DMMORPG,仮想世界で現実にいるかの如く遊べる体感型ゲーム。数多あるDMMORPGの中でユーザーの自由度とその拡張性の幅広さでナンバーワンの人気を博したタイトル
≪YGGDRASIL≫
発売から十二年経った現在、その幕が引かれようとしていた。
「結局誰も来なかったな……」
悲しむ様に、当然と納得していたかの様にその者は呟いた。
金と紫の糸で装飾された、豪華な漆黒のアカデミックガウンを纏った骸骨がそこには居た。
種族、死の支配者オーバーロードであり、この場所、ナザリック地下大墳墓をホームとする、ギルド アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスター、プレイヤーネーム モモンガ。
ナザリック地下大墳墓、第十階層にある玉座の間にある王座に座り、その空っぽの瞳で自分達の作り上げた物を見つめていた。
視線の先には天井から吊下げられた自分の物を含む四十一枚の旗がある。その旗を一枚一枚見つめながら、それに刻まれた紋章越しにかつての仲間達を思い出していた。
『最後に皆で集まりませんか? 玉座の間でお待ちしています』
ギルドのメンバー達に充てた最後のメールだった。モモンガはそれに縋りたかった。決して皆忘れてなどいないのだと。
だが、それは無残にも破られる結果となった。
現在午後十時三十分、誰からもメールの返事は帰って来てはいない。その寂しさ、悔しさ、そして虚しさから逃げる様に、モモンガは自分の座っている王座の横に視線を向ける。
そこには今、自分が座っている物よりも数段豪華な王座があった。そして、視線はゆっくりと自分の背後へと向けられる。
目の前には、巨大なギルドのエンブレムを染め抜いた旗があった。しかし、モモンガの瞳にはその旗は映ってはいない。
モモンガが見つめていたのはその向こう、旗に隠されている物だった。旗越しにソレを見つめていた。
虚ろな何も無いその空洞の瞳は、ソレから視線を逸らす事は無い。幾つもの思い出がモモンガに押し寄せて来る。楽しい思い出を、寂しさ、虚しさを振り払う様に思い返していたその時、ポーンとメールの着信の音がした。
モモンガは慌ててメールを開く。そこには簡潔にこう書かれていた。
これよりナザリック地下大墳墓に侵攻を開始する。
この文字を見た瞬間、モモンガのプレイヤー鈴木悟の心臓がトクンと跳ねた。
差出人は? こんな文言を送りつけて来る人物など解りきっているはずなのだが、違っていたらと言う僅かな不安から焦って差出人を確認した。
そこには待ち焦がれていた人物の名前があった。
【ビクトーリア・F・ホーエンハイム】
「ビッチさん」
そう呟く言葉には嬉しさと、安堵があった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「なんか物足りない。そう思わないモモンガさん」
そう言ったのは種族バードマンであるペロロンチーノだった。
ギルド アインズ・ウール・ゴウン、当時はナインズ・オウン・ゴールと言う名だったが、見事ここ地下大墳墓を攻略し自分達のホームとして改築作業をしている時の出来事だ。
ギルドマスターであるモモンガが「どう言う事です?」と言う問いに対して彼はこう言った。
「ここは、地下大墳墓の第十階層。つまりは最終目的地な訳じゃない」
この言葉に、場に居合わせた者達全員が肯定の意を告げる。
「それってつまりラスボスがいる場所でしょ」
「ええ、そうです」
皆を代表してモモンガが答えた。
「そこにさー、ラスボスがいるだけって。ねえ」
「何が言いたいの。はっきり言いなさい、この愚弟」
要領を得ない物言いに、ピンク色の肉棒が言葉を挟む。
ピンク色の肉棒、種族ローパー、プレイヤーネーム ぶくぶく茶釜。ペロロンチーノの実姉である。
「なんて言ったら良いのかなー。つまりはラスボスであるモモンガさんが倒された時にここは攻略されたってことでしょ」
「ま、まあそうですね」
モモンガは肯定の意を告げる。
自分がギルドの長なのだから必然的にそうなる。
ギルド長が倒され、ギルド武器が破壊されれば、そのギルドの敗北が決まる。
「でもさー、何か悔しいじゃない。それだけだと」
「つまり何かドッキリを仕掛けたいと?」
銀色の騎士甲冑を着たたっち・みーが答えた。
「そう! そう言う事!」
我が意を得たりと言った感じでペロロンチーノは愉快げに返す。
しかしそうは言ってもどんなドッキリを? そんな事を皆が考えている中一人のキャラクターが声を挙げる。
タコの様な容姿をした種族ブレイン・イーター タブラ・スマラグディナ。
「こう言うのはどうだろう。ここは地下大墳墓、つまりは墓だ」
その言葉に皆頷き肯定の意を告げる。
「しかし、実際はある人物の復活の為に創られた場所だった」
「その人物って?」
ぶくぶく茶釜がふよふよと動きながら問う。
「神様、とか?」
「「神様?」」
全員の声がかさなった。
その驚きを含んだ声色に気を良くしたのか、タブラ・スマラグディナの声は一段大きくなり、楽しげな物になって行く。
「そう神様。それも異形種の神様。遙かな昔に消滅した異形種の神様を再び現世に降臨、復活させる為の場所がここ地下大墳墓」
タブラ・スマラグディナのぶっ飛んだ発言に皆賛成の意を告げた。
皆の楽しげな空気は自然とナザリック地下大墳墓を包んで行く。
「それで具体的はどうします?」
言うモモンガの問いかけに、タブラ・スマラグディナは少し考える様にフリーズした後
「そうだねぇ、玉座を二つにするってのは?」
そんな事を提案した。
「玉座を二つ、ですか」
「そう、モモンガさんの玉座よりも豪華なヤツを。それから……そうだ! ギルドの特大フラッグの後ろに肖像画を隠すとか」
この発言に一番先に乗って来たのはぶくぶく茶釜だった。
「なるほど! 誰かが攻略に成功してヤッターって喜んでる時に肖像画がバサーって現れる、そんで誰? って」
形を変えながら、ノリノリで悪だくみを披露するぶくぶく茶釜の意見に、さらなる悪戯を加える者が続く。
「いやいや姉ちゃん、そこまでやるんならあらかじめBBSとかで神様ねつ造しなきゃ」
皆この提案に参加し、あーでも無いこーでも無いと意見を突き合わせる。
モモンガは楽しく、頼もしいこの悪ガキ達の悪戯会議を微笑ましく眺めていた。
しかし此処でモモンガにある疑問が生まれた。
「あの皆さん、肖像画の神様ってどんな姿にするんです?」
この問いに皆がキョトンとしたようにフリーズすると、一斉に声を挙げた。その姿は、落とし穴に落ちた友人を笑うかの様な楽しさがあった。そして、全員の声が一人の人物の名を高らかに宣言する。
「「ビッチさんしかいないでしょう!」」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ビッチさん。
プレイヤーネーム、ビクトーリア・F・ホーエンハイム。
金色の長い髪と金色の瞳をした、ロココ調ドレスをまとった見目麗しい女性型のキャラクターで、ロールプレイに寄ったキャラ構成かと思われがちだが、実際はかなりの戦闘寄りのガチビルドと言われている。キャラクターメイク、装備などにかなりのお金を突っ込んでいるらしく、種族、武器等は一目では判別出来ない程。
鎧などは全てドレスのグラフィックに置き換えられ、武器は全てフラッグポール、つまりは旗の付いた棒に置き換えられていた。
種族は雷獣と本人は言っているが噂によると特殊クエストの攻略に成功し何らかの神となっているらしい。
そして一番の特徴は種族の一つであるアンドロギュノスを取っていることだった。
この種族は男女どちらの武具、武器、装飾品を付けられると言うメリットの代わりに全習得種族のレベルアップには、倍の経験値が必要になると言う種族である。
YGGDRASIL発売当初は、今のように多数のクリエイトツールが発売されていなかった為、わりと重宝された種族だったが、今の課金しだいで何でも出来る状況ではただプレイを縛る種族でしか無くなっている。
しかし、彼女がこの種族を上書きせずに取り続けている事が、彼女の種族の何かに起因しているのではと噂された事もあった。
彼女はギルド、アインズ・ウール・ゴウンには所属していないが、ギルドに身を置く者達にとって、とても大切で思い出深い人物だった。
ギルドの前身である、最初の九人と呼ばれる以前に行動を共にしていた人物であり、その後は、悪名高い情報提供系のクラン” 魔女の夜明け”の中心であった人物。
お騒がせ集団としても、超がつく程の有名な集団で、ナザリック地下大墳墓千五百人大進行と呼ばれた、人間種によるナザリック総攻撃の音頭を獲ったのもこのクランだった。
常々ナザリックは私の遊園地だ! と公言してやまない人物で、グレンデラ沼地でアインズ・ウール・ゴウンのメンバーとの邂逅が何度も目撃され、示し合わせた大虐殺だったのではと一時BBSでは騒がれていた。
ギルドメンバーが、少しずつ減って行く中でも残ったメンバーに合わせたちょっかいを度々掛けるなど、何かにつけサプライズを仕掛ける様な人物だった。
このちょっかいは定期的に行われ、その行為は、YGGDRASILに関わるプレイヤー達を飽きさせないかの様にも映っていた。
それはモモンガ一人になっても続けられ、孤独の中にあったモモンガにとっては唯一の心の拠り所となっていた。
また、YGGDRASIL上でもかなりの古参プレイヤーで、その緻密に練られた馬鹿騒ぎゆえ一時は運営側の人間では無いかと疑われた事もあった。
そんな彼女がYGGDRASIL最後の日に寄こしたメール、『これよりナザリック地下大墳墓に侵攻を開始する』は、湿っぽく暗く落ち込んでいたモモンガの気持ちを晴らすには十分な内容であった。
玉座の間にて、この騒がしくも優しい客人にどう言った歓迎をしてやろうかとモモンガは一人思案する。
そんな折、視界の隅に一人の女性の姿が映った。
純白のドレスを纏い、妖艶な笑みを浮かべ、夜の闇を思い浮かべる黒髪はつややかに腰まで届いていた。しかし、左右のこめかみから山羊を思わせる太い角が曲がりながら前へと突き出し、腰の辺りからは黒く染まった天使の羽が広がっている。
その姿は女神の様にも取れるが、彼女もまた異形の者だった。
ナザリック地下大墳墓階層守護者統括アルベド、ナザリック地下大墳墓を守るNPCの頂点に立つ者。
その姿を見つめながらモモンガはかつてメンバーの一人が言っていた事を思い出した。
「モモンガさん、アルベドは神の妃なんだよ」
そう言っていたのは、アルベドの創造主であったタブラ・スマラグディナだった。
モモンガは眼前にコンソールを出すとアルベドの設定を表示する。
「うわ」
画面には溢れ出す程の文字が映し出される。
「そう言えばタブラさん設定魔だっけ」
そう呟きながらカーソルを下へ下へと持って行く。そして最後の行にたどり着いた。そこにはこう書かれていた。
『ビッチを愛している』
モモンガはため息を一つ吐くと手に持ったギルドの象徴、ギルド武器であるスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンをかざす。
「アクセス」
その言葉に反応し、画面上にカーソルが現れた。BSキーでビッチと言う文字を消し、こう書き変える。
『ビクトーリア・F・ホーエンハイムを愛している』
書き換えたは良いが、モモンガには何か腑に落ちなかった。何かこうもう一捻り。そう思ったモモンガに、ある悪戯心が生まれる。そしてこう書き加えた。
『ビクトーリア・F・ホーエンハイムを病的に愛している』