OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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地獄

 膨れ上がった光は破裂音を残して霧散し、上空からは金色の砂粒が降り注ぐ。

 

 これを見て、この光景を見せられて戦場にいる者達はやっと気付いた。気付かされたと言っても良い。今、自分の目の前に居る者は、圧倒的強者だと言う事に。

 

 驚きなのか、恐怖からなのか、誰も口を開く者はいなかった。その戦場に相応しくない静寂が支配する中、唯一人何とか言葉を絞り出す事に成功した者がいた。陽光聖典リーダー、ニグン・グリッド・ルーインだ。

 

「なんだ……何だこれは? だ、誰だ! 誰なんだ! 貴様は誰なんだ!」

 

 呟く様に発せられた言葉は徐々に大きくなり、最後には恫喝の様であったが、ビクトーリアにとっては何の効果も無かった。そして「ふむ」と一つ呟くと声を挙げる。

 

「妾はビクトーリア。ビクトーリア・F・ホーエンハイム。以後、御見知りおきを」

 

 ビクトーリアは嘲る様に、また茶化す様に名乗りをあげる。それを聞いた瞬間、ニグンは膝から崩れ堕ちた。そして、ぶつぶつと呟く様に

 

「嘘だ。嘘だ。嘘だ。………………」

 

 それだけを繰り返しながら、ビクトーリアだけを見つめ続けた。ニグンの虚ろな眼差しは、ビクトーリアの一つ一つを確認する様にその瞳に映す。流れる様な黄金の髪、人では有り得ない金色の瞳、素材が何か解らない鈍い光沢のドレス、そして、先ほどの雷の魔法。

 

「……煉獄の王。煉獄の王ビクトーリア・F・ホーエンハイム」

 

 ニグンはポツリと呟く。

 

 その言葉は伝染病の様に陽光聖典内へと広がって行った。そして一人、また一人と膝を着き戦意を失って行く。

 

 そんな光景を王国戦士団は茫然とした状態で眺めて居た。ガゼフに至っては何が起こっているのかすら理解の外にあった。

 

「何がどうなっているんだ? スレイン法国の奴らから戦意が消えたが……」

 

 ガゼフの言葉に、横に居た戦士団の一人が答える。

 

「隊長はご存じ無いのですか? 煉獄の王のお話を」

 

「煉獄の王?」

 

「スレイン法国に降り立ったと言う六大神が、六人がかりでも封印がやっとと言う神であり……」

 

「であり? まだ何かあるのか」

 

「あの八欲王が恐れた唯一の者」

 

「何だと……では俺達は、神話を目撃していると言うのか」

 

 煉獄の王のお伽話を語った戦士も、ガゼフの問いに目を伏せ「恐らく」と答えるのが精一杯だった。

 

 六大神への信仰が薄い王国戦士でもこのあり様だ、信仰が厚いスレイン法国の民だったらどうなのだろう? それは陽光聖典の者達を見れば、一目瞭然だった。

 

 煉獄の王のお伽話はスレイン法国に生を受けた者なら、子供の頃に誰もが聞くお話である。それこそ親が子を叱る時「そんな事をしていると、煉獄の王に攫われるぞ!」と言われるくらいメジャーな名前であった。

 

 その人物、いや神が目の前に居るのだ。嘘だと、騙りだと言い張る事も出来るだろう、しかし先ほどの二つの魔法、数多の天使を一撃で、一瞬で消滅させた事実がそれを許さない。もう認めるしか無いのだ、今、目の前に居るのは、煉獄の王ビクトーリア・F・ホーエンハイムなのだと。

 

「煉獄の王よ」

 

「………………………なにかな?」

 

「も、申し訳ありません!」

 

 ニグンはビクトーリアの名を呼ぶが、ビクトーリアの返事が遅れた為、機嫌を損ねたと思い額を地面に擦り着ける。だが、それは勘違いだ。ビクトーリアの返事が遅れた理由は、何故異世界であろうこの地で、自分を知っている者が居るのかと言う驚きからだった。

 

 驚きから素の言葉遣いが出てしまう程に。

 

 しかし驚いてばかりもいられない、彼らが自分に対して何らかの恐怖を持っているのなら都合がいい、聞きたい事を全て聞き出そうとビクトーリアは頭を切り替える。何故自分の名を知っているのか?と言う事を聞きたいのは勿論なのだが、まずはコレからだろう。

 

「うぬら、スレイン法国の者で間違い無いな?」

 

 この問いにニグンは黙って頭を縦に振る。

 

「名は?」

 

「スレイン法国、陽光聖典リーダー、ニグン・グリッド・ルーインであります」

 

「ニグン、か。カルネ村への襲撃、うぬらのしでかした事で良いな?」

 

「は、はい。ですが!」

 

 ニグンは何か言い訳を付け加え様とするが、ビクトーリアの視線で止められる。

 

「目的は?」

 

「も、目的……」

 

 ニグンは驚愕した、目の前の神はスレイン法国の目論見など関係無く、ただ村を襲ったからと言う理由だけで力を振るったのだ。改めて理解した、これが神と言う物なのだと。

 

 自分の気分で力を振るう、気に入った者は助け、気に入らない者は滅ぼす。神とはそう言う者で、信仰とは只のご機嫌取りにしか過ぎなかったのだと。

 

「は、はは、はは」

 

 ニグンから乾いた笑いが漏れだす。

 

 ビクトーリアは気でも触れたか?と眉をひそめるが、ニグンはポツリポツリと懺悔を始めた。スレイン法国の為、六大神の教えに従い、それが正しい事と信じ、国の暗部として手を汚して来たと。そして最後にこう言った。

 

「神よ。煉獄の王よ、私を裁いて欲しい」

 

 周りを見れば、陽光聖典皆が頭を下げている。どうやら満場一致の意見の様だ。

 

 しかし此の案件、ビクトーリアに取ってはどうでも良い事だった。ハッキリ言えば面倒臭かった。かと言って、飽きた、もう帰って良い、などとは言えない。

 

 此処で放り投げてしまったら、エンリやネムの怒りや恨みはどうなる? 一様王国戦士団も被害を受けた、馬も死んだ。

 

 さてどうすべきか、ビクトーリアは必死に落とし所を探す。そして閃いた。コイツら自身で責任を取って貰おうと。

 

 もしかしたら、甘い処置なのかも知れない、しかし、スレイン法国と言う国がどれほどの規模かも解らない現状で、無暗に「じゃあ、死ね」は下策と判断しての事だった。

 

 ビクトーリアは両手を大きく広げると力強く言葉を紡ぐ。

 

「従属たる天よ、無慈悲な雨を降らせ、レインメーカー」

 

 言葉に反応する様に上空に波紋が浮かび、剣が十振り程落下し地面に突き刺さる。

 

 別にビクトーリアは、特別な事をした訳では無い。只単純にアイテムボックスを開いただけだった。それらしい呪文めいた何の意味も無い言葉を呟きながら。

 

 だが、陽光聖典からどよめきが起こる。空から剣が降って来たのだ、もしこれが自分達の上で展開されていたなら、それだけで終わっていたかも知れない。それ以前に先ほどの魔法の事もある。

 

 陽光聖典は改めて目の前の者がどれほどの化け物なのかを知った。自分達の常識など通じぬ相手なのだと。

 

 だからこそ神なのだと。

 

 そして知る事になる、神は無慈悲だと。

 

「うぬら、その右手を妾に捧げよ」

 

 ビクトーリアは短く言い切った。簡潔に言えばこうだ、自分で右腕を切断しろと。それで許してやる、と。

 

 ニグンは覚悟を決め剣を右脇に挟み込む。後は肉を割いて行くだけ。だが、柄を握る左手は震えだし力が入らない。

 

 それは仕方が無い事だろう。自分で自分の右腕を切断するのだ、平然と出来る者などいない。

 

 しかしビクトーリアは詰まらなそうに口を開く。

 

「早ようせい。」

 

 右足でタンタンとリズミカルに地面を鳴らしながら、いかにも退屈だと態度で表しながらニグンを急がせる。

 

 だが、ニグンは震えるだけで何も出来ない。

 

 ビクトーリアはため息を一つ吐くと、優しげな微笑みを浮かべニグンの肩に手を置いた。

 

 その微笑みからニグンは許しが出たのだと思った。腕を切断する覚悟を見せた事で許しが出たのだと。ニグンはビクトーリアに対し恐怖で引き攣りながらも笑顔を返す。

 

 その瞬間、右の視界を何かが横切った。黒いカーテンの様な物が。

 それを認識した直後に激痛と紅い液体が吹き出した。

 

 何て事は無い、焦れたビクトーリアがニグンの腕を切断したのだ。

 村での戦いで発見した現象、雷の、電気の力を利用し地中の砂鉄を刃物の様に扱う術を使って。

 

 長距離での使用や、威力ある物を作り出すには魔法の力が必要になるが、腕一本程度、それも直に触れている状態なら、ビクトーリアのパッシブスキル、帯電の利用で使用出来る事を学んでいた。

 

 ビクトーリアはゆっくりと陽光聖典の者達の中を歩き、肩に手を触れて行く。

 

 通り過ぎた後には、切断された右腕と、あふれ出す真っ赤な血液、そして……悲鳴が響いていた。そこは地獄と言って良い場所へと姿を変えて行った。

 

 ガゼフ達はその光景を見つめながら、足が震え、喉がカラカラに乾くのを感じていた。恐怖に飲まれていたのだ。

 

 次々と腕が切断されて行く陽光聖典、しかし、ガゼフ達が最も恐怖したのはビクトーリアの表情だった。

 

 狂気に震える訳でも無く、残酷に微笑む訳でも無く、無表情で、何の感情も浮かべる事無く、さも当然とその地獄を作り出しているビクトーリアに恐怖したのだった。

 

 自分達は一体どんな存在に助けられたのか?

 

 隣で沈黙を守る老人は一体どんな力を秘めているのか。そして、アインズ・ウール・ゴウンと言う魔法詠唱者。

 

 最早、一兵士であるガゼフ達の想像の範疇を超えていた。

 

 ビクトーリアが陽光聖典の者達の中を通り過ぎた時、つまり全員の右腕が本体と別れを告げたまさにその瞬間、ガラスが割れる様な音をさせながら、空が砕けた。

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