鮮やかなる烈女   作:猫毛布

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第2話

「……んぅ?」

 

 ティアナ・ランスターは焦げ臭さで目が覚めた。同時に脳が覚醒、布団を押し退けてキッチンへと急いだ。

 そこには紫色の髪をした少女がエプロンをして小皿に口を付けていた。片手にはお玉、そしてコンロには鍋。焦げ臭さと一緒に味噌の香りがティアナの鼻に入った。

 

「おはようございます、ティアナさん」

「お、おはよう……」

「地球……えー、和食ですけど大丈夫ですか?」

「え、えぇ」

 

 ニッコリと笑顔を浮かべている少女は制服姿にエプロンをしている。幼妻、なんてティアナの脳内に言葉が過ぎった。同時にあの鬼の様な元上司が義父にあたる事を考えてしまいそのゾクリと思考が帰ってくる。そもそも、同性ですよ、ティアナさん。

 普段通りすぎる、言ってしまえばダラシナイ格好であるティアナを見てミスズが苦笑する。いくら部屋の中が心地よい温度だといっても、カッターシャツとショーツだけというのはいただけないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「私ってアナタに起きる時間を教えていたかしら?」

 

 いつ振りかになるちゃんとした朝食に舌鼓をうっているティアナが不意に疑問を口にする。そんな疑問を問われたミスズは啜っていた味噌汁を置いて「知りません」と言ってのける。

 

「そもそも、ティアナさんが朝弱いことすら私は知りませんし」

「あはは……」

 

 これでも直った方である。なんて口には出さない。絶対に。

 誤魔化す様にお茶を啜ってティアナは視線を時計に向ける。いつ振りだろう、こんなに余裕のある朝は。朝のニュースをのんびり聞けるなんて、なんと優雅な朝なのだろう。

 

「私が起きてるのは日課です」

「朝食を作るのが?」

「それはついでです。早朝と夕飯前にランニングをしてるんですよ」

「へー。随分と頑張るわね」

「? 頑張ってなんかいませんよ? 普通です」

「……あ、そう」

「?」

 

 小首を傾げて言ってのけたミスズから思わず視線を逸らしてしまうティアナ。自分には絶対に出来ない。とは言えない。絶対に。

 ミスズはそんな視線を逸らしたティアナを訝しげに見ながら食べ終わった食器を流し台へと置いていく。そして埃の被っていなかった珈琲メイカーを作動させる。ガー、っと少し大きい音を出しながら黒い液体が溜まっていく。

 

「というか、コレ以外埃が被ってたんですけど……」

「あはは……面目ない」

「本当です。朝起きてしたことが食器洗いだなんて生まれて初めてですよ」

 

 私も朝起きて少女に説教を食らった事は生まれて初めてです。なんて口が勝手に動いても言えないティアナは苦笑を無理やり作って場を流そうとする。というか、是非とも流したかった。

 そんな意図を察したのか、ふぅ、と息を吐いたミスズは洗い物を始める。カチャカチャと食器が部屋に鳴り、その音が止むのと同時に珈琲メイカーも音を止める。

 

「ブラックでいいですか?」

「ええ、ありがとう」

「お気になさらずに」

 

 カップに入れられた黒い液体に口を付けて香りと一緒に飲み込む。普段はコレとパン一枚なのに、随分と豪華だな、ティアナ・ランスター。それでいいのかティアナ・ランスター。

 そんな事を思考の端で思いながらティアナは口を開く。

 

「そういえば、どうやってあの人を世界に認めさせるの?」

「あぁ、そうでした。スッカリ忘れてマシタ」

「目的を忘れてどうするのよ……まぁいいけれど」

 

 ミスズの棒読みにキチンと乗ってからティアナはさらに言葉を促していく。どうやら牛乳を温めたらしいミスズはそれを少し飲んでから机にカップを置いた。

 

「とりあえず、世界最強でも倒そうかと」

「ッ?! と、とんでもない目標ね」

 

 驚きのあまり珈琲を噴出しそうになりながらティアナは呆れて口を開いた。開いてから、少しだけ思い違いをしていた。目の前の少女の気持ちを大きさとその執着と自信を。

 

「とんでもない? それこそとんでもないですよ、ティアナさん。幼い私が世界最強を倒せないと? 条件さえ揃えば私は負けません。絶対に、確実に、確定的に、運命的に、私は勝ちを手にしてみせます」

 

 ゾクリとティアナの背筋に悪寒が走った。目の前の少女は危険だ。そう直感的に感じた。過去の事件で感じた事がある。大型の獣と一緒だ。その感覚が目の前の変哲もない少女から感じてしまったのだ。

 珈琲を飲んで思考をずらす。目の前の少女に限って、そしてあの父親に限ってこの少女を単なる獣にしてしまう…………筈はないと思うたぶん、きっと、考えるとしそうで怖くなってきたので思考をとめる。

 

「で、その条件は?」

「相手が瀕死状態なら容易いでしょう?」

「……呆れた」

「まぁ、一対一なら負ける気はありませんけどね」

 

 最低でも引き分けに持っていってやります。なんて自信満々に言ってのけたミスズはウィンクをしてみせた。それにはティアナも思わず苦笑する。そして思考の端に芽生えた事を確信する。

 あの上司が単なる獣にする筈がない……彼女は考える獣だ。

 ティアナは目の前が真っ暗になる幻を見てため息を吐いた。そして、先に釘を刺して置く。

 

「辻斬りみたいなことはやめなさいよ」

「そ、そんなコトするわけナイジャないですカー」

「言っておいてよかったわ」

 

 絶対にする気だったな、コイツ。そう確信しながら珈琲を飲み干す。その飲み干された珈琲を見てからミスズはティアナに包まれた直方体を渡す。見覚えのある布で包まれたソレを見てティアナは疑問に思ってしまう。

 

「お弁当です」

「…………あ、ありがとう」

「? 普通のコトですよ?」

 

 それでいいのかティアナ・ランスター。少女に料理の面倒を見られていいのかティアナ・ランスター!

 適材適所、そう適材適所なのよ。そう心で納得させながら、二人は部屋を出た。家主は仕事へ、少女は学校へと向かう。

 

 

 家主側が珍しくお弁当を持ってきている事で職場が賑わい、開いたソレが素晴らしい彩りのお弁当である事で『ランスターは料理が上手い』という噂が立ってしまうのだけれど……。まぁ事実は闇へと葬られる。というか、ティアナが職場の影で泣いていたのだから仕方ない。

 

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

 ミスズ・ツキムラ。St.ヒルデ魔法学院に置いての戸籍で言うならば月村・T・御鈴。初等科四年生である彼女の学院生活はとても単調だ。

 登校は普通。席に着けば本を開く。授業が始まれば本を開くことは無いが、利き手とは逆の左手が常に本を解析している。もちろん、教師の話もちゃんと聞いているのだけれど。学校が終われば、世界外である自宅に帰るべく特殊転移魔法を行使される為に少し残っていたりするのだけれど、その間も本を解析していたりする。

 ともあれ、ティアナの部屋へと居候を決め込んだ家出少女はこの特殊転移魔法の時間を大幅にカットされることになる。つまり、どういう事かというと、年相応にあそ

 

――解析と武術の鍛錬が出来る!

 

 ……どこまでも年不相応である。ともあれ、そんな脳筋みたいなインテリ脳筋は心でグッとガッツポーズをして学院へと登校を果たした。

 いつも通り、本を開き、その本とは別の本を机の上に置く。目では本を読んでいるけれど、机の上に置かれた本への解析のほうが比重をおかれている。

 

「あ、ミスズ! おはよッ!」

「……」

「み、ミスズ?」

「リオ、どうしたの?」

「いやぁ、またミスズが停止してる」

「あー……ミスズー」

「……ッ、あ、ハイ。おはようございます、三人とも」

 

 ミスズはようやく自身の前に出された手に気づいた。本から視線を外して目頭をマッサージしながら三人に挨拶を交わす。そんないつもの風景に三人、ヴィヴィオ、コロナ、リオは空笑いをして流す。これもいつもの事なのだ。

 ミスズの解析魔法は至って一辺倒だった。というか、教えた本人も「これは一辺倒で使えない魔法。まだ読書魔法覚えている方が効率的」と言ってのけた程に極端な物だ。ミスズ本人の都合で解析魔法とソレ以外の何かに集中してしまうと、それら以外は全て彼女に届く事が無くなる。思考の外なのだ。

 そんな一辺倒な、極端すぎる魔法でも、彼女の父の魔法なのだ。それも、父だけが使える魔法。彼女が覚えない訳が無かった。

 

「集中するのはいいけど、無視するのはどーなのさ」

「すいません、リオ。無視した訳じゃないんです、ただ」

「思考の外だった、でしょ。何回も聞いたよ」

「あはは……ミスズは頑張り屋さんだから」

「別に頑張ってなんかいません。これが」

「普通です、でしょ?」

「コロナまで……」

 

 少し不貞腐れて頬を膨らましたミスズは三人から視線を外す。そんないつも通りに三人の顔に笑みが漏れる。

 

「そういえば、まだ携帯端末なんですか?」

「そーなんだよー。ママとその相棒(レイジング・ハート)が厳しくて……パパはパパで忙しいみたいだし……」

「そういうミスズも専用デバイス持ってないじゃん」

「私は必要に感じませんから」

「イヤミか!」

「ふぇ? いいえ、イヤミではなくて事実ですが」

 

 困ったように眉尻を下げたミスズ。こうして着々と天然腹黒の二つ名を確保していくのです。

 父に習い、というよりも、執着しすぎている父親と同じ舞台に立つべく、ミスズはデバイス(計算機)という道具を自然と使っていない。実際の所、その父親にはチートが備わっているのだけれど、それも含めて彼女は同じ舞台に立とうとしている。自身の能力だけで。

 

「あ、そういえば。私、家出しました」

「ふぇぇえええええええ?!」

「どうして?!」

「な、何か事情が」

「いいえ、そういうのは一切無いんで安心してください。残念な事に私の家族愛は不滅です」

「あ、ミスズに限ってソレは無いと思ってるから安心して」

 

 フフンと胸を張っているミスズはリオの呆れた口調に唇を尖らす。彼女がファザコンどころかファミリーコンプレックスという略してしまうと、月に行った宇宙船よりも処理能力の高いゲーム機の名前みたいになってしまうコンプレックスを抱いているのはもはや周知の事実であった。

 

「で、今はどこに住んでるの?」

「前の合宿で会った事はあると思うのですが、ティアナ・ランスターさんの部屋に転がり込みました」

「あー、あのきれーな人だね」

「綺麗かどうかは主観によるので伏せますが、そのティアナさんです」

「またすごい人の所に転がりこんでるんだねー」

「…………そう、ですね」

 

  思わず言い澱んでしまったのは仕方が無い事だ。ヴィヴィオ自身も苦笑している。

 ミスズ自身の周りの大人を比べてみる。祖母は管理局技術長及びエネルギー運用科のトップ。伯母の一人は同じく技術科のデバイス及び結界解析で有名。もう一人の伯母は執務官として未だに現役であるし、その友人でありヴィヴィオの母でもある人は空のエースと呼ばれていたし、父である人は管理局の英雄とまで呼ばれている。さらに言えばそんな人達をこき使っている人が自分の家で父とチェスをしたり呑んだくれたりしている姿も見ている。もっと言えば極々稀に祖母ではないお祖母ちゃんが自宅へと来たりするのだ。来た時に父は物凄く嫌な顔をしているけれど、大御婆ちゃんとミスズが呼んでいるミゼットお祖母ちゃん、ユウもどうやら蟠りは既に無いようだ。そのお祖母ちゃんが管理局のトップに立っているから問題なのである。

 ともあれ、そんな管理局の上の役員を見れば身内ばかりな環境で育ったミスズは頬が引き攣って空笑い。ティアナの事は個人的に尊敬しているけれど、ソレでも『すごい人』かどうかで言えば、確実に否なのだ。比べている対象が残念である。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぇぃっくし」

「あれ? ティアナ、風邪?」

「いえ、大丈夫です。 それよりこの前の事件ですが――」

「あぁ、それなら今朝メールが来てたよ」

「どうして私じゃなくてフェイトさんにメールが来るんですかねぇ……」

「それは、ほら、私、愛されてるから」

「…………すずかさんに殺されますよー」

「大丈夫大丈夫。昔に許可はもらってるから」

「……聞かなかったことにします。で、メールの内容は?」

「いつもの『名無しさん』から。 犯人は吊るし上げといたから、テキトウな時間でテキトウな判断でテキトウに捕まえとけ、だってさ」

「…………ちなみにそのメールって何時に着たんですか?」

「えーっと、午前3時ぐらい?」

「ナニソレコワイ。というか犯人グループってまだ吊るされてるんですかねー……」

「そろそろ昼時なのにねー」

「…………お弁当食べてからでいいか」

「あ、今日はお弁当なんだ」

「あ、……えぇ、少し早お―」

「あと、娘をよろしく、だってさ」

「――ミスズちゃんが作ってくれましたッ!」

「ふふーふ、正直なティアナは好きだなぁ。ふふふ」

「なんか今日のフェイトさん、アリシアさんみたいですよ」

「あはは。アリシアみたいにはなれないかなぁ」

「成らなくていいです。あんなアーパー科学者が二人も」

「だぁれがアーパーだってぇ?」

「…………アッパー気流よろしくな評価急上昇中の科学者が二人いたら困ります」

「ふふーふ。まぁ今日のところは許してしんぜよう、ティアちゃん」

「アリシア、珍しいね。こんな時間に本局に顔を出すなんて」

「うわぁ、我が妹ながらバルのメンテ頼んだの忘れてるってどうなのよ……」

「え? 昨日の晩にしてなかった?」

「建前は重要なのよ、妹よ」

「あぁ、サボり? ダメだよ、ちゃんと仕事しないと」

「サボりじゃないわよ。むしろ今起きて今出社した所よ」

「威張って言えることじゃないですよ、アリシアさん……」

 

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