戦士達が戦場へと向かった後、村人達は速やかに村長の家に集められた。
村長と共に立つアインズとビクトーリアから状況を説明され、一時はパニックに陥った村人達だが、今は何とか落ち着きを取り戻しつつあった。
アインズは村長と共に今後の事についての話を詰めている。
周囲にナザリックのモンスター達を潜ませると言う案をアインズは提案したのだが、それはビクトーリアによって止められた。
現状アインズはデス・ナイトを召喚し使役している。これはビクトーリアが葬儀の場で蒐集した情報によると、およそ一般の魔術師が到達出来るレベルを遙かに超えている事が解った。そして、デス・ナイトが伝説級のモンスターである事も。
そんな伝説を具現化出来る者が、さらに伝説を上乗せしたらどうなるのだろうか?答えは二つしか無い、そしてそこから湧きあがる感情も二つしか無い。隷属か敵対、羨望か嫉妬である。
YGGDRASIL時代でもそうだった。強大なギルド、アインズ・ウール・ゴウンに対して敵対の立場を取っていたプレイヤー達はどうしただろうか?
結果があのナザリック地下大墳墓千五百人大行進である。まあ、その音頭を取ったのはビクトーリア達なのだが、いくら情報操作、いや、情報提供系のクランだとしても、火種の無い所では火を熾す事は出来ないのだから。
だからビクトーリアは慎重策を取った。
そしてもう一つの懸案、ビクトーリアにはこちらの方が重要だった。
それは、アインズ、いや、モモンガのイメージを恐怖で固める事を避ける為であった。
この密談とも言える会議に参加していたセバスは、こっそりとビクトーリアにある質問をしていた。それは、先ごろアインズにした質問と同じ物だった。
何故、ここまでこの村を守るのか?
アインズの答えはビクトーリアの種族から来る物だと言った。だが、ビクトーリア本人の答えは全く別の物だった。
“モモンガさんを孤独にさせない為に必要な事”
デス・ナイトと戯れるネムを見つめながら呟いた。
恐怖が支配する部屋の中に視線を向けながらセバスは困惑する。この村を救う事が、何故自分達の絶対的支配者を孤独にしない事に繋がるのか。
ましてや、アインズは孤独なのでは無い。自分達、ナザリックのNPC達が居るのだから。セバスの胸中に不安と疑念が渦巻いて行く。
もしかしたら、ビクトーリア・F・ホーエンハイムと言う者は、自分達からアインズを奪う者では無いかと考えてしまう。
そう考えながらセバスは視線でビクトーリアを探した。だが、その姿はこの場には居なかった。
セバスはアインズの元に近づき、ビクトーリアの所在を質問して見た。恐恐としながら、「お前が知る必要は無い」と言われる事も覚悟しつつ尋ねるとアインズは不快感など一切無く居場所を教えてくれた。
確認したい事があるから外に居ると。セバスは執事然とした礼を取るとビクトーリアの下へ行く許可を申し出る。それもまたあっさりと許可された。外の警戒をすると言う事を含めて。
セバスは戸口で村人達に対して一度腰を折ると、屋外へと踏み出した。
さて、目当ての人物はと視線を巡らせると、お目当ての人物はあっさりと見つかった。村長の家の前に広がる畑、その境界の柵に腰掛けながら、手元にある何かを凝視していた。
セバスはゆっくりと近づくと良く通る低い声で、決して不敬に当たらない様に声をかける。
「ビクトーリア様」
声で気が付いたのか、はたまたすでに知っていたのか、ビクトーリアは自然に返事を返して来た。
「ビクトーリア様は此処で何を?」
セバスの問いかけに対して、ビクトーリアは手に持つ遠隔視の鏡を見せつつ
「戦況の確認、かのう。彼らがどこまでやれるのか。敵がどんな者達なのか」
「成程」
「じゃが……そんな事を聞きに来たのでは無いのじゃろ?」
セバスの表情が一瞬ひきつった。一体どこまで見抜いているのだろうと。しかしこれは好都合でもあった。セバスは腹の中にある疑問をぶつけて見ようと覚悟を決める。
「ビクトーリア様。ビクトーリア様は先ほどこの村を救う事が、アインズ様を救う事だとおっしゃいましたが……」
「そうじゃ。それが何かや?」
「ですが孤独にさせないとは一体?」
「そのままの意味じゃが?」
「恐れながら、アインズ様には我々が、ナザリックの僕達が居ります。決して孤独になど……」
「無理じゃな。お前達では無理じゃ。いや、今のお前達と言い直しておこうかの」
ビクトーリアの言葉はセバスには理解出来ない物だった。
体の奥から憎しみと殺意が湧き出して来る。自分の創造主を奪い、今、たった一人残ってくれた絶対的支配者をも奪おうとする者に対して。
だが、ビクトーリアの表情には何の変化も無かった。ただ、ただじっと遠隔視の鏡を見つめるだけだった。
セバスは右の拳にゆっくりと力を集中させていった。何時でも目の前の化け物を屠る事が出来る様に。だが、そんな事知った事かとでも言う様にビクトーリアが語りかけて来た。演技では無い、普通の言葉で。
「セバス、君はモモンガさんが雪が黒いと言ったら、どう答える?」
この行動は、セバスに取っては虚を突かれる格好になったが、何とか平静を装いつつ返事を返す。
「アインズ様が仰っているのです、雪は黒いと返すべきでは?」
「だからダメなんだ」
「何故です」
「今の君達は人形だ。創造主にそうあれと創られた喋る人形に過ぎない。そしてそれはアインズの中からモモンガさんを消し去って行く。君達は自分自身で、君達の言う慈悲深き御方を消し去って行くんだ」
「あなたに何が解る! 我が創造主の血肉を食らった、我らから至高の御方達を奪ったあなたが!」
セバスの感情が爆発した。
僅かにでも、その背に自身の創造主を重ねて来たがゆえに、それは激しい物となった。だが、ビクトーリアの態度は変わらず柔らかいままだった。まるで駄々をこねる幼子を優しく諭す母の様でもあった。
「君達は依存しすぎている。全てをモモンガさんに委ね過ぎている。恐らく……いや、決して君達はモモンガさんに対して反論など出来ないだろ?」
「当然のこと!」
「そこがダメなんだ。良いかいセバス、敬愛と心酔は似ている様で全く違う物なんだ。君達はモモンガさんを完璧な支配者だと思っているかも知れないが、それは間違っている事なんだ」
「……」
ビクトーリアの言葉にセバスは何も言う事が出来なかった。いや、セバスには理解出来なかった。
アインズが完璧では無い? それがNPCとして創られたセバスには理解出来なかった。
自分達を創造し、支配者として君臨した者達が完璧な者では無い。これを瞬時に理解しろと言うのは少々可哀そうだと言う事をビクトーリアも気づいていた。だから言葉を続ける。
「いいかい、セバス。モモンガさんが完璧な人物だったのなら、何故アインズ・ウール・ゴウンなるギルドは創られたんだい? 何故彼ら四十一人は集って行動していたんだい? 人には、いや、どんな種族にも長所と短所がある様に個人にもそれは有る。その短所を補う為に群れるんだ。モモンガさんは完璧な存在では無い。だからこそ、その短所を君達が補って行くんだ。失敗する事もある、でも、それで良いんだ。その時は私が全力を掛けて守ろう。忘れないでおくれ愛しき子らよ、君達を見捨てず、最後まで残った心優しき支配者はアインズ・ウール・ゴウンでは無く…………モモンガさんだと言う事を。そして支えてあげてくれ、何時か私が消えてもモモンガさんが消えない様に」
セバスの右手からは力が抜けていた。自分の創造主が何故自分の身を捧げたのか、その一旦が理解出来た様な気がしたからだった。
セバスは主従の関係では無く、ビクトーリアと言う人物に興味を引かれた。ナザリックでも無く、アインズ・ウール・ゴウンでも無く、モモンガを守れと言う神に。
そうだから、こう言う方だから自分の創造主は、と思えてしまう。そして最後の言葉が刺を産んだ。
「ビクトーリア様……消えてしまうとは?」
言葉を言いながら体が震えていた。忠誠心からでは無い、何かの感情がセバスを支配して行った。だが、ビクトーリアは姿勢を崩さず飄々と
「言葉のあやだ」
そう言ってほほ笑んでいた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
カルネ村での光景を遙か彼方、ナザリックの地から覗き見ている者達がいた。
アルベド、ユリ・アルファ、ペストーニャ・ワンコの三名だ。
アインズからビクトーリア捜索の命を受けた三人が執務室に残された遠隔視の鏡で今までの光景を見守っていた。
ユリとペストーニャの顔は驚きと驚愕を現していた。まあ、ペストーニャの顔は犬そのもなので表情を読み取るのは至難の業なのだが。
「やはり、ビクトーリア様は……」
そう呟いたユリに、ペストーニャも同意する。
「私達が知らない何かがビクトーリア様と至高の方々との間にはある様ですね」
「くふーー! ビッチさまー!」
真剣な顔で心情を語る二名とは違い、アルベドは恋する乙女のそれだった。
「………………わん」