OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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対決

 首筋に感じる冷たい感覚を、気にする素振りを見せずにビクトーリアは振り向く。

 

 そこには十代半ばと思われる少女の姿があった。その肌は白磁とも言えるほどに白く透通り、長く伸びた髪は奇怪な事に左右で色が分かれている。右側は光を反射しキラキラと輝く銀色をしており、左側は全てを飲み込む様な漆黒。そして、その瞳はまるで図った様に髪とは逆の虹彩で彩られていた。

 

 身に纏うのは、まるで拘束衣の様な色気の無い物で、手に持つ凶器は十字架を思わせる様な、巨大な鎌である。

 

 ビクトーリアはじっくりと舐める様に少女を観測し、興味深そうに口を開く。

 

「娘、いきなりコレとは、無粋なヤツじゃの」

 

 そう言ってそっと鎌の柄を掴んだ。

 

「そう?」

 

 少女は短く呟くと握る鎌に力を込める。

 

 薄く微笑みを浮かべながら相対する二人からは、見た目からは想像出来ない程のプレッシャーが感じられた。そんな緊張感の中、少女は僅かな違和感を感じ始めていた。自身の得物である鎌が、まるで空中で固定されたかの様に微動だにしないのだ。

 

 少女の動揺は徐々に大きくなって行く。

 自分が生まれて二百年余り、自分より強い者には出会った事が無かった少女は、今の状態が理解出来ていなかった。そして、その動揺は焦りに変って行く。

 

「あ、あなた、何者?」

 

 そしてポツリとそんな言葉が漏れる。

 

 この問いかけに、ビクトーリアはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべると、掴んだ柄に力を込め

 

「人に名を聞く時は、自分から名乗るのが常識じゃろ」

 

 言って少女を壁に叩きつけた。

 

 ドカン! と言う衝撃音と、立ち上る土煙の中、少女は石壁を突き破りその姿を消した。

 

 この光景を目の当たりにし、ニグンは改めて驚愕した。ビクトーリアが圧倒的な強者だと言う事は解っている。しかし、相手の少女とて神人と呼ばれる存在だ。

 

 六大神の血を引き、信じられない程の確立の中生まれた先祖返りの突然変異。それが彼女、漆黒聖典番外席次、絶死絶命。

 

 法国最強の存在であり、負けを知らない者であった。そんな存在が、軽々と壁へと投げつけられた現状を見てニグンはやっと過ちを悟ったのだった。

 

 ニグンが再びビクトーリアへと視線を向けると、番外席次の開けた穴へ向かう所だった。

 

 壁に開けられた穴を抜けると、そこには別世界が広がっていた。

 

 全てが石造りなのは同じなのだが、先ほどの通路と比べると、いや、比べるまでも無い広い空間がそこには広がっていた。円形劇場とでも言ったら良いのか、すり鉢状になったその場所は、外側から八段階に中央に向け窪んでおり、その四段目に番外席次が倒れ伏していた。

 

 痛みの為か、ゆっくりと番外席次は身体を起こして行く。だが、その瞳はしっかりとビクトーリアを敵と見据えていた。

 

 それに呼応するように、ビクトーリアは青い旗のフラッグポールを取り出す。

 

 二人は武器を片手にゆっくりと相手に向け歩き出し、その速度を徐々に上げて行った。走る速度になり、最後には地面を蹴り、跳ねると言い表した方が正しい程のスピードで二人は邂逅する。

 

 番外席次の鎌と、ビクトーリアのフラッグポールが空中で激突する。

 

 御互いの刃が合わさった瞬間、音を上げたのはビクトーリアのフラッグポールだった。

 

 ビクトーリアは切断されたフラッグポールを見つめ、ニヤリと愉快げに笑みを漏らした。

 

「小娘。うぬのその鎌、なかなかの物らしいの」

 

 ビクトーリアの問いかけに、番外席次は優越感に浸りながら楽しげに返す。

 

「そう? あなたが弱いだけじゃない? あーあ、せっかく負けが味わえると思ったのに」

 

「ほう。愉快な事を言う小娘じゃ」

 

 番外席次の挑発とも取れる発言に、ビクトーリアの瞳が爬虫類を思わせる物へと変化した。

 

 パチンと指を鳴らし、新たなフラッグポールを出現させる。それは今までとは比べ物にならない程、豪華な旗が揺らめく物だった。地面に突き刺さるソレは、そこにあるだけで空気を震わせ、今までの物とは格が違うと無言の内に語っていた。

 

 ビクトーリアはゆっくりとソレに手を伸ばしブンッ!と一振りさせる。

 

 それが第二ラウンドの開始のゴングになった。

 

 再度、跳ねる様に駆け出し中央で二人は激突する。先程の録画VTRを見る様な光景であったが、今回負けたのは番外席次の方だった。ビクトーリアの一撃を、何とか鎌で受けたが、その力任せとでも言える攻撃を受け切る事が出来ず、壁へと叩きつけられ、ドスン! と言う本日二度目の衝撃音が鳴り響く。

 

 この光景をビクトーリアは目を細めながら見つめていた。

 

「得物は無事……か。身体の方も、装備品も無事。と言う事は伝説級(レジェンド)もしくは、神器(ゴッズ)。そしてあの小娘……面白い。妾達の脅威となるか、それとも」

 

 そう呟くと、一気に番外席次との距離を詰め、そして、フラッグポールを上から一気に振り下ろす。この攻撃を番外席次は何とか柄で防ぐが、またしても威力を殺し切れず膝を着いた。だが、攻撃の手は休まる事無く続けられる。

 

 番外席次はもはや防戦一方となっていた。

 

 どれほどの攻撃が繰り返されただろうか、ビクトーリアが距離を取り、攻撃が止んだ。番外席次は疑問に思う傍ら、ほっと息を吐いた。

 

 だが、この直後に放たれた言葉は番外席次にとって、いや、スレイン法国にとっても屈辱的で恐ろしい物だった。

 

「小娘、キサマ弱いのう」

 

「!」

 

 番外席次の目が見開かれる。スレイン法国、いや、人間種最強の自分が弱い?そんなはずは無い。もしそうだったのなら、自分は何の為に存在して来たのだ?誰からも愛されず、誰とも向き合う事無く、ただ二百年と言う時間を生きて来たのか?そう思った瞬間、番外席次の感情が爆発した。

 

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 構えも、型も無く、ただ手に持つ鎌を振りかざし、番外席次はビクトーリアへ突進して行った。二人の距離が縮まる。もう少しで目の前のペテン師に手が届く。この憎いヤツを殺す事が出来る。

 

 番外席次が勝ちを意識した瞬間、自身の腹部に激しい衝撃を感じた。そして気付いた時には、またもや地面に倒れていたのは自分の方だった。

 

 何が起こった?

 

 答えは簡単であった。

 

 突進して来た番外席次の腹部に、カウンターでビクトーリアの蹴りが入ったのだ。これでもう勝負は決まった様な物だった。番外席次は蹲りながらカハッ、カハッと息をつまらせている。

 

 しかし、戦う者の本能なのか鎌を杖代わりにして何とか身体を起こす。やっとの事で番外席次は立ち上がるが、その瞬間、ビクトーリアによって足を払われた。そして本日何度目かに地に這いつくばる事になる。

 

 これは負けを知らぬ番外席次にとっては屈辱以外の何でも無かった。

 

 何度も何度も立ち上がっては転ばされる。

 

 どれほどの同じやり取りが繰り返されただろうか、地に伏せる番外席次には、もう立ち上がる気力が残されていなかった。それどころか、整った愛らしいその顔を涙で濡らし、その表情には悔しさが滲んでいた。

 

 それでもビクトーリアは番外席次に立てと言葉を突きつける。そして何もせず、ただ一点に番外席次を見つめ自分の力で立ち上がるのを待っていた。

 

 もう一度、何とかそう決意し番外席次は腕の力だけで上半身を持ち上げる。

 

 その時、横から声がした。

 

「王よ、煉獄の王よ、どうか、どうか御慈悲を」

 

 視線を向けると、ニグンが地に這いつくばり、頭を擦りつけていた。番外席次は訳が解らなくなっていた。何故にこの男はこの様な行動を取っているのだろうか?一体何の為に?そして誰の為に?

 

「ほう。この娘は、うぬがその様な行動をとるに足る者か?」

 

「解りません。昨日まで、いや、先ほどまでは只の同僚と言う意識しかありませんでした」

 

「では、何故に?」

 

「解りません。しかし王の御言葉を借りれば、この者には戦う者の輝きがあったのではありませぬか? あの王国戦士達の様な」

 

「言うではないか」

 

 そう呟くとビクトーリアは番外席次の脇に手を差し込むと、抱きしめる様に起き上がらせる。

 

 ビクトーリアに体を預ける形になった番外席次は、味わった事の無い感触に戸惑っていた。

 

 人の身体の柔らかな感触に、その暖かな体温に、そして……自分に向けられた優しい微笑みに。




ビクトーリアのフラッグポールですが

青 ハルバート
赤 ロングスピア

となっております。
他の色はまたいずれ。

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