東方地恋譚   作:月の海

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ナナシとの共同生活が始まってから早くも一月程が経った。

最初はどうせすぐ他の妖怪に食われて終わりだと思っていた。

実際、二日目には私が目を離したすきにナナシは妖怪達に囲まれていた。

しかし、そこに運よく通りかかった勇儀さんが一蹴、「こいつは私の客人だ」と宣言したことによって妖怪達はあいつに手を出せなくなった。

まぁそれだけならどこかで不意に襲われることもあっただろう。

だが、それを知ってか知らずかあいつは積極的に妖怪達に関わっていった。

すれ違えば挨拶をし、人手が必要な時には手を貸し、酒の席ではつぶれた者の介抱をした。

媚を売っていると馬鹿にしていた奴もいたが時が経つにつれ次第にあいつを認めていった。

身の上話を聞き同情するものさえ現れる始末だ。

そんな時は大抵私に矛先が向くので面白くない。

ただ、あいつが認められていくのは悪い気はしなかった。



第2話

~Side ヤマメ~

 

「ヤ~マ~メ~」

 

外から私を呼ぶ声が聞こえた。

 

戸を開け顔を出すと桶に入ったツインテールがいた。

 

ヤ「どうかしたのかい?キスメ」

 

キ「ナナシにちょっと用があってね、中にいるかい?」

 

ヤ「あいつはさっき出てったよ」

 

キ「なら仕方ない、また桶の補修を頼みたかったんだけど改めて来るとするよ」

 

あいつ、そんなことまで請け負ってたのか。

 

言伝を頼むとキスメは帰って行った。

 

あいつ、どこをふらついてるんだか。

 

 

 

 

~Side ナナシ~

 

勇「ほら、お前も飲みなよ。私の酒だ」

 

ナ「いただきます」

 

家を出て間もなく僕は勇儀さんに捕まり今に至る。

 

勇「どうだい、記憶の方は?少しは手がかりでも掴んだかい?」

 

ナ「いえ、まだ何も」

 

勇「そうかい。頭殴れば同じ衝撃で戻ったりしないかねぇ?」

 

勇儀さんは指をゴキゴキと鳴らす。

 

ナ「やめてください、死んでしまいます」

 

勇「はっは、冗談さ。それにしても落ち着いたもんだね、ここが怖くないのかい?」

 

ナ「住めば都ってやつですよ。勇儀さんもヤマメさんも皆もよくしてくれてますし」

 

「その楽観的思考が妬ましいわ」

 

気が付けば背後にパルスィさんが立っていた。

 

勇「お、パルスィ、飲むかい?」

 

パ「いただくわ」

 

パルスィさんも加わり丸テーブルに三つ巴の形で座る。

 

ナ「こんにちは、パルスィさん。あれ、髪切りました?」

 

酒が入っているから断言はできないけど、少しだけ短くなっているように見える。

 

パ「そ、そうだけど何よ?」

 

ナ「似合ってますよ」

 

パ「!!」

 

パルスィさんは突然自分のグラスに注がれた酒を一気に呷った。

 

顔が赤くなっている。

 

パ「……(その天然ジゴロなところ、本当に妬ましい)」

 

ナ「え?」

 

パ「なんでもないわ」

 

そっけなく返されそっぽを向かれてしまった。

 

勇儀さんは僕たちを見てにやにやしながら酒を飲み続けていた。

 

 

 

 

 

 

パ「ところでナナシ、あんた地霊殿に行ってみる気はない?」

 

ナ「地霊殿ですか?」

 

地霊殿は今まで話に聞くばかりで、実際には行ったことがなかった。

 

皆の話を聞く限り、行きたいという気にはならないが…

 

パ「あそこの主は心が読めるのよ。もしかしたらあんたの深層にある記憶も読み取ることができるかもしれない。私も責任もってついて行ってあげるからさ」

 

皆が避けたがる所にわざわざついてきてくれるというパルスィさんの申し出を断れるはずがない。

 

ナ「ぜひお願いします」

 

パ「それじゃあ今日はお酒も入ってるし、明日行きましょう。……その…二人で―」

 

勇「地霊殿に行くなら私もお供しよう。さとりとも久しく盃を傾けてないからねぇ」

 

ナ「勇儀さんも一緒なら心強いですよ。では、明日は地霊殿へということでこの辺りで僕は失礼しますね」

 

勇「おう、じゃあな」

 

パ「………(ぱるぱるぱるぱる)」

 

飲み続ける勇儀さんとどういうわけか急にテンションの下がったパルスィさんを残してヤマメさんの家へと帰った。

 

 

 

 

明くる日、先にキスメさんの桶の補修を終え、昨日の酒場へ行くと既にパルスィさんが壁によりかかっていた。

 

ナ「待たせてしまいましたか?」

 

パ「えぇ」

 

ナ「すみません」

 

パ「どうせ勇儀が来てないからいいわ。ヤマメは?」

 

ナ「行きたくないからパスだそうです」

 

パ「でしょうね、私だって何もなければ近づきたいと思わないもの」

 

それなのについてきてくれるのか。

 

ナ「ありがとう、パルスィさんは優しいね」

 

パルスィさんはボッと顔を赤くしたかと思うとすぐに顔を背けてしまった。

 

勇「お、二人ともいるね」

 

タイミング良くと言うべきか勇儀さんが下駄をカランカランと鳴らしながら悠々とこちらに歩いてきた。

 

ナ「遅いですよ」

 

勇「そう堅いことお言いでないよ。せっかく旧友と飲もうってんだ、いい酒を選りすぐりたいと思うのが人情ってもんじゃないかい?」

 

ナ「鬼ですけどね」

 

勇「ほほぅ?私達には血も涙もないってことかい?」

 

そう言うと勇儀さんは僕の頭をガシッと掴みそのまま持ち上げた。

 

ナ「あだだだだだ!!すみません、謝りますから離してください!!」

 

勇「分かればいいんだよ」

 

勇儀さんが手を離すと地に落ちた僕はしりもちをついてしまった。

 

ナ「痛っ!」

 

勇「いい薬さね、最近すっかり慣れちまって私らが妖怪だってこと忘れてるみたいだからな」

 

パ「ほら、馬鹿やってないでさっさと行くわよ」

 

パルスィさんが歩き出し、勇儀さんがそれに続いた。

 

勇「ほら、置いてくぞ」

 

立ち上がり、着物を払って僕は二人の後を追いかけた。

 

 

 

 

 

しばらくして、僕達は地霊殿の門の前に立っていた。

 

西洋風の外観の大きな館に手入れの行き届いた庭が見て取れる。

 

周囲の景色も僕達が普段暮らしている辺りとは別世界のようだ。

 

勇「それじゃあ入るか」

 

ナ「はい、門を叩けばいいんですかね?」

 

勇「いいよ、面倒だ」

 

勇儀さんはまるで自分の家に入るように門を開け、ずけずけと中に入っていった。

 

ナ「ちょっ!?」

 

パ「勇儀って時点で分かりきってたことじゃない。私たちも行くわよ」

 

ナ「…………」

 

 

 

 

勇「さとりー!!いるかぁー!!」

 

勇儀さんが大声で呼びかけるが反応らしいものがなかった。

 

ナ「留守ですかね?」

 

勇「どうせ本読むのに集中してるとかだろ。私がちょっと探してくるからお前らはここで待ってな」

 

勇儀さんはエントランスの階段を登ると奥の通路へ消えていった。

 

ただ待っているのも暇なので周囲を見回してみる。

 

黒と赤のタイルで出来た床やステンドグラスの天窓が目に入る。

 

………ん?

 

パ「どうかした?」

 

ナ「今、帽子をかぶった女の子がいたような…?」

 

パ「見間違いじゃない?いないわよ?」

 

ナ「そうなのかな」

 

「それはきっと私の妹のこいしね」

 

勇儀さんが消えていったのとは逆の方向から小柄な少女が姿を現した。

 

パ「古明地さとり!!」

 

この子がこの館の主の古明地さとりなのか。

 

さ「えぇ、そうよ。それにしても呼び捨てとは感心しないわ。私、あなたの何倍も年上なのだけれど」

 

あ、すみません。

 

さ「分かればいいのよ」

 

パ「ちょっと心の中だけで会話するのやめなさい。訳が分からなくなるわ」

 

ナ「あ、そうですね」

 

さ「それで、あなたたちは何をしに来たの?へぇ、この男の記憶探しを私に手伝わせに来たのね」

 

パ「またっ!!」

 

さ「結論から言わせてもらうけど、お断りするわ。道具のように扱われるのは気分が悪いもの」

 

確かに、突然見ず知らずの人間に利用されるというのは良い気がしないだろう。

 

さ「聞き分けがいいのね。それじゃあ帰ってもらえるかしら?そこの嫉妬妖怪も残念でしたね、愛しい人の手助けになれ―」

 

パ「帰るよっ!!ナナシ!!」

 

さとりさんの話を強引に切り上げて踵を返そうとする。

 

さ「お燐、お客様がお帰りよ。見送って差し上げて」

 

「わかりました、さとり様」

 

脇からお燐と呼ばれた猫耳の少女が現れる。

 

猫耳少女はこちらを見ると少し呆けた顔をした。

 

燐「……あれ?お兄さんじゃないか」

 

まるで僕のことを知っているかのように話す。

 

ナ「え?」

 

さ「お燐、この男を知っているのですか?」

 

燐「はい、さとり様」

 

パ「あんた、いつの間に」

 

ナ「身に覚えがないんだけど」

 

燐「あぁ、確かにこの姿で会ったことはなかったね。ならこうすれば思い出せるんじゃないかな」

 

そう言うとお燐は猫の姿になった。

 

この猫には見覚えがあった。

 

ナ「あぁ、君だったのか」

 

燐「また膝の上で寝かせておくれよ。お兄さんに撫でられながら寝るの、あたい結構気に入ってんだ」

 

ナ「こんな膝でよければいくらでも。それじゃあ、あの友達の烏も?」

 

燐「あぁ、お空なら中庭の先にいるよ。これから帰るんだったらまた今度来てあげておくれよ。あの子忘れっぽいから忘れてるかもしれないけど」

 

ナ「そうするよ」

 

気付けばさとりさんとパルスィさんのことをすっかり忘れて話に没頭していた。

 

燐「おっと、いけない。話に夢中になってしまったよ、見送りだったね」

 

ナ「そうだった。あ、さとりさん、今度お空ちゃんに会いに来てもいいですか?」

 

さ「えぇ。それとお燐、見送りは中止よ」

 

燐「そうなんですか?」

 

さ「ペットが世話になっているのにそれを追い返しては飼い主として失格だわ。奥へどうぞ、見てあげるわ」

 

ナ「ありがとうございます」

 

さ「(妖怪に心からお礼を言う人間、か…)」

 

ナ「?」

 

さ「なんでもないわ。さぁこちらへ」

 

 

 

 

~Side さとり~

 

私は自分の部屋に男と嫉妬妖怪を招き入れた。

 

さ「そこにかけてちょうだい」

 

私がそう伝えると男は腰かけたが嫉妬妖怪は扉の近くの壁に寄り掛かった。

 

さ「あなたはいいのですか?」

 

パ(私はここでいいわ。勧められるがまま座るほどあんたを信用してないから)

 

さ「そうですか、せっかく想い人の隣に―」

 

パ(いいからさっさと始めろ!!)

 

さ「まったく、心の声の大きい方ですね」

 

パ(誰のせいだと…)

 

さ「では…そういえば名前を聞いていませんでしたね」

 

ナ「申し遅れました。ナナシと言います」

 

名が無いからナナシ(名無し)とは星熊さんもずいぶん安直な名をつけたものね。

 

それを甘受したこの男もこの男ですが。

 

さ「改めて、ナナシさんあなたは自分の心の中をのぞかれる覚悟がありますか?」

 

ナ「 …はい( 正直少し怖いなぁ)

 

やはりこの方も他の妖怪達のように私を恐れているのですね。

 

ナ(皆に嫌われるような記憶じゃなければいいけど…)

 

さ「え…?」

 

ナ「どうかしましたか?」

 

さ「あ、いえ…その、あなたは私が気持ち悪くないのですか?」

 

ナ「 どうして?()

 

本気で疑問に感じている!?

 

さ「私は心を覗く『覚り』ですよ?皆一様にこの能力を忌み嫌います」

 

ナ「 能力だけが全てではないでしょう?( 能力だけが全てではないでしょう?)

 

さ「…………」

 

今までずっと避けられてきた。

 

近づく口先だけの輩は心の中では私を気味悪がっていた。

 

嫌われることに慣れ切ってしまっていた。

 

それなのにこの青年は……

 

さ「(貴方にもっと早く会えていたならこいしも…)」

 

ナ「え?」

 

さ「なんでもありません。では何も考えずにいてください」

 

嫉妬妖怪、意外と人見る目はあるようですね。

 

 

 

 

 

~Side 勇儀~

 

勇「ここにいたのかお前ら」

 

せっかく私が探してやってたというのにこいつらときたら…

 

ナ「あ、勇儀さん」

 

振り返ったこいつの顔から察するに―

 

勇「そのツラは私のことすっかり忘れてたってツラだな」

 

ナ「そ、そんなことは」

 

さ「図星のようですね」

 

ナ「ちょ!?」

 

勇「ほほぅ…?」

 

ナ「あの、勇儀さん?顔が怖いんですガッ!?」

 

それにしてもこの状況から察するにさとりが協力してくれたみたいだね。

 

私を介さないと即追い返されると思ってたんだがねぇ。

 

さ「この方にウチのペットがお世話になったそうなので」

 

勇「あぁ、そういうことかい。この馬鹿の交友関係の広さもなかなか捨てたもんじゃないねぇ」

 

さ「そうね」

 

勇「それで、結局手がかりは見つかったのかい?」

 

頭を掴まれたままのナナシにかわって、さとりが首を横に振る。

 

さ「残念ながらこの方を覗いても、もやがかかったように何も見れませんでした」

 

勇「そいつは残念だったね」

 

免じて手を放してやる。

 

勇「だが、それほど落ち込んでないようだね?」

 

ナ「え、まぁ、駄目だったものは仕方ないですし、さとりさんと知り合えましたしね」

 

さ「だ、だそうです」

 

勇「へぇ~…」

 

あんたも惚れたクチかい?

 

さ「変な邪推はしないでいただけますか」

 

…まぁ、誰がこいつに惚れようが私にゃ関係ないな。

 

勇「用事は済んだんだ、酒飲むぞ、酒」

 

さ「…そうですね。私も飲みたい気分です」

 

勇「よっしゃ、さとり、皆を集めな。宴会だ!!」




次は21時投稿予定です。
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