くすむ楼閣
城塞都市エ・ランテル。そこに存在する宿の中で、一際威厳と格式を誇る黄金の輝き亭。その一室のドアが、控え目に、礼を持って叩かれた。
「入れ」
部屋の中からは、低く、重みのある言葉で入室許可の声が響く。
「失礼します」
凛とした硬質な声と共に、女は敷居をくぐった。
「モモンさ――ん。書簡が届いていました」
「…………たまに出るな、それ」
「すみません」
「いや、良い。それで、書簡とは?」
「こちらになります」
そう言って女は、
書簡を受け取った
男、モモンは書簡を受け取り、封蠟を外し目を通す。
「ふむ」
「どうか致しましたか? モモンさん」
「依頼だ」
「依頼?」
ナーベは首を傾げる。
自分達は冒険者だ。依頼書が回って来る事など日常茶飯事のはず。なのに、目の前のモモンは、それを不自然に感じている様に見える。
「あ、あの、モモン様」
「モモンだ!」
「モ、モモンさん。依頼書には何が?」
問いかけるナーベに、モモンは僅かに口を噤みながらも依頼書の内容を口にする。
「ナーベ。王都の東に位置する、エ・レエブルと言う都市を知っているか?」
「は、はい」
「そこの領主である、レエブンなる人物からの依頼でな、何やら近く物騒な事が起こるから、我々に来て欲しいそうだ」
モモンはゆっくりと言葉を紡ぐが、その言い回しは懐疑的に見えた。だが、一方のナーベには、字面通りの依頼に聞こえた。
「モモンさんは、この依頼に裏があると?」
ナーベは思い切って、問いかけてみる。その言葉に、モモンは若干緊張感を解いた様な口調で答えて来た。
「そうだなぁ。二つほど可笑しな点が見受けられる」
「二つ、ですか?」
「そうだ。物騒な事が起こる場所が、自分の領地では無く王都、と言う事だ」
「王都、ですか?」
「ああ。それに加えて、最も疑わしいのがコレだ」
そう言ってモモンは、数枚ある羊皮紙の内の一枚をナーベに渡した。
受け取るとすぐに、懐から解析眼鏡を取り出し、書簡を読み進めて行く。最後の行を読み終えたナーベだったが、首を横に傾げた。何も可笑しな点は見つからなかったのだ。
「モモンさん。不敬を承知でお聞きしますが、私には不審な点が見当ら無いのですが?」
そう言うナーベに、モモンは僅かに笑う様に息を漏らし
「文字では無い。書簡の一番下に有る紋様だ」
そう言われて、ナーベはそこへと視線を向ける。
「これは……蝶、でしょうか?」
そう、そこには蝋の上に、指輪だろうか、に刻まれた蝶が転写されていたのだ。封蠟の印とも違う印象が。
「うむ。これは恐らく暗示だな」
「暗示、ですか」
「ああ。何者かがレエブンなる人物を使い、我々を王都に導こうとしている。……いや。王都で起こる騒動に、加担させようとしているのだろう」
「では、その者が敵、と言う事でしょうか?」
ナーベの言葉に、モモンは沈黙で返す。そうだ、とハッキリと言い切れる理由が見当ら無いからだった。
そしてもう一つ。書簡に押された蝶の印象。
「蝙蝠、狼、狐、猫、蜘蛛、そして蝶」
「モモンさん、それは?」
「うむ。この六つの動物は、聞けば何て事無い様に思うが、私達の世界、そうYGGDRASILでは別の意味を持つ物なのだ」
「別の意味、ですか?」
思い出す様に語るモモンに、それを興味深そうに聞き入るナーベ。
「そうだ。この六つの象徴は、ある集団の一員である事を意味する」
「……集団? それは?」
「魔女の夜明け、だ」
魔女の夜明け、その言葉にナーベは鋭く反応する。
「そ、それは、ビクトーリア様の……」
「そうだ。そして、蝶はビッチさんを意味する紋章でもある」
「では?」
ナーベの問いに、モモンは右指をそのフルフェイスヘルメットのあご部分に寄せ、暫しの間考えると
「来い、と言っているのだろうな。あの魔女が」
そう結論を下した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
~王都・某所~
「集まりが悪い様だな」
薄暗い部屋の中に置かれた、円卓の一席に座る男が、不機嫌そうに呟く。
「ああ。奴隷部門と薬物部門が欠席だ」
最初に言葉を発した男の、隣に座る男が端的に答える。
「理由を知る者は?」
最初の男が口を開く。どうやら、この男がこの場、王国の裏を支配する組織、八本指の定例議会の議長の様だ。
しかし、この問いに答える者は存在しなかった。だが僅かな事実と、それから推察される事柄を語る者は居た。
見事な褐色の体躯。その肌に描かれた、数多くの刺青。剃り上げられた頭髪に、鋭い眼光。警備部門を統括する男。名は、ゼロ。
「ウチの所のサキュロントが姿を消した。その絡み、じゃねえのか?」
「巡回使のスタッファンも同様だと聞いたが?」
「ふむ。コッコドールにヒルマ。六腕のサキュロントに巡回使のスタッファン、か。繋がりは……」
「あの商館、ですな」
ゼロの言葉に導かれる様に、他の者も自分達が知っていた情報を開示して行く。それによって、バラバラだった積木が徐々に形になって行った。
「では、そのバラした従業員と執事服の男のトラブルが原因だと?」
「そうでしょうな。それを起因として、小銭目当てで動いたスタッファンに、コッコドールとサキュロントが同調した、と」
「しかし、何故ヒルマまで?」
「お忘れですか? あの商館の商品達に言う事を聞かせる薬は、何所から仕入れているのかを」
「成程。そう言う事か」
議長である男が、結論に行きついた、と口を開く。
「どう言う事ですかな? 議長」
「我々八本指に敵対する勢力、もしくは組織が、この王都の市場を狙っていると言う事だろう」
「その根拠は?」
「最も金になる部署の責任者が狙われている事だ」
「では、賭博部門が無事なのはどう言う理由だ?」
この問いに、議長は少し口を噤み考えると
「賭場は大々的に設置すると、露見しやすい。そちらは何れ、と言う事かもしれん。もしくは、我らの賭場を狙っているやもしれん」
議長の言葉に、場の全員が成程、と頷く。
「じゃあ、どうするんだ? 黙って指をくわえているのか?」
これはゼロの言葉だ。警備部門、荒事を主とする彼としては当然の言葉。このいちゃもんとも言える言葉に、議長は首を振る事で答える。
「いや。それでは我らが舐められる。原因となった商品を取り返し、奴らの裏を引き吊り出す。頼めるかな? ゼロ」
「ああ。六腕に任せておけ」
そう言ってゼロは口角を上げた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「聞いたか? デミウルゴス」
「はい」
夜の闇に染まる王都を一望に出来る神殿の鐘付き塔に、二人の姿はあった。
先の言葉を発した人物、ビクトーリア・F・ホーエンハイムの表情は険しい物だ。
「あれだけの注意喚起をして置いたのに、この始末じゃ。我らはそうとう甘く見られておる様じゃな」
「誠に嘆かわしい事で御座います。矮小な組織同士の小競り合い、とでも勘違いしたのでしょうか?」
「多分、の」
言葉短く肯定したビクトーリアの瞳が、爬虫類を想像させる物へと変化する。最早慈悲は尽きた、と。
「アインズは何と言っておる?」
「同じで御座います。今のビクトーリア様と」
「ゲヘナを速める。出来るか?」
出来ないとは言わせない。そんな空気を纏いながら、ビクトーリアはデミウルゴスに命令を下す。だが、そんな事はデミウルゴスにとっては織り込み済みの事であった。
「セバスから連絡を受けた時に、何時如何なる時にも対処出来る様にしております」
「ほう。人間の方はどうじゃ?」
「そちらも抜かりなく。本日の昼間に発情期のクソガキの手筈で、冒険者を集めたそうです」
デミウルゴスの采配に、ビクトーリアは満足げに首を縦に振る。
「決行は残されていた紙切れに記されていた時間、で宜しいですね?」
「無論。して、人員はどうなっておる?」
デミウルゴスの迅速の対応に、ビクトーリアは少し気が晴れたのか、日常会話でもする様な気軽さで問いかける表情を見るに、デミウルゴスも同様の様だ。
「はい。今回、事に当たる人員は、シャルティア、マーレ、プレアデスに私。そしてセバスとなります。ですが、セバスは
「うむ。良き配置じゃな。流石はデミウルゴス」
「いいえ。この人選は、アルベドの物です。御褒めの言葉ならば、是非アルベドに」
「そうか。後で声を掛けよう」
「アルベドも喜ぶ事でしょう」
確認作業とでも言うべき一連の会話が終了するのだが、ビクトーリアには一点腑に落ちない事柄があった。
「しかしデミウルゴスよ。シャルティアの名が出てはおらんかったのじゃが、あ奴の役目は何じゃ?」
単純な疑問。そんな調子でビクトーリアは聞いたのだが、デミウルゴスの表情は暗く、固まった。その顔を読み取るに、言いにくそうな事情がある様に思える。
「はっきりせえ。何を言われても妾は怒らんぞ?」
そう言われ、デミウルゴスは渋々、と言った感で口を開いた。
「……ゲート要因、です」
「はあ?」
「……退去時と、ビクトーリア様の盛上げ時でのゲート要因、となっております」
この言葉を聞いた瞬間、ビクトーリアの表情は、絶望を現したかの様に歪む。それは、悲しみから来る物では無く、哀れみを映す物だった。
「あ奴は、それで良いのか? 納得しておるのか?」
「……い、いえ。納得は……どうなのでしょうか?」
煮え切らないデミウルゴスの言葉に、ビクトーリアは盛大に溜息を吐き、右の指をこめかみに当てる。
「
魔法を発動すると、すぐに相手と繋がった。
「あら? お姉様ではありんせんか? それで、どこへ
一言目でこれだった。
「う、うん。まあのう。
「ほれ? それでは何用でありんしょう?」
「うむ。ゲヘナに当たり、少々シナリオの変更があった。うぬは戦闘要員として、アインズの側に立ってもらいたい。良いか?」
ビクトーリアの言葉が終わるが、シャルティアからの返事は無かった。
暫しの沈黙。さて、シャルティアは何と答えるか?
「ぐすっ。ずずっ。あ、あじがどうごじゃいまじゅー! ぐしゅ! じゃるでぃあ・びゅらっどぼーじゅん、いのじがげでぎゃんばりましゅ! あじがとう、おねえじゃまー!」
大泣きだった。絵に描いた様な大泣きだ。自分のキャラクター性でもある郭言葉を忘れてしまう程の。
「う、うん。詳細はデミウルゴスに伝えておくからの。ま、まあ。頑張りなんし」
「あじがとう、おねえじゃまー! あじがとう! あじがとうごじゃいまじたー!」
そんな感じでビクトーリアは
「妾の手札を三枚切る。シナリオの修正はこうじゃ」
この後、三十分程を掛け、ゲヘナのシナリオは再度修正された。
王国を舞台にした茶番劇まで後僅か。
感想お待ちしております。