終末な(略)約束、果たしてもらっていいですか?   作:ファルメール

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第05話 救いを求めて

 

 94番浮遊島。

 

 森の中で、幼子の泣き声が木霊している。

 

「すっごい声。前世の感情、思いっきり引きずってる。きっと、凄く純粋な子だよ」

 

「単純で、思い込みが強いって事?」

 

「そうとも言うわね」

 

 発生したばかりの黄金妖精を、既に成体と言える年頃の二人の同族があやしていた。

 

 と、月明かりで明るかった彼女達の周りが不意に暗くなる。

 

 何かの巨きな影が、月光を遮ったのだ。

 

 レプラカーン二人は、しかし慌てずにその影の方へと目をやる。

 

<居たか、お前達>

 

「あぁ、先生。見付けました。元気な子ですよ」

 

 その影は、壁がそこに在るのかと錯覚するほど大きな人型のシルエットだった。

 

 巨人が身に纏う鎧を思わせる金属塊が、立っていた。

 

「ガーディさん」

 

 ガーディ。500年近くを駆動し続け、その稼働時間のほぼ全てをレプラカーン達と共に、浮遊大陸群に侵攻してくる獣と戦い続けている人間族が創造した遺跡兵装。

 

 同時にそれとほぼ同期間妖精倉庫にて、妖精達の実質的な世話役をも勤めている。

 

<そうか。毛布やミルクの用意は出来ているから向こうに……>

 

「おぎゃあ、おぎゃあ!!」

 

 話している間にも赤子の妖精は泣きじゃくり続けている。

 

「「あらら……」」

 

<どれ……少し、貸してみろ>

 

 ガーディが大きな手を差し出して、成体の妖精は赤ん坊をそっとその掌に乗せた。そこはとても大きくて、赤ん坊が更に二人か三人は余裕を持って乗れそうだった。

 

 大きな手は、力強さを同時に感じられる。拳を作れば、赤ん坊の柔らかそうな体などは卵のように潰してしまえるだろう。

 

<よし、よし……泣くな。怖くないぞ>

 

 宝物を扱うように、丁寧かつ慣れた手付きでガーディはその赤ん坊をあやしていく。

 

 程なくして、安心したように赤ん坊は泣き止んだ。

 

「ふぇぇ……」

 

 心なしか、赤ちゃんの顔には笑みが浮かんだようだった。

 

「ようこそ、おちびちゃん、この終わりかけでせわしなくて、そのくせ全然救いの無いこの世界に。歓迎するよ」

 

<……救いが無い、か……>

 

 ガーディは呟く。

 

 そうだ、救いなどは何処にも無い。

 

 こうして発生した妖精を保護し、育てるのもいずれは彼女達を妖精兵……使い捨ての兵器に仕立てて、獣との戦いに投入して使い潰す為だ。

 

 ここで自分と話している妖精達も、この赤ん坊にも、救われる道など最初から用意されていない。

 

 そして、自分もいつかはその機能を止める時が来る。

 

 ガーディは500年近い時間の中で、何百人もの妖精兵を見送ってきた。

 

 きっと何年か先、この子達もその中に加わるのだろう。

 

<……だがせめて……その時が来るまでは、どうか……心安らかに……>

 

 どこか祈るように、彼はそう呟いた。

 

「先生、この子に名前を付けてあげてください」

 

<名前……名前か……>

 

 しばらく考えた後、ガーディの指が赤ん坊の空色の髪を撫でた。

 

<クトリ……この子は、クトリだ>

 

 

 

 

 

 

 

 15年後。

 

 68番浮遊島の一角。時刻は夜。

 

 膝を抱え込んでいるクトリの視界が、急に暗くなった。

 

 これはこの浮遊島で暮らす者にとっては、珍しい事ではない。

 

 小山のような巨体を持つガーディが近くまでやって来ると、起きる現象なのだ。

 

<ここに居たか>

 

「先生……」

 

 ガーディが、クトリのすぐ傍に座る。巨体を誇る彼は、それでもクトリの体がその影にすっぽり入ってしまう程の高さがあった。

 

<昼間の模擬戦の結果なら、気にする必要は無い>

 

 慰めの響きは、その言葉には無かった。

 

 クトリ達が戦いから戻った後に、ヴィレムは資料室にて対ティメレとの戦闘記録を閲覧した。

 

 資料室は、ガーディが定期的に書類を整理して種類ごとに分類を行っていたので、捜し物はすぐに見付かった。

 

 出撃頻度、出撃のタイミング、彼我の戦力差、最終的な損耗率エトセトラエトセトラ……

 

 ガーディから提出されたそれらの資料に目を通し終わったヴィレムは「なんだこりゃ」と呆れたような表情になった。彼はその後でクトリが休んでいる寝室にまで行くと、魔力中毒の症状を改善する為の処置を行った。

 

 ガーディにとってはこれは目から鱗、初めて目にする技術であったが……しかしヴィレムの言を信じるならば、500年前にはありふれた技術であったらしい。特に魔力を使って戦う者にとっては、魔力中毒に対する応急処置程度は必須の習得科目であったとか。人間族が滅んでしまった現在では、失伝してしまった技術だ。ガーディからすればその技術だけでも<流石は父上>と感心するものであったが……

 

 しかしその後が、更に衝撃的だった。

 

 今朝、目覚めたクトリとヴィレムは模擬戦を行った。互いに遺跡兵装・聖剣を得物として。

 

 遺跡兵装を起動させられるのは人間と、古来より彼等の真似をしてきた黄金妖精のみ。

 

 ヴィレムが人間である事を知らないクトリからすれば、使えない武器を振り回すヴィレムなど簡単に倒してしまえると疑わなかったのだが……

 

 しかし結果は、ヴィレムの圧勝に終わった。

 

 そして教えられる事実。

 

 遺跡兵装・聖剣は使い手の魔力によって威力が変わる便利な武器などではなく、刀身に触れた相手の強大な力を利用する武器なのだと。

 

 相手が強ければ強い程に、聖剣はその力を増す。だからこそ、脆弱な存在である人間が生物界の頂点である竜種にすら届き、神殺しですら可能とする。つまり今回のケースではクトリが聖剣セニオリスを熾す為に使った力が、そのままヴィレムの物として使われる事になった形だ。

 

 そしてそれは、ガーディ自身にも適用可能な理論であった。剣の形をしていない、自分で考えて動き回るなどセニオリスやヴァルガリスとは全く違うが、ガーディとて根本は聖剣だからだ。

 

 そもそも、これらの問題は獣との戦いが始まった頃から慢性的に存在しているものだ。

 

 妖精もガーディも、聖剣の使い方を正確には理解していない。

 

 聖剣を創った人間族が既に滅んでしまった今、正しい聖剣の使い方を知る者は居ない。創り方はおろか使い方、メンテナンスの仕方、それらを知る者は誰も居ない。いや、居なかった。無論、取り扱い説明書など存在している訳がない。と、なれば後は実際に使ってみて様々な可能性を検証してみて、トライアンドエラーを繰り返すしかなかった。その上で到達した最も効率の良い方法が、妖精郷の門を開くという自爆攻撃である。

 

 軍が配備出来る妖精兵を含めた現在の戦力では、獣との戦いで確実に勝利を収める事が出来るかどうかは不安が残る。万一防衛に失敗した場合は戦場となったその浮遊島が失陥するに留まらず、そこを橋頭堡として浮遊大陸群全体が獣の脅威に晒されかねない。そこで不足している戦力を埋めて、ティメレを殺し切る為の手段として妖精郷の門を開くという切り札が用いられる。これまで試みて探した限り、それ以上の方法を見付ける事が出来なかったからだ。

 

 だが、妖精兵の通常戦力を底上げする事が出来るのなら、話は全く変わってくる。

 

 そもそも、大規模でない襲撃ならば自爆などせずとも撃退可能なのは実証済み。ならば戦力の底上げによって、それは大規模襲撃にも適用出来る筈だ。

 

 ヴィレムが見せてくれた可能性はこれまでの戦術を根底から覆す画期的なものであったが……

 

「でも、だからって……!! 怖かったのに!! 時間を掛けて、やっと覚悟を決めたのに!!」

 

<…………>

 

 いやいやするように首を振って、クトリが胸中の想いを吐き出した。

 

 特大のティメレ(正確にはその欠片)の来襲は、半年前から予知されていた事だった。そしてその撃退の為に、クトリが自爆する事も。

 

 だがその直前になって、今更それが全く無駄な事であったなどと。自分だけではない、今まで妖精郷の門を開いた妖精兵の犠牲が全て、本当はそんな事をしなくて良かったなどと。

 

 自分の覚悟も、姉達の犠牲も。

 

 ヴィレムの教えは、それらを全て否定されるに等しかった。

 

「そんなの……認められない!!」

 

<クトリ……>

 

「先生はそれで良いんですか!? 今まで死んでいったみんなが、本当はそんな事しなくて良かっただなんて!!」

 

<……過去は変えられない。それよりは未来に目を向けるべきだろう>

 

 唸り、轟くようではあるがしかし穏やかな声で、諭すようにガーディは言った。

 

<確かに、今までの子達は助けられなかった。彼女達が本当は死ななくても良かったというのなら、それはそうなのだろう>

 

 知らなかったは言い訳にはならない。見付けられなかっただけで、実際にその方法が存在していたのだから。

 

 クトリは、心のどこかでそんな方法などあって欲しくなかったとさえ思っている部分があった。他に執り得る道が無かったのなら、それしかないと諦める事が出来たのだから。

 

<だがクトリ……お前やアイセア、レン、ラーン、ノフト……そしてお前達の次の世代であるティアットやパニバル、コロン、ラキシュ、アイセア……あの子達は、死ななくていい。少なくとも、その可能性はある。俺は、それを喜んでいる>

 

「……先生……」

 

 クトリが顔を上げた。

 

 頬には、涙が伝っている。

 

 ガーディの大きな指が動いて、そっとその涙を拭った。

 

<……それに、父上とて……何の覚悟や考えも無しにこの事を教えられた訳ではない>

 

 事実、ヴィレムは模擬戦が終わると同時に倒れて医務室に運び込まれた。

 

 ナイグラートの診断の結果、彼の体は骨や腱は傷だらけ、内臓もまともに動いていなかった。ガーディが両眼に内蔵されたセンサーで見てみると、体内を走る魔力や気脈の流れも滅茶苦茶になっていた。正直、杖も使わず歩けているのが信じられない程だった。

 

 そんな体で、ヴィレムは剣を振るって聖剣の正しい使い方を教えたのだ。

 

 彼が何を思っていたのか? それはガーディには分からない。

 

 ただ、ヴィレムにとって先の模擬戦が命懸けであった事は疑う余地も無い事実ではある。

 

<クトリ、俺はお前達の覚悟や勇気を尊重する。確かに、先に散った子供達の犠牲が無駄だったというなら、それは認めざるを得ない所だ。だが、あの子達の気持ちが間違っていたとは、それはこの俺が誰にも言わさせん。言わせてなるものか>

 

「……先生……」

 

<だが、なればこそ……同じように父上の覚悟もまた、尊重せねばならぬ>

 

 立ち上がるガーディ。

 

 同時に鞄のように彼の背中に付いていたパーツが変形して、噴射口が顔を出す。

 

 内蔵された魔力炉心に火が入り、ヴェネノムが熾る。

 

 噴出される膨大な魔力を揚力・推進力へと変えて、ガーディの巨体が浮き上がった。

 

「先生、どこへ?」

 

<しばらく、ここで頭を冷やしていなさい。俺は、話をしに行く>

 

「話って誰と……きゃっ!!」

 

 爆発的な魔力噴射の余波で発生した突風を受け、小さくクトリの悲鳴が上がる。

 

 飛び立ったガーディの巨体は、夜空へと吸い込まれていってすぐに見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 護翼軍所属巡回艇『バロックポット』第二階層小型作戦室。

 

 小型と言うだけあって只でさえ狭い室内は、今は更に圧迫感があった。

 

 部屋の半分にはガーディが天井に頭頂部を擦り付けて。もう半分にはそれよりは小さいとは言え、クトリらと比較すれば遙かに大きい爬虫種の軍人がそれぞれ陣取っていたからだ。

 

<突然訪問した無礼は、お詫び致します。石灰岩ノ肌(ライムスキン)一位武官殿>

 

「構ワン、塵風ノ庵ハ、常二誇リアル者ニ開カレテイル」

 

 無骨な外見からは想像出来ない詩的な言い回しで、ライムスキンが応じる。

 

「シテ、本日ハ何用カ? 猛キ鎧ヨ」

 

<妖精倉庫の管理者として赴任した父……いや、ヴィレム・クメシュ二位技官が、妖精兵の戦い方について新しいやり方を示されました>

 

 ガーディは、単刀直入に切り出した。

 

「ホウ……」

 

 続けろ、とライムスキンは手を振って合図する。

 

<その戦い方は、今までの妖精兵の戦い方と比較して効率が良く、恐らくは勝率も飛躍的に高められるものです。妖精郷の門を開かずとも、次に来るティメレを撃退出来る……その可能性を、俺は見出しました>

 

「ウム……」

 

<だから一位武官殿、お願いがあります。もし、次の戦いで、クトリ達が妖精郷の門を開く事を拒むなら……その、新しい戦い方で勝利する事を望むなら……どうかそれを、認めてやって欲しいのです>

 

「クックックッ……」

 

 地響きのような低い声で、ライムスキンは喉を鳴らした。

 

「成ル程、我ハアノヴィレム二位技官ヲ軽ンジテイタガ……コレハ奴ニ謝ラネバナランナ。我ラトハ戦場ハ違エド、アノ男モマタ一人ノ戦士トイウ事カ」

 

 ライムスキンのその評に、ガーディは頷いた。頭頂部と天井が接触してギッと擦過音を立てる。

 

<ヴィレム二位技官は、クトリ達の中にある『諦め』と戦っておられます。もっと欲張りになれと、そう言い替えても良いかも知れません。最年長であるクトリとてまだ十と五。本来なら蝶よ花よと愛されるべき年で既に戦場に身を投じ、多くを失っているのだから>

 

「話ハ分カッタ。誇リアル鱗ノ民トシテ、我モ戦士ノ決断ハ尊重シタイ」

 

 ぐいっと、ライムスキンは煎れていた薬湯を一息で飲み干す。

 

<それでは>

 

 少しだけ、ガーディの姿勢が前傾した。

 

「ダガ、一ツ聞イテオキタイ」

 

<は……>

 

「妖精郷ノ門ヲ開クノハ、仮ニモコノ数百年、獣ノ侵攻カラコノ浮遊島ヲ守リ続ケタ実績ノアル戦法。対シテ貴公ノ言ウ新シイ戦イ方ハ、実戦ハオロカ訓練風景デスラ誰モ見テハオラヌ。ソノ実績無キ手段ニ。マシテ戦術予知ノ日マデ後三日。コノ短期間デ、三振リノ『剣』ヲドレホド鋭ク磨キ、研ギ澄マセルカ……ソレニ15番島ノ浮沈ヲ懸ケヨト、貴公ハソウ言ウノダナ」

 

<その通りです>

 

 試すような物言いだが、しかしこの時既に、ガーディは気付いていた。

 

 これまでライムスキンは種族特有の詩的な表現で妖精兵を指す時には『鏃』という言葉を使っていた。それを今は『剣』と言い替えている。

 

 『鏃』ではなく『剣』と。

 

 射て終わりの消耗品ではなく、担い手の手に握られて幾度も振るわれる命の相棒として。

 

 そう、軍の指揮官が言ってくれているのだ。ならばガーディの返す答えは決まっていた。

 

<この一件については、一切の責任は俺が取る。たとえ、俺の命に替えても>

 

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