OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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真皇

 普段なら月が優しく照らす王都は、地獄絵図と化していた。

 

 王都の一角は、炎の壁で切り取られ、モンスターが跋扈する魔界へと姿を変えている。

 

 上空にはソウル・イーター、ガーゴイルが飛び回り、地上を逃げ回る民達の背後には、オーバー・イート、レッサー・デーモンが襲い掛る。

 

 だが、人間も無力では無かった。

 

 王国戦士団、冒険者、はては引退した冒険者達が苦戦しながらも悪魔達と渡り合っている。しかし、それも一時しのぎでしか無く、徐々に押され劣勢となって行った。

 

「クソッ! 数が多すぎる!」

 

「諦めるな! 私達が最後の希望なのだぞ!」

 

 弱音を吐く年若い王国戦士に、ラキュースの檄が飛ぶ。

 

 しかしラキュース自身も、悪魔の圧倒的な数に飲まれ様としていた。

 

 だが、天は人間を見捨ててはいなかった。

 

 悪魔達が波の様に人間を飲み込もうとした瞬間、それは空から舞い降りた。

 

 夜の闇を写し取ったかの様な漆黒の全身鎧(フルプレート・アーマー)。力の象徴の様に構えられた、二本のグレートソード。

 

 アダマンタイト級冒険者、漆黒のモモン。

 

 モモンは地面に着地した瞬間に、身体を捻り手に持つ双刃を振るう。その威力は凄まじく、一閃で何体ものレッサー・デーモンが砂粒へと消えていった。

 

「大丈夫か? 苦戦していた様だが?」

 

 振り向く事無く、背後に居るラキュースに問いかける。

 

 失礼、とも取れる言葉だが、ラキュースは気にする事無く感謝の言葉を口にする。

 

「すまない、助かった。しかし、あなたは一体?」

 

 それと同時に、疑問の声も上げた。その問いかけの答えは、モモンの口からでは無く上空から示される。

 

「漆黒のモモン。エ・ランテルのアダマンタイト級冒険者だ。名前くらいは知っているだろう?」

 

「イビルアイ! あなた……」

 

 一体どうして? そんな言葉も続か無い程、ラキュースは混乱の中にいる。

 

 何故エ・ランテルに居るはずのモモンが、王都に居るのだろうか? 何故イビルアイは、そんな彼と行動を共にしているのだろうか? 疑問は尽きない。

 

 茫然とするラキュースだが、その答えを語る者が今度は背後から現れる。

 

「レエブン候からの依頼だそうだ」

 

 声の方向へと振り向く。

 

「ガガーラン! それに、ティナも! 二人も無事だったのね」

 

 喜びを顕わにするラキュースだが、ガガーランの表情は浮かない物だった。

 

「どうしたの? 何かあったの?」

 

「ああ。悪い知らせだ」

 

 この言葉によって、ラキュースの表情が一気に硬い物へと変化する。無言でガガーランを見つめる瞳は、先へと促している様に一点を見つめる。暗黙の了解、それを十分理解しているガガーランは、これまでの事を語る。

 

「そんな! 悪魔達だけでも苦戦している状況で、さらに上位種まで居ると言うの!」

 

「ラキュース、そうじゃ無い。上位種のさらに上が居るかも知れない」

 

「なんですって!」

 

 ラキュースは目を見開き、絶望、とも言える表情を形作った。

 

「その話、本当なのか?」

 

 蒼の薔薇のメンバー同士の会話に、割り込む者が現れる。

 

「あ、あんたは……」

 

 ガガーランが驚くのも無理は無い。現れた者は、ガゼフ・ストロノーフ。この国の、王国戦士長だ。

 

「すまんな。邪魔をするつもりは無かったのだが、聞き流せ無い言葉が聞こえたのでな」

 

「い、いや」

 

 立聞きしていた事を素直に謝罪するガゼフに、ガガーランは恐縮した様に短い言葉で返事を返した。

 

「それで、上位種のさらに上が居ると言うのは本当なのか?」

 

「ああ。俺達を圧倒した二体の敵、それに命令を下す者が居たんだよ」

 

「それが、上位種?」

 

 ラキュースの問いに、ガガーランは一度だけ頷き、再度言葉を突き付ける。

 

「そいつが言ったんだ。自分の主が待っていると……」

 

「待っているって…………一体誰を?」

 

 ラキュースの問いに、ガガーランは前方へと視線を向ける。

 

「モモン殿を? 何故?」

 

 呟く様に言葉を発したのはラキュースのみだったが、場の全員の気持ちも同様の物だった。

 

「他には何か言ってなかったか?」

 

 ガゼフの言葉にガガーランは沈黙するが、答えはイビルアイからもたらされる。

 

「確か……魔界の反逆者、えーと、名前は……ア、アイン何とか……」

 

「アイン? まさか……」

 

 イビルアイの言葉にガゼフ一人だけが反応を示す。

 

 そして、足はモモンの下へ。

 

 ガゼフはモモンの隣に立つと、静かな声で言葉を掛ける。

 

「初めまして、で良いのかな?」

 

 ガゼフなりに何かを感じたのか、その態度はよそよそしい物だ。

 

 モモンもガゼフの気遣いに何かを感じたのか

 

「ふっ。どうだろうな。王国戦士長殿」

 

「そうか、そうだな」

 

 御互い目を合わせ無い。見つめる先は只一つ。ゲヘナの中心。

 

 さあ、ここからが本番だと、モモンが一歩を踏み出そうとした瞬間、上空から拍手の音が響く。

 

「皆様、御休憩は済みましたかな?」

 

 赤いスーツを身に纏った、仮面の悪魔がそこに居た。パチパチと、小馬鹿にする様に拍手をし、胸に手を当て一礼をする。

 

「お前が、悪魔達の親玉。そう思って良いのか?」

 

 モモンの問いに、仮面の悪魔は軽く首を横に振り

 

「いいえ。我が主は、遙か高みに座る御方」

 

 陶酔する様な言葉を紡ぐ。

 

「では、キサマは何者なのだ?」

 

 ガゼフが問いかける。

 

「私ですか? 私はヤルダバオトと申します。魔皇、と呼ばれている者です」

 

「「魔皇……」」

 

 冒険者達にどよめきが感染して行く。

 

 そして、それは恐れに変わり、恐怖へと変化して行った。

 

「む、無理だ……。魔皇なんて存在、相手に出来る訳が無い」

 

 一人の冒険者が呟いた一言が、混乱の引き金を引いた。

 

 一人、二人と後ずさりし始め、それが伝染する様に多くの冒険者達が戦場から逃げ始める。口々に、言葉にならない悲鳴を漏らし、我先にと魔皇ヤルダバオトに背を向ける。その地獄、とも取れる光景を、ヤルダバオトは仮面の下で満足げに見つめると

 

「止まりなさい!」

 

 大きく、威厳のある声を響かせる。

 

 その後の光景を、蒼の薔薇、ガゼフ・ストロノーフ、上級冒険者達は忘れないだろう。

 

 脱兎の如く逃げ惑っていた者達の動きが止まったのだ。

 

「な、何が起こった、の」

 

 理解が追い付かない、とでも言う様に、ラキュースが呟く。

 

「精神だ。ヤルダバオトは、精神に干渉したんだ」

 

「そんな事が?」

 

「出来る。魅了などのスキルの上位互換だと思えば」

 

 イビルアイの説明に、納得のいったラキュースだが、それを防ぐ手立ては持ってはいない。

 

 それを嘲う様にヤルダバオトは、次の言葉を口にする。

 

「膝を付き、(こうべ)を下げなさい」

 

 動きが止まっていた冒険者達は、言葉通り振り向き膝を付きながら頭を下げる。その姿はまるで、王宮で王に謁見する騎士の様だった。

 

「あ、あなた達……」

 

 驚きの表情を顔に張り付かせ、ラキュースは何とか言葉を絞り出す。

 

「か、身体が、言う事をきかねぇ」

 

 冒険者の言葉を受け、ラキュースは憎しみの瞳でヤルダバオトを睨みつける。しかし、その表情を嘲うかの様にヤルダバオトは両腕を水平に上げ、高らかに宣言する。

 

「さあ、絶望の始まりです。我が皇の姿を戴のです!」

 

 ヤルダバオトの言葉に反応する様に、盛大なファンファーレと共に王都の中央広場に暗闇が産まれる。

 

 その中から、巨大な旗をはためかせながら、二体のスケルトン・ソルジャーが姿を現した。

 

 続いて四名の仮面を付けたメイドが。

 

 その後に、巨大な、身の丈を超える鉈を手にした着物姿の獣人(ライカン・スロープ)の女性。

 

 そして最後に、二十体は超える鎧を纏ったスケルトン・ウォーリアーに担がれた神輿が現れる。

 

 その神輿の中央には、豪華な、それでいて不気味な、あらゆる種族が入り混じった骨で創られた椅子が一脚。それに腰掛けるは、純白のドレスに身を包んだ、鴉の様な仮面の女性が。

 

「我らが皇。魔界の支配者。全ての善なる者の敵。光への反逆者。真皇インゴット・ナインテイル様! 愚かなる者達よ、控えなさい!」

 

 ヤルダバオトの言葉により、冒険者達の頭はさらに下がり、石畳へと擦り付けられる。

 

 混乱が渦巻く中、インゴット・ナインテイルはゆっくりと立ち上がり口を開く。

 

「下等なる者達よ、ワルプルギスの夜会へようこそ参られた。妾がこの夜会の主催者、インゴット・ナインテイルである。この夜、うぬらの出来る事は只一つ。阿鼻叫喚の声を上げ、妾を楽しませる事のみ。さあ、夜会を始めようぞ!」

 

 インゴット・ナインテイルの視線は、冒険者達に注がれる。

 

「ふむ。少々数が多い様じゃな。しかし、妾達と相対する者は、どれほど居るか? 間引きを兼ねた予選と行こうかのう」

 

 仮面の隙間から覗く艶めいた唇の端を僅かに上げ、インゴット・ナインテイルはいやらしく言葉を紡ぎ両の手を上げる。その仕草に反応し、二十枚程の札がインゴット・ナインテイルを囲む様に出現した。

 

「散れ」

 

「はぁーい」

 

 言葉を合図に、札は四方に飛び内包された姿を現す。身の丈を遙かに超える蜘蛛達の群れ。

 

 インゴット・ナインテイルの足もとから妙に幼い声が漏れたが、それはあえて無視を決め込んだ。

 

 石畳を、壁を埋め尽くす様に存在する蜘蛛は、一斉に冒険者に向けその牙を向ける。その矛先は、モモンですらも差別は無い。

 

「ふんっ!」

 

 迫り来る蜘蛛を、モモンは右のグレートソードで一刀の元仕留める。

 

 その姿をインゴット・ナインテイルは見逃さない。右手を上げ蜘蛛の行動を制止すると

 

「やはり守ったか。裏切り者、魔界の勇者モモン! いや、アインズ・ウール・ゴウン!」

 

「な!」

 

 モモンは声を失う。

 

 一体どう言うシナリオで、この茶番劇は展開されているのだろうか?

 

 ビクトーリアは、自分をどうしたいのだろうか?

 

 その真実はすぐに明かされる事になる。

 

 距離があったモモンとの間を一瞬の内に詰め、インゴット・ナインテイルは蹴りを放つ。虚を突かれノーガードで受けたモモンは膝を付いた。

 

「何を――」

 

 モモンが言葉を紡ごうとした瞬間、自身が被るフルフェイスの兜がインゴット・ナインテイルに掴まれた。

 

「脆弱なるニンゲンよ、真実を知るが良い。知って絶望するが良い。さぁさ思い出して御覧なさい、自分がどんな姿だったのかを」

 

 そう言ってインゴット・ナインテイルは、掴んだ兜に微弱な電流を流す。漆黒だった兜は、徐々に色を変え、熱を発生させて行く。電磁波による分子の高速振動。電子レンジの原理である。

 

 モモンは、真っ赤に変色した兜をインゴット・ナインテイルの手を振りほどくと同時に消し去った。

 

 そして現れたのは、当然の如く皮膚も何も無い髑髏の顔。

 

 モモンのさらしたその姿を、インゴット・ナインテイルは満足げに見つめ

 

「あーはっはっはっ! 見たか? 見たであろう? 自分達が信じた、自分達が助けを求めた人物が何者だったかを! キサマラはアンデッドに、忌み嫌うアンデッドに救われていたのじゃ! 愉快であろう? 痛快であろう? ぎゃーはっはっはっ!」

 

 場が声を失う。

 

 それほどまでに驚きが大きかったのだ。

 

 それはモモンも、いや、アインズも同じであった。

 

 自分の正体を晒す事に、一体何の意味があるのだろうか?

 

 その回答は、すぐに訪れた。

 

 高笑いを決め込むインゴット・ナインテイルに向け、石が投げられたのだ。力は弱く、ゆっくりなスピードだが、確かに石が投げられた。

 

 アインズは、石の放たれた方向へと視線を向ける。

 

 そこには、場に相応しくない者が居た。

 

 幼い少年が。

 

 しかし、アインズはその少年に見覚えがあった。

 

 何所かで出会ったのでは無い。その少年の産まれた時から知っていた。

 

 その少年とは………………ナザリック地下大墳墓、桜花聖域に居るはずのオオトシ。領域守護者であるオーレオール・オメガが使役する人型モンスターである。

 

 そのオオトシに向けインゴット・ナインテイルは

 

ドラゴン・ライトニング(龍雷)

 

 魔法を放つ。

 

ウォール・オブ・ストーン(石壁)

 

 その攻撃を、アインズは石の壁を出現させる事で防いだ。

 

「正気か!」

 

 激怒するアインズに対し、インゴット・ナインテイルも感情を爆発させ

 

「やはりか! やはり脆弱なニンゲン風情を守るのか! 我らを裏切り、二度も! そちらの側に立つと言うのだな! アインズ・ウール・ゴウン!」

 

「モモンさんは勇者なんだ! 悪魔になんてまけないんだ! アンデッドだって、アンデッドだって、ぼくたちの味方なんだ!」

 

 オオトシが叫ぶように声を張り上げる。

 

「そうだな。どんな姿であっても、どんな種族であっても、ゴウン殿はゴウン殿だ」

 

 ガゼフが迷いを断ち切る言葉を発しながら一歩前へと進み出る。

 

「そうだ。その通りだ」

 

「助けてもらった恩は返さなきゃあな」

 

「同意」

 

 イビルアイが、ガガーランが、ティナがガゼフの横に並ぶ。

 

「あなた達が信じた人物ならば、私も信じるわ」

 

「私も」

 

 ラキュース、ティアも名乗りを上げる。

「ふふっ。かかっ! ぎゃーはっはっはっ! ならば掛って来るが良い。我ら仮面の悪魔を打ち滅ぼして見せよ。そのアンデッドが、キサマラの英雄だと証明して見せよ!」

 

 今、王国最大の敵との戦いが幕を開ける。

 

 




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