OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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慈愛

「おお……さ……ま?」

 

 番外席次は、ビクトーリアの胸に身体を預けながらポツリと呟いた。しかし、その呟きに返事は無かった。

 

 ビクトーリアは、返事の代わりに両手で番外席次の頭を掴むと、髪をワシャワシャと搔雑ぜる様に弄ぶ。番外席次も、それを心地よく受け入れていた。

 

 方やビクトーリアは、指に程良い刺激を味わいながらも、胸に湧き上がるもやもやに頭を悩ませていた。

 

 そのもやもやの正体、それは煉獄の王と言う名であった。天井を見上げながら、呟く様に言葉を漏らす。

 

「ニグンよ。うぬは何故に妾を煉獄の王と呼ぶ?」

 

 この問いにニグンは言葉に詰まった。何故に?そう言われても王は王なのだ。

 

 法国の国宝書庫に存在すると言う、六大神が残した聖辞典に記されている神。

 

 遙か昔から、口伝で伝えられたと言う吟遊詩人の詩に登場する荒ぶる者。

 

 何時書かれたのかは解らないが、子供達が読む英雄物語(ヒロイック・サーガ)の魔王。

 

 それが、雷を伴い現れる者、煉獄の王ビクトーリア・F・ホーエンハイム。

 

 ニグンの思考はグルグルと回り、何を言って良いのか解らず言葉が出てこなかった。そんな状態のニグンに、ビクトーリアは再度言葉をかける。だが、そこには苛立ちも怒りもなかった。

 

 ただ単に興味からの質問だと、その雰囲気で理解出来る。

 

「うぬは、妾の名をどこで知った?」

 

 ニグンは、質問の意味がやっと理解出来た。これならば答える事が出来る。

 

「私の場合は……幼い頃に母に読んでもらった絵本でした」

 

 ニグンが母と言った時、番外席次の身体がピクンと反応したが、ビクトーリアは構わず髪を弄びながら、ニグンとの会話を続行する。

 

「うぬの場合は母と言ったが、他にも有るのか?」

 

「はあ、英雄物語であったり、旅の吟遊詩人の詩であったりと、王の御名前は広く伝わっております」

 

「何故じゃ?」

 

「何故と申しますと?」

 

 ニグンの問いかけに、今度はビクトーリアは言葉に詰まった。さて、どう言ったら良い物か。

 

 ビクトーリアは、ナザリックの事やアインズとの関係をあやふやにした状態で、ある程度の情報を流して見る事にした。

 

「妾は別の世界から来た。その妾の事を、何故うぬの世界は知っておる」

 

 この発言にニグンの表情がひきつった。

 

 書籍や詩(サーガ)によって、煉獄の王は、煉獄と言う地に封じられていると言う事は知っていた。その煉獄の地が、異世界だとは思っても居なかったのだ。

 

 しかし、良く考えて見れば、それも一理ある考察なのだった。

 六大神がかつて居たとされる場所。それは天界と言われる場所だと法国は伝えている。

 

 天の国とはどこにある?それは空にあると言われている。この言葉の空とは?人が決して行けぬ場所。死後の世界。神々の国。そして此処とは異なる世界。そして煉獄の王はその異世界から来たと言う。

 

 ニグンは驚きと共に、何故か喜びが湧きあがって来ていた。それは信仰心と言える物であり、圧倒的な強者との邂逅による興奮からであった。その喜びを隠す事無く、ニグンは再び口を開く。

 

「伝承では、このスレイン法国に降り立った六大神が、王の名を告げたと伝わっております。」

 

 ビクトーリアは「ふむ」と相槌を打つが、ニグンの言葉に少し違和感を覚える。何故ニグンは信仰の対象である六大神に対して、様、などの敬称を付けなかったのかと言う事だ。神、と言うのが敬称であるのならば、別にそれで良いのだが、こう言う場合、六大神様と言うのがビクトーリアには普通に感じたからだ。だが、それはビクトーリアにとっての違和感であり、ニグンが良ければそれで良いのだろう。

 

 其処に突っ込みを入れるのは、ハッキリ言ってメンドクサイ。番外席次をいじっていた方がよっぽど有意義に感じる。

 

 しかし、ビクトーリアの違和感は的を得た物だった。スレイン法国に生を受けてから、ずっと信仰してきた六大神への思いが、ニグンの中からすっかりと抜け落ちてしまっていたのだ。

 

 その理由は明確だった。圧倒的な強者によってもたらされた恐怖と、煉獄の王ビクトーリア・F・ホーエンハイムと言う、生きた伝説を前にして、教義と言い伝えの中でしか存在しない六大神と言う存在が、吹き飛んでしまったからだ。結果、ニグンは、煉獄の王ビクトーリア・F・ホーエンハイムを信仰する信者と化していた。

 

 そんな事は露ほども知らずに、番外席次をいじりながら、ビクトーリアは思考の海に浸っていた。

 

 自分の事を語ったと言う六大神、その者達が神として崇められているスレイン法国、これは思わぬ拾い物をしたかも知れないとビクトーリアは思う。自分達の転移に関する情報が、この国には眠っている可能性があると。

 

 そんな時、ビクトーリアは指に違和感を感じた。

 

 人の形状として決して存在しない感触。番外席次の髪の中に鋭利な角を感じたのだ。

 

 その瞬間、あれほど身を任せていた番外席次が跳ね起きビクトーリアから距離を取る。

 

 そればかりか、愛らしい瞳を見開き、両の手を側頭部にあて悲鳴をあげた。

 

「いやーーー!」

 

 足取りは踏鞴を踏み、頭を左右にブンブンと振りながらゆっくりと後退して行く。その姿は、まるで恐怖から逃げる様だった。いや、実際にそうなのだろう。

 

 ビクトーリアの頭脳は、この一瞬の出来事が理解出来なかった。

 

 しかし、隣に控えるニグンには解っていた。何故に番外席次がこれほどの脅えを示すのか。ニグンは片膝を付いた姿勢で、静かにビクトーリアに語り出した。

 

「王よ、我が王よ、私の言葉をお聞き下さい」

 

 ビクトーリアは頷きでこれを許可する。

 

 しかし、視線は番外席次からは外さない。

 

「かの者は、ハーフエルフに御座います」

 

「ハーフエルフ……」

 

 そして、ニグンは語り出した。

 

 スレイン法国の闇を、この世界の常識と言う闇を。

 

 昔、スレイン法国に六大神の血を引く女性が居た。しかし、近隣にあるエルフの国の王は、その女性をさらい、鎖で拘束をし無理やり孕ませた。その結果生まれたのが、番外席次、絶死絶命。

 

 そしてもう一つ。

 

「王よ、僅かな国家を除き、エルフなどの亜人は……奴隷として扱われております」

 

「何?」

 

 ビクトーリアの視線が、番外席次からニグンへと移動した。

 

 その瞳孔は、爬虫類を思わせる物に変化する。

 

「あの者は、自分の出自を、自分の種族を恥じ、自らその耳を切り落としたと……。エルフの耳を切り落とす行為は……」

 

 此処まで言ってニグンは言葉に詰まる。此の先を伝えて良いのかと。恐らく伝えた瞬間に、スレイン法国と言う国家は終わりを迎えるのではないかとニグンは想像出来た。

 

 しかし、ニグンの葛藤はすぐに霧散した。滅びるのなら、それが運命なのだと。煉獄の王が、神がそれを決めたのなら、と。

 

 そう決意して、ニグンは言葉を続けた。

 

「奴隷の証で御座います」

 

「それを知っていて、娘は……」

 

「自分がハーフエルフと知られるのが、恐ろしかったのでしょう」

 

「生まれてからずっと、その思いを?」

 

「恐らくは」

 

 この会話を最後に、ビクトーリアは再び視線を番外席次に向ける。

 

 ブルブルと震えながら蹲る番外席次、そして、急激にその様態を変えた。カハッ、カハッ、と息が詰まるような声を出し、震えが痙攣の様に変わる。

 

 ビクトーリアは、急ぎ番外席次へと駆け寄り、その身体を強く抱きしめる。

 

 しかし、依然息は詰まり、痙攣は続く。

 

「落ち着け! この場にうぬの敵はおらぬ! うぬを恥ずかしめる者などおらぬ! 見よ! 妾の……私の目を見ろ! 私がいる! お前の恐れる者は、全て私が屠ってやる! 私がお前を守ってやる! 恐れるな! 私の全てでお前を守ってやる!」

 

 ビクトーリアは、焦りにも似た口調で番外席次に語りかけ、一層力強く抱き締める。暫くそうしていると、ゆっくりとゆっくりと番外席次の呼吸は穏やかな物へと変化していった。

 

 そして、涙に濡れるその瞳で、まっすぐにビクトーリアを見ていた。

 

 ビクトーリアは優しく微笑むと、番外席次の髪をゆっくりと、その髪を撫でる。何度も、何度も。もう大丈夫だと、何も怖くは無いと、言い聞かせる様に何度も撫でた。

 

 ビクトーリアは、この少女をほっては置けなかった。

 

 この少女は………………あまりにもモモンガに似ていた。そして、自分にも。幼い頃から、縋る者はだれ一人存在せず、周りに人は居るものの、心はいつも孤独を感じていた。

 

 その孤独の中、唯一自分を救っていたのは、モモンガや自分は、YGGDRASILであり、この少女にとっては、恐らく強さ、なのだろう。

 

 そんな少女だからこそ、助けずには、抱きしめずにはいられなかった。

 

 ビクトーリアは、その豊かな胸に番外席次を抱きながら、右手でアイテムボックスを探る。

 

 そして、一つのアイテムを取り出した。細かい装飾が入ったガラスの小瓶に、赤い液体が入った物、ポーションと呼ばれる回復アイテム。

 

 それを、ゆっくりと番外席次の口元に近づけて行く。

 

 番外席次は、一瞬キョトンとした表情を浮かべたが、すぐにポーションを口にした。コクン、コクンと少しずつ飲みほして行く。

 

 全てを飲み干した時、番外席次の側頭部には、特徴的な長いエルフの耳があった。

 

 ビクトーリアは、確認する様に、愛しむ様に、悪戯をする様に、番外席次の耳を撫でる。

 

 そして……愛らしい、少女の笑みで番外席次、絶死絶命は、それからもたらさせる安堵を感じていた。

 

 






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