ヤ「どうぞどうぞ、いらないんで」
あっさりと僕の譲渡が決定する。
ナ「いや、人を物みたいに扱わないでください」
勇「何言ってるんだ、お前は私のものだろう?」
ナ「まぁそうですけど……それなら勇儀さんだって僕のものですからね?」
勇「あぁ、私の頭の先から爪先まで全てはお前のものだ」
勇儀さんと見つめ合う。
そのまま顔は近づいていき、そして、距離は0になった。
ヤ「なんでウチで人ののろけなんて見なきゃならないのよ……」
パ「ちょっと通りがかっただけで捕まった私の方が悲惨じゃない?」
ヤ「じゃあ代わろうか?」
パ「冗談。自宅でこんなんやられたら胸焼けで焼け死ぬわ」
勇「ん……我慢すんなっつった張本人の家なんでな……っ……遠慮は……しねぇよ……」
ヤ「そういう意味じゃなかったんだけど……つか、それ以上ウチでやんなっ!!」
ヤマメさんに怒鳴られてようやくそばから離れた。
勇「しゃあねぇ、続きは戻ってからにするか」
パ「ここまで見せつけられると嫉妬も通り越していっそ清々しいわね」
勇「ナナシ、私はパルスィと外で話してるから準備して出てこいよ。急がなくていいからゆっくりな」
パルスィさんと話があるということなんだろう。
ナ「わかりました」
勇「行くぞパルスィ」
パ「はいはい、わかったわよ」
パルスィさんは仕方ないと言わんばかりに立ち上がり、勇儀さんと出て行った。
ヤマメさんと二人残される形になる。
ヤ「それじゃ、ゆっくりと準備しようかね」
ナ「そうですね」
ゆっくりと言っても元々荷物は少ないのですぐに準備は終わってしまった。
勇儀さん達が何か話しているんだとしたらまだ早いだろう。
まぁ、こちらも少々話があるのでちょうどいいが。
ナ「ありがとうございました」
ヤ「ん?」
ナ「ヤマメさんがいなかったらずっと燻ってたと思いますから」
ヤ「お礼なんていいさ、あんな勇儀が見れただけでもお釣りが来る」
ヤマメさんは先程までうんざりした様子だったのが打って変わって心底面白そうに答える。
ナ「今までなかったんですか?」
数百、数千の時を刻んだなら一度くらいあってもおかしくはないのだが。
ヤ「少なくとも私が出会ってからはないね」
ナ「そうなんですか」
ヤ「勇儀に惚れる奴なら何人もいたんだけどね、皆一発で終わりさ。」
ナ「…………」
ヤ「地上にいた頃は知らないけどね、訊いたんだけど教えてくれなかったのよ。どうにも話したくないみたいで、知りたいならその辺は直接訊けばいいよ」
ナ「いえ、話したくないことは誰にでもあるでしょうし僕からは訊かないことにします」
ヤ「そうかい、まぁ知らなくてもいいことだしね。今が大事さ」
ナ「そうですね」
勇「おい、まだか~」
話が終わったのか外から呼び声が聞こえた。
ヤ「お呼びもかかったしそろそろ行きなよ」
ナ「はい。お世話になりました」
外に出ると勇儀さんは腕を組んで仁王立ちしていた。
勇「おっせぇぞ」
ナ「すみません。パルスィさんは?」
勇「先に帰った」
ナ「そうですか」
勇「訊かないのか?」
ナ「はい」
勇「ならさっさと行くぞ。帰って続きだ!」
僕たちは来た道を同じように並んで歩いた。
この人の隣を歩けるということが誇らしくもあり、少しだけ恥ずかしかった。
僕が置かれているこの状況に至るまでの行動を簡単に整理しようと思う。
朝、目が覚めてまず第一に勇儀さんとの触れ合いから始まった。
詳しいことは割愛させてもらう。
昼、いつものように買い出しに出る。
見知った顔と挨拶や世間話なんて交わしながら帰路を辿った。
そして現在、目が覚めると見知らぬ場所で見知らぬ人達に囲まれ縄で縛られていた。
この状況から推察できる状況はいくつかあるが、最も有力なものを挙げておこう。
誘拐。
まぁそんなとこだろう。
…………
「ようやくお目覚めかい?」
声の方向を見ると一気に頭の靄が晴れた。
一発でこの人は危険だと感じた。
ナ「おはようございます」
「…………」
値踏みをするようにこちらをじっと見ている・
「この状況で怖がりもしねぇたあ人間にしては大したタマじゃねぇか」
ナ「把握できてないだけですよ」
周りの人達の嘲笑がこちらに向けられるなか、正面のこの人だけは態度を崩さない。
「それじゃあお前がこんな目に遭うことに心当たりはあるか?」
ゆっくりとこちらに近づく。
ナ「身に覚えがないですね」
「正解だ」
一瞬のことに、何が起きたのか分からなかった。
腹部の激痛とあの人の姿勢からようやく自分が蹴り飛ばされたのだと分かった。
周囲の反応が嘲笑から歓声に変わる。
「お前には何の恨みもねぇが、お前の連れには恨みが溜まりに溜まってんだ」
ナ「…………」
「さっきの度胸ある態度に免じて選ばせてやろう。俺達はただ憂さを晴らしたいだけだ。元々はお前を人質に星熊を嬲るつもりだったが、お前が身代わりになるってんなら奴には手は出さんと約束しよう」
ナ「…………」
「どうする?」
周りの人達はにやにやと気持ちの悪い笑みを浮かべている。
『どうせ自分の身可愛さに星熊勇儀を売るはずだ』
視線がそう言外に語っていた。
僕は仰向けに倒れ込んだ。
ナ「……死なない程度にお願いします」
『こいつは何を言ってるんだ』とばかりに周囲の人達の空気が変わる。
…ざまぁみろ。
「……人間でさえなければな……殺しはしないと誓おう。てめぇら!そういうことだ」
じりじりと、囲んでいた人達が詰め寄ってくる。
瞳を閉じ、これから始まるであろうことを受け入れた。
…………
びちゃっ
気絶しては痛みで目を覚ますを幾度か繰り返したが、今度は何か生温かい液体がかかったことで目を覚ました。
腕はもう動かないのでそれを拭うことはおろか、何かを確認することすら叶わない。
歓声と怒号に満ちていたこの場所は先程までの喧騒に反比例するように、カランカランと下駄の鳴る音しか聞こえない。
その音も僕の近くまで来たところで消え、静寂が訪れる。
多分仰向けに寝ている僕の腹に重さが加わった。
ナ「っ……!!」
まだ開く右目をゆっくりと開け、その重石が何なのかを確認した。
綺麗だった金色の髪も
艶やかな頬も
真っ白だったお気に入りの服も
今は紅く染められていた。
ナ「洗い落とすの……大変そう……ですね」
「なら手伝いなよ。風呂で」
ナ「……分かりました」
爪を立てるように胸にしがみ付いてきた。
ナ「……痛いですよ」
「傷の方がやべぇだろ……」
ナ「こんな傷よりも勇儀さんが泣いてる方が……いえ、やっぱり、体の方が超痛いです」
勇「そこは嘘でも言い切れよ」
ナ「嘘は嫌いでしょ?」
勇「あぁ…そうだった……」
そこまで言うと顔を胸にうずめてしまった。
勇「すまない……でも……間に合った……今度こそ……」
何のことかは分からないがその弱々しい姿はいつもよりもずっと小さく見えた。
抱き締めたいのに動いてくれないこの腕がとにかく恨めしい。
次第に眠気に圧され深い眠りに落ちていった。