OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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黄金と黄金

「……なんでだ。……なんでだ? ……なんでだ! こんちくしょう!」

 

 リリー・マルレーンは絶叫しながら、司教冠(ミトラ)を叩きつける。

 

「陛下、少し落ち着いて」

 

 荒れるリリー・マルレーンに言葉を掛けるのは、イサブロウの代わりに緊急に秘書官として付く事になったコンドウである。

 

「はぁ? コンドウよ、これが落ち着いていられるか? 大体じゃ、何じゃこの国の王族は! お花畑の住人か!」

 

「陛下。失礼を承知で伺いますが、どう言った人物なのですか?」

 

 荒れるリリー・マルレーンを、ソファーに座りながら見つめていたヴァイエストが口を開く。

 

「うむ、メロディよ。酷い物じゃった」

 

「そんなにですか?」

 

 ヴァイエストの問いかけに、リリー・マルレーンは呆れ顔で答える。

 

「しかし陛下。俺は神殿の管理で、時々王国へは来ますが、良い国だと思いますが?」

 

「はぁ。コンドウよ、うぬの言う良い国とは、治安が良く、活気に溢れておる、と言う意味じゃろ?」

 

「ええ、そうですが……」

 

 リリー・マルレーンは、コンドウとの一連の会話の後、首を横に振る。お前の考えは間違っているとでも言う様に。

 

「何と言うかのう。良き国である事と、良き国であり続ける事は、正反対の事であり、同意でもあるのじゃ」

 

「いまいち要点が解り辛いのですが?」

 

 ヴァイエストが首を傾げる。リリー・マルレーンとしても、それは理解いている。だからこそ、言葉を続ける。

 

「うむ。良き国とは、戦が無く、飢えが無く、安心して子が産め、育てられる土地じゃ。じゃろ?」

 

「「はい」」

 

「では、良き国であり続けると言う事は、それを現実にする手段、と言う事になる」

 

「手段、ですか」

 

「そうじゃ。戦に備え、飢餓に備え、民草の心に安心感を持たせる事じゃ。つまりは、統治に関してじゃな」

 

 リリー・マルレーンの言葉に、コンドウ、ヴァイエスト共に沈黙と共に自身の中で言葉を反芻する。

 

「コンドウはもとより、メロディも知っておるじゃろうが、今、この国は帝国と戦争状態にあるじゃろ?」

 

「「ええ」」

 

「なのにじゃ。王は独自の兵を持とうとはせぬ。まあ、確かにおる事はおるよ。じゃが、王都に駐留する王国騎士や、王国戦士だけで、帝国の専業兵士団と渡り合えると思うか?」

 

「ですが陛下。王国は農民兵が……」

 

 リリー・マルレーンの言い分に、コンドウが意見を挟んだ。だがこれさえも、リリー・マルレーンにとっては織り込み済みな事なのだ。

 

「それがいかんと言うておるのじゃよ、妾は」

 

「どう言う事で?」

 

 コンドウはいまいち要点が掴めない。一方のリリー・マルレーンだが、言葉にするのもバカバカしいと言う様な表情だ。疲れを隠しもせず、どっかりとソファーに沈み込みリリー・マルレーンは再び口を開いた。

 

「今の様な、名乗り合いから始まる戦ならばまだしも、帝国が宣戦布告無しに攻め込んで来たらどうする? 農民を搔き集める暇など無いぞ」

 

「ですが、陛下。帝国からの出兵となれば、エ・ランテル辺りでの監視に引っ掛かりますでしょう」

 

「ならば、聖王国ではどうじゃ? 評議国でも良い」

 

 リリー・マルレーンの言に、コンドウは押し黙るしか無かった。だが、リリー・マルレーンの愚痴は止まらない。

 

「妾が最も愚かに感じたのは、王族の考えじゃよ」

 

「王族の、ですか?」

 

 沈黙を守っていたヴァイエストが問いかけた。

 

「そうじゃ。今の王は、平時ならば良き王なのじゃろう。じゃが、緊張感が足らん。第一王子など論外じゃ。本気の半分も出しておらぬ帝国に対し、絶対有利で勝利出来ると思っておる。取り捲きの貴族共もな。どれだけ己を知らぬのか、全く、あほうとは、あれらの事を言うのじゃろうて」

 

「「はあ」」

 

 リリー・マルレーンの呟きに、コンドウ、ヴァイエストの両名からも空返事しか出てこなかった。

 

「第二王子にしてもじゃ、国の内政は解っておるのじゃろうが、現在の思考は、いかに兄を蹴落とし王位を継ぐかしか頭にない。妾の見解では、鴉が鳴いておる。閉店、ガラガラじゃ」

 

 リリー・マルレーンが最後に言った言葉自体は解らなかったが、意味は理解出来た。そりゃあ、荒れるわ、と。

 

「ならば、王国の要はラナー王女に託された、と言う事ですかな?」

 

 王国の存続を考え、コンドウは告げる。だが、リリー・マルレーンの答えは、想像を絶する物であった。ニッコリと少女の様な笑顔を浮かべながら語られた言葉は? 

 

「生きておれば、じゃがな」

 

 まるで死する運命だと言う様なものであった。

 

 その後味の悪さを払拭する様に、リリー・マルレーンは話題を変える。

 

「さて、妾とメロディは、この後黄金の姫様とお茶会な訳じゃが、コンドウ、うぬの所の上級神官と中級神官を三人程貸してくれるかや?」

 

「うちの、ですか?」

 

「そうじゃ。その者らに、これを一つずつ持たせ、ある人物に届けてほしいのじゃよ」

 

 そう言ってリリー・マルレーンが取り出した物は、羊皮紙が二枚と、魔封じの水晶が一つ。

 

「中級神官に羊皮紙を一枚ずつ。上級神官に魔封じの水晶と言伝を」

 

「陛下の御言葉を、ですか?」

 

 コンドウは品物を手に首を傾げる。

 

「そうじゃ。水晶を羊皮紙に使え、とな。いや、伝言はうぬが伝えよ。彼の者はこの城に居る筈じゃからな」

 

「はあ。それは良いのですが、一体誰に?」

 

「うん? 蝙蝠にじゃよ」

 

 リリー・マルレーンの言葉に、やっと理解がいったとコンドウは首を縦に振る。だが、一つだけ疑問も残っていた

 

「しかし陛下。何故三人、いや、俺を入れて四人に?」

 

 コンドウの問う顔を、リリー・マルレーンは半眼で見つめ

 

「鈍いのう。一人に全部任せて、殺されたらどうするのじゃ。機密は護られるために存在するのじゃぞ」

 

「た、確かに、ですな」

 

 リリー・マルレーンの物騒過ぎる物の考えに、コンドウは若干引いた様に返事を返す。それと共に、この国の王族をお花畑の住人と詰った事へも理解が出来た。考え方のベクトルが真逆なのだ。決して相容れる事など無い程に。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「ふふん。いよいよ対面か」

 

 正装と言える法服に身を包み、司教冠(ミトラ)に羅紗を縫い付け顔を隠したリリー・マルレーンが、王宮の廊下を、ヴァイエストを伴い目的の場所を目指し、歩を進める。

 

 午前中に国王と、昼食会を挟み第一王子、第二王子と対面し、僅かに日が落ちかけたこの時間帯。これからリ・エスティーゼ王国王女、ラナー姫殿下との会談と言うお茶会の始まりである。

 

「随分と楽しそうですね、陛下」

 

 種族の特徴でもある、頭頂部から生える長い耳をピョコピョコと揺らしながらヴァイエストが問いかける。

 

「そう見えるかや?」

 

 意地悪く聞き返すリリー・マルレーン。だが、ヴァイエストとしても、この暴君とはそれなりの付き合いである。

 

「ええ。とっても。ネズミを嬲る猫の様に」

 

「ほほう。妾が小娘をいたぶる様な人物じゃと?」

 

「……違うんですか?」

 

 そう言ってヴァイエストは、邪気の無い笑顔を作る。その表情を見、リリー・マルレーンは反論の権利を放棄するのだった。

 

 そんな身分に拘らない会話をしながら、二人は一つのドアの前に辿り付く。そのドアを前にして、ヴァイエストはリリー・マルレーンを後ろに引かせ、庇う様に自身の背に隠しながら数回ノックをする。待ち時間など無くドアは開かれ、メイドがうやうやしく頭を下げる。

 

「陛下が参られている。ラナー王女殿下へ取り次ぎを」

 

 先程の柔らかな空気を、微塵も感じさせずにヴァイエストは儀礼的な言葉を口にする。メイドは再度頭を下げ、ドアを閉じた。

 

 再びドアが開く前に、室内から「まあまあ、陛下が? 早くお通しして!」などと言う元気な声が漏れて来た。声の主が、恐らく王国の黄金、ラナー王女なのだろう。

 

 扉が開かれる。だが、ドアノブを握っていたのは、先ほどのメイドでは無かった。

 

 サラサラの金色の髪。愛嬌のある、少し垂れ目気味のエメラルド色の瞳。幼さを残した表情。誰もが庇護欲に駆られる、ラナー王女とはそんな存在に見えた。

 

 リリー・マルレーンとヴァイエストは、ラナーに導かれ、窓際に用意された円卓の席に腰かけた。

 

 座るとすぐにティーカップが出され、ポットに入った茶が注がれる。僅かに花の香りがした部屋は、一瞬で紅茶の豊潤な香りに塗り替えられる。

 

 カップに手を付けないリリー・マルレーンに気付いたラナーは、メイドに声を掛け退室を促す。これに意を唱えるでも無く、あっさりとメイドは隣室へと消えた。

 

「ほーう。王国はメイドの教育も満足に出来ん様じゃな」

 

 ラナーと出会ってから発した、リリー・マルレーンの初めての言葉がこれだった。

 

 いきなり喧嘩を売る様な言葉に、ヴァイエストは苦笑いを浮かべる。窘める様な言葉を言った方がいいのだろうが、この場に居るのは、法皇と一国の姫君なのだ。自分の様な、一介の亜人が何か言うべきでは無い、と口を閉じる。

 

 だが、この先制もラナーにとって、良い方向に働いた様だった。

 

「陛下もお解りになりますか? あの方は、とある貴族の娘なのですが、何と言いますか……」

 

「城に奉公に上がれば、箔が付くとでも思うておるのじゃろう? うまく行けば、内情や弱みも握れるやも知れぬしのう」

 

 遠慮のない言葉に、ラナーはポンっと手を合わせ、賛辞の言葉を口にする。

 

「さすがです、陛下! ですが、そのベールは取られないのですか?」

 

 羅紗の事が気になっている様である。しかし、そこはリリー・マルレーン。空気を吐く様に、嘘を吐く人物である。

 

「うむ。これはのう、未婚の信徒は、おいそれと人前に素顔を晒してはならぬ故の処置じゃ」

 

「まあ、そんな理由が! では陛下は、何れ旦那様を貰うのですか?」

 

 純真無垢に信じている様な口ぶりだ。

 

「うん? 妾がか? 何故にそうなる。嫁を娶るかもしれぞ」

 

 そう言って笑いながら司教冠(ミトラ)を外した。

 

「まあ!」

 

 ラナーは、口を隠しながら目を見開く。

 

「そんなにお美しければ、お顔を隠すのも当然ですわ」

 

「ふふん。褒めても何も出ぬぞ」

 

「そんな。御冗談を」

 

 法皇と王女の会談は、そんな朗らかな空気の下始まった。

 

 王国と法国の違い。帝国へ行った時の、街並みの様子。そんな事を話している内に、話題は身近な者達の事へ。特にラナーは、クライムと言う少年の事を、嬉々として話し出した。それは、堰を切った様に。

 

「ほう。なかなか勇敢な少年の様じゃのう」

 

「はい! クライムは凄いんですよ。先日も、地下で営業していた商館を、たった三人で潰したんですよ」

 

「ふむ。その話なら、妾の耳にも入っておる。何でも救出した娼婦が全員死亡したとか」

 

 リリー・マルレーンは、笑みを潜め言葉を紡ぐ。

 

「ええ。酷い話です」

 

 だが、ラナーは笑みを湛えたままだ。

 

「そうじゃのう。酷い話じゃ。救った者すら守れんとはの」

 

「どう言う、意味でしょうか?」

 

 ラナーの顔から、笑顔が消える。

 

「そのままの意味じゃ。無能、と言っておるのじゃよ。うぬの駄犬は」

 

 無能な駄犬、その言葉が引き金となったのか、ラナーが静かに立ち上がる。その行動に、相手をしてやる、とでも言う様にリリー・マルレーンも立ち上がる。

 

 相対する黄金の瞳と、エメラルドの瞳。一つの瞳には、怒りと殺意が浮かび、一つの瞳には、侮蔑と敵意が浮かぶ。

 

「陛下。いくら陛下でも、その御言葉だけは撤回して頂きたい」

 

「ほう。そんなに悔しいのかや? 妾が憎いのかや? しかし、撤回など出来るはず無かろう。自分の愛しき者の功に唾を吐く主人などに。それに気付かぬ程盲目な駄犬などに」

 

 リリー・マルレーンの言葉に対し、ラナーの瞳が大きく開かれた。

 

「な、何を……」

 

「私のクライムに、色眼を使うなんて……じゃったか?」

 

 ラナーは言葉を失う。今、リリー・マルレーンが口にした言葉。それは、あの夜訪れた、あの悪魔しか耳にしていない言葉なのだ。

 

「妾の目は何時も見ておる。妾の耳は誰の声でも聞いておる。妾の足は千里を駆け、妾の腕は全てを握りつぶす。良いか年中発情期の小娘。妾の配下の功に唾を吐いた事、努々(ゆめゆめ)忘れるで無いぞ。妾は法皇リリー・マルレーン。世界を創りし者ぞ」

 

 黄金の瞳に射抜かれ、ラナーは只、立ち尽くす他無かった。

 

「許しなど乞うてくれるなよ。そんな無様な姿を見せよう物なら、キサマの大切な物を奪い取ってくれるぞ。せいぜい足搔がよい。妾に尻尾を振ってみせよ。惨めに、必死に、ご機嫌を取るが良い。大切なクライム君を守る為に」

 

 そう言ってリリー・マルレーンは、ケラケラと笑うのだった。

 




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