして一緒に飯食うのも明日の朝で最後かい?」
ナ「そうですね」
ヤ「じゃあ最後くらい豪勢なの作ってやるよ」
ナ「悪いですよ」
ヤ「私が作ってやりたいんだ。それとも私の好意は受けられないって?」
ナ「ありがとうございます」
ヤ「なんだかんだいって気に入ってたよ、この生活」
ナ「僕もですよ。その……これからもよろしくお願いします、友達として」
ヤ「……あぁ、こちらこそ。よろしく頼むよ」
ナ「冷める前に食べましょうか」
ヤ「そうだね」
こうして、ヤマメさんとの奇妙な共同生活は幕を閉じた。
燐「さとり様、もう少し落ち着かれてはいかがですか?」
さ「お燐、私はいたって冷静ですよ?」
空「でも、さっきからおんなじとこ行ったり来たりしてるよ?」
さ「う…………」
まさかお空にまで見透かされるとは……
えぇ、そうですよ!ガラにもなくそわそわしてますよ!
だって仕方ないでしょう?
初めての恋人との同棲は始まるんですから私だって緊張します。
まぁ、初めてといっても彼以外との交際などするつもりはありませんが。
恥ずかしい思考に少しだけ頬が熱くなる。
彼がサトリでなくて良かった。
こんな思考を読まれたら恥ずかしさで死んでしまう。
ナ・ヤ「お邪魔します」
タイミング良くと言うべきか思考が先に進みすぎる前に彼と土蜘蛛が現れた。
黒谷ヤマメさんでしたっけ?
彼女が今日まで彼と一緒に暮らしていた人。
話には聞いていたけれど彼女がここを訪れたのは今日が初めてだった。
まぁ、ここを避けるのが普通ですし、その面では高い頻度で訪れる彼の方がおかしいのですが。
空「遅いよ~お兄さん」
真っ先にお空が彼に抱きつく。
ナ「ごめんごめん」
燐「本当だよ。さとり様なんかずっとそわそわ…もがっ」
慌ててお燐の口を手で塞ぐ。
まったく何を言い出すんだか。
ヤ(えっと…そろそろいいかい?)
私達の様子を黙ってみていた黒谷さんが声をかけてきた。
さ「失礼しました。お燐、お空、彼を部屋まで連れて行ってあげてください」
燐「了解しました」
空「いこっ♪お兄さん」
お燐とお空に連れられて彼は一足先に奥に入っていった。
今この場にいるのは私と黒谷さんの二人だけ。
ヤ「流石だね、口にしなくても伝わるもんだ」
さ「私も話してみたかっただけですよ。それにしても彼の私物、あれだけですか?」
黒谷さんは手ぶらなので彼一人で持てる範囲のものしか持ってきてないことになる。
ヤ「私に遠慮してたのか単に物欲がないのか、あれで全部だよ」
さ「両方でしょうね」
ヤ「まったく水臭いったらありゃしない」
笑いながら言う黒谷さんは好感が持てた。
さ「それでも貴女には感謝していましたよ。時折語っていましたから」
ヤ「余計なこと言ってなきゃいいんだが」
さ「どれが余計なのか私には測りかねますので」
ヤ「意地の悪いことで」
さ「そういう性分ですから」
黒谷さんの雰囲気がそうさせるのか、その後も思いのほか私でも談笑できていたと思う。
ヤ「あんたのこと、正直に言って周りの話を聞いて偏見があったんだけど」
さ「それはそうでしょうし、事実その認識は間違っていませんよ」
ヤ「じゃあ変わったのかね?あいつに会って」
さ「そう…でしょうか?」
自分では良く分からない。
ヤ「おっと、あんまり長いこと話してるとあいつにも悪いし、邪魔者は馬に蹴られて地獄に堕ちる前に退散するとするかね」
黒谷さんは身を翻し玄関に手をかける。
さ「あの黒谷さん…もしよろしければまた来てください。次はお茶もお出ししますから」
ヤ「そのうちね。後、ヤマメでいいよ」
素っ気なくそう言い残してヤマメさんはバタンと戸を閉じて出ていった。
少しだけ彼女の去った扉を見つめ続けてしまった。
ふと我に返り、私は彼の部屋へ向かった。
燐「ここがお兄さんの部屋だよ」
そうお燐ちゃんに案内された部屋はエントランスを中心としてさとりさんの部屋とほぼ対称に位置していた。
ナ「ここが客室だったのか」
燐「あんまりこっち使わないから知らないんだったね」
ナ「いつもは直接さとりさんの部屋に行くからね」
実際、ちゃんと入ったことがあるのはさとりさんの部屋と図書室、後は晩餐室くらいなものだ。
燐「後で一通り見て回る?」
ナ「よろしく頼むよ」
空「私も行く~」
ナ「後でだから。まずは荷物をね」
そう言い、ベッドのそばに手持ちの荷物を置いた。
ナ「と言ってもこれでほとんど終わりなんだけど」
荷解きは後でやっても別にいいし。
燐「荷物少ないねぇ」
ナ「元々居候の身だったし、必要以上のものはいらないからね」
燐「そんなもんかねぇ」
ナ「そんなものだよ」
空「ねぇねぇお兄さん、何か気付くことない?」
にこにこと突然お空ちゃんが尋ねてくる。
ナ「気付くこと?」
空「うんっ」
なんだろう?
お空ちゃんをまじまじと見つめる。
空「うにゅ?」
どうやらお空ちゃんのことではないらしい。
続いてお燐ちゃんを凝視する。
燐「あ、あたいのことでもないったら!!お空、ヒント出してやんなよ」
空「この部屋のことだよ。後、この部屋全然使ってなかったってこと」
言われて辺りを見回した。
ヒントから察するに、お空ちゃんの問いの答えは―
ナ「この部屋の掃除、お空ちゃんがしてくれた?」
空「あたり~」
放置していた部屋とは思えないほど片付けられていて、棚や机の上にはほこり一つない。
ナ「ありがとうね」
空「えへへ~撫でて撫でて~」
ナ「それじゃ、こっちに来て」
ベッドに座って、お空ちゃんをももに寝かせて頭を撫でる。
空「うにゅ~…」
ナ「ほら、お燐ちゃんも」
空いている方のももをポンと叩く。
燐「あ、あたいはいいって」
空「え~お燐も来なよ~。気持ちいいよ~」
ナ「遠慮しないで」
燐「ぅ……わかったよ」
お燐ちゃんは渋りながらもお空ちゃんの反対側に横になった。
ナ「猫モードじゃないお燐ちゃんにひざまくらするのは今日が初めてだよね?」
燐「う、うん…重くない?」
ナ「大丈夫だよ。変わらず撫で心地もいいし」
さらさらの赤い髪を梳くように撫でた。
燐「ふにゃう……」
撫でているうちに次第にお燐ちゃんは力を抜いて重みを預けてくれた。
さ「すみません、遅れ――」
ヤマメさんと話していたであろうさとりさんが中に入ってきた。
さ「…………」
言葉を途中で止め、ジト目でこちらを見ている。
ここで客観的に今の状況を整理してみよう。
彼女の前で女の子二人をひざまくらをしてる彼氏。
……ギルティ。
さ「…………」
そのまま何も言わずパタンと扉を閉じ出ていった。
ナ「いやいやいやいや」
膝の上の二人をそっと降ろして僕はさとりさんを追いかけた。
さとりさんが機嫌を直してくれたのは、この晩、同じようにひざまくらをしてあげてからのことである。