終末な(略)約束、果たしてもらっていいですか? 作:ファルメール
「はああああっ!!」
背中に魔力で編まれた羽根を広げ裂帛の気合いと共にクトリが、手にした遺跡兵装・セニオリスを一閃。
浮遊島に侵攻してきた『深く潜む六番目の獣』(ティメレ)の体を両断する。
十七種の獣達は基本的に空を飛ぶ能力を持たず、故に浮遊大陸群はその脅威が及ぶ外側、安全圏。だがひとつだけ、例外が存在する。十七種の内、六番目のティメレだけは風に舞う綿毛のように自らの体を切り離し、風に乗って辿り着いたその先で再生するというプロセスを経て、浮遊島に侵攻してくる。
そして獣に対して有効打を与えられるのは、クトリ達妖精兵が振るう遺跡兵装のみ。
そう、妖精兵の振るう遺跡兵装でしか、有効打を与えられない。
「クトリ、後ろっすよ!!」
「!!」
すぐ後ろから、牙を剥いたティメレが飛びかかってくる。
避けられないタイミング。
咄嗟にクトリは目を瞑って体を硬直させるが、しかし覚悟していた痛みは襲ってこなかった。
<大丈夫だ。俺が防ぐ>
クトリのすぐ後ろにはガーディが立ちはだかっていた。
彼が両手をかざしたそこには、シャボン玉のように光や角度によってその色彩を変える薄い皮膜が発生していて、ティメレの攻撃を防ぎ切っていた。
そうして動きが止まったそこを、背後からアイセアが彼女の聖剣・ヴァルガリスを一振り。
ティメレの特性は『肉体を細分化する』事とその破片が『高速で育つ』事の二つ。
その高い生命力は、たとえ殺した所で「生きている部分」が残っていればそこから本体が再生する程である。
だが、どうやら今回はこれで殺し切ったらしい。油断無く観察しているが、死骸が動き出す気配は無い。
<……敵性勢力の排除を確認>
通信晶石を使って、ガーディは部隊の指揮官へと報告を入れた。
一秒あるかないかのタイムラグを挟んで、返信が来る。
<了解シタ。現時点ヲ以テ、本作戦ヲ終了トスル。各自、所定ノ位置マデ後退セヨ>
<承知>
ガーディが通信を切るのと、眼前のクトリがぐらりと崩れ落ちるのはほぼ同時だった。
<おっと>
倒れる前に、ガーディが伸ばした腕がクトリの体を支えた。
「ガーディさん、クトリは? 大丈夫っすか?」
心配そうな表情で、アイセアが駆け寄ってくる。
ガーディの両目に使われている晶石が動いてキュイッと音を立てた。これは彼の両眼に仕込まれたセンサーが作動する音だ。これによって彼は呪脈視を使う者と同じ視野を持つ事が可能となる。
<筋肉の硬直と共に、ヴェネノムの流れにも若干の異常が見られる……各種バイタルは正常値の枠を出ているが……どれもギリギリ許容範囲内。これならば、5日後には戦える状態まで戻るだろう。今は、魔力(ヴェネノム)の熾し過ぎと疲労で、昏睡しているだけだ>
「……そうっすか」
安心と共に少しだけ寂しそうに、アイセアが笑った。
<帰ろう。5日後に来る本命の襲撃に備えて、クトリには十分な休息を取ってもらわねばならん。アイセア、お前も少し休むと良い。俺には休息は必要無い>
ガーディがそう言ったその時、
ギッ……
少しだけ、アイセアの目つきが鋭くなった。
「……休息は必要無い、ね……本当っすか? それ」
68番浮遊島の港湾区画。
停泊した飛空挺から、ガーディ達が下船する。
ガーディは両手に眠るクトリとアイセアを抱え、背中には二振りの聖剣を担いでいる。
既に日が暮れているが、彼の両眼には僅かな光量を増幅したり熱源を視覚化する機能が組み込まれている。活動に不自由は無かった。
雨が降っているが、しかし彼もクトリ達も、濡れる事はなかった。ティメレとの戦闘でも見せた障壁がガーディの頭上10センチ程度の位置に展開され、雨滴を遮断していたからである。
<……む>
家路に就こうとしていた所で、見知った顔を見付けた。
<おお父上、迎えに来てくれたのですか>
ヴィレムだった。手には傘を持っている。だがどうにも、顔色が冴えないようにガーディには見えた。
「あぁ……ナイグラートに言われてな」
<……>
「……」
僅かに沈黙して、先に話を切り出したのはヴィレムの方だった。
「負傷したのか?」
<いえ、疲労で眠っているだけです>
「戦ってきたのか。十七種の獣と」
<女史からお聞きされたのですか?>
ヴィレムが頷く。ガーディの視線が、両手に抱えた二人のレプラカーンに、交互に動いた。
<どこまで、お聞きされたので?>
「クトリ達は黄金妖精(レプラカーン)、今はもう滅んでしまった人間族の代わりに、人間族が残した聖剣を手にして、この浮遊大陸群を守る為に戦ってる。黄金妖精は死を恐れずにヴェネノムを振るう、理想的な兵器……そしてガーディ、お前はおよそ500年間ずっと、こいつらと一緒に獣と戦っている……こんな所だな」
<実際に戦うのは、この子達。俺は獣の足止めや、この子達のガードを行うだけです>
「……」
穏やかに、ガーディが訂正する。少しだけ、ヴィレムの目が見開かれた。
<以前に、俺は未完成だと父上にお話しした事がありましたが……あれは、単純に技術が未習得だというだけの意味ではなく、今の俺は少し壊れているという意味も含めての事です>
「壊れている?」
鸚鵡返しするヴィレム。ガーディが大きな体を動かして、首肯に近い動作を見せた。
<……経年劣化、もしくは初期段階の製造不良に伴うバグかと思われますが……この体には数多の兵器が組み込まれていますが、俺はそれを獣に対して使う事が出来ないのです>
「……そうか」
ヴィレムは半分、納得した。
ガーディから見れば旧世代の聖剣であるセニオリスやヴァルガリスですら、調整するだけでも専門的な知識を持ったスタッフが雁首並べて、十分な機材や設備が揃った環境下で行うのが常識とされていた。ましてやガーディはその次の世代の聖剣。本来、究極的には只の武器、振るわれるだけの物でしかなかった聖剣に、自ら動き、考え、戦う機構を組み込んだのだ。まるで、人間のように。
となれば、その構造も通常の聖剣とは比べものにならない程に、人間の体と同じように精緻かつ複雑なものとなっているのだろう。
それが500年動いているだけでも色々ガタが来るのは当然だし、まして製造者であるドクは完成前に死亡し、その後にラボの機械だけが自動的に動いてガーディを製造したのだ。恐らくは必要であったろう様々な調整も出来なかっただろうし、予期せぬ不具合が生じるのも当然と言えば当然だ。
一方で腑に落ちない部分もある。
「俺が知る限り、ドクはもっと完璧主義者だったんだがなぁ……」
ドクは言っていた、次世代の聖剣は最高の芸術品だと。そこまで自信満々に言い放った代物に、そんな不良箇所を残したままにするのは彼女らしくない。
……とも考えたが、彼女が手ずから製造・開発を行うならいざ知らず彼女の死後に機械だけが動いてガーディを製造したのだ。当然ながら機械はドクではない。完璧に行かなくても当たり前だろう。むしろそれでも尚500年間も動き続けさせられるほどに仕上げたのが凄いと考えるべきかも知れない。
<……直接攻撃は出来なくとも、足止めして動きを止めたり押し出して浮遊島から退去させたりは可能ですが、ティメレの切り離した肉体が浮遊島に残留してしまう可能性などを考慮すると、確実性も低く効率が良いとは言えません。よって俺は時間稼ぎやガードに専念する。攻撃を行うのは妖精兵の仕事で、場合によってはヴェネノムを意図的に暴走させて妖精郷の門を開かせる……>
「……その、妖精郷の門を開くというのは……」
<……父上なら、おおよそ、予測出来るのではありませんか?>
「……言ってくれ」
ヴィレムの表情は苦々しげで、言葉は絞り出すようだった。
<知っての通り、魔力、ヴェネノムを振るう事が出来る量には、種族による限界値が存在します。それは、肉体が崩壊しないように生命力が歯止めを掛け、魔力を抑制してしまうからです。ならば、自らの死を顧みない存在ならば……制御を度外視して、天井知らずに魔力を熾す事が出来る。そこへ行くと黄金妖精(レプラカーン)は一種の死霊、己の死を理解出来ない幼い子供の魂が現世に迷い出た存在であるが故に、死を恐れず、更にその魔力を聖剣で増幅できる。使い捨ての兵器としては、理想的な存在です>
「……そこまでは、ナイグラートから聞いてる」
<妖精郷の門を開くというのは、術者のヴェネノムを際限無く熾し、大爆発を起こす自爆攻撃……当然、その爆心地にはチリ一つ残らない>
ちらりと、ガーディが背中に背負う二振りの聖剣を振り返った。
<その妖精兵が振るっていた、聖剣を除いてはね>
「……じゃあ、お前の役目は」
ガーディは頷いた。
<妖精郷の門を開く、その妖精兵をガードし……最も効率良く獣を殲滅出来るポイントにまで、確実に送り届ける事>
「500年も……そんな戦い方を続けてきたのか」
聖剣は、再び頷く。
<残念ながら、俺たちが試みた限り、これ以上の方法を見付ける事は出来ませんでした>
ガーディの言葉の意味を、ヴィレムは良く理解していた。
「……それだけの間、お前は妖精兵を見送ってきたって事か……」
<はい>
次世代型聖剣が背負った前世代の聖剣が、僅かな金属音を立てた。
<クトリの前にセニオリスを振るっていた妖精兵は……良く笑う子でした。バターケーキが好きで、戦場から帰った後は、決まって俺にそれを作れとせがんだものです。当時のクトリもそれが好きで……良くリクエストしてきました……でも、彼女が自爆して、クトリが次の担い手として選ばれてから……彼女を思い出すだろうから……いつのまにか、俺がバターケーキを作る事はなくなりました。それからですね。昔はもっと懐いてくれたクトリが、俺に対してよそよそしくなったのは……まぁ、当然と言えば当然の反応ですが。俺は彼女の先輩を地獄に落とす、片棒を担いだのですからね>
「……バターケーキ、か……」
僅かな間、ヴィレムの目が細められて遠くを見るように焦点が揺らいだ。
<……無念です>
「無念?」
<はい。母上は仰られていました。勇者だ準勇者だなどと言っているが、所詮は世界の為に捧げられた生贄に過ぎないと……その為に、まだ恋も知らぬ少年少女が、戦場に駆り出され、死んでいく。そんな事、いつまでも許しておいてはならないと。だから母上は、俺を創った>
「お前は死んでも良いのか?」
<はい>
皮肉げなヴィレムの問いに、ガーディは即答して応じた。
<そう在れと願われて、俺は創られ、戦う為に生まれたのですから。俺が戦う事で、本来流れる筈の涙や血を引き替えに出来るなら、それで十分です>
「……」
<ですが>
錯覚であろうが、ガーディが<はぁ>と溜息を吐いたのが聞こえた気がした。
<ですがその戦うべき俺が戦えないなど……情けない>
ヴィレムが「そうだな」と相槌を打つ。
500年戦い続けてきたガーディと、500年眠り続けてきた自分。
立場は正反対だが、戦うべき時に戦えないという一点に於いて、自分達は似ていると思った。
<……父上なら何かご存じなのではありませんか?>
「ん?」
<何か、今の我々の戦い方よりも、より効率の良い戦い方があるのなら……どうか、お教えください>
「それは……」
僅かな間だけ、ヴィレムは口ごもった。
命を懸けて戦って、やっと目覚めたのは誰も自分を覚えている者の居ない世界。それだけではなく、故郷である地上もまた、今は獣が闊歩する荒れ果てた地となっている。
自分は一体何の為に戦ったのか。
そして何の為にこうして目覚めたのか。
分からないままに只生きて、蘇生処置や治療の為の借金を返し続ける日々。
ただ漠然と、寝ぼけたように生きている毎日。
だが……ここに来て、やっと。
少しだけかも知れないが……この世界に来た意味が、分かった気がした。
「分かった。協力させてもらう」
<おお……>
駆動音のような唸り声を、ガーディが上げた。
妖精二人を抱えたままで、可能な限り体を低くしてヴィレムの前に傅く。
ギッ……ギッ……
巨体から、軋むような音が鳴った。
<感謝致します、父上>
「その代わり、お前にも働いてもらうぞ。扱き使うからな。覚悟しとけよ?」
<望む所と言わせてもらいます、父上>