『ビッチさん!』
空が砕けた事を認識した瞬間、アインズからメッセージが飛び込んで来た。
「モモンガさん、今のは?」
『アインズでお願いします』
「……で、アインズ、今のは?」
名前を訂正され不機嫌になったのか、ビクトーリアはぶっきらぼうに答える。その事にアインズは違和感を覚えるが、今はそれどころでは無いので話を先に進める事にした。
『今、ビッチさん達は監視されてます』
「どう言う事じゃ?」
『俺が張った対情報系魔法の防壁が発動しました。さっきの現象はその為です』
「なるほど」
そこで一旦アインズとのメッセージを終了し、視線を陽光聖典へと持って行く。そこには憔悴しきった表情の男達が項垂れている光景が広がっていた。
傷口はライト・ヒーリングによって塞がれているが、腕は再生してはいない。これはライト・ヒーリングが低位階の回復魔法と言うのもあるが、ビクトーリアの
痛みは無いのだが、損失感は拭えぬ様で、皆一様に左手で右肩を押さえている。それは隊長であるニグンも同様だった。
しかし、陽光聖典の行動はビクトーリアの不機嫌さを増すだけだった。
「うぬら、何を暗い顔をしておる。うぬらに命を奪われた者達は、そんな顔すら出来ぬ。それが解っていて、妾の前でそのような顔をしておるのか? それとも………………本国に信用されておらぬのが悲しいのか?」
ビクトーリアの言葉が終わった瞬間、ニグンの瞳が見開いた。表情から察するに、信じられないのだろう。
ビクトーリアはため息を一つ吐くと、説明する様に口を開く。
「先ほど、空が割れたのをうぬらも見たであろう。あれは対情報系魔法の類でな、何者かがいかがわしい行為をしようとすると、ああなる訳だな」
「いかがわしい行為?」
「覗きはいかがわしい行為じゃろ」
この言葉に、ニグンは成程と納得するが、慌てて頭を切り替える。
「煉獄の王よ、我が国が覗き見、いや、我らを見張っていると言う事は真実なのですか?」
「消去法で行けば……な。王国戦士団を王国が監視する理由は無いであろう。此処が敵地なら解らんでも無いが、此処は王国の領地。監視する理由なぞ作戦の失敗か脱走兵の確認ぐらいしか思い浮かばん。しかし、そんな物は後で幾らでも捏造出来るからな、意味は無いじゃろ」
ここで一旦ビクトーリアは言葉を切ると、ぐるりと回りを見回した後話を再開した。
「後残る可能性は……この村を監視して何をする? 作物の生育状況の確認か? 村人の夜の営みか? これも意味無かろう」
「はあ、まあ」
「最後は妾達じゃが、妾達は只の旅人なのでな、監視される云われは……」
ここまで言ったビクトーリアの美麗な眉がピクンと跳ねた。
掌をニグンの前に出し、暫し待てとジェスチャーで示すと、陽光聖典と戦士団の中間地点まで移動し、メッセージの魔法を発動する。
「アルベド~」
『はい! はい! ビッチ様! ビッチ様! ビッチ様ー! アルベドで御座います! 妻のアルベドで御座います! あ・な・た』
メッセージの魔法を繋げた瞬間、コレだった。何がどうなってこうなっているのかサッパリ不明だが、アルベドのテンションはとてつもなく高かった。
ビクトーリアは何故に? と疑問に思うが、下手に付き合うととんでもない事に進行しそうなので放置を選択し、用事を優先する事にした。
「アルベド、ちょっとした質問なんじゃが……」
『はいぃ! 何時でも準備は整っておりますわ。どんな時でもバッチコイです!』
何がバッチコイなのか、後でアインズに確認しようと思いながら、ビクトーリアは話を続ける。
「それでね、今そっちで監視系の魔法って使っおるかや?」
『え? あ、はい。遠隔視の鏡を使っておりますが?』
「あー、左様か。了解、了解。通信おわ……」
『ビッチ様!』
ビクトーリアがメッセージの魔法を終了しようとした瞬間、喰い気味でアルベドの悲痛な叫びが放たれた。
「どうしたの」
『そちらへ行っても……』
「ダメ」
『くすん。では、では……』
「帰ったらいっぱい相手してあげるから」
『あ・い・て?………………本当で御座いますか!』
「嘘は言わんぞ」
『では、お帰りお待ちしております。………………………よっしゃーーー!』
この会話を最後にビクトーリアはメッセージの魔法を終了させた。
だが、魔法を解除しても、指はこめかみに当てたままだ。それは、全身を襲う寒気と、何か大切な物を失った喪失感から来る物だった。
何を亡くした?と問われても、何も失ってなどいない。だが、何か大変な過ちを犯してしまった様に感じて仕方が無かった。多分、悪い予感と言う物だろう。それも最大級の。
心地よくも無い疲れを引きずりながら、ビクトーリアは次の相手へとメッセージを飛ばす。
「アインズ、聞こえるかや?」
『どうしました?』
ビクトーリアの呼びかけに対して、すぐに返事が返って来た。
「今、アルベドに連絡を取ったのじゃが、遠隔視の鏡を使っていたらしい。さっきの防壁が発動したのは、ソッチと言う可能性は?」
『それは無いと思います』
「その心は?」
『俺が魔法を展開させたのは、王国戦士団が来た辺りからですから』
「それが何か関係が?」
『デミウルゴスに連絡を取った時、アルベドから要請があったら、全軍率いて行くって事でしたから』
「なるほど。その頃から見てたって訳ね」
『そう言う事ですね』
これで現状の整理が付いたと、魔法を終了し、陽光聖典の下へ向かった。たった二十歩程の距離なのだが、近づいて行くたびに陽光聖典達の顔色が青ざめて行くのが見てとれた。まあ恐怖の対象が近付いて来るのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。
ビクトーリアは、ニグンの前に立つと、ビシッ!と指をさしながら宣言する。
「ニグンよ、現状の確認は滞りなく終了した。行くぞ、
「は?」
ビクトーリアの要求に対して、ニグンは間抜けな返事で返した。
「じゃから、スレイン法国へ
ニグンはやっと言葉の意味を理解した。理解はしたが、案内などしたくは無い。行きたいなら行けば良いし、案内なら他の者に頼んで欲しい。
ハッキリ言って、こんな神話級の化け物と何日も一緒に居るなど、自分の神経が持つ自信がニグンにはなかった。
体中からねっとりした油汗が吹き出して来る。断れば何をされるか解らない。だが了承も出来ない。答えを見失ったニグンは沈黙を守る他選択肢は無かった。
その時、自分の頭が何かでポンポンと叩かれている事に気づく。ゆっくりと視線を上げ、その物体を確認する。それは魔法のスクロールだった。
「これは……」
「魔法のスクロールじゃろ」
「それは解りますが」
ニグンの煮え切らない態度に、ビクトーリアの少ない忍耐力はすぐに限界を迎える。
「早よう展開せい。妾は法国へは行った事が無きゆえ、うぬが導け、早よ導け、とっとと導け」
そう言いながら右足はタンタンとリズムを刻む。ニグンはこの光景を見た事があった。自分が腕を切り落とすのを躊躇っていた時だ。あの後はどうなった?思い出すのもおぞましい阿鼻叫喚の地獄が待っていた。
だからニグンは素直にスクロールを受け取ると、それを展開する。目の前に漆黒の闇が姿を現した。
ビクトーリアはアインズへとメッセージを繋げ、事後を任せると告げ、ニグンと共に闇へと消えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ゲートを通りビクトーリア達が出現した場所は、思っていた景色とは少々違う所だった。
床も壁も天井でさえも石で囲まれた所に転移門は現れ、てっきり屋外に開かれると思い込んでいたビクトーリアは少々拍子抜けしていた。
「少し肌寒いのう。ここは地下か何かかえ?」
「は、はい」
ビクトーリア達が転移した場所、そこは聖典本部のかなり重要な場所であった。
何故此処に転移門が開いたのか、それはニグンの助けを求める心が導いた結果である。ニグンが知る上で、この煉獄の王を倒せるかも知れない唯一の人物が居る場所が此処だった。つまりニグンはビクトーリアを罠にはめたのだ。
か細い希望を抱いて。
それは今、現実となった。
「なに、やってるの?」
その声と共にビクトーリアの喉元に刃が触れた。