終末な(略)約束、果たしてもらっていいですか?   作:ファルメール

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第02話 天才の遺産

 数百年前、地上を支配していたのは人間族(エムネトワイト)であった。

 

 彼等は戦う為の牙や爪も待たず、巨躯や怪力を誇る訳でもない。生物としては弱者のカテゴリに分類される存在だった。

 

 しかしそれでも彼等は、大森林のエルフを押さえ霊山のモーリアンを押さえ、そして生態系の頂点である竜種すらも押さえて、地上の支配者として君臨していた。

 

 その理由の一つとしては、彼等が使っていた現在では遺跡兵装(ダグウェポン)の名で伝えられる一連の技術体系と、その結晶である兵器群が挙げられる。

 

 かつて聖剣(カリヨン)と呼ばれていたそれらの武器は選ばれた者が振るう事で、強大な力を発揮する。

 

 その力は竜や、星神を討ち果たす奇蹟すら可能とするものであった。

 

 だが、それでも不十分。

 

 ある時、一人の人間がそう考えた。

 

 確かに今は、勇者や準勇者が聖剣を振るい、頑張ってくれているから人間は繁栄する事が出来ている。

 

 では、彼等が居なければ?

 

 大前提として、聖剣は選ばれた者にしか扱えない。

 

 ならば極端な話、エルフとオークと竜と星神が同時に大攻勢を掛けてきたとして、その時選ばれた者が一人も存在していなかったら?

 

 その時、どうすると言うのだ? まさか大人しく諸手を挙げて滅ぼされるに任せろとでも言うのか?

 

 人間族の生存圏を確立し、絶滅を回避する為にはより強大でより安定した力が要る。

 

 常に一定以上の数を確保出来て、いつでも力を発揮出来る兵器が必要だ。

 

 最初はそうした発想だった。

 

 それに質の均一化も重要となる。

 

 聖剣の担い手の戦力は、個人の資質に依る所が大。特に勇者に選ばれるような者となれば、王家の出身だとか予言の星の下に生まれたとか、あるいは今は喪われた国の秘伝武術を習得していたとか、兎にも角にも『特別』である事が求められる。言うまでもないが、そんな人間がそうゴロゴロ居る訳も無い。そもそも数が多く居るのなら、その者は『特別』足り得ない。

 

 しかし、それでは作戦行動、特に集団戦闘を行う上で足並みが揃わない事を意味する。戦闘に勝つ事は出来ても、戦争に勝つ事が出来るかどうかは疑問が残る。

 

 今まではそれでも良かった。確かに勇者は当然の事、それに次ぐ存在である準勇者であってもその力は強大。彼等は比喩でも誇張でもなく、文字通りの一騎当千。強い者であれば万軍すらも単身で殲滅するだろう。聖剣を振るう勇者なら戦闘に勝利するその延長で、そのまま戦争にも勝利出来る。

 

 だが彼等は限られた数しか居ない。

 

 仮に戦える者が一人しか居ない状況で、三方から同時に攻撃を受けたとしたら二カ所は破られる道理。

 

 それに勇者・準勇者とて生身の人間だ。

 

 一度や二度の戦いには勝てても、それが十回二十回、五十回百回と波状攻撃を受ければ疲弊する。

 

 まとまった数を揃えなくてはならない。万全を期すには複数箇所で同時に戦線を維持出来る戦力を、ローテーションさせられるぐらい用意したい。

 

 それに欲を言えば、継戦能力も高めたい。

 

 休まず、疲れず。食べず、眠らず。砕け散るまで戦えるような兵士が理想。

 

 結論を言えばこうだ。

 

 聖剣を振るう正規勇者に匹敵する戦力を持ち、不眠不休で戦える兵士を、しかも数を揃えて運用したい。

 

 誰もが無理難題、夢物語と断じるであろう、この聞き分けの無い子供の我が儘のような欲求を、しかし一人の天才が叶えた。少なくとも実現の可能性を見出した。

 

 天才は、ドクと呼ばれていた。

 

 当代随一の頭脳と謳われた、帝国最高の兵器開発者だ。

 

 ドクの発想はこうだった。

 

 人間は強い者弱い者、適性に優れる者劣る者など様々千差万別で、これを均一・画一化させる事など現実的には不可能。

 

 ならば聖剣の方に、不確定要素を廃する機構を組み込めば良い。

 

 どんな者が手にしようと力を発揮出来るように、否、それならば最初から担い手など要らない。

 

 聖剣自体が考え、動き、力を発揮して人間の敵を討ち倒すように造れば良い。

 

 それが、彼女が考える次世代の聖剣の形であった。

 

 その研究は進められ、しかし星神との最後の決戦には間に合わなかった。

 

 そして一年も経たない内に、十七種の獣の出現によって人間族は滅び……彼女の研究も堆積していく時の土砂に埋め尽くされて、歴史から消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

「……と、思っていたんだがなぁ……」

 

 68番浮遊島の兵器管理庫(と、いう触れ込みの屋敷)のバスルーム。

 

 シャワーを浴びて体を濡らしたヴィレムがぼやいた。

 

 彼の頭に、パサリと乾いた心地良い布の感触が触れる。

 

<湯冷めしますよ。体をお拭きします>

 

「大丈夫だ、一人で出来るさ」

 

<はい、父上>

 

 ガーディ。少女達からはそう呼ばれていた、自立駆動する巨人用の鎧のようなその巨漢は頷いて、ヴィレムからいくらか離れた位置で動きを止めた。

 

 こうして見ると、部屋の内装がそれなりに豪華である事も手伝って飾り用の鎧か魔除けのオブジェのようにも思える。

 

「けど、最後に会った時、ドクは次世代型聖剣は試運転が出来る段階になるまで後一年は掛かるって言ってたが……」

 

<はい。実際に、十七種の獣によって、母上は俺の完成を待たずして亡くなられております>

 

 文字通り表情の無い、文字通りの鉄面皮で、口に相当する部分が無いので顔を少しも動かさずに、ガーディが答えた。

 

<しかし母上は亡くなられる直前、研究所の機械を作動させておられたのです。自分が死んだ後も、機械が作業を続けて俺の製造を続けるように>

 

「そうか……だから、お前は開発者が居なくなった後に完成したって事か……」

 

<完成はしておりません>

 

 穏やかに、ガーディが訂正した。

 

<俺は本来なら、多くの知識や技術を然るべき教官から習得する筈でした。しかし、俺が出歩けるようになった時には、もう地上には人間族は誰一人して残っておらず、俺に教えてくれる者は居ませんでしたから>

 

「あぁ……」

 

 そう言えばという顔になるヴィレム。

 

 あの時、養育院でドクは次世代型聖剣には調律が必要だと語っていた。

 

 自分が、聖剣のおとーさんになるのだと。

 

 ドクは、ヴィレムがガーディの教官となる事を望んでいたのだ。

 

「だから、お前は俺を親父呼びするのか」

 

<はい。母上は、あなたに俺を教えさせると語られていました。スウォンの鼓動探知にも引っ掛からないがヴィレムは、きっと生きていると……>

 

「……そうか」

 

 ヴィレムの目が、すっと細められた。

 

 確信があった訳ではなかろうが、ドクの言葉は当たっていたのだ。

 

「しかし……」

 

 濡れた髪を拭きながら、じっとガーディーを上から下まで視線を動かして観察する。

 

 養育院では年長であった事もあって子供達から「おとーさん」と呼ばれていたが……

 

 ガーディの巨体は、それなりに高さのあるこの室内ですら、直立は不可能。かなりの猫背……いや、礼をしているような体勢でなければ動けない。

 

「まさか500年以上経った世界で、こんな大きな子供を持つ事になるとは……」

 

 けけけと、どこか自嘲的に笑う。

 

<……ご不快ならば、呼び方を変えますが>

 

 感情の無い声で、尋ねてくるガーディ。ヴィレムはしばらく考えた後で「いや、好きに呼べよ」と返した。

 

 そうして用意されていた黒い軍服に袖を通した所で、彼はもう一度不動の姿勢で控えているガーディを見た。

 

「だが、俺の仕事がどういうものかはっきり分かった」

 

<は?>

 

「いや、俺は兵器の管理者としてこの島に来たんでな。お前の面倒を見るのが俺の仕事って訳か」

 

 銃とか大砲が倉庫にずらりと並んでいるか、それともバカでかいゴーレムでも眠っているのかと思っていたが……予想は、当たらずしも遠からずだったという訳だ。

 

<いえ、父上……それは、少しばかり間違えておられます>

 

「何?」

 

<確かに俺は兵器の一つではありますが……ここには、他の兵器も存在しておりますので……>

 

「それはどういう事だ?」

 

<詳しくは、ここのもう一人の管理者からお聞きください>

 

 そう言ってガーディは立ち上がると、部屋の扉を開ける。

 

 するとそこには。

 

「久し振りね、ヴィレム。秘密の兵器倉庫にいらっしゃい」

 

 エプロンドレスに身を包んだ長身の女性が目を輝かせて立っていた。

 

「……ガーディ」

 

<はい、父上>

 

「どうして、ナイグラートがここに居る?」

 

<ここはオルランドリ商会と護翼軍が共同で運営している施設なので、建前だけでも双方から管理者を出す必要があり……父上は軍側からの管理者で、ナイグラート女史は、商会側の管理者です>

 

 淡々と、書面を読み上げるようにガーディが説明する。

 

 自立駆動聖剣が、首だけを右に90度動かすと、廊下の一角を睨む。

 

<……父上、後の話は女史からお聞きください。俺は、所用がありますので>

 

 

 

 

 

 

 

 そう言って二人と別れたガーディが廊下の角を曲がると、そこには色とりどりの髪をした4人の子供達が詰め掛けていた。

 

<お前達、子供はもう寝る時間だが>

 

「ごごご、ごめんなさい!!」

 

「え、でもその前に新しい管理者さんにご挨拶をと……」

 

「好奇心は止められない」

 

<挨拶や質問なら明日でも遅くはない。今日は、寝室に戻りなさい>

 

「でも……」

 

 少女達がまだ渋るので、ガーディはカードを一枚切る事にした。

 

<昨日のお話の続きを読んであげるから。ほら、コロン、脇をすり抜けようとしても無駄だ>

 

「はなせー、がーでぃ!!」

 

 言いながら、ガーディは背を低くしてこっそり足下を通り抜けようとしていた桜色の髪の少女の襟口を掴んで猫のように持ち上げると、掌の上に座らせた。

 

 そうして少女達を寝室のベッドに戻すと、ガーディは棚から一冊の本を取り出して、目当てのページを一動作で開いた。

 

 ベッドの傍らの椅子に腰掛ける。いかにも重そうな彼の体重を受けて、椅子がみしっと嫌な音を立てた。

 

 背表紙のタイトルには「恋人の逆さ鱗」と書かれている。

 

<少女は恋人の為に遠くの町や村を巡って、沢山の人から一枚ずつ鱗を分けてもらいました。千人の人達から一枚ずつ分けてもらった鱗で作った鎧を着ていれば、どんな過酷な戦場からでもきっと生きて帰れるという言い伝えがあったからです。しかし、999枚までは集まりましたが、最後の一枚がどうしても集まりませんでした。そこで彼女は、自分の顎の下の一番大事な鱗を……む>

 

 いつの間にか、少女達は規則正しい寝息を立てていた。

 

 ガーディは、本を傍らのテーブルに置く。

 

「ムニャムニャ……もうたべられない……」

 

 がばっ!!

 

 寝言と共に勢い良くコロンが蹴飛ばした毛布を掛け直してやると、立ち上がったガーディは音を上げないように注意深く動くと、退室していった。

 

<壊れたぬいぐるみの補修は、今夜中に終わらせるとして……それと明日の朝にはティアットに極上の牛乳を振る舞う為に、牧場に行かねば……ボトルの予備を確認して……>

 

 ぶつぶつ呟きながら廊下を歩いているガーディだったが……

 

 不意に、前進したままで首をぐるりと180度回転させる。

 

 小さな影が四つ、そろりそろりと部屋から出て行くのが見えた。

 

 聖剣である彼にはそんな機能は備わっていないが<はぁ>と溜息のような音が聞こえたようだった。

 

<仕方の無い子達だ>

 

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