終末な(略)約束、果たしてもらっていいですか? 作:ファルメール
ガーディの朝は早い。
否、朝は早いという表現は適切ではない。
人間族最高の頭脳によって設計された自律駆動する聖剣にして、数百年を稼働し続ける魔導機械である彼は食事や睡眠はおろか、僅かな休息すらも必要とはしない。
朝から晩まで、おはようからおやすみまで、どころではない。朝から朝まで、おはようからおはようまで、働き通しである。
まだ太陽が昇らない内に妖精倉庫宿舎の巡回を行う。
寝室を覗いてすやすやと気持ちよく眠っている子供達を確認して、元気な寝相で乱れてしまった毛布を直してやる。
巡回を終えた後には、施錠を済ませて近所の牧場へと出掛ける。
「あぁ、ガーディさん、また来たのかい」
<今日も、よろしくお願いします>
牧場主の、早起きな狼徴人が出迎えてくれた。
ガーディは慣れた手つきで乳牛からの搾乳作業や飼い葉の補充を手伝っていく。
そうして数時間が過ぎて空が白み始めたぐらいで、作業は終了となる。
「いつも作業手伝ってくれてありがとうよ。これ持っていきな」
牧場主が作業の報酬としていつものタンクに入った牛乳の他に、チーズやヨーグルトを詰めた袋を渡してくる。
<おお……ありがとうございます。子供達も喜びます>
丁重に礼を述べて牧場を後にすると、妖精倉庫に戻る。
欠伸をしつつ起き出してきたナイグラートに挨拶をして、簡単な清掃作業の後に朝食の準備を始める。
胃袋は殆どが小さいとは言え30からの口があるのである。焼くパン、サラダの為に切る野菜、寸胴鍋で煮込むシチュー。いずれも膨大な量になる。
キッチンに入ったガーディはその金属製のボディに特注サイズのエプロンを装着すると、右手はサイズ比の関係から指先で摘まむように手にした包丁を持って、左手で猫の手を作って野菜を刻み、鍋をかき回し、オーブントースターでパンを焼いていく。
そうして空腹感を加速させる芳香が漂い始めたぐらいで朝食の用意をナイグラートに任せると、彼は子供達を起こしに行く。
寝室へと立ち入ると、まだ年少の子供達は全員がベッドの上で夢の中であった。
<…………>
ジリリリリリリ!!!!
いきなり、ガーディの体から寝ぼけた脳味噌をシェイクするような甲高い音が鳴り響いた。
「わわっ!!」
「ひゃっ!!」
可愛い悲鳴を上げて、子供達は飛び起きる。
寝相の悪いコロンはベッドから転げ落ちてしまったが、床に激突する前にガーディが空中で体を鷲掴んで止めた。
「おはようございます。ガーディさん」
「……おはよ」
<うむ、おはよう。さぁ、みんな早く着替えて、顔を洗って歯を磨いておいで。そしたら食堂に集合の事。朝食の準備は出来ているからね……む>
見れば、まだベッドには毛布の膨らみが一つ残っている。ガーディーが毛布を引っぺがした。
「後5分……」
<駄目だティアット、早く起きなさい>
こんなやり取りを経て全員を起床させると、彼自身も食堂へと移動する。
既にナイグラートがあらかた用意を済ませていたので、彼の次の仕事は主に配膳であった。
「これ私が食べるの」
「私!!」
サラダの大皿を取り合いしている子達を見付けて、仲裁に入る。
<ほら、沢山あるから喧嘩しない。握手して仲直りしなさい>
「でも……」
「あっちが……」
<うん?>
ガーディの表情は変わらないが、心なしか口調が強くなる。子供達は気圧されたように体を震わせた。
「う……うん……ごめんね」
「ううん、私こそ……」
<うむ、素直でよろしい>
ここではこんなトラブルは日常茶飯事である。
そうして朝食が終わると、比較的年長の者は後片付けや洗濯などの作業に。年少の者はめいめい遊び始める。
今日は、ガーディは子供達の相手をしていた。
庭の日溜まりの中に座り込むと、宿舎の遊戯室から持ち出した弦楽器を使って妙なる旋律の調べを奏で始める。子供達は彼の回りをくるくる回りながら、独創的なダンスを踊ったり次の曲をリクエストしたりしてくる。
すると、子供達の中から一人が進み出てきた。ラキシュだ。
演奏を中断すると、ガーディは彼女に向き直る。
<うん……? どうした、ラキシュ>
「ガーディさん、これ……」
ラキシュ抱えていた花輪を、そっと差し出してきた。
<……俺に、くれるのか?>
「はい。いつも、ありがとう」
<……そう、か>
ガーディは最初は巨体を目一杯縮めてみたが、それでも体格差の関係からラキシュは彼の頭には手が届かない。
とは言え、花冠を被せてもらうのに跪くくらいなら兎も角として、土下座するというのは流石に絵的に様にならない。
仕方がないのでひょいとラキシュの体を両手で掴むと、頭の高さまで持っていってやった。そうして、ラキシュは彼の頭に花輪を乗せる。
<……似合うかな?>
「うん!!」
周りの子供達からもわっと歓声や拍手が上がった。
これだけ見ていると微笑ましい光景だが……
宿舎の二階の窓から状況を俯瞰しているヴィレムには、ガーディの後ろから木刀を手にしたパニバルがそろりそろりと近付いていくのが見えていた。
ラキシュ達の相手をしているガーディは、まだ気付いていない。そうして間合いに入ったパニバルは、音を立てないようにそっと振りかぶる。尤も、全身金属製でいかにも硬そうなガーディの体はクリーンヒットした所で、パニバルの腕力と木刀程度ではビクともすまい。逆に木刀の方がへし折れてしまうだろう。
そうして力を込めて振り下ろそうとした瞬間!!
ぐるり。
座った姿勢のままガーディの腰から上だけが180度回転してパニバルに正対すると、木刀の一閃を摘まんで止めてしまった。
「うっ!!」
<甘いぞ、パニバル>
咄嗟にパニバルは木刀を引こうとするが、指二本だけしか使っていないにも関わらずガーディの力は強く、木刀は万力で固定されたように動かない。ガーディはそのまま、ひょいと木刀を取り上げてしまった。パニバルが「くそっ」と舌打ちした。
「今日こそは一本取れると思ったのに……」
<全方位センサーがあるのでな。俺に不意打ちは通用しない。俺から一本取りたければ、真っ向勝負で来る事だ。ほら、返しておくぞ>
「む……」
そう言って、パニバルに木刀を返してやる。すると、
「とったぞーっ!!」
元気の良い声が上がった。
伸ばしたガーディの腕に、コロンが組み付いていた。
腕ひしぎ十字固めと呼ばれる関節技だ。
が、腕力や強度の関係か関節を破壊するどころかぴくりとも動かす事すら出来ていなかった。と、言うかガーディーの腕は神殿の柱のようにぶっとく、コロンが小さな体を目一杯使っても両側に回した手と手が反対側で触れ合わなかった。
<……>
ガチン、とガーディの肘関節から音が鳴る。
すると彼の肘から先、前腕部が上腕部から離れて空中に浮遊した。当然、組み付いているコロンも一緒だ。
「わ、わわわっ……!!」
いきなり浮かばされたコロンが泡食った顔になった。
<そのまま、離すなよ>
ガーディはもう一方の手でコロンの体を鷲掴みして、注意深く降ろしてやった。そうした後で、前腕を呼び寄せる。すると切り離された腕が空中を動いて、元あった場所に接続された。調子を確認するように、ぐっぱぐっぱと何度か指を動かす。
<もう少し、筋力を付ける事だな。ほら、修理しておいたからこれで練習しなさい>
そう言って、巨体の陰に隠してあったぬいぐるみをコロンに渡してやった。
「おー!!」
こうした光景の一部始終を、ヴィレムは見ていて……
<子供達と打ち解ける方法……ですか>
「あぁ、ここへ来て三日になるが……どうにも避けられてるみたいでな……」
宿舎の屋上で洗濯物を干しながら、ヴィレムがぼやいた。一緒に作業をしている少女達の腕程も太さがある指ながら、器用に洗濯物を選り分けて干しつつガーディが応じる。
「ここの子供達は大人の男に慣れてないから、どう接すれば良いか分からないのよ」
「だが、怖がられたままってのものな……ガーディ、お前はどうやってチビ達と打ち解けたんだ?」
<俺は、ずっとここに居りましたので>
次世代型聖剣は、一言で応じた。
「そうっすよねぇ。ガーディさんはあたしらの先輩の先輩の、そのまた先輩が来るよりもずっと前から、ここに居た訳っすからねぇ」
「勤続年数、およそ500年」
作業を行っていた年長組の少女二人、色褪せた金髪を獣耳のような独特の形にセットしたアイセアと、灰色の髪をツインテールにしたネフレンがそれぞれ補足する。
ガーディはこの浮遊大陸群の黎明期から稼働し続ける自律型聖剣。
故にヴィレムを除いてこの場の全員が生まれてくるずっと前からここで管理される兵器として、ここで働いていた。だから来訪者であるヴィレムとは異なり少女達にとっては、居て当然の存在として認識されているのだろう。
「……そう、ね……ずっと……ずっと前から……」
どこか奥歯に物が引っ掛かったような口調で、空色の髪と目をした少女、クトリが語った。
<何か、切っ掛けがあれば違うのでしょうが>
そんなクトリの反応を無視して、ガーディが語る。
「切っ掛けか……」
しばらく考えて……ヴィレムはナイグラートに向き直った。
「なぁ、ナイグラート。厨房を借りて良いか?」
「え? それは構わないけど……」
ヴィレムの案は、デザート作りであった。
相手を理解する為には、同じ食卓を囲めとか同じ釜の飯を食えとか、あるいは胃袋を掴めとかそういう風習や格言は500年前から言い回しは異なれど様々な国で伝えられていた。
やはり三大欲求の一つである「食」の威力は強烈であろうとヴィレムは考えたのだ。
「ガーディ、そこのボウルに卵と牛乳と砂糖を入れて混ぜてくれ」
<分かりました。攪拌を開始します>
ウィィィン……
摘まんだ泡立て器をボウルに入れると、ガーディの手首から先が高速で軸回転した。
<攪拌終了です、父上>
「……お、おう……」
こんな調子で作成した特製デザートは、結論から言うと大好評だった。
「おいしー!!」
「びれむー、もっとくれー!!」
「おかわりー!!」
キラキラと目を輝かせた少女達に囲まれるヴィレム。
昔から幼子の心は砂糖で掴むに限ると経験則で識っていたが、500年後の世界でもこれは通用する法則であったらしい。
「変わったわね」
「うん?」
「あなた、出会った時はもっとクールで退廃的で破滅的なキャラだと思ってたけど」
と、ナイグラート。
「ん……自分を見失ってただけだ。以後、気を付ける」
<……つまり、これが本来の父上という事ですか。一つ、学びました>
こちらは、ガーディのコメントである。
<そして、このデザートのレシピも学習しました。以後は、俺一人で子供達にこれを振る舞ってやる事が出来ます。お教えくださった事、感謝致します、父上>
「よせよ、恥ずかしい……そ、それにだ」
<……は>
明後日の方向を見て、少しだけ言い辛そうにヴィレムが語った。
「お前にはこれから色々教えるんだからな。一つ教わったぐらいでいちいち礼を言っていたら、キリがねぇだろ」
<…………>
しばらく沈黙して、ガーディはすっと頭を下げた。
<……ありがとう……ありがとう、ございます……父上……>
「だから良いって……」
<……父上相手であろうと、礼儀は疎かには出来ぬものですから>
こういう所は、機械らしく型に嵌まった対応だなとヴィレムは頭の片隅で思った。
<……それと父上>
「うん?」
そして次にガーディの発した言葉を受けて、ナイグラートが表情を曇らせたのをヴィレムは気付かなかった。
<明日からクトリとアイセア、そして俺はしばらくここを留守にするので……その間、子供達の相手を頼みます>