OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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魔女と悪魔

 王都での騒動も一旦落ち着き、リリー・マルレーンは宿の寝室で睡眠を取ろうとベッドに腰掛ける。永続光(コンティニアル・ライト)の光を消そうと、手を伸ばした時、僅かにドアがノックされた。こんな夜半に? と言う憤りを感じたが、逆を返せばこんな時間に来るほどの用が、楽観視できる様なものでは無いのだ。リリー・マルレーンは立ち上がると、ガウンを纏いドアへと近付きながら口を開く。

 

「誰じゃ?」

 

 呟く様に放たれた言葉に、ドアの前にいるであろう人物が丁寧に言葉を返す。

 

「夜分遅くに申し訳ありません。至急、陛下のお耳に入れねばならぬ事が御座います」

 

「……入れ」

 

 リリー・マルレーンは、ドアから離れながら、入室の許可を出す。ドアを開け、入って来たのは、黒装束の男だった。部屋へと踏み入り、ドアを閉めると、男は片膝を付き、臣下の礼を取る。

 

「風花聖典で御座います」

 

「ふむ。イサブロウの部下か……して、話は何じゃ? 恐らく、楽しい物では無いのじゃろ?」

 

「はい」

 

 言葉重く、男は案件を語り出した。

 

「陛下の命により、監視を続けておりました御老人なのですが、かの者らが助けた商館の女達が、何者かに暗殺されました」

 

「何?」

 

 椅子に深く腰掛け、足を組むリリー・マルレーンの瞳が、細く鋭く変わる。

 

「彼の女達は、王国戦士達に保護されたのでは無いか?」

 

「はい。静養場所も、王国が手配した場所と確認しております」

 

「そこが襲われた、と言う事じゃな?」

 

「はい」

 

 単純に報告だけ聞いたリリー・マルレーンは、顎に手を持って行き背後を想像してみる。

 

(まず思い付くのは、八本指とか言う組織の仕業じゃな。しかし、これは無いじゃろうな。妾が組織のトップなら、責任者行方不明の部門はとっとと切り捨てるからの。次は……客じゃった貴族派の隠ぺい工作、か。……これも無いのう。自分も一枚噛んでいると言っている様なものじゃからなぁ。残るは………………最悪、じゃの)

 

 リリー・マルレーンは溜息を一つ吐くと、再び口を開く。

 

「了解した。うぬらは、背後を探ってくりゃれ。妾は独自のルートで、探りを入れて見ようぞ」

 

 リリー・マルレーンの言葉に、風花聖典の男は短く「畏まりました」の声と共に、退室して行った。

 

 ドアが閉まるのを見届け、リリー・マルレーンは次の行動へと移行する。右の指をこめかみに当て、メッセージの呪文を展開した。

 

「デミウルゴス、聞こえるか? 妾じゃ」

 

 その言葉は、リリー・マルレーンでは無く、ビクトーリアとしての言葉。重く、凛とした声色、異形の王の声。その声に、礼を尽くす様に、奉る様に、返事はすぐに帰って来た。

 

『おお、これはビクトーリア様。このデミウルゴス、遂にお役に立てる時が?』

 

「ふん。持ち上げが過ぎるわ。うぬに頼みたい事柄がある。良いか?」

 

『何を仰いますか。ビクトーリア様は、只、やれとお申し付け下されば良いのです』

 

 デミウルゴスの変わり様に、頭が痛くなる思いだったが、それを此処で言っても仕方が無い、とビクトーリアは話を続ける決定を下す。

 

「うぬに調べて欲しい事があるのじゃが。うぬ、今何所におる? ナザリックかや?」

 

『いいえ、ビクトーリア様。私は今、王都に居ります』

 

「王都?」

 

『はい』

 

「妾も王都に居る。合図を出せば、来れるかや?」

 

『それは勿論。このデミウルゴス、ビクトーリア様の為ならば、何時、何所でも御前に参上致します!』

 

 調子の良い言葉に、ビクトーリアは少々虐め過ぎたか? と反省をしながら、部下から禁止されている行為である、窓を開け、窓枠へと腰掛ける。

 

「デミウルゴス。今から光を灯す」

 

 そう言って、人差し指と親指の間に電気を流す。放たれた力は、空気中に明るいラインを作り出した。

 

 その明りを合図に、ビクトーリアの前に飛行体が舞い降りる。赤いスーツに、蝙蝠の羽を生やしたカエルの顔の異形が。

 

「御苦労、デミウルゴス。入れ」

 

 言葉少なく、ビクトーリアは窓枠から腰を浮かした。

 

 その表情、思い声、デミウルゴスは瞬時に召集は簡単な事柄では無い事を読み取った。何者かが、この暴君の意に沿わぬ事をしでかしたのだ、と。

 

 部屋へと足を踏み入れ、何時もの悪魔の姿に変化したデミウルゴスは、当然の様に胸に手を当て腰を折る。それを当然の事と、表情を変えず受け止め、ビクトーリアは椅子に腰掛け足を組み、平坦な声で言葉を綴る。

 

「デミウルゴス。うぬが王都に放っておる、影の悪魔(シャドウ・デーモン)を借り受けたい」

 

影の悪魔(シャドウ・デーモン)を、ですか?」

 

「うむ。うぬは、先日セバスが助けた女を知っておるか?」

 

「はい。アインズ様の名で、保護された下等生物(ニンゲン)の事で御座いますね?」

 

 デミウルゴスの言葉に、ビクトーリアは疲れた様な笑みをこぼす。

 

「それだけでは無い。あの小栗鼠の件で、少々厄介な事があってのう。妾が事に当たっておったのじゃ」

 

「な、なんと! セバスがビクトーリア様の御手を煩わせているとは! ナザリックを代表して、伏してお詫び致します」

 

 そう言って膝を付こうとするデミウルゴスを、ビクトーリアは苦笑いで制止する。

 

「その事は良いのじゃ。問題は、その後じゃ」

 

「?」

 

 デミウルゴスは首を傾げるが、その表情は愉悦に溢れていた。如何にも悪魔らしい、いやらしい表情が。

 

「その後、妾は関係者の炙り出しを行い、小栗鼠と同じような者共を解放したのじゃが……」

 

「だが、で御座いますか?」

 

 デミウルゴスの問いかけに、ビクトーリアは一度頷き

 

「全員が、骸となって発見された」

 

 ビクトーリアの言葉に呼応して、デミウルゴスの顔から表情が消えた。

 

「……何者かが、ビクトーリア様の施しに唾を吐いたと?」

 

「左様じゃ。これでは、事を成した者達の努力が報われん」

 

「おお! 自身への侮辱よりも、臣下の功を踏みにじられた事に憤るとわ! 流石は、ビクトーリア様」

 

 デミウルゴスのおべっかに対し、ビクトーリアは小さく鼻で笑うと、商館襲撃後のあらましを語って聞かせた。

 

「成程。ビクトーリア様は、当たりを御引きになった様ですな」

 

 デミウルゴスの顔に、先程よりも五割増しな歓喜の表情が作り出された。

 

「当たり、とはどう言う事じゃ?」

 

「どう言う事も何も、私は主犯を知っているのですよ」

 

「なんじゃと!? 良くやった、デミウルゴス! これは、殊勲賞ものじゃ!」

 

 驚き立ち上がったビクトーリアは、素早くデミウルゴスのサングラスを奪い取り、賛辞の言葉をかける。

 

「あ、あの。ビクトーリア様? 私はこちらなのですが……」

 

「はぁ? 眼鏡掛け機は黙っておれ。良くやったぞデミウルゴス。特別に、妾の肌着でふいてやろう」

 

 そう言うと、ビクトーリアは脱ぎ散らかした衣服を漁り、シルクで出来た自身のパンツでレンズを拭こうと手を掛けた。

 

「御止め下さい! ビクトーリア様!」

 

「何故止める、眼鏡掛け機よ! アルベドであったなら、狂喜乱舞する御褒美じゃぞ!」

 

 言い合いながらも、パンツでレンズを拭こうとするビクトーリアに、必死で奪還を試みるデミウルゴス。

 

「私を、あんな変態と一緒にしないでいただきたい!」

 

 デミウルゴスが放った一言で、ビクトーリアの動きが止まる。その顔は、驚愕を超えた様な表情だった。

 

「ビ、ビクトーリア様?」

 

「そ、そうじゃよな。あ奴は……じゃよな」

 

 声には出ていなかったが、デミウルゴスの眼は、ハッキリとビクトーリアの唇が、変態、と言ったのを読み取っていた。

 

「は、はあ。まあ。休憩と言っては、ビクトーリア様の寝所に潜りこみ、一人遊びをする程度には、変態だと思いますが」

 

「な、なんじゃと……。では、妾の部屋の空気が、いつも艶っぽいのも、ベッドが僅かに湿り気を帯びているのも……」

 

「アルベドの置き土産、ですな」

 

 デミウルゴスの言葉に、ビクトーリアは力無く椅子に腰かける。右の掌を、両目を隠すようにあてがい、罪を語る罪人の様に口を開く。

 

「妾が……もっと構ってやっておれば。よよよ」

 

 その嘆く様な言葉を耳にし、デミウルゴスは苦笑いを浮かべる。

 

「まあ、アルベドは、あれで平常運転な気がしますが。しかし、あの劣情がアインズ様に向いていないのは良き事では無いでしょうか? 感謝致します、ビクトーリア様」

 

 そして、嬉しくも無い謝辞を口にするのだった。

 

「嬉しくも、何とも無いわ」

 

 ビクトーリアは、ブスリと不満の籠った表情でそう返すのだった。

 

「アルベドの事はさておき、ビクトーリア様」

 

「妾の貞操は、どうでも良い事なのかや?」

 

「い、いえ。そう言う意味では……」

 

 ビクトーリアからの思いもよらぬ返しに、デミウルゴスは顔を引きつらせる。だが、すぐにビクトーリアの表情が緩んだため、それが冗談だと解り、胸を撫で下ろす。

 

「そ、それでなのですが、ビクトーリア様」

 

「何じゃ? 遠慮はいらん。申して見よ」

 

 ビクトーリアの許可に、デミウルゴスは姿勢を正し話を再開する

 

「今回の首謀者を含め、王国に対しての作戦があります」

 

「ほう。それは、楽しき物なのかや?」

 

 ビクトーリアの、「楽しき物」と言う言葉に、デミウルゴスの心は躍らんばかりに跳ね上がる。

 

「はい! アインズ様の、いえ、冒険者モモンの、アダマンタイト級への昇進を祝福して、王国殲滅計画の第一弾を催したいと思います」

 

「ほう。王国殲滅計画のう。それに、モモンがアダマンタイトに………………アダマンタイト?」

 

 唐突に、ビクトーリアが首を傾げる。

 

「誰がアダマンタイト級になったと言うのじゃ?」

 

「モモンがです。ビクトーリア様」

 

「モモン言うたら、アインズでは無いか」

 

「はい。仰る通りですが? 実際にはアインズ様と、ナーベラルの二人が、ですが」

 

「え? ナーベラルも?」

 

「はい」

 

 デミウルゴスの淀みない答えに、ビクトーリアははにかんだ様な笑みを零す。だが、笑いながらも首を傾げ

 

「しかし何故じゃろうなぁ。妾の計画が上手く行っておるはずなのに、アインズが偉くなったと聞くと、妙にイラッとする」

 

「は、はあ」

 

 ビクトーリアの心情の吐露に、デミウルゴスは短く返事する事しか出来なかった。

 

「まあ、妾の心根は置いておいて、じゃ、計画を聞かせて貰おうかのぉ」

 

 この言葉を聞いて、デミウルゴスはほっと息を吐いた。やっと本筋の話が出来ると。

 

 デミウルゴスは、再度佇まいを直し、虚空から数枚の羊皮紙を取り出し、ビクトーリアへと渡す。

 

「これが、王国殲滅計画の第一弾。ゲヘナの全容であります」

 

 書面を受け取り、ビクトーリアはゆっくりと、だが確実に目を通して行く。書面が最終ページ、三枚目に差し掛かった所で、ビクトーリアが口を開いた。

 

「この計画に、妾は関わらんでも良いのか?」

 

 この言葉にデミウルゴスは、驚きを顕にする。

 

「参加、して頂けるの、ですか?」

 

「まあの。これは、妾の計画に都合が良さそうじゃからな。少々手直しをするが、良いか?」

 

「そ、それは当然! 煉獄の王に参加して頂けるならば、私の計画など子供の考物(なぞなぞ)程度ですので」

 

 デミウルゴスが何やら言っているが、ビクトーリアは好きにして結構と言う意味と捉え、羊皮紙にペンを走らせて行く。約三十分程度の時間を使い、ビクトーリアによる推敲は終了した。

 

 羊皮紙を返され、デミウルゴスは変更された箇所をつぶさに拾い読みをして行く。読み進める毎に、羊皮紙を持つ手が震えて行くのが解った。デミウルゴスは、確認作業を終えると、本体、いや、サングラスの位置を丁寧に直し

 

「素晴らしい。素晴らしい出来で御座います、ビクトーリア様! 魔皇ヤルダバオトに続き現れる、真皇インゴット・ナインテイル! そして、仮面の悪魔の真実! これこそ、まさに絶望! そして、颯爽と現れる漆黒の英雄モモン! 明かされるモモンの正体! 素晴らしい! 素晴らしい出来で御座います!」

 

 デミウルゴスは歓喜に震える。

 

 王国に災厄の夜が訪れるまで、あと僅か。

 




真皇インゴット・ナインテイル。
この物語における、ラスボスです。
やっと名前が出せました。

感想お待ちしております。

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