OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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悲しみの果て

 見上げるクリスタル・モニターには、インゴット・ナインテイルがアインズに貫かれる場面が映し出されている。

 

「!」

 

 その事象を見た瞬間、アルベドが声にならない声を上げた。

 

「偽物と解ってはいても、あまり良い気分が致しません」

 

 黄金の魔女に視線を向けながら、自身の胸中を口にする。

 

 その言葉に反応するかの様に、黄金の魔女は玉座へと続く階段から腰を上げた。

 

「ビ、ビッチ様?」

 

 アルベドが不安げに声を上げる。

 

「申し訳御座いません。主の命令とは言え、あなたを謀っていた事を謝罪致します」

 

 言葉と共に、黄金の魔女の、いや、ビクトーリアの身体に変化が起きた。

 

 染み一つ無い白い肌は、健康的な褐色に。金糸を思わせる艶やかな髪は、鈍い光を湛えた銀色に。

 

「初めて御会い致します。ビクトーリア様のNPCとして創造して頂きましたタナトス、と申します」

 

「あ、あなたは……」

 

「種族はドッペルゲンガー。主な仕事は、ビクトーリア様の影となる事で御座います」

 

「影? 影武者……」

 

 アルベドは、たどたどしく言葉を返すのみ。

 

「本日の命は、ビクトーリア様の影としてナザリックに有る事。そしてもう一つは…………アルベド様を封殺する事」

 

「私の、封殺」

 

 アルベドは、自分の喉がどんどんと乾いて行くのを感じていた。

 

 此の者の話を聞いてはいけない、と心が警戒する。

 

 現状を早く確認しなければいけないと、心臓が早鐘を打つ。

 

「はい。ビクトーリア様の計画で、一番の障害はアルベド様でした」

 

「わたし、が?」

 

「はい。ビクトーリア様の危機に、アルベド様はどんな事があっても駆けつけるだろうと」

 

「あ、あたりまえよ!」

 

「ですから、ビクトーリア様は私を使い、アルベド様をこの地に、ナザリックに縫い付ける事にされたのです」

 

 タナトスの言葉が進んで行く度に、アルベドの頬を嫌な汗が伝う。

 

「で、では……あのクリスタル・モニターに映る――」

 

「本物のビクトーリア様です」

 

「い、いやーーーーーーーーーーーーーー!」

 

 タナトスの語る真実に、アルベドは膝を付き絶叫の声を上げた。

 

「では、私はまだ仕事がありますので、失礼致します」

 

 タナトスは丁寧に腰を折ると、漆黒の闇に溶けて行った。

 

 広い玉座の間には、只、アルベドの声だけが響きわたった。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 ビクトーリアは、アインズをその胸から解放すると、ゆっくりと背を地上に向け落下して行った。

 

「ビ、ビッチさん!」

 

 アインズは手を伸ばす。だが、ビクトーリアの手を掴む事は叶わなかった。

 

 急ぎ後を追うアインズを嘲う様に落下の速度は増して行き、最後には不愉快な音を立て石畳に叩きつけられた。衝撃からなのか、ビクトーリアの付けていた仮面がコトリと言う軽い音と共に外れる。

 

 その瞬間を間近で瞳に収めた者が居た。

 

 ε、(イプシロン)と名乗ったソリュシャンと戦闘を行っていたナーベラルである。

 

 冷静に、表情を表に出さずに戦っていたナーベラルだが、落下して来たビクトーリアの表情を見て顔色が一気に変わった。白く白磁の様な肌は、見る見る青ざめ、その切れ長の瞳は歪み見開かれる。

 

 ビクトーリアの瞳はドロリと色と焦点を無くし、艶やかな唇にはべったりと吐き出された血液が張り付いていた。そして、胸部、厳密には胸の谷間からは、清水が湧き出るかの如く紅の液体が滾々(こんこん)と溢れていた。

 

「あ、あう、びくとーりあ、びくとーりあ……さま」

 

 ナーベラルは、ゆらゆらと歩き出し、その身体はビクトーリアの横に沈み込む。

 

 腕は宙を彷徨い、行きついた先はビクトーリアの胸だった。只失って行く物を止める為に、血液の流れ出る場所に手をかざす。掻き集める様に、こぼさない様に。

 

 徐々にナーベラルが纏っていた白いシャツが赤く染まって行く。それに呼応するように、冷静さが消えて行った。

 

「なんで! なんで止まってくれないの! びくとーりあさま! びくとーりさま! いやーーーーー!」

 

 もはや半狂乱、と言う状況だった。

 

 最早、場の誰もが動きを止めていた。仮面の悪魔も、冒険者達も。

 

 その中で空中から黒い影が飛来する。

 

「ナーベ、まずは止血だ。ポーションを」

 

 アインズは、ビクトーリアの傷口にポーションを掛けようと手を伸ばす。だがその腕は、下から伸びた手によって防がれた。

 

「ま、まだ。まだ終わってはおら、ぬ」

 

「ビッチさん!」

 

「ビクトーリア様!」

 

 アインズとナーベラルの声のみが響く王都に、暗闇が産まれ、何者かが転移して来た。

 

 銀色の髪に白い仮面を付け、対称的な褐色の肌。そして黒いドレスを纏った者が。

 

「ヤルダバオト様、お疲れさまでした。おいで下さいまし、インゴット・ナインテイル様」

 

 言って膝を折り、招く様に両手を前に出す。

 

 インゴット・ナインテイル? 彼の者は何を言っているのだろう? 場の全員が疑問を心に浮かばせる。その言葉の意味はすぐに解った。

 

 ビクトーリアから剝がれ落ちた仮面から足が伸び、先ほどの者の方へと歩き出したのだ。褐色の仮面の悪魔は、足元まで来た仮面を腕に抱く。

 

「あなた方が何を思っているのかは解りませんが、その血塗れの骸は、我らが真皇様ではありあせんよ」

 

 無慈悲で冷たい言葉だった。

 

「真皇様は、この方。我らは仮面の悪魔。体など、使い捨ての駒でしかありません」

 

「何だと!」

 

 ガゼフの声が響く。

 

「で、では、この者は?!」

 

「その骸ですか? その物の名は……ああ、そうでした。その物は煉獄の王。煉獄の王ビクトーリア・F・ホーエンハイム。私達の敵であった物です。そうそう、お礼を言い忘れました。ありがとう御座います。私達の敵を葬り去ってくれて」

 

「「!」」

 

 誰もが驚きと絶望を顔に張り付かせた。

 

 その表情を見つめ、褐色の仮面の悪魔は口角を釣り上げる。

 

「解って頂いたようですね。あなた達は、自分自身で希望を摘み取った、と言う事を」

 

「もう良いかしら? 次の身体を探す為に、世界を超えるのでしょう?」

 

 真実を語る褐色の仮面の悪魔の横に、白蓮が現れる。

 

「はい。次はもっと強い身体を」

 

 そう言い残し、褐色の仮面の悪魔と白蓮は暗闇に消える。それに続きヤルダバオトが、仮面のメイド達が姿を消した。

 

 これによって、王国は救われた事になる。

 

 場は安堵で覆われていた。

 

 茶番劇の終わりを耳にしたビクトーリアは、その血濡れた口を開く。

 

「モモンガさん。後を見て下さい」

 

 アインズは早くポーションをと言うが、ビクトーリアの言葉は強く、譲らない。

 

 言葉通りアインズは、ナーベラルは後に視線を向ける。そこには、安堵の表情で座り込む者達が居た。

 

「彼らを守った、のは、あなた、ですよ」

 

「ビッチさん!」

 

「この世界は美しい。空も、水も、人々も。でも、心は……。だから導いてあげて。アンデッドであるあなたが手を広げてあげて。全てを飲み込み、全てを混じり合わせた世界を。人も、人間種も、亜人種も、異形種も、そしてアンデッドも。みんな一つに。その為の布石を、スレイン法国に残して来たから。ね、モモンガさん」

 

 ビクトーリアの言葉は弱々しく、握られている手にも重さを感じない。

 

 いや、違っていた。ビクトーリアの手が、足が、身体の至所が黄金の砂粒と化して消えて行っているのだ。

 

「ビッチさん!」

 

「ビクトーリア様!」

 

「くすっ。泣かないの、ナーベラル。すぐに会えるから」

 

「本当、ですか?」

 

 ナーベラルの瞳に涙が浮かぶ。

 

「ビッチさん」

 

 アインズが静かに声を掛ける。

 

「ふふん。妾は消えんよ。じゃが、少しだけ疲れた。少し眠ろうと思う。なにせ、転移して来てからこっち、妾は働き詰めじゃったからのう」

 

 無理をしている。アインズにはハッキリと解った。

 

 だが、今の言葉は煉獄の王の言葉だ。

 

 ならば、自分も返さなければいけない。この心優しき友に。

 

「人、その友のために命を捨てること、これより大いなる愛は無い」

 

「ふふっ。久しぶりに聞いたのう。言っていたのは誰じゃったかのう。ダブラのやつじゃったか? エロ鳥では無いのは解って、ケホッ」

 

 咳き込みと共に、新たな紅がビクトーリアの顔を汚す。

 

「有給休暇扱いにはしませんよ。給料を減らしたくなければ、早く戻って来て下さいね。なにせあんたは、あなたは、ナザリックの神なんですから」

 

「くくっ。そうかぁ。給料が減らされるかぁ。ならばすぐにでも戻らねばな。なにせ妾は……無一文じゃか……」

 

 アインズの手の中で、ビクトーリアの身体は砂の粒へと消えて行った。

 

「ゴウン殿」

 

 ガゼフが声を掛ける。

 

「ああ。解っている」

 

「ビクトーリア殿の事……」

 

 ガゼフは、そこから先の言葉が出てこなかった。

 

 何時も自分を急かした声。

 

 何時も自分の背中を押してくれた声。

 

 成りたかった自分になれる様に信じてくれた声。

 

 その者が逝ったのだ。

 

 残念だ。お悔やみ申し上げる。そんな言葉では言い表せない。

 

 だが、アインズは気丈に立ち上がる。その髑髏の顔を隠す事無く。

 

「戻って来ると言ったのだ。煉獄の王がそう言ったのだ。我々は信じる他無いだろう。いや、信じなければいけない。違うか? 戦士長殿」

 

「ガゼフだ。ガゼフと呼んでくれ」

 

 そう言ってガゼフは右手を差し出した。

 

「では、私の事はアインズと呼んでくれないか?」

 

 言葉を返し、骨の手でガゼフの右手を握り返す。

 

「ふふっ。アインズの手は暖かいな」

 

「お世辞も好い加減にした方がいいぞ、ガゼフ。私はアンデッドだ」

 

 アインズの言葉に、ガゼフは二度首を横に振る。

 

「違う。貴公はアンデッドでは無い。貴公は我々の戦友だ。そして……救国の英雄だ! そうだろ、みんな!」

 

 後ろを振り返り、言葉を突き付ける。

 

 一瞬の沈黙の後、場は喝采に包まれた。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 あの戦いから数日。

 

 ナザリックは沈黙に覆われていた。

 

 アルベドは、ビクトーリアの寝室に籠っていた。

 

 セバスは、只、膝を付き悲しみに堪える。

 

 ナーベラルは星青の館の書斎に籠り、彼の者が座っていた椅子を見つめる。

 

 他の者も同様で、自室に籠り悲しみに堪えている。

 

 デミウルゴスに至っては、アインズの玉座の隣に位置する、もう一つの玉座を凝視し続けている。

 

 コキュートスは、只、一心に刀を振るう。

 

 一方シャルティアは、自身の部屋から一歩も出ては来ない。

 

 そして、アウラ、マーレ。年若い彼女、彼らは、闘技場の観覧席に座り事態を受け入れられずにいた。

 

 最後に、ナザリック大墳墓、第九階層、ロイヤルスウィート。アインズの自室である。

 

「クソッ! クソっ! 何が帰って来るだ! 何が煉獄の王だ! 俺達が! 俺が! クソッ! ビッチさん………………何で、何で!」

 

 自室のベッドを破壊し、アインズは荒れ狂う。何度も、何度も、沈静化は起こるが、それ以上に感情が湧き上がり荒れ狂う。

 

「全く。妾が数日留守にしただけでこの荒れ様とは。余程寂しかったのかや? このボッチ骸骨は」

 

 懐かしくも聞き覚えのある声が背後から聞こえた。

 

 アインズは疑いながらも振り返る。

 

 そこには、恋焦がれた姿があった。

 

「ビッチさん」

 

 アインズは、いや、モモンガは。只そう口にした。

 

 




王の帰還、残りあと一話。
感想お待ちしております。

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