終末な(略)約束、果たしてもらっていいですか?   作:ファルメール

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第07話 15番浮遊島の戦い

<お前達、帰ったらしたい事はあるか?>

 

 飛空挺のカーゴルームで、その空間の3分の1を占有するガーディが対面の座席に腰掛けて待機しているレプラカーン3名へと尋ねた。

 

「どうしたんすか、ガーディさん。急に」

 

 出撃を控えて、普段通りに振る舞っている……正確には振る舞っているフリをしているアイセアが尋ねてくる。

 

 心拍数が普段よりも早く、視線がキョロキョロと動いているのをガーディは見逃していなかった。

 

<いや……他意は無い>

 

 ガーディの首が、360度旋回した。

 

<父上から教わった事だ。帰りたい理由が無い者よりもある者の方が、統計的に死地から生還する確率が高いとな>

 

 例えば故郷に婚約者を待たせている兵士などだ。

 

 ガーディにも理解出来る部分はある。500年の時間の中で心理学も勉強したし、実際に黄金妖精達の他に護翼軍の兵士達も延べ何千人と見てきたが、その中には本当に指を詰めてでも糞を食ってでも生き延びてやろうという気力を見せて、奇蹟にも思える僅かな確率を現実にする所を見せた者も何人か居た。

 

「そうっすねぇ……」

 

 腕組みしてアイセアが天井を仰ぐ。

 

「あたしら妖精兵は所詮は兵器、使い捨ての命っすからねぇ……」

 

 今回はクトリが妖精郷の門を開けて自爆する予定だった。そして、アイセアやネフレンもまた遠くない未来に同じ運命を辿る筈だった。

 

 そう、その予定だった。

 

「でも、今ならそうしなくて良い」

 

 ネフレンが、ぼそりと一言を加えた。

 

 短い期間ではあるが、ヴィレムから聖剣の正しい使い方、それを使った戦い方を教わってきた。

 

 それは今までの自分達からは、想像も出来なかったものだった。

 

 そして実際に、効率良く戦える事も分かった。

 

 これならば、あるいは。同じ想いが、クトリ、アイセア、ネフレン。3名の妖精兵の中に生まれていた。

 

 勿論、ガーディもそうだった。

 

 機械である彼には元来生の執着などは無いが、同時に無駄な事もしない。

 

 死ぬ(彼の場合は壊れる)為に戦う訳では無い。

 

 生き延びていれば、それだけ長く世界と未来を衛る為に戦える。それは彼にとって意義のある事には違いなかった。

 

「ひとまずは、帰ってもう一度ガーディさんの料理を食べるのを目標にしましょうかね」

 

「読みたい本も、沢山ある」

 

<クトリはどうか?>

 

 尋ねるガーディだが、すぐに<いや、愚問だったな>と言い直した。

 

 彼女に関しては、戦う為のモチベーションは既に決まっている。

 

 ヴィレムの作るバターケーキを食べに帰る事。

 

<……まぁ、そういう事にしておこう>

 

 頷くように、首を動かすガーディ。そして立ち上がる。

 

 ほぼ同時に艦内放送が入って、スピーカーからライムスキン一位武官の声が聞こえてくる。

 

<間モナク戦闘領域ニ入ル。各員、出撃態勢ヲ整エヨ>

 

「そいじゃ」

 

 ヴァルガリスの柄を握り直すアイセア。

 

「……ん」

 

 インサニアを担いで、ネフレンが立ち上がった。

 

「行きましょう」

 

 セニオリスを鞘から抜き放ったクトリが、未だ開いていないカーゴの搬出口を睨む。

 

<……>

 

 僅かな沈黙。

 

 そして室内のランプが緑から赤へと変わり、一拍遅れて僅かに錆が入った機械音と共に搬出口が開いて、入ってきた突風が妖精兵の色とりどりの髪を揺らす。

 

 露わになった15番浮遊島には、既に無数のティメレが蔓延っていた。

 

 半年程前から、特大のティメレの欠片がこの島に漂着するのは予見されていた。今現在、町を襲っている無数の獣たちはその欠片が成体となり、更にその成体が肉体から欠片を切り離してその欠片が成長して、更にその成体から欠片が切り離されて……と、ねずみ算の早さで増え続けた結果なのだろう。

 

<では、訓練通りにかかれ。出撃>

 

 機械らしい無機質な声でそう言い放つと、機械人形は空へと身を躍らせる。

 

 僅かな間だけ自由落下して、そしてすぐに背中のブースターが作動して圧倒的な推進力で巨体に無理矢理揚力を与える。

 

 続いて、クトリ達も飛び出した。レプラカーン達は背中に魔力で編まれた羽根を広げて、ガーディよりはずっと滑らかかつ軽やかに飛翔する。

 

 距離が近いティメレの何体かが、牙を向いて襲い掛かってくる。

 

<させぬ>

 

 ガーディが手をかざし、そしてこちら側と向こう側を隔てる障壁が発生して全ての攻撃を防ぎ切った。

 

 今までは単純に自らの魔力炉から産生されるヴェネノムによって発生させていたバリアーであるが、今はティメレの力を受け、それを利用する形で使っている。

 

 ヴィレムの薫陶を受け、それによって知った戦い方で実戦での試用はこれが初であったが……

 

<いける>

 

 ティメレは爪を引っ掻いたり噛み付いたりして壁を突破しようとしているが、バリアーはほんの数ミリの厚さも無いというのに岩山がそこにあるかのように小揺るぎもしない。

 

 そうしてティメレの動きが止まったそこを、

 

「もらった!!」

 

 接近してきていたクトリが斬り捨てた。この辺りは、ヴィレムが来る前から使われていた戦闘パターンだった。

 

 しかし、やはり戦闘効率には雲泥の差があった。今までよりもずっと短い時間、ずっと少ない消費で、クトリを先頭にした3名の妖精兵はティメレを処理していく。

 

<皆、ザコには無駄な労力を掛けるな。本命の為に力を温存しておけ>

 

「「「了解」」」

 

 浮遊島の一角に陣取っている一際大きなティメレを睨みつつ発せられたガーディの指示に、クトリ達から気持ちの良い返事が返ってきた。

 

 背後を見れば、着陸した飛空挺からも銃や火炎放射器を持った兵士達が次々に出撃してきていて、また砲兵は大砲を設置して攻撃に取りかかれる準備を進めている。

 

 ティメレの特性は体を分離して風に乗って浮遊島にまで侵攻出来る能力と、常軌を逸した再生力にある。仮に首を切り落とすなどして殺す事が出来たとしてもその体に「生きている部分」が少しでも残っていれば、そこから総体を復活させるなどという芸当だって、当たり前のようにこなしてくるのだ。

 

 よってティメレとの戦いでの勝ち筋は二つに絞られる。

 

 一つは妖精郷ノ門を開く、つまり聖剣を所持した妖精兵が魔力を暴走させての自爆攻撃によって一瞬の内に跡形も無く消し飛ばすか。

 

 もう一つは連続攻撃によって再生を上回る速度でダメージを与え続けて、最終的に生命活動を不能にさせるか。

 

 今回、妖精郷の門は開かないと決めている。ならば手段は一つだが、しかしこれは性質上、戦いは長期戦を余儀なくされる形となる。しかも機械であるガーディは兎も角妖精兵はそれほどまでに長時間戦い続ける事は出来ないので、護翼軍の援護も不可欠となる。

 

<長い戦いになるか……>

 

 

 

 

 

 

 

 ガーディの予想通り、戦いは半月に渡って続いていた。

 

 疲労せず、高い防御力を持つガーディを先頭として、クトリ達がティメレを攻撃・掃討し、体力・魔力が限界に達したら下がって一時休憩。

 

 休憩している間は護翼軍が飽和攻撃によって足止めを行って、倒せないまでも再生を少しでも遅らせる手筈となっていた。

 

 今の所、この作戦は上手く運んでいる。

 

 ティメレは倒す度に姿を変えて再生し続けるが、僅かながらしかし確実にその生命力に、翳りが見えてきたようだった。

 

 聖剣による攻撃は、確実に効いている。

 

 まだ決着は付いていないが、しかし従来の戦い方では、ここまで戦い続ける事それ自体がそもそも不可能であったろう。こうしていられるのも、ヴィレムの教導あればこそだ。

 

<このまま押し続ければ、勝てる>

 

 明晰な人工知能は、その結論を既に弾き出していた。

 

 このまま行けば勝てる。

 

 つまり、このまま行かない場合は勝てない。

 

 今の所は優勢を保っているが、しかし過去のティメレとの戦闘記録を参照して、かつガーディと妖精兵3名の戦力を総合評価したヴィレムの予想では勝率は五割をやや上回る程度だろうという見立てだった。

 

 何か不確定要素が入ってくれば、この優勢はすぐに覆されるだろう。

 

<……何も起こるなよ……>

 

 ぼそりと、そう呟いた時だった。

 

「うぁっ……何これ……!? 私の中に誰か入って……!!」

 

 これまで3人の中で最もめざましい働きを見せていたクトリが、がっくりと力なくくずおれたのだ。

 

「クトリ……クトリ」

 

 すぐ傍に飛んできたアイセアが声を掛けるが、クトリの意識は朦朧としているようだった。反応が返ってこない。

 

<クトリ!!>

 

 ガーディが肩を掴んで強く声を掛けると、クトリは漸くはっと顔を上げた。

 

「せ、先生……」

 

<目を見せろ>

 

 有無を言わさぬ語気の強さでそう言うと、頭を掴んでやや乱暴にクトリの顔を上げさせる。

 

<やはり……!!>

 

 本来は深い蒼色をした瞳は、今は紅く染まりつつあった。

 

「これは……」

 

「前世の侵食……っすね」

 

 黄金妖精は己の死を理解出来ない幼子の魂が現世に迷い出てきた、一種の死霊。

 

 彼女達はその在り方故に、前世の何者かの記憶や人格に当世のそれが塗り潰される『侵食』を避けられない宿業として種族的に抱えている。

 

 とは言え、これは兵器として消費される妖精兵にはさほど重視されない問題ではある。個人差もあるが前世の侵食が始まるのは平均して発生から二十年が経過するぐらいからで、そもそもそこまで長生きするレプラカーン自体が稀少であるからだ。

 

 クトリは発生からまだ15年程度。年齢から言って侵食が起こるには早いが、セニオリスの担い手として妖精兵のエースとして戦い、強くかつ高頻度で魔力を熾していたのが侵食を加速させたのだろう。実際に、黄金妖精の生態を記録したデータの統計からは、そうした傾向が伺えた。

 

<こんな時に……!!>

 

 この時のガーディは僅かながら愚痴るような口調だった。

 

 何も起こるなと祈っていた所に、いきなり不確定要素が起こった。

 

 だが、すぐに思考を切り替える。この500年間で、楽な戦いなど一度も無かった。失敗も不確定要素の発生も、全て織り込み済みではある。むしろ全てが作戦通りに進む事の方が珍しいぐらいだ。

 

<兎に角、クトリは一度後方に下がらせて……>

 

「……そうしたい所っすけど先生……どうやらそれも難しいようっすよ」

 

<何だと?>

 

「あれを……」

 

 ネフレンが指差す先では、植物の蔓が絡み合ったような形態を成したティメレの中から、巨人の上半身にも見えるヒトガタが這い出てきていた。

 

「何あれ……?」

 

「もう一体のティメレ……?」

 

「違う」

 

「戦術予知はティメレが複数攻めてくるなんて言っていなかった。ティメレの侵攻に限って、予知は絶対」

 

<ならばあれは、未知の獣という事になるな>

 

「なんでそんなもんが、この局面で生えてくるんすか?」

 

<なんでも何も、この際関係無いだろう>

 

 ガーディは頭を掻き毟りながらのアイセアの訴えを、一言で切り捨てた。

 

 理由も経緯も、どうでも良い。

 

 重要な事は、ティメレとの戦闘しか想定していない所にティメレ以外の獣が現れたという、その一点のみだ。

 

 戦場で想定外の事が起こる。こんな時、原則から言えば執り得る戦術は一つだ。

 

<撤退スル>

 

 各人が携帯する通信用の晶石から、現場指揮官であるライムスキンの声が響く。

 

 予想外の事が起こったら撤退する。不確定な要素は排除する。行けると思ったら徹底的に押して、少しでも不利だと思ったらすぐに救援を求める。

 

 良い指揮官と悪い指揮官を隔てる一線は、究極的にはその判断が出来るかどうかだ。そしてライムスキンは、間違いなく良い指揮官の側に立つ人物だった。

 

「いやいや、撤退は良いとして、浮遊大陸群が浮いていられるのは、獣が空を飛べないからっすよ!? それがこんな近くに巣を張られたら、世界の終わり待ったなしっすよ!!」

 

<……>

 

 世界と、未来を衛れ。

 

 ガーディの中に、母の声がリフレインする。

 

 それは彼にとってヴィレムの言葉以上に、全てに優先する至上命令だった。

 

「こんな所で……!! バターケーキを食べに帰るって、約束したんだから!!」

 

 石畳に突き立てたセニオリスを杖にして、クトリが立ち上がった。

 

「だから……世界に終わってもらっちゃ、困るのよ!!」

 

「クトリ、今、これ以上魔力を熾したら……!!」

 

 同僚の体を支えつつアイセアが制止するが、クトリはそれを振り切って今にも飛び出していく勢いだ。

 

 形は違うが、世界を守る為の確固たる理由が彼女にも在るのだ。

 

<……>

 

 ガーディが、通信晶石の機能を作動させる。

 

<一位武官。作戦がある>

 

<……猛キ鎧ヨ、ソノ策ノ成算ハイカホドニナル?>

 

<恐らくは五分と五分>

 

 それは成功するのと同じ確率で失敗する、最も危険な確率だった。

 

<やらせてくれ。責任は俺が取る>

 

<……ヨカロウ。任セル。軍ハ撤退準備ニ入ル>

 

 少しの間だけ、ノイズ混じりの沈黙が落ちる。

 

<死ヌナ>

 

 その一言を最後に、通信は切れた。

 

「……で、ガーディさん? その作戦ってのはどんなものなんすか?」

 

<やり方はシンプルだ。クトリに、後一度、後一度だけ、セニオリスを振るってもらう。どうすれば良いかは……見ていれば分かる>

 

 言葉の終わりを待たず、ガーディはブースターを噴かせて飛翔すると、一個の巨大な砲弾と化してティメレともう一体の獣の融合体へと突進した。

 

 そのまま、激突。

 

 ガーディは何かのバグによるものか直接獣を攻撃する事は出来ないが、攻撃する以外の事は出来る。

 

 巨体ではあるが、それでもティメレの数十分の一もないガーディの体が、しかし聖剣としての特性によってティメレともう一体の獣の力を己のものとして得た桁外れの推力によって、獣の巨躯を下がらせていく。

 

 今は植物のような形状を取っているティメレの、島に張っていた「根」に当たる部分が引っこ抜かれて、どんどんと後方へと押し出されていく。

 

「成る程、その手があったっすか!!」

 

「確かに……これなら浮遊島への被害は最小限に、獣を排除出来る」

 

 ガーディの意図は、すぐに分かった。

 

 獣を浮遊島の突端部にまで押し出して、その状態で島の一部だけを切り離して地上に放逐する作戦だ。

 

 作戦目的を理解したアイセアとネフレンが、飛び回りながら未だ地面に未練がましくくっついている「根」を、次々切断していく。

 

 とうとう、岬の先、浮遊島の崖っぷちにまで獣は追い詰められた。

 

 しかしそこで、ティメレは再生させた無数の根を地に下ろして体を固定してしまう。

 

<むう……>

 

 ガーディの押し出しも、ここで勢いが止まってしまった。

 

 それでも、僅かに彼の力が強い。このまま続けていれば、この巨大な獣は島から押し出せるかも知れない。

 

 が、それよりも早くティメレは体を切り離して欠片をあちこちの浮遊島へと飛ばすだろう。

 

 そうなったらもう全てが手遅れ、何もかもが終わる。

 

 故にそれよりも早く次の手、最後の一手を打つ。

 

<クトリ!!>

 

 蒼髪をした黄金妖精の頭の中では、声が絶え間無く響いている。

 

『燃え上がる道しるべ』『丸い虹』『でたらめな音を奏でるカスタネット』『金と銀のメッシュの毛並みの猫』『縦に回る車輪』『柄の無い両刃のナイフ』『山のように大きな手袋』『塔の上から吊られた男』

 

「黙れ!!」

 

 それら全てをかき消すそうとするように、クトリが絶叫する。

 

 聖剣の刀身全てが強く輝き、切っ先にその光の全てが集約されていく。

 

「私は絶対に帰るん」

 

 加速して、光の矢となったクトリが聖剣を振るう。

 

 彼女の、最後の一太刀。

 

「だああああああああああっ!!!!」

 

 ケーキにナイフを通すように綺麗に浮遊島の一角が「本体」から切り離され、浮力を失って重力の鎖に絡め取られる。

 

 足場が崩落していく中で、巻き込まれて落下するティメレは手当たり次第「蔦」を伸ばして15番浮遊島に貼り付こうとするが、取り付くより早く飛来したアイセアとネフレンが、全てを切り落とした。

 

 全ての力を使い果たして、背中の幻像の羽根さえ消失させて落ちていくクトリの体を、ガーディが空中で掴まえて抱き留めた。

 

「あ……先生……」

 

<喋るな、クトリ>

 

 僅かな間、落ちていたのだろう意識を覚醒させてクトリが呼びかけてくるが、ガーディに制された。

 

<良くやった。今は、眠れ>

 

 そう言ってクトリを抱え直すと、ガーディはすぐ後ろまで来ていたアイセアとネフレンに向き直った。

 

<お前達も良くやった。任務完了せり。帰還する>

 

「了解っす!!」

 

「分かった」

 

 一機の機械人形と二人の妖精兵は、空を懸けて15番浮遊島上空に待機している飛空挺へと向かっていった。

 

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