OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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 モモンはヤルダバオトと剣を交し、イビルアイはコロンビーヌと、ガガーラン、ティアはエントマと相対していた。

 

「流石ですね、モモン」

 

 自身の武器である、伸ばした爪の汚れを払う様に腕を振り、ヤルダバオトはモモンに向け賛辞の言葉を投げかける。

 

「ふっ。世辞など言っても、何も出無いぞ」

 

「ご謙遜を」

 

 冗談を言い合う様な緩い空気を醸し出しながら、お互いの表情が緩む。まあ、モモンの方は、フルフェイスの兜で表情は見えないのだが。

 

「さて、コロンビーヌ、スパイダー、児戯はそれくらいにして下りなさい。そろそろ、本番の時間ですよ」

 

「本番?」

 

 ヤルダバオトの言葉に、モモンは疑問の声を上げる。

 

「はい、本番で御座います。王都の皆様に楽しんで頂ける演目を用意致しました。特に……あなたに」

 

 そう言ったヤルダバオトの表情は、仮面で解らないが、恐らくは愉悦の表情を浮かべているのだろう。

 

その中で一つ、モモンには聞き逃せない言葉が混じっていた。

 

「……俺に?」

 

 呟く様に口にした言葉だったが、ヤルダバオトの鋭敏な耳はそれを脳へと伝える。

 

「ええ。ええ、そうですともモモン。あなたを愛する御方が、あそこでお待ちになっております」

 

 楽しげに、そう宣言したヤルダバオトの右手が上る。

 

 指し示された方角は、王都の中心地近く。

 

 場に居合わせた全員の視線が、その方向へと向けられる。その瞬間、地表から炎が湧きあがり、街の数ブロックを囲う様に炎の壁と化した。

 

「……ゲヘナ、か」

 

 再びモモンが、呟く様に言葉を口にする。

 

「左様で御座います。流石はモモン」

 

 茶化す様に、楽しげにヤルダバオトはそう賛辞を贈る。

 

「あの魔法で何をするつもりだ!」

 

 二人、相対するモモンとヤルダバオトに、イビルアイが口を挟んだ。

 

「ふむ。塵芥が私に質問をしますか。まあ、良いでしょう。ここで袖にすれば、今度こそ私は消し飛ばされかねませんからね」

 

 ヤルダバオトが私情を呟きながら、視線をイビルアイへと向け、その口を開く。

 

「そこのゴミ……いや、矮小な者よ。私の主人の慈悲と共に、あなたの質問に答えましょう。あの魔法はゲヘナ。なあに、怖れる事はありませんよ。単純な魔法ですので」

 

「単純、だと?」

 

「ええ。何の害もありません。そうですねぇ……あの炎で囲われた範囲内では、悪魔が少しだけ強化される、と言う程度の物ですよ」

 

 ヤルダバオトの何でも無い、とでも言うかの様な言葉に、蒼の薔薇のメンバーの表情は凍り付く。

 

 悪魔。

 

 言葉だけ聞けば、モンスターの一種の様に感じる種族でもある。

 

 だが、悪魔と言う種は、出合う事などまずは無い。出あってはいけない種族だとも言える。それほどに力を持ち、遭遇すれば死を意味する者達。そんな者達の力が僅かにでも強化される……それは、信じがたい事柄だった。

 

「「な、何だと!」」

 

 イビルアイとガガーランの声が重なる。

 

 唯一言葉を発しなかったティナだが、ヤルダバオトを見つめる瞳には、二人と同じ感情が浮かんでいた。

 

 その感情の名は、憎悪。しかし、その凄まじい憎しみを向けられるヤルダバオトは楽しげに、すこぶる楽しげに三人を見つめる。

 

「ふふっ」

 

 ヤルダバオトから、嘲笑、とも取れる笑いが口についた。

 

「……何が可笑しい」

 

 イビルアイの口が、重々しく開かれる。

 

「あなた達が、こんな簡単に、私達に糧をくれるのが可笑しくてねぇ」

 

「糧、だと?」

 

「ええ。憎しみこそが我らの糧。もっと憎みなさい。その分だけ我らは強くなる」

 

「くっ!」

 

 ヤルダバオト、いや、悪魔の言葉に蒼の薔薇の三人は奥歯を噛み締める。

 

 昔から、負の感情は悪魔の糧となると言われていた。それが真実であったと悪魔本人の口から宣言されたのだ。実際にはビクトーリアが唄った嘘なのだが。

 

 だが、これで神話は完成される。

 

 アインズへの裏切り者と言う配役の通達。

 

 ゲヘナと言う舞台装置の設置。

 

 現地のニンゲン達への布告。

 

 下準備は整った。

 

「ではモモン、私達は一旦下がらせて頂きます。後ほど炎の向こうで御会いしましょう」

 

 ヤルダバオトは礼を持って腰を折ると、スパイダー、コロンビーヌと共に闇に溶けて行った。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 掻き消えた暗闇をじっと見つめていたモモンに、背後から声がかかる。

 

「し、漆黒のモモンとお見受けする。加勢、感謝する」

 

 イビルアイだ。

 

 その声に反応し、モモンは後ろへと視線を向ける。イビルアイを先頭に、ガガーラン、ティナが並ぶ。

 

「しっかし、アンタすげーなぁ」

 

 手放しで賛辞を贈るガガーラン。

 

「でも、アイツはあなたを知っているみたいだった」

 

 疑問を口にするティナ。

 

(知っているみたいって、実際知っているし……何て答えたら良いんだ? デミウルゴスは、ビッチさん主導の作戦って言ってたし…………あの駄巨乳、肝心な所をぼかす癖があるからなぁ。クソッ、腐れ魔女が! こうなったらアドリブで行くしかないか)

 

「ああ、以前にな。ここから遙か南の地で、一度やり合った事がある」

 

「裏切り者、とは?」

 

「さあな」

 

「しかし……」

 

 はぐらかすモモンに、ティナは食らいつく。

 

「止めろ、ティナ」

 

 何時までも続くと思われた押し問答に、思いがけない所から救いの手が指し伸ばされた。

 

「誰にだって、話したく無い事はある。私にだって、お前だって」

 

「…………解った。すまない」

 

 イビルアイの言葉に、ティナは素直に頭を下げる。

 

「いや、良い。それよりも……」

 

 モモンは気にする素振りも見せず、視線を再び炎へと向けた。

 

「そうだな、まずは……アレだ」

 

 イビルアイの言葉に蒼の薔薇のメンバーは同意、と頷いた。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

~王都 王城 玉座の間~

 

 リ・エスティーゼ王国 国王 ランポッサ三世は、玉座に腰を下ろし、上がって来る報告に耳を傾けていた。

 

 だが、隣に控える王国戦士長 ガゼフ・ストロノーフの耳には、重要な報告ですら雑音と化していた。

 

 彼の瞳に映るのは、炎の壁。彼の耳にこだまするのは、何時か聞いたあの声。

 

(……俺は何をしているんだ)

 

 王国戦士長と言う立場と、王国戦士長としての自分。その狭間で彼は揺れていた。

 

 王国戦士長と言う立場は、王を守れと言う。

 

 だが、王国戦士長としての自分は? 

 

 あの声が脳裏から離れない。

 

 何時も自分を攻め立てる。

 

 何時も自分の足を、前へと踏み出させようと急きたてる。

 

 

 “ガゼフ・ストロノーフよ、国とは何じゃ?”

 

 

 そう、あの時出会った、出合ってしまった世界の危機の言葉。

 

 その言葉がガゼフを攻め立てる。

 

 お前は何をやっているのだと。

 

 民草が、今、恐怖に震えているのだぞ、と。

 

 お前が立つべき戦場は、そこでは無いのか? と。

 

 ガゼフは一度頭を振ると、ゆっくりとランポッサ三世の前で膝ま付く。

 

「王よ、王国戦士長の地位を退く事をお許し戴きたい」

 

 ガゼフの言葉に揺らぎは無い。

 

「せ、戦士長よ、一体どうしたのだ?」

 

 方や、国王、いや、この場に居た者達は驚きの言葉を口にする。中には、「臆したか!」「平民上がりは」などと口汚い者達も居たが、ガゼフの耳には入っては来ない。

 

 ガゼフ・ストロノーフの望みは只一つ。

 

 あの日、あの時、救えなかった者達を救う事。

 

 そんな事は無理だと解ってはいる。

 

 死んだ人間は、帰っては来ない。

 

 だが、今、まさに今、怯え、泣いている民達を救う事が出来たならば、あの時救え無かった開拓村の民達が笑ってくれる様な気がしたのだ。

 

 自分が、武の道を選んだのは、この日のためだったのだと思うのだ。

 

 ガゼフは熱く、胸の内をランポッサ三世に語る。

 

 だが、その考えは浅墓だとランポッサ三世は窘める様に言葉を紡いだ。

 

「戦士長よ。君の考えは、高潔な物だ。武人として正しく、強き者としても褒められる物だろう。しかし、王国戦士長と言う肩書は、そんなに軽い物ではないぞ」

 

 ガゼフはグッと奥歯を噛み締める。

 

 解っていた。

 

 解っている。

 

 戦士長として、王の身を第一に守らねばならぬ事など。

 

 しかし、この場に彼の者が居たら何と言うだろうか?

 

 自分達に、戦士としての輝きを見た、と言ってくれた彼の者が。

 

 ガゼフは拳を握りしめ、懐に仕舞っていたアイテムを差し出した。

 

「戦士長よ、これは?」

 

 問いかけるランポッサ三世に対し、ガゼフはアイテムの効果を包み隠さず開示する。

 

「王よ、これは王国の秘宝ガーディアンと同じ効果を生むアミュレットに御座います」

 

「な、なんと!」

 

 ランポッサ三世は、震えながらそのアイテムに手を伸ばす。

 

「王よ、それは献上致します。今後とも健やかに。良き国を」

 

 ガゼフは穏やかな表情でそう言葉を口にし、ゆっくりと立ち上がる。

 

 その姿を鋭い眼差しで見つめたランポッサ三世は

 

「戦士長よ、そなたの決意は理解した。ならば、余も逃げる訳には行かぬ」

 

 そう言い立ち上がる。

 

「民の下へ参る。戦士長よ、戦士団と共に余に続け」

 

「…………御意!」

 

 




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