OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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疑念

 ベリュースの喉にフラッグポールを突立てたまま一息ついていたビクトーリアの背後から、弱々しい声が聞こえる。ゆっくりと振り返ると、血と土で汚れた服を着た老人が近寄って来ていた。

 

「あ、あの、あなた様は?」

 

 そう言う老人の遙か後には、ベリュース達によって集められたこの村の住人とおぼしき人達が見える。ビクトーリアはこの老人が村の顔役なのだろうと推測した。

 

「妾か? 妾は単なる通りすがりの者」

 

 ビクトーリアの答えはそっけない物だった。

 

 その時、ビクトーリアの形の良いお尻に何かがドスンとぶつかる。首を傾げながらその方向へと視線を向けると、森で見かけた姉妹の妹が張り付いていた。

 

 小さな手で必死にビクトーリアのスカートを掴み、しがみ付いている。村長は顔面蒼白で妹を引き離そうとするが、妹は何かを呟きながら離れようとはしなかった。

 

 ビクトーリアは手で村長の行動を制止すると、妹の頭へと手を伸ばす。柔らかな髪の感触を楽しむ様に優しく頭をなでながら妹に声をかけてみる。

 

「幼子よ、もう脅えんでも良い。」

 

 そう言われても妹は首を横に振り離れようとはしない。はて困ったとビクトーリアが思案していると、姉を伴いセバスが近寄って来た。

 

 そして、妹を見つけたとたん脱兎の如く走り出し、村長同様に顔を青くして姉は妹を離そうとする。ビクトーリアは先ほどと同様、姉を制止すると妹の脇に手を差し込み抱き上げた。

 

 妹と視線が合わさる位置まで持ち上げると

 

「幼子よ、名は?」

 

「ネ、ネム」

 

 妹、ネムは小さな声で答える。

 

 それを聞き、ビクトーリアはニッコリと優雅に微笑み

 

「ネムか。……良き名じゃ」

 

 そう言うとネムをしっかりと抱きしめた。

 

 自分の心臓の鼓動を聞かせる様に。

 

 そうしながら視線を村長に向け

 

「そなたらはアレの捕縛と死者の埋葬。それから……このゴミの始末を」

 

 指を指しながら指示を出す。

 

 アレとは失神しているロンデス達を指し、死者とは村人達、そしてゴミはそこらかしこに転がっているベリュース達を指していた。

 

 しかし村長は頷くものの行動を開始しようとはしなかった。これに疑問を抱いたビクトーリアは周りを見渡す。そしてそれが視界に映る。ポツンと寂しげに立っているデス・ナイトが。

 

 ビクトーリアは声には出さなかったが「ああ」と呟き、空に向って手招きをした。村長も姉も不思議そうに上空を見上げるが、そこにある物を見つけるや表情が一変する。

 

 そこには夜空よりも暗い、漆黒のカーテンが揺らめいていた。いや、目を凝らせばそれが人だと言う事が解って来る。漆黒のアカデミックガウンを纏った何者かが空中に浮遊していた。

 

 村長も姉、エンリも魔法と言う物は知っていた。だが、空を飛ぶ魔法を使う者など、長年生きて来た村長ですら出会った事が無かった。まだ年若いエンリなどもっての他だ。

 

 ポカンとただ空を見つめる事しか二人は、いや、この場に居る者達は出来なかった。

 

 じっとその人物を見つめていると、それが少しずつ大きくなって来るのが解った。僅かな時間の後。それは自分達の前へと降り立つ。

 

「初めまして。私はアインズ・ウール・ゴウン。旅の魔法詠唱者(マジック・キャスター)です」

 

 礼儀正しくモモンガ、いや、アインズは語りかけるが、返事は帰っては来なかった。

 

「あれ?」

 

 アインズは首を傾げながらビクトーリアに視線を向けた。

 

 二人の視線が交差した瞬間………………ビクトーリアは顔を背ける。結果、アインズと視線を交わしているのは、何か不思議な動物を見る様な目をしたネムだった。

 

 そしてビクトーリアの身体は小刻みに揺れている。まるで笑いを堪えるかの様に。

 

 アインズは不思議に思っているのだが、実際には当たり前の対応だった。

 正体不明な大男が.両手に厳ついガントレットを嵌め、泣いている様な、怒っている様な何とも表現しずらい仮面をつけて、なおかつそんな男が丁寧に挨拶をして来るのである。それも自分達が命の危機にあった直後に。目の前で多くの命がたった一人に蹂躙される現場を見せられた後に。

 

 返事を返せと言う方が酷である。

 

 だが、この中で空気を読まずに発言が出来る者が一人だけいる。その人物が、やっとの事で口を開く。

 

「そ、その仮面が怪しすぎるからですよ。嫉妬マスクさん」

 

 ビクトーリアが笑いを堪えながらもアドバイスを送る。

 

〜嫉妬マスク、正式名称は嫉妬する者たちのマスク。十二月二十四日、クリスマスイブの十九時から二十二時までの間に二時間以上ログインしていると強制的に手に入ってしまうアイテムであり、本当の意味での呪いのアイテム。いや、呪い、怨み、妬みと言った負の感情が込められたアイテムである〜

 

 見た目からして怪しげな人物が、怪しげな仮面を着けての登場ならば、反応はこんな物だとビクトーリアは言う。

 

「変装して来いって言った……」

 

 文句の一つでも返してやろうとアインズは口を開いたが、ビクトーリアの姿を見たとたん言葉を失った。

 

「どうかしましたか?」

 

「ビ、ビッチさん。………………いつの間に子供を産んだんです?」

 

 言葉を言い終わった瞬間、アインズの視界が揺れた。ビクトーリアの右ストレートがアインズの顔面、いや嫉妬マスクの顔面を捉えたのだ。

 

 しかしそこは呪いのアイテム、頑丈さならピカイチの物だった。近接戦闘向きの職業を多く取っているビクトーリアに殴られても持ちこたえたのだから。壊す事も捨てる事も出来ないとは、呪詛が詰まったアイテムとは良く言った物である。

 

「失礼じゃな。失敬じゃぞ。これは妾の子では無い。セバスも何か言うてやれ」

 

 ゲーム時代の口調と共に、無茶振りと言ってもいい程の振りでセバスに助けを求める。しかし、セバスもセバスで、エンリと手を繋ぎながら空いた手で鬚を撫で

 

「微笑ましい光景で御座います、ビクトーリア様」

 

 そう言って腰を折る。

 

 ビクトーリアはため息を一つ吐くと村長と向き合い

 

「こちらの者達は妾の連れじゃ。心配の必要は何も無い」

 

 そう言って村長の疑心暗鬼を解こうと試みるが、完全には不可能だった。

 

「皆様は何故に我らの村をお助け下さったのじゃろうか?」

 

 村長のこの言葉でアインズもビクトーリアも成程と頷きあう。この人達は信じられないのだろうと。何の見返りも無く、鎧を着込み、剣を持った者達から誰かを救おうと思う者などいるのか? と。それも旅人が、である。

 

 それならば、とアインズは口を開く。納得出来ないのであれば、納得良く理由を付けてやればいいのだと。

 

 アインズはコホンと咳払いを一つすると

 

「なに、我々とて無償で……」

 

 そこまで言った時、ビクトーリアが一歩前に出た。

 

 そして……

 

「幼子が襲われていたのじゃ。助けるのが当たり前であろう。そなた達は只のおまけよ、気のする程でもあるまい」

 

 そう言ってネムに向けビクトーリアは微笑むのだった。

 

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