終末な(略)約束、果たしてもらっていいですか? 作:ファルメール
とある養育院で、男女が語り合っている。
「……バターケーキ」
「はい?」
「お前の焼くあれは、結構好きだ。次の俺の誕生日にも、特大のを頼む」
「はぁ」
それを聞いた少女は、拍子抜けしたように肩を落とす。
「そんなもんの為に、生きて帰ってくるの?」
「何か間違ったか?」
「いやまぁ……なんかこう……シリアスさが足りないって言うか……」
「では、こういうのはどうかしら?」
暗がりから三人目の声が聞こえて、二人の視線がそちらへと向く。
のろのろとした動きで、ぬっと姿を現したのは一目で不健康そうという印象を万人に与える女性だった。
化粧っ気のない顔で、両眼の下にはくっきりとどす黒いクマが刻み込まれている。
長くぼさぼさの頭髪には白髪が交じって、枝毛も目立つ。
着ている白衣は何日も着たきりなのだろう悲しい程にシワだらけでくたびれている。襟や袖は垢で真っ黒になっていた。
ぼりぼりと髪を掻くと、フケが飛び散った。
「ドク、あんたも来ていたのか」
「えぇ……ここに来れば、あなたに会えると思ったからね」
ドクと呼ばれたその女性は、更に頭を掻き毟る。
「あなたの仕事は、戦後の方が多くなるのよ。その為にも、何としても生きて帰ってきてもらわなくては……」
「……例の、次世代型聖剣(カリヨン)の事か?」
ドクは頷いてみせる。
「あの子は、これまでの聖剣とは根本的に違うの。その性能を完全に引き出すには、高い技術を持った者による、調律が必要なの」
「面倒なんだな」
「まぁね」
ドクは認めた。
「その代わり、性能は折り紙付きよ。最高の芸術品と言っても良いわ。あの子達が完成すれば、もうあなた達が戦いに出る必要も無くなる。これからは、あの子達があなた達に代わって世界を守るようになるのよ」
「それは夢のある話だな。出来れば、明日までに間に合ってくれると嬉しいんだが」
「残念ながら、試運転が出来るようになるまででも、後一年は掛かるの」
苦笑しつつ、ドクは肩を竦めた。
「……あの子に教えるのは、あなたの仕事よ。あなたは、あの子のおとーさんになるの。だから……その為にも……必ず、生きて帰ってきなさい」
「私の方の約束も、忘れないでね。来年には胸焼けするぐらい食べてもらうからね。バターケーキ」
「ああ、任せとけ」
保証の言葉を返しつつ、少年はシチューを掻き込んでいく。
夜が更けていく。
決戦の朝が、近付いていく。
三ヶ月後。
ガン!! ガン!!
幾層にも展開した隔壁を叩く音が、徐々に近付いてきている。
「くそっ……」
養育院の時よりも、ずっと痩せ細って不健康そうになったドクはそう吐き捨てると、背後の扉を振り返った。
奴らが程なく、ここまで来る。
だが、それはさせられない。
彼女は、部屋の中央の寝台に横たわっている物を見た。
何かのオブジェだろうか。人間の骨格を思わせるフレームに、いくつもの金属片が貼付けられている。鎧の出来損ないにも見えるし、模型のようにも見える。
これを、壊させる訳には行かない。
「この子は……希望なのだから……私が死んでも……この子が遺る限り、希望は在り続ける……!!」
ドクは部屋中に敷き詰められた機械を操作して、プログラムを作動させる。
これで、この施設は誰の手が入らずとも資材と動力が尽きぬ限り動き続け、彼女が与えた命令を遂行し続ける。
「……後は……」
ドクは、寝台に横たわる物体に、しゃがんで声を掛ける。
「母として、あなたに命じる……『世界と、未来を衛れ』……」
その声が、届いたかどうかは分からない。
だが届いていると、彼女は信じていた。
信じる事が出来るように、自分は力の限りを尽くしたのだから。
出来る事は、全て行った。
いや、あと一つだけ残っている。
「……後は、頼むわね……」
その言葉を最後にドクは退室すると、外側から厳重にロックを掛ける。これで、滅多な事ではこの部屋は壊されない。
後は、施設を奴らの手に渡らないように隠さなければならない。作業を邪魔する者が居ない、地下深くへと。
ドクは白衣のポケットに入っていた機械を取り出すと、そこに一つだけ付けられているボタンを押した。
僅かな間を置き、あちこちに仕掛けられていた爆薬が連鎖的に起動して、爆音と衝撃が襲ってくる。
同時に通路のあちこちが崩れていって、ドクの姿もまた、崩落する通路と土砂の中に埋め尽くされて消えていった。
そして、永い時が流れた。
68番浮遊島。
ヴィレムは、今日は厄日なのだろうかと心のどこかで思った。
友人である緑鬼族のグリックから紹介された仕事で、兵器の管理者としてこの島に赴任した筈だった。
到着した時にはすっかり夜が更けてしまっていて、件の施設へと続く森の中を進んでいると、ぽつんと闇の中に光が見えた。
最初は、出迎えだと思った。
しかし違っていた。
「たりゃあああああっ!!!!」
可愛らしい気合いの入った声が聞こえてきて、闇を裂いて現れたのはまだ年端も行かない一人の少女。
手にした木刀を突き出してくる。
中々に鋭い太刀筋だが、ヴィレムは無駄の少ない体捌きでそれを回避。
しかし、跳躍した少女が桟橋の縁に降り立った瞬間だった。
ベキッ。
古くて腐っていた木材が、嫌な音を立てた。
「あ……」
少女が、間の抜けた声を上げた。バランスが崩れて、このままでは彼女は湿地に真っ逆さまとなってしまう。
ヴィレムは咄嗟に手を出してその小さな体を掴むと、体を回して自分を下にする。
ざばあっ!!
派手な水音。
そして、水の冷たさが肌に染みる。
幸いと言うべきか不幸と言うべきか、濡れたのは彼一人だった。
少女は、ちょうど高い高いされる形で湿地には浸からずに済んでいた。
コツン。
軽い衝撃と共に鈍い痛みが額に走った。
少女が手にした木刀の柄尻による打撃だった。
試合であれば、これで「一本」という所だ。
「ちょっとパニバル、何やってるの?」
<この辺りは水が出ているから、危ないぞ>
夜闇の中から、二色の声が聞こえてくる。
一つは少女の鈴のような声であり、もう一つは大地の底から響く唸り声のようだった。
姿を現した人影は、二つ。一つは襲い掛かってきた少女よりもいくらか年上であろう空色の髪をした少女だった。
もう一つは、すぐ隣の空色の髪の少女よりもずっと大きかった。爬虫人の中で最大級に大きな個体よりも、更に大きい。少女の頭頂が、腰程までしか届いていない。そして全身は、それ以上に分厚い。
総身が余す所も隙間も無く、冷たく輝く金属に覆われている。巨大な鎧が、意志を持って闊歩しているようだった。この浮遊大陸群(レグル・エレ)に住まう、どんな種族とも違った特徴である。
頭部の、目に当たる部分が闇の中で人魂のように光っていたが……ヴィレムに視線が向いた所で、二三度点滅した。
<お……おお……おおお……っ>
「ガーディ先生? どうしたの?」
空色の髪をした少女が尋ねるが、その巨漢は聞いていないようだった。
濡れるのも構わずに湿地に足を踏み入れると、パニバルと呼ばれた紫の少女の腰を片手で鷲掴みにして、桟橋へと降ろしてやる。
そうして自分は、可能な限り体を低くして……ヴィレムの前に跪いた。
<……どれほど……どれほど……この時を待ったか……!!>
低く轟くような声が、震えているのが分かった。
「お前は……」
<幾星霜……明日は、明日はと……お帰りを、お待ちしておりました。俺は今日この日の為に、百を五つ、重ねて参りました。帰ってきてくださった事……心より感謝致します……父上……>