「お父さんの、バカァァァァァアアアアアアアアアアア!!」
「あぁ、そうか!! じゃぁ出て行け!! 今すぐ出て行け!」
「わかったわよ! この偏屈!!」
「その偏屈の子供が何言ってんだよ!!」
とある親子の会話である。父親はボサボサの黒い髪とメガネを掛けていて、くすんだ赤い瞳をしている。対して子供である少女は紫色の髪と黒い瞳、垂れ下がった瞳が今日は珍しく吊り上っていた。
扉を大きく鳴らして出て行った少女を追うこともせずに父親はため息を吐いた。額を掴むようにして深く椅子に腰掛ける。その左手の甲には黒ずんだ真っ赤な石が埋まっていた。
「というわけで、泊めてください」
「いや、え、ちょ」
ティアナ・ランスターは焦っていた。
今日は珍しく目覚まし時計よりも早く起きたし、卵を割れば二つの黄身が出てきたし、自販機の当たりも出たし、仕事も珍しくトントン拍子に終わっていて今日は定時で帰れる。と今年の運を全部使ってしまう程にイイ事があったのに対し、この仕打ちだ。
正直、勘弁してほしい。
というのが彼女の率直な気持ちだった。
というものの、彼女は過去にいた隊……もちろん、それは自分の人生においてとても重要だった経験なのだけど、その隊に所属していた時に目の前で土下座をしている少女の親にこれでもかと言うほど徹底して潰されたのだ。才能とかはすべて全否定するクセに努力だけはしっかり認めてくれる教官としてはとてもいい人物なのだけど、生憎その性格はとてもじゃないが好きになれなかった。
今も尚、この少女がその教官がどこからか攫った存在ではないのだろうか。と勘繰る程、信じられないのだ。
ともかくとして、職場のデスクに連れて来られたいたいけな少女を土下座ざせているティアナは条件はともかくとして傍目には完全に悪役だった。
狼狽しつつも思考をどうにか戻して、深呼吸をしたティアナはしっかりと言葉を選らんで口を開いた。
「と、とりあえず顔を上げて、ミスズちゃん」
「はい……ごめんなさい」
ミスズ。日本語、漢字で書けば御鈴。正式にフルネームを書き出せば、ミスズ・ツキムラ。とある陸戦魔導士と非魔法関係者との間に生まれた子供であり、現在8歳。
St.ヒルデ魔法学院の初等か四年生の見た目は至って普通の少女だ。内包している魔力は何かの悪戯なのか膨大で、その力の使い方、体の動かし方を徹底して教えられている事を除けば、本当にどこにでもいる至って普通の魔法少女だ。
そしてそんな至って普通ではない魔法少女に頭を下げられた凡人であり秀才であるティアナは心で頭を抱えた。
どうして泊めてくれなんて、と聞いたところでどうせあの親から逃げたとか、単なる気分だとか、そんな他愛のない理由が飛び出てくるんだろう。もしも一大事ならば、自分ではなくてもっと上の人間、それこそなのはさんや叔母であるフェイトさんかアリシアさんがいるのだ。
つまり、一大事ではなくて、その程度の理由でどうしてか私を頼ったのだ。こうして色々考え抜いた末、ティアナの疑問が口から出てくる。
「どうして私なの?」
「一番チョロ、げふん、ティアナさんしか頼る人しかいなかったんです!」
「…………ぁあ、そう……」
ここが職場でなければ蹴飛ばして自宅に帰しただろう。きっとその事も折り込み済みで少女は図太くも言ってのけた。
もちろん、ティアナはため息を吐き出した。それはもう盛大に吐き出して、人には聞こえないように彼女に念話のパスを開いた。
『一日だけよ』
『大丈夫です。それまでには片をつけます』
泣き顔でティアナの足に抱きついた少女はそう淡々と念話で言ってのけた。ティアナはあの親だからなぁ、とどこか諦めの境地に立っていた。
「彼氏もいなさそうで、一人暮らしで、尚且つ困った人がいると手を出さずにはいられない、そんな人がアナタです」
「ねぇ、殴っていいかしら?」
「カウンターを喰らう覚悟があるのなら、どうぞ」
この子狸め……。
自宅へと帰ってきたティアナ。そして連れられたミスズは「意外に」という単語をつけて綺麗ですね、なんて言ってのけたのだけれど、それはいいだろう。
珍しく、幸運なことに困った子供がいるから残業もなく定時少し前に帰宅することが出来たティアナ。幸運の連続の代償にしては少し大きすぎるぜ、神様。なんてぼやいても、代償は払われている。
淡々と、まるで当然のように冷蔵庫を開けて今ある食材を確認して料理をしている最中に、もう一度、一対一という条件で先ほどの疑念を問えば上記の様に答えるのだ。正直者の少女である。尤も、理由が失礼にも程があるのだけど。
そんな彼氏も居らず一人暮らしでお人よしと言われたティアナは小さな体で料理をしている少女を見つめた。以外とチョコチョコ動いて可愛いかもしれない。
「襲うともれなくロリコンのレッテルが貼られますよ」
と振り返る事もなく言ってのけた少女。やっぱり可愛くなかった。
簡単な野菜炒め、元々ビールを飲んでいたティアナに合わせて少し塩気の強い味付けのソレを二人で摘みながら、ようやくティアナは元々あった疑問を少女にぶつけた。
「で、どうして家出なんか?」
「お父さんが悪いんです」
「いや、確かにあの人が父親をしてるなんて私も未だに想像出来ないし、アナタを最初に見たときにあの人に手錠を掛けてどこから攫ってきたんですか! なんて言ったけど」
「その時点で察してください」
「……そうね。で、ユウさん……じゃなくてもスズカさんには私の所に来るって事は?」
「言うわけないじゃないですか……どうしてかお母さんはお父さんにゾッコンラブなんですから」
「その年齢の子供からゾッコンラブなんて言葉が出てくるなんて思わなかった」
「文句はお父さんとアンヘルちゃんにどうぞ」
「死ぬからやめとくわ」
溜め息を吐き出して、缶ビールを煽る。それほど仕事をしてはいなかったけれど、今日は缶ビールが美味しいぜ、畜生……。なんて思ったティアナとパクパクと遠慮もなしにご飯食べていくミスズ。
彼女の父親……ユウ・ツキムラという元管理局所属陸戦魔導士、階級は准将。勿論、陸士だけの功績ではなくて、彼が科学者としてあげた功績も相まって僅か二年という月日でそこまで上り詰めた。あまり公になってはいないけれど、その六年後に彼女を生んだことで前線を退くという形で管理局を後にしている。
尤も、親友達の頼みでちょくちょくと傭兵としてノーネームで作戦に参加をしていたりするのだけれど……。
ともあれ、そんな彼。ユウにはちょっとした逸話がある。通称、訓練生殺し。最初の五分は受け持った訓練生達と握手と談笑を交わしているのだけど、その五分は天国だと後の訓練生は語る。過ぎ去った五分のあとは自身の力量ギリギリの訓練を延々と繰り返されるのだ。それこそ限界まで。そんなリアル天国へご案内するような地獄の訓練を毎回組まれるのだから(精神的に)壊れてしまう訓練生が続出した。故に通称、訓練生殺し。しかも、彼は根性論とかそういった感情論を持ち合わせていないので、ソレこそ機械のように訓練生に当たるのだ。
「頑張れば出来る? お前、ソレ人命掛かってる所で言えんの?」
とは彼の名言である。実際、彼は自身の上官にもあたる人物に言ってのけたのだ。先に言うが彼は他人の命とかどうでもよくて、訓練生壊せばさっさと管理局を辞めれる理由にもなる。上官に歯向かったら除隊される、やったぜ! なんて考えていたのだけれど、言っている事が正論ばかりだった為除隊にはならなかった。
はてさて、そんな父親を持つ少女、ミスズ。同じ様に訓練をされることはなかったけれど、四歳の時に「お父さんみたいになりたい!」なんて言ったのが始まりだった。
やれ特殊複合解析魔法を多重展開させるのが当たり前のように教えられ、悪乗りした彼の相棒であり生体デバイスとなった同居人の少女、アンヘルには持ち前の知識で武術を文字通り叩き込まれた。
ソレが四年だ。苦ではなかったけれど、今回ばかりは少女の堪忍袋の尾が切れたのだ。
「だって、自分は英雄じゃないって言うんですよ!!」
「……ん? え?」
「ティアナさんだって、お父さんの凄さは知ってるでしょ!? ソレなのに鼻で笑いながら俺が英雄だったらそこらの殺人者だって英雄さ、なんて言うんですよ!?」
「あー……うん、そうだね」
「ホント、信じられないです!!」
プリプリと年相応に、年らしからぬ怒る内容でいう少女にどうしようもなく苦笑してしまったティアナ。どうしようもなく身内の為に怒る元臨時上司。その癖自分のことになるとどうしようもなくなる元上司を思い出してやっぱり苦笑するしかなかった。
やっぱり、親子なんだなぁ。なんて思いながら、どうせ売り言葉に買い言葉。いや、あの人のことだからそろそろ箱庭のようなあの世界から子供を出したかったのだろう。そう当たりをつけて、ティアナはソレに乗ることにする。
「じゃぁ、とりあえず、ずっとウチにいればいいわ」
「え、でも一日だけって」
「そんな大層な理由だったらいいわよ。どうせ寝て起きるだけの家だったし」
「ティアナさん大好き!」
「あーはいはい」
そんな抱きついてくる少女の頭を撫でてティアナは空笑いをした。
「という訳で、いまミスズちゃんはウチにいます」
『そう……ごめんなさいね、ティアナちゃん』
「いいえ。大丈夫ですよ」
深夜。眠ると深いという事を知っていたティアナはスルリとベッドから抜け出して通信を開いた。空中のディスプレイに映ったのは艶やかな紫色の髪と少し垂れた瞳を持った女性。件の偏屈親父と結婚というとんでもない事をやってのけた尊敬すべき人だ。
そんな空中ディスプレイに映ったスズカは頬に手を当てて、困ったように笑った。ティアナはその慈しみを持ちながらも妖艶な微笑みに背筋がゾクリとした。きっと上司もこの笑みにやられたに違いない。
『ゆぅ君も反省してはいるんだけど』
「え? 反省とかするんですか?」
『毎日ずっとよ。 今は心配でソワソワしてるし』
「……失礼ですけど、想像出来ないです」
『他人の前だと憮然としてるから』
うふふ、と綺麗に笑った奥様。ディスプレイも相まって一つの絵に見えたけれど、そんなことは当然ない。
『ミスズの好きな様にさせてあげてね』
「大丈夫ですよ。私も身内には甘いですから」
『うふふ、だからティアナちゃんの所にあの子も行ったんでしょうね』
「……そう言われると、少し自分がいやになってきますね」
『あら、人に好かれることは美徳よ。私が言うのもオカシナ話だけれど』
そう言い残して、通信はやんわりと終わった。どうやら噂の旦那様に呼ばれたようだ。微妙に見えたネグリジェがスケスケだったことをティアナは胸の奥の方へ仕舞い込んだ。出来れば忘れたかった。
溜め息を吐いて、ティアナは空を見上げた。星空なんて見えないけれど、街の明かりが着いている。
気持ちよく眠っているミスズが寝返りをうち、整った愛らしい顔がティアナの方を向いた。
眠っていれば非常に可愛い。ティアナはこの子がいる内は楽しい日々になるだろうと思い、その日々に思いを馳せた。
「んぅ……骨が折れた程度で……むにゃむにゃ」
「…………」
その日々がとても不安になったのは言うまでもない。