OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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最強の称号

~王国某所~

 

 四方を石壁で囲まれた、ひんやりとした、それでいてどこかすえた空気が流れる場所に一人男が居た。

 

 どっかりと椅子に腰掛け、瞼を閉じたその姿勢は、何かを心待ちにしている様に見える。

 

 いや、実際に男は待っていた。自身の力を鼓舞する事が出来る事象を。自身の力を振るえる時を。自身が人間種最強と証明する機会を。

 

 その為に少女(廃棄品)をさらった。

 

 自身の部下をさらい、その部下が護衛に付いた同僚の商館を壊滅させた者と戦う為に。

 

 男の名はゼロ。

 

 王国の地下に巣食う闇組織、八本指の一人。六腕と呼ばれる、荒事を生業とする者達の(かしら)である。

 

 精神を集中させ、豪邸と言える屋敷の地下で時を待つゼロの耳に、カツンと言う硬い靴音が響く。

 

「誰だ?」

 

 ゆっくりと瞼を持ち上げながら、ゼロは視線の先に問いかける。

 

 言葉の先には、漆黒のローブを纏った者が幻の様に立っていた。

 

 ゼロはその姿を瞳に収め、幽霊(ゴースト)か? とも思うのだが、それは間違いだった。目の前の者は、地獄の扉を開く水先案内人、なのだから。

 

「俺は誰だ、と聞いているんだが?」

 

 訝しげに、それでいて苛立ちを顕にしながら、ゼロは再び問いかける。

 

 だが、目の前の者は何も答えはしなかった。その代わりに、懐から水晶を一つ取り出し

 

転移門(ゲート)

 

 呟く様に力ある言葉を紡いだ。

 

 その言葉に呼応し、ローブの者の前に波打つ様な暗闇が現れる。

 

 そして、その暗闇から産み出される様に何者かが衣ずれの音と共に姿を現した。

 

 拘束服を思い起こさせる様な衣装。

 

 左右で白と黒に別れた髪色。

 

 髪とは逆の意匠を持つ虹彩異色。

 

 スレイン法国の最高機密の一つ。

 

 人間種最強の存在。

 

 人類の守り手。

 

 漆黒聖典 番外席次にして、法皇直轄部隊ナコト写本の隊長。

 

 名を伏せし者、絶死絶命。

 

「あなたが、お爺ちゃんのお嫁さんをさらった愚か者?」

 

 囁く様に、絶死絶命の唇が動く。

 

 その声色は穏やかな物だったが、どこか憤りを感じさせた。

 

「嫁だと? ああ、あの廃棄品の事か」

 

 ゼロはわざと挑発的な言葉を口にする。目の前に居るのは、年端も行かぬ小娘。警戒する必要も、危険視する必要も無い。只、力でねじ伏せれば良いのだ。

 

 メインディッシュ前の前菜。肩慣らしにはちょうど良い。薄ら笑いを浮かべながら、ゼロはゆっくりと立ち上がる。

 

 だが、立ち上がり再びその視界に絶死絶命を捉えた瞬間、背筋に冷たい物が流れた。

 

「廃棄品? おおさまが、その名を持って救おうとした者が廃棄品? 度しがたいほどの恥知らずね」

 

 言葉は平坦な物なのだが、その身に纏うオーラは怒りの色を示していた。

 

「ふん。こ、小娘が生意気な――ヴッ!」

 

「私にその名を言って良いのは、おおさまだけ」

 

 ゼロの腹部に、拳がめり込んでいた。

 

 一体何があったのか? 絶死絶命との距離は、僅かにだがあったはずだ。なのに、何も見えなかった。

 

 目の前に居たはずの女が次の瞬間、自分に拳を叩きこんでいた。

 

 だが、耐えられない程では無い。腹筋に力を貯め、ゼロは攻撃の姿勢を取る。

 

「自信があったみたいだが、この程度らしいな。フンッ!」

 

 力強く、ゼロは拳を突き出す。狙いは女の顔面。一撃で血の花を咲かせるつもりだ。

 

 しかし、その攻撃は届かなかった。

 

 絶死絶命の、その可憐な表情を映す顔の僅かに前。掌一枚の所でゼロの拳は止まっていた。

 

 いや、実際に絶死絶命の掌によって防がれたのだ。ゆっくりと指を折り、ゼロの拳を握り締めた絶死絶命は

 

「遅い。そして……軽い」

 

 残酷な言葉を呟きながら、拳を握り締めた。

 

 グシャリ!、もしくはバキリ! と言う心地の良くない音を立て、ゼロの右拳はあっさりと握り潰された。

 

「グッ、ガァァ」

 

 ゼロは潰れた右手を庇う様に左手で包みこみ蹲る。

 

「どうしたの? 掌が一つ潰れただけでしょ? まだ、左手があるじゃない。肘も、足も残ってる。まだ戦えるでしょ?」

 

 無慈悲かつ容赦の無い言葉を絶死絶命は口にする。

 

 それに応えたのかは不明だが、ゼロの身体がゆっくりと起き上がった。

 

「お、俺は最強なんだ。ニンゲンサイキョウはオレ……だ」

 

 まるで自分を鼓舞する呪文の様に言葉を呟きながら再度戦おうとゼロは立ち上がる。だが、仕切り直しなどと言う生易しい事を許す程、絶死絶命は甘くは無い。

 

「そう。最強、なんだ」

 

「グワァ!」

 

 ゼロの声が地下に響く。

 

 その声と共に、再びゼロは地に這いつくばる事になった。

 

「立ちなさい。まだ、左腕と右足があるでしょ」

 

 そう、言葉と共に絶死絶命はゼロの左膝を正面から蹴りつけたのだ。

 

 それによって現在ゼロの左足は、あらぬ方向へと曲がっていた。いや、へし折られた、と言った方が正しいだろう。

 

「立たないの?」

 

 絶死絶命は再度ゼロに言葉を掛ける。

 

 だが、ゼロは一向に立ちあがる気配を見せない。

 

「……俺が、俺が最強なんだ。……人間で最強なのは……俺なんだ」

 

 呟く様に、自分に言い聞かせる様にゼロは呟く。そうしなければ、心が、自分が折れてしまう、とでも言う様に。

 

 だが、そんな自己防衛も遙かな高みに立つ強者にとっては、哀れな戯言にしかならなかった。

 

「あんたさ、人間種最強とかいってるけど、……高みは遥か彼方なの解ってる? 人間なんて矮小な種族の中で一番になっても、他の種族には何の意味も無い事解ってる? 私が此処に来たのもそう。あんた程度の奴が、おおさまの姿を見る事すら意味の無い事だから」

 

「……王様、だと? 一体どこの王だ? 俺はランポッサなど容易く殺せる! 皇帝だって殺せる! 一体どこの王が俺を殺せると言うのだ!」

 

 もはや絶叫と言ってもいい物だった。ゼロの声が地下に響き渡る。そんな恫喝と言っても良い声に、絶死絶命は涼しい顔で真実を語る。

 

「おおさまは、おおさま。煉獄の王ビクトーリア・F・ホーエンハイム様。あなた程度では、どんなに手を伸ばしても、恋焦がれても、振り向かせる事すら出来ない御方。ん? 違うか。あんた達が振り向かせた。絶対に敵に回してはいけない人達を。二度も注意を喚起されたのに、あなた達は踏み入れた。化け物のテリトリーに。絶対強者の庇護する者に手を掛けた。この意味が解る? 哀れな人?」

 

 絶死絶命の言葉に、ゼロは言葉を失った。

 

 コッコドールとスタッファンをさらい、今襲撃を掛けているのは、自分達と同じ地下組織の者では無いのか?

 

 八本指のメンバー達の意見は、そう言う方向で固まったでは無いか。

 

 廃棄品を連れ去ったのは帝国の商家の人間だったはずでは無いか。

 

 誰も教えてくれなかった。

 

 誰も知らなかった。

 

 自分は何て愚かな事をしたのだろう。

 

 自分は何て愚かなのだろう。

 

 ゼロの頬を自然と涙が伝う。

 

 その意味は、ゼロ本人ですら解らない。

 

 悔しいのか、死にたく無いのか、それとも両方なのか。

 

 だが、目の前にいる死を告げる者は冷酷だった。慈悲も無く、救いの言葉も無く、只、そう只この言葉を告げるのみであった。

 

「誰に喧嘩を売ったのか、死んだ後でも後悔しなさい。私はスレイン法国法皇直轄部隊ナコト写本の隊長、絶死絶命。では、ごきげんよう」

 

 言葉と共に、ゼロの頭部を蹴り上げる。

 

 その力は今までとは異なり、事も無げにゼロの頭部は胴体と別れを告げ、天井に潰れる様に張り付いた。

 

「はーあ。そんな恨めしそうな目をしちゃって、次に産まれる時は、ドラゴンにでも産まれる様に祈りなさい」

 

 そんな別れの言葉と共に、絶死絶命は本来の任務を遂行する為の行動を開始した。

 

 地下にある幾つもの部屋のドアを、手当たり次第に開け目当ての人物を探す。

 

 三つほど開けた所で、絶死絶命は少女と邂逅を果たした。

 

 奇麗な金髪に、どこか幸薄い表情。そして、仕立ての良いメイド服。

 

「あなたがツアレニーニャ?」

 

 まるで興味が無い、とでも言う様に絶死絶命は本人確認の言葉を口にした。

 

「は、はい。………わ、わたし、が、ツア、れ、です」

 

「そう、良かった。じゃあ、お爺ちゃんが来るまで、一緒に待とうか」

 

 絶死絶命の言葉に、ツアレは引き攣る様に驚きを顕にする。

 

 目の前の女が言う事が本当なら、セバスが此処に来ると言う事になる。

 

 何故? 

 

 そんな言葉しか、ツアレの脳裏には浮かばなかった。自分の様な女を、何故に助けに来るのだろうか? 

 

 それに、この女性もそうだ。あの屋敷には、こんな人物は居なかった。

 

 ならば、誰かが指示を出し、自分の救出を指示した、と言う事になる。

 

 一体誰が? 

 

 お嬢様が指示を出したのだろうか? 

 

 それとも、あのアインズ・ウール・ゴウンなる人物だろうか? 

 

「……あ、あの」

 

「なに?」

 

「あ、あなたは、だ、誰の……」

 

 ツアレがたどたどしく言葉を綴る途中で、絶死絶命は何を言いたいのかを理解した。

 

「わたしは別系統の命令で動いているの」

 

「べ、別系統?」

 

「そう、わたしの主人はビクトーリア様。ビクトーリア・F・ホーエンハイム様」

 

 絶死絶命の口にした言葉で、ツアレの表情が一変した。

 

 ビクトーリア・F・ホーエンハイム。

 

 この世界で生きる者ならば、知らぬ筈が無い名前。

 

「……煉獄の、王」

 

 呟く様にツアレは、その者の敬称を口にする。それを受け、絶死絶命は柔らかい笑顔と共にゆっくりと頷いた。

ツアレは思う。

 

 自分は無限の確立の中で、とんでもない人達に救われたのだと。それはまるで、砂漠の真ん中で一粒の砂金を見つけた様に。

 

 願わくば…………愛しい妹との再会を。しかし、この願いは表には出さず、そっと心の奥底にしまい込み鍵を掛ける。それまで願うのは過ぎた思いだと。

 

 その時、部屋の外から太い男の声が響いた。

 

「ツアレ! 何所ですか!」

 

 その声に反応して、ツアレの肩が揺れる。

 

 聞き覚えのある声。温かく優しい、それでいて力強い声。

 

 僅かに視線を巡らせると、絶死絶命の反応も同様の物だった。

 

 絶死絶命はツアレの手を取り、起き上がらせると静かにドアを開け、通路へと誘導する。壊れ物を扱う様に。ゆっくりと、慎重に。

 

 通路の端、下り階段を降り切った場所にその者達は居た。

 

 ナザリック地下大墳墓執事(バトラー)セバス・チャン。そして冒険者だろうか? 数名の男の姿も見受けられた。

 

 セバスの姿をその瞳に映し、ツアレはほっと息を吐く。

 

 だが、ツアレの反応とは違い、セバスの方は驚きを映す。

 

 理由は単純。

 

 絶死絶命の姿。

 

 何故、彼女が此処に? 

 

 理由など考えるまでも無かった。

 

 セバスはツアレを抱きしめると、視線を絶死絶命に向け。

 

「ビクトーリア様に感謝を」

 

 静かに頭を下げる。

 

 この謝辞に絶死絶命は、必要無いと首を横に振るのだった。

 

 




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