終末な(略)約束、果たしてもらっていいですか? 作:ファルメール
68番浮遊島の外れ。
小高い丘の上で、座り込んだヴィレムは夜風に身を晒していた。彼の手には、武器庫から持ち出してきたセニオリスが握られている。
魔力を熾し、剣に流す。
「調整開始」
それに反応して、ひび割れだらけのような刀身の一部が光った。そこを軽く指で弾く。
澄んだ音が響いて、弾いたそこにあった金属片が刀身から外れて、空間に浮遊する。
その工程を繰り返して次々金属片を外していくと、セニオリスの正体が分かるようになる。
大小41の金属片を呪力線で繋ぎ、剣の形を成したもの。ヴィレムの手元には刀身に隠されていた中核の水晶片だけが残る。
41のカケラが天球を回遊する星々のように光を放ち、ヴィレムの周囲を巡り回る。
まずは聖剣の状態を把握する所から始めようと思ったが……調整を初めて数分と経たない内に「うわぁ」と呆れ声を上げる羽目になった。
数百年もまともなメンテ無しでの酷使を続ければ当然だが、あちこちの機能が歪んでいて使い物になっていなかった。金属片・護符(タリスマン)を繋いでいる呪力線もあちこち切れていて辛うじて繋がっているものも、ヘタレきってしまっている。総合評価としては、よくもまぁこれで戦ってきたという所だった。
慣らし運転の要領でタリスマンの一つ一つに、魔力を流していく。
眠っていた機能が起こされて、切れていたラインが繋がっていく。
涼やかな音がその都度、静謐な夜に響いていく。
「何してるの?」
背後に気配を感じる。振り返らずとも、それが誰かはヴィレムには分かった。
クトリだ。
「見りゃ分かるだろ、剣の調整だよ」
「使い手の許可も無しになんてことしてんのよ」
「俺はここの管理責任者だぞ。俺の許可があれば、それで良いんだよ」
けけけ、とヴィレムは笑う。
「その笑い方、似合わない」
「む……」
クトリのこの反応は、予想外だった。
「いつもの柔らかい感じの笑い方の方が、私は好き」
「そ、そうか……」
「ほら、続けてよ。今の演奏」
「演奏?」
「綺麗な音、出てたじゃない。曲は滅茶苦茶だけど」
「別に音楽会を開いてる訳じゃねぇぞ」
「だったら辻演奏で良いわよ。おひねりは無いけど」
「妙な客が来たもんだな」
調整の傍ら、そんな取り留めもない会話を続けていく二人。
と、調整に伴うヴィレムの演奏に不協和音が混じった。
何かの噴射音のようだ。
特等席で聞いていた折角の音楽を邪魔されて、クトリは少しだけ不快そうに顔を上げた。
見れば夜空に星とは違う、何か別の輝きが落ちている。
その光は、段々と大きくなってきている。近付いてきているのだ。
ある程度の距離まで接近すると、月と星の光で全体像が見えてきた。ガーディだ。背中の噴射装置で空を飛び、こっちへ向かってくる。
彼我の距離がシルエットが分かる程度に詰まると、ガーディは速度を緩めてホバリング状態へと移行。丘に生えた雑草が、風圧で波立つように揺れた。
「よう、遅かったな」
「先生」
<ライムスキン一位武官と、話をしてきました>
単刀直入に、ガーディが切り出した。これは予想の範疇であったらしい。ヴィレムにもクトリにも、驚きの色は無い。
<クトリ>
人型をした聖剣は、黄金妖精へと向き直った。
「はい、先生」
<もし、次の戦いでお前が望まないのなら……妖精郷の門を開かなくても良いと、返事をもらってきた>
「……!!」
ガーディがそのように掛け合う事までは考えていたが、ライムスキンがそれに許可を出すのは意外であったらしい。
「良いんですか? そんな事……」
<一位武官殿は戯れ言を口にされる方ではない。かの御方は確かに仰られた。クトリ、アイセア、レム。3名の覚悟と伸びしろに、15番浮遊島の浮沈を懸けると。それに、いざという時の責任は俺が取る。お前は、自分のしたいようにすれば良い>
「責任重大ですね……」
頷いたクトリは、ヴィレムへと振り向いた。
「ね、私強くなれる?」
「嫌だって言ってもそうしてやる。俺は管理者だからな」
「そう言うと思った。じゃあ、折角だから管理者さんに言っちゃおうかな。強くなんてなりたくなーい!!」
「おまっ……ここは素直になって、涙ぐむ所だろ」
「目一杯素直にしてるわよ。そんくらい気付けバカ」
「……ったく」
呆れたように、ヴィレムは溜息を一つ。そうして調律が終了して、タリスマンの金属片が一点へと集まって再び剣の形を成した。そうした所で彼は、今度はガーディに向き直った。
「ガーディ」
<はい、父上>
「お前もメンテが必要だろ。見せてみろ。体を構成する機械は俺じゃあどうにもならねぇが……形は違っても聖剣なら、中枢部の基本構造は同じ筈だからな」
<……分かりました>
ガーディはしゃがみ込んで大きな体を可能な限り小さく畳むと、動きを止める。同時に彼の胸部が正中線から絡繰り仕掛けの時計のように観音開きになった。目に当たる部位の、光は消えていた。
「わぁ……」
覗き込んだクトリが、感慨深げな表情になった。
それなりに長い付き合いの彼女をして、初めて見るものなのだろう。無理も無い。開発者であるドクは勿論の事、人間族が居なくなってから現在に至るまで、聖剣のメンテが出来る者など居なかっただろう。
「おぉ……」
ヴィレムも、目を丸くしている。
ガーディの胸部、その内側は、先程セニオリスを調律していた時と同じく極小の金属片が数十個も浮遊していて、それらが描く球形のほぼ中心部には人魂のような二つの光が漂っていた。あたかも太陽と、それを巡る星の動きを模した天球儀のようだ。
注意深く、恐る恐るという手付きでヴィレムはそこに手を入れ、調べていく。そうされていても、ガーディはぴくりとも動かない。ただの石像と化してしまったかのようだった。
「先生の体って、こうなってたんだ……」
「これは『寝違えても首が痛くならない』タリスマン。その隣のが『ツボを押した時の疲労回復効果が2割増しになる』、逆隣が『卵料理を焦げ付かせない』タリスマンだな。基本はセニオリスや他の聖剣と同じだ。一つ一つは日常生活で便利だったりする程度だが、それらを組み合わせる事で全く違う効果を発揮するのさ」
「へぇ……」
セニオリスは聖剣の中でも最古の一振り。
後発の工房生産の量産型とは違い、戦場で奇蹟のような組み合わせによって偶然的に産み出されたものだと、ヴィレムはそう聞いていた。
そこへ行くと、姿形は似ても似つかないがガーディは帝国兵器開発部門の最高責任者であったドクが手がけた最後の聖剣。言わば『最新の聖剣』であるのだろう。
また、その骨子は十分な設備が整った中央工房にて、偶然ではなく隙の無い理論の下で組み上げられた筈だ。そういう意味でもセニオリスとは全く完全に対を成す存在だと言える。
何より、ヴィレムの目を引いたのが球の中央に浮かぶ二つの光だった。
「これが魔力炉か……人造魂魄が使われてるな……」
「それって……?」
「魔力ってのは、術者の生命力と密接な関係を持つ。ごくごく簡単に言えば、生命力と反比例するんだな」
生命力が強ければ、生きる為に魔力を押さえ付けるので強い力を振るう事が出来ない。逆も真なり。自身の生命に固執しない歪な在り様の命ならば、自身を顧みずに魔力を際限無く熾せるが故に、天井知らずに強い魔力を発揮出来る。だからこそ死霊であり厳密には『生きていない』黄金妖精は、自らの生に執着せず魔力を暴発させる事も厭わない理想的な兵器足り得るのだ。
ガーディはその思想を更に発展させた到達点と言える。『物』である彼には、生や死という概念自体が存在しない。故に完全に制約無く、魔力を熾す事が出来る。
ただし、完全に只の物体ではそれこそ魔力を熾す事が出来ない。そこで仮初めの命として、人造魂魄が用いられているのだろう。だが、作り物の魂は500年の時の流れには耐えられない。
ヴィレムの知る限り、当時の帝国の技術水準では人造魂魄が劣化せずに品質を保てるのは精々数年が限度との事だった。
本来なら。
「ほら、ここ見てみろよ。この二つのタリスマンを」
「この二つ? そう言えば、同じような形をしてるわね?」
「これは二個で一対のタリスマンでな。『一方がもう一方を監視・修正する』って特性がある。だからドクは、こいつの炉心に二つの人造魂魄を使ってんだ」
「??? つまりどういう事?」
ちんぷんかんぷんという顔のクトリは、首を傾げるばかりだ。
どう説明するか、少しヴィレムは考える素振りを見せる。
「一方の魂が、もう一方に何か異常を見付けたらすぐに修正するって事だ。そうして、魂の劣化を防いでたんだな」
それがガーディが、500年に渡って動き続けている理由の一つだった。
「だが、それでもノーメンテで動きっぱなしだからな……よくもまぁ、これで戦ってきたもんだぜ」
ヴィレムは注意深く、手術するようにガーディの胸に手を入れると調律を進めていく。
この作業工程は、クトリが素人目で見ているだけだが先程のセニオリスの時よりも随分とスムーズに進んでいるように見えた。
そして実際にそうだった。
どちらかと言えばガーディに使われているタリスマンの組み合わせは、ワンオフ物のセニオリスよりは量産型であるパーシヴァルシリーズやその発展型のディンドランシリーズに近いように、ヴィレムには思えた。組み合わせそれ自体も、構造が単純化されている。これは臨時のメンテを容易にして信頼性を向上させようという、現場からの意見が反映させた結果なのだろう。
結局、セニオリスよりはずっと短い時間で調律は完了した。
「よし……」
頷いて、胸の蓋を閉じてやる。
数秒の間を置いて、晶石で作られたアイセンサーに光が点った。
メンテ中は微動だにしなかったガーディの体がぶるっと震えて、再起動し立ち上がる。
「どうだ? 違和感は無いか?」
<……>
調子を確かめるように、ガーディは関節を屈伸させたり拳を作ったり開いたりする。
ギシッ……ギシッ……
金属の体から、音が鳴った。
<問題ありません。父上……今までよりも、ずっと円滑に動きます>
「呪力線を繋ぎ直して、魔力の流れを修正したんだ。あちこちで魔力詰まりが生じていたから、それも取り除いておいた。俺には分からない所も多いが……まぁ、今までよりはずっとましに戦えるだろ」
<感謝します、父上。これで俺は、まだ動ける。まだ戦えます>
深々と頭を下げると、ガーディは体を低くして視線の高さを可能な限りクトリと合わせた。
<クトリ>
「はい、先生」
冷たい金属の手が、黄金妖精の頭に乗せられる。
<お前には、多くの可能性、多くの選択肢、多くの幸せがある。この先の未来にな。だから、それを掴み取る為にも>
その言葉を、ヴィレムが引き継いだ。
「あぁ、必ず生きて帰ってこい」
セニオリスが、手渡される。今代の担い手へと。
「任せといて」
そして、三日後。
長いとは言えなかったがヴィレムによる戦闘訓練と各人の聖剣の調整が終了して、出発の時がやってくる。
クトリ、アイセア、ネフレン。
妖精倉庫に残っていた全ての成体妖精は、それぞれ軍服の上に装甲を纏い、大剣を背負う。
68番浮遊島の港湾区画。停泊した護翼軍所属巡回艇『バロックポット』から伸びた昇降口にはライムスキンを初め、舟を動かす護翼軍の武官技官がずらりと勢揃いしている。これはライムスキンの意向によって行われている閲兵式だ。極めて略式ではあるが、兵器とは言え、少女の身でありながら同じ戦場に立つ者への彼なりの敬意だった。
「んじゃ、行ってくるっすよ!!」
「……ん」
アイセアとネフレンはいつも通りだ。一方はいつも通り快活で、一方はいつも通りマイペースだ。
クトリだけが、無言のまま振り返りもせずタラップを上り、艇の中に消えていく。
ガーディは、3名全員が飛空挺に乗り込んだのを見届けると、見送りに来ていた面々に目をやる。
まずは妖精倉庫の子供達に。
<またしばらく留守にする。皆、良い子にして俺達の帰りを待つようにな>
「おー!!」
「任せたまえ」
「ガーディさん、先輩達をお願いします」
「あの……どうか、無事で帰ってきてください」
<うむ……>
そうして一人ずつ頭を撫でてやると、最後にナイグラートと向き合った。
<では、行ってくる。女史はまたしばらく、皆の面倒を頼む>
「ええ、それは分かっているわ。でも……」
ナイグラートは、言葉に詰まって目を伏せた。
こうして出発を見送った妖精兵が、二度と帰らない。ナイグラートは妖精倉庫の管理者の一人として、幾度もそれを経験してきた。喪失の痛みは、何度味わっても慣れる事が無い。
彼女の気持ちは、ガーディにも理解出来る。獣を直接攻撃出来ない彼の戦闘に於ける役目は、妖精郷の門を開くレプラカーンを、自爆攻撃が最大の効果を挙げられるポイントへと送り届ける事。彼はこの500年、妖精達が散る所を、誰よりも近くで見続けてきたのだ。
それは、今回も繰り返される筈の作業、ルーチンワークだった。
その、筈だった。
<大丈夫だ、女史。今回は違う>
ヴィレムが、軍側の兵器管理者として赴任しなければ。
当のヴィレムは、見送りには来ていなかった。ナイグラートにはそれが不満のようだったが、ガーディが<父上は祝勝会の用意で忙しい>と取りなした。
<クトリ達は、必ず俺が責任を持って守りここへと帰す。安心して、帰りを待っていてくれ>