OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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苦悩

「……?」

 

 ブレイン、クライムとの会話を中断し、セバスは道の両脇に立つ家屋の屋根に視線を巡らせる。

 

「どうしました?」

 

 その行動に、不安を覚えたのかクライムが声をかける。

 

「いえ」

 

 何事も無かった様にセバスは告げるが

 

(監視の者ですか。ビクトーリア様は、全てを任せよと仰って下さいましたが…………降りかかる火の粉程度は、自分で払わねば、申し訳が立ちませんね)

 

 心の奥で、次の行動を決意した。

 

「御二方、申し訳ありません。少々用事が出来てしまいましたので、ここで失礼――」

 

「何か、あったのですか?」

 

 セバスが、やんわりとこの場を去ろうと別れの言葉を口にした時、ブレインがそれを阻止する。どうやら、何かキナ臭い雰囲気を察知した様だ。

 

 さて、どうした物かとセバスは自身の影に視線を落とす。その時、一瞬セバスの影が揺らいだ。街に放っていた、シャドウデーモンの一体が帰還した合図だ。

 

「ふむ。そうですか」

 

「どう致しましたか?」

 

 セバスの呟きに、今度はクライムが反応を示した。

 

「さて、どうしましょうか」

 

 最早、二人と別れ、単独行動を取るのは不可能に思える。ならば、過激な策を捨て、偵察程度に今回は留めるのが良策と思えた。

 

「仕方ありません。御二方、実は私の仕えている商会と、この街の方との間でトラブルが起こりまして……謝るにしても、手打ちに持って行くにも相手方の居場所が分からねば……御二方、よろしければ私の護衛として、お付き合い戴けますかな?」

 

 少々苦しい説明だった様だ。ブレイン、クライムの両名の表情は、いまいち腑に落ちない、と言う物だった。だが、語って聞かせたのはセバスなのだ。二人の首は、縦に振られた。

 

 その行動を確認し、セバスは「では」との言葉と共に歩きだした。

 

 

 

 

 セバスを先頭に三人が辿り着いた場所は、お世辞にも上品とは言えない場所だった。街の路地を幾つも曲がり、奥へ奥へと進んだ場所。そんな場所に居を構える者など、脛に傷を持つ者だけだろう。

 

 無論、セバスはそれを承知で来てはいるのだが。

 

「あそこの様ですね」

 

 そう言ってセバスは、裏路地に面した一つのドアに視線を向ける。

 

「あそこは……」

 

 その場所を目にし、クライムが唸る様に口を開く。

 

「知っているのか?」

 

 疑問の声を上げたのはブレイン。

 

「ええ。あそこは……この国の裏を凝縮した様な場所です」

 

「どう言う事だ?」

 

「八本指、と関りがあると言う事です」

 

 八本指、その言葉を聞き、ブレインの表情が一層硬い物へと変わる。だが、それ以上に固い表情を浮かべているのはセバスだ。

 

「セバス様、どうされたので?」

 

 いち早くそれに気付いたブレインが問いかけた。問われたセバスからは、何の答も帰っては来ない。只、扉をじっと見続けるのみだった。どれほど時が経ったであろうか、セバスが不意に口を開いた。

 

「可笑しいですね。静か過ぎます。……それに」

 

「ええ、強くなっていますね」

 

「はい」

 

 セバスの言葉に、ブレイン、クライムが頷く。

 

 彼らが感じた物。それは……だんだんと強くなる鉄の様な匂い。血の匂いだった。

 

 三人は目を見合わせ一度頷くと、扉へと歩を進めた。

 

「少し、下がっていては頂けませんか。何者かが現れた時、巻き添えにしてしまうかも知れませんので」

 

 扉の前に立ち、セバスはブレイン、クライムを下がらせる。巻き添え、その言葉を含む理由を噛み締め、大人しく二人は後ろへと下った。

 

 ドアノブに手を掛けそっと回すと、ノブは驚くほど軽やかに回った。鍵は掛っていなかった様である。

 

 ドアノブを握り締め、ゆっくりと警戒しながらドアを開けて行く。

 

 僅かに開いたドアの隙間から、ムッとする様な鉄の匂いが溢れ出して来た。その匂いに、顔をしかめながらドアを開いて行く。部屋の中が、セバスの瞳に映った時、思わず言葉を失った。

 

 壁には、赤黒い液体と何か柔らかい破片がこびり付き、床には人であった物の、頭が、目が、耳が、腕が、足が、内臓が、ちりじりになって転がっていた。この部屋に、何人のニンゲンが居たのかも解らぬ程、細切れになって。

 

 立ち尽くすセバスの耳に、僅かな靴音が聞こえて来た。その音は部屋の奥から近付いて来る。ゆっくり、ゆっくりと近づいて来る足音。それに伴い、何かを引きずる様な音。

 

 その音の正体が、僅かな明かりの中、セバスの前に現れる。妙に甘ったるい、緊張感の無い声と共に。

 

「あんれぇ? セバス様じゃないの。おひさー」

 

 そう言って血塗れの女、クレマンティーヌは左掌をヒラヒラさせた。

 

「! な、何であなたが此処に?」

 

 セバスの問いに、クレマンティーヌはキョトン、とした表情を浮かべ

 

「私が居る理由? そんなの一つしか無いんですけど」

 

 セバスは目を閉じ、自分の言葉を恥じる。そう、彼女、クレマンティーヌが此処に居る理由など、一つしか無いのだから。

 

「あの御方は、どの程度の規模の粛清をお考えなのでしょうか?」

 

「粛清って。セバス様も過激な発言をするよねぇ。これは警告だよぉ」

 

「警告、ですか?」

 

 セバスのオウム返しの様な言葉に、クレマンティーヌは少女の様な笑みを浮かべる。

 

「んー。コイツで今回の関係者は全部御縄についたわけだけどぉ……」

 

 そう言って、引きずっていた物に視線を向ける。そこには、あらぬ方向に手足の関節を曲げた、坊主頭と言っても良いほど髪を短く刈り込んだ男が居た。

 

「まぁあ、今回は様子見だねぇ。組織内で行方不明者が出て、それの原因がどっかとのトラブルでぇ、それでもちょっかいを掛けて来るようなら…………あの人は見放すよ。価値は無い、ってね」

 

 クレマンティーヌの言葉を、セバスは静かに受け止める。

 

「王国も含めて、でしょうな」

 

「………………たぶんね」

 

 御互いの視線が交わる。僅かの緊張感の後、お互いの表情が和らいだ。

 

「商品になってた女達は、地下にいるよ。隣の家から、地下に潜れるから、よろー」

 

「了解しました。幸い、こちらは人手がおりますから。この惨事は、何者かの襲撃、で宜しいので?」

 

「うーんとぉ、そうしてくれると、ありがたいかなぁ」

 

 そう言って、クレマンティーヌは悪戯がばれた子供の様な笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 商館の女達を、王国戦士だと打ち明けたクライムに預け、セバスは屋敷に帰って来ていた。扉の前で盛大な溜息を一つ吐き

 

「彼女らを哀れに思うのは、私の独善なのでしょうか? 彼女らも…………ツアレの様に……。いやいや、いけませんね。……誰かが困っていたら、助けるのが当たり前。たっち・みー様、これは呪いなのでしょうか? ……………………答えを下さい、ビクトーリア様」

 

 自身を責める様に言葉を紡ぎ、硬く拳を握りしめる。

 

 その後再び溜息を吐き、ドアノブにそっと手を掛けた。扉を潜り視線を上げると、目の前にはソリュシャンが居た。

 

「セバス様」

 

 セバスは耳を疑った

 

 今彼女は何と言ったのか?

 

 解っている。

 

 しっかり聞こえていた。

 

「セバス様」とソリュシャンの艶めいた唇はそう形作った。

 

 メイド服を纏った、ソリュシャン・イプシロンが。

 

「いらっしゃっているのですね?」

 

「はい。二階でアインズ様がお待ちです」

 

「そうですか」

 

 それだけを言って、セバスは階段の手すりに手を掛けた。

 

「あの、ニンゲンも同行させる様に、との事です」

 

「解りました」

 

 その言葉を最後に、セバスは二階へと消えて行った。

 

 

 

 

 

 セバスはメイド、ニンゲンの女、ツアレを伴い客室のドアをノックする。

 

「入りなさい」

 

 聞き覚えのある声が、入室許可の言葉を返して来た。扉を開け一礼の後、視線を上げると、そこには異形の者達がいた。デミウルゴスが、コキュートスが、胎児の様な外見の、第八階層守護者ヴィクティムが。そして、自らの主、アインズ・ウール・ゴウンの姿が。

 

「お忙しい所――」

 

「止めよ。私は煩わしい事が嫌いだ。主題を先に進めようではないか。セバス、そのニンゲンを保護してほしい、との事だな」

 

「はい」

 

 アインズの言葉に、セバスは腰を折り答える。その一方で、性急に話を進め様とするアインズに、妙な違和感を覚えた。

 

「ふむ。保護事態は問題ない」

 

 アインズの言葉に、セバスはほっと息を吐いた。だが次の言葉で、それは悪夢へとかわる。

 

「だが、ニンゲンを保護して、ナザリックに何のメリットがある?」

 

 答えられなかった。

 

 ツアレを保護するメリット? そんな物は一切存在しない。言ってしまえば、害悪以外存在しない。現状ですら、厄介な事に陥っているのだ。セバスは、答えられずじっとうつむくのみであった。

 

「示せない様だな。話は終わりだ。セバス! ナザリックに疫を持ちこもうとした事実、どう責任を取る?」

 

「そ、それは……」

 

 アインズの詰問に、セバスの額に汗が流れる。

 

「そうか。解らないか。ならば、私が命令しよう。セバス! そのニンゲンを殺せ。それを持って、償いとしよう」

 

 アインズの冷酷な命令が投げかけられる。自分は一体どうすれば良いのか? 必死でセバスは考える。その時、温かな言葉が脳裏に蘇る。

 

 

“己の善性に従え”

 

 

「その命令には、従う事は出来ません」

 

 背筋を正し、ハッキリと言葉を告げる。

 

 これに驚き意を唱える者がいた。

 

「セバス。これは、アインズ様に対する裏切りですよ」

 

 デミウルゴスだ。だが、セバスは自信を持って口を開く。

 

「いいえ。そうではありません、デミウルゴス様」

 

「どう言う事だい」

 

「彼女を救うのに対して、私は許可を受けております」

 

「「!」」

 

 場の全員に驚きが広がる。

 

 一体誰が、ニンゲンの救出に許可を出したのだろうか。デミウルゴスが問い詰め様と口を開いた瞬間、セバスからその人物の名が告げられる。

 

「私は、私の善性によって行動する事を、ビクトーリア様に許可して頂いております」

 

 セバスの言葉に、デミウルゴスは眩暈がする思いだった。まさか、ここでもビクトーリアが先手を打っているとは思いもしなかったのだ。

 

「はは、流石はビクトーリア様」

 

「そうだな。流石はナザリックの神体だ」

 

 疲れ切った様に言葉を漏らすデミウルゴスに、アインズは賛同の意を告げる。だがその言葉が、セバスが感じていた違和感に止めをさした。

 

「お話の途中、申し訳ありません。あなたは……どなたですか?」

 

 そう言ってアインズに拳を向けた。

 

「セ、セバス! 君は何をやっているんだ! アインズ様に拳を向けるなど!」

 

 デミウルゴスから諌める言葉が飛ぶが、セバスは動じない。

 

「アインズ様ならば……ですが」

 

 言葉短く、セバスは拳を叩きつける。

 

 だが、その時

 

「待て、セバス!」

 

 空間が歪み、漆黒のローブ姿の異形が姿を現す。

 

 その瞬間、デミウルゴス、コキュートスの二人が片膝を付いた。それと同時に、アインズの姿がグニャリと歪み、軍服の様な物を纏った異形へと変化する。

 

「ふふっ。驚かせてしまった様だな。許せ、セバス、ソリュシャン」

 

「「はっ」」

 

 セバス、ソリュシャンの両名は、慌てて片膝を突く。僅かに遅れ、ツアレも同様の行動を示す。

 

「良い。面を(おもて)上げよ。すまぬな、セバス。デミウルゴスが心配症でな。万が一と言って、聞いてはくれなかったのだ」

 

「いいえ。アインズ様。アインズ様の御命こそが、第一であります」

 

 アインズは謝罪の言葉を口にした後、ゆっくりとソファーに身を沈め、話を再開する。

 

「しかしセバス。良く私が偽物だと気付いたな。我ながら良く似ていたと思うんだが?」

 

 アインズに問われ、セバスは恐れながら、と口を開く。

 

「慎重さを旨とするアインズ様とは思えぬほど話を急がれた件が、疑問の始まりでした」

 

「ほう」

 

「しかし、確信が持てたのは……ビクトーリア様をお褒めになった事でした」

 

 他のメンツは不思議そうな顔をしていたが、アインズには腑に落ちる答えだった。確かにあの魔女には、感謝はあれど褒める所など一つも無いのだから。

 

「成程な。セバスよ」

 

「はっ!」

 

「良く仕えてくれている。私はお前を誇りに思う」

 

「有り難き御言葉」

 

 アインズは、顎に指を寄せ暫し考えると

 

「セバスの忠義に、私は褒美を渡そうと思うのだが。セバス。何か望みはあるか?」

 

 そんな提案を口にする。

 

「ア、アインズ様」

 

「何でも良い。言ってみろ」

 

 セバスは僅かに思い悩むが、己の心の言葉に従う決意を固める。

 

「では、ツアレをナザリックで保護して頂けませんか?」

 

「ふむ。そんな事で良いのか?」

 

「はい」

 

 淀みない言葉だった。アインズも、それがセバスの成長として心から喜ばしい事だった。

 

「女、面を(おもて)上げ、名を名乗るが良い」

 

 そう言われて、ツアレは脅えながらも顔を上げ、自身の名を告げる。

 

「ツ、ツアレニーニャ・ベイロン、です」

 

「ツアレ、ニーニャ、か。似ているな」

 

「アインズ様?」

 

 呟きに、デミウルゴスが心配そうに声をかけて来た。アインズは、何でも無いと手で制すると、立ち上がり高らかに宣言する。

 

「アインズ・ウール・ゴウンの名において、これより、ツアレニーニャはナザリックの保護対象とする」

 




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