OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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漆黒の戦士
王の望み


 満天の星空。

 

 漆黒の中に点在する輝き。

 

 その小さな光は、人々の命の輝きを映しとったかの様だった。

 

 その、魂魄の安息の場に、僅かに見える染みがあった。地上から見上げるその煌きに、まるで不幸を暗示する様な一点の闇。夜空を見上げるほとんどの者達は、気付かないであろうその染みは、この世界の未来を現していたのかも知れない。

 

 その染みの正体は、死の支配者、オーバーロード、アインズ・ウール・ゴウン。空中で、その身に纏う漆黒のアカデミックガウンを揺らしながら、世界を見つめていた。隣には変態し、カエルの様な顔と、蝙蝠の様な翼を生やしたデミウルゴスが、無言で控えている。

 

 アインズは、デミウルゴスの存在を気にする仕草も無く、右手を掲げた。そして、煌く星を手に入れるが如く、ゆっくりとその手を握って行った。無論、星を掴む事など出来ないのだが、右手を胸元まで戻し、その骨の拳を、親指から一本ずつ開いて行く。

 

 開かれた掌には、当然何もなかった。

 

 アインズは、小さくため息をひとつ漏らすと、誰に言うでも無く、言葉を漏らす。

 

「奇麗だ。夜空とは、こんなに奇麗な物だったのか。」

 

 そう呟くと、視線を下へと向ける。眼下には、どこまでも続く平原が広がっていた。

 

 アインズは思い出す。

 

 何時かビクトーリアが語っていた、冒険の数々を。

 

 クリエイト系のクエストを主としていた、自分達とは正反対の冒険譚を。

 

 YGGDRASILと言うゲームの真髄は、探究と言う言葉に尽きる。頭が可笑しいと、常々言われていた運営から投げかけられる、クエストと言う名の難問をプレイヤー達は必死で解いて来た。

 

 YGGDRASILに置ける難関クエストとは、ボスの強さや、ダンジョンの複雑さとかでは無かったからだ。数々発表されるクエストの、どれがどう繋がって、それに必要なアイテムは何か? それをどう作ればいいのか? などを精査しクリアして行く。それは、ストーリークエストとプレイヤーには呼ばれ、一部のプレイヤーからは、絶大な人気を誇っていた。

 

 だが、何故一部のプレイヤーからなのか、それは、ストーリークエストは非常に長い期間で行われるからだ。現に、ビクトーリアの隠し種族に関係したストーリークエストなど、約三年がかりでの物だった。そんな一面も、YGGDRASILと言うゲームにはあった。

 

 脳裏に浮かぶ思い出を噛み締めながら、アインズから言葉が漏れる。

 

「冒険、してみたいな」

 

 その言葉は、死の支配者では無く、プレイヤー鈴木悟の物だったのかも知れない。

 

 だが、アインズの発言に、素早くデミウルゴスが反応する。

 

「アインズ様。この地の情報が、あまり無い現状での冒険は非常に危険であります。現地調査なら、我ら僕に御言い付け下さいますよう」

 

 この言葉に、アインズは答える事はせず、只、世界を見つめていた。

 

 そして………………

 

「ならば、世界征服なんて良いかもな」

 

 そう、ポツリと呟いた。

 

 頭を振り、馬鹿な事だと思いながら、アインズは後方へと視線を向ける。

 

 そこには、ナザリック大墳墓があり、墳墓周りの地面が波打っている様に見えた。まぶたも眼球も無い目を、少し擦って見るが、やはり地面は鳴動していた。そこで、ある事に気が付いた。

 

「あれは、マーレの魔法か?」

 

「はい、アインズ様」

 

「そうか。全ての処置が終わった後、マーレに私の下へと来るよう言っておいてくれるか?」

 

「畏まりました」

 

 その言葉を最後に、二つの異形は闇に溶けて行った。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 鎖で上半身を拘束されたまま、ビクトーリアは第六階層にある星青の館に到着する。

 

 ビクトーリアの後ろには、セバスが付き従い、その後にはユリ、ペストーニャが並んで歩く。

 

 その隊列は、最後尾を歩く性欲の権化からビクトーリアを守るかの様だった。

 

 いや、実際そうだった。第十階層を出た辺りから、徐々に息が上がり、時折「くふ」とか「くふふ」などと言った奇声を発し続けている破裂寸前の淫乱処女ビッチから。

 

 またの名をナザリック大墳墓 守護者統括アルベドから。

 

 生真面目な性格のセバスは、その使命感からビクトーリアを、いや、ビクトーリアの貞操を守る使命に燃えているが、後を歩く二人の心情は、うんざりだった。なにせ、執務室で遠隔視の鏡を見てからずっとこの調子なのだ。

 

 女の匂いをまき散らせながら、ブツブツと愛しい者の名前を呟くその姿は、同性から見てもドン引きの姿だった。

 

 そんな事など露にも気にせず、いや、実際には背中にひしひしと感じながら、ビクトーリアは扉を開き館の中へと歩を進める。

 

 館の中は、単に見事な物だった。

 

 アールデコを基調とし、柱や、階段の手すりに至るまで、非常に凝った仕上げがなされている。

 

 その中に、ドレスを纏ったビクトーリア、執事服のセバス、そしてメイド姿のユリとペストーニャが収まると、実に見事に絵になる光景だった。

 

 皆が興奮と共にその造形美に見惚れる中、別の物に注目する四つの目があった。今か、今かとタイミングを計る。

 

 ビクトーリアから、ゆっくりとセバス、ユリ、ペストーニャが離れる。

 

 もう少し、絶好の空間まで後僅か。

 

 そして、その時が訪れた。姿勢を低くし、絶好のタイミングで地面を蹴る。ビクトーリアの前後から影が猛スピードで駆け出した。

 

 そして、その影はビクトーリアの………………股間と臀部へ突貫する。

 

「ぬぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 館にビクトーリアの悲鳴が響き渡る。

 

 ビクトーリアは、慌てて自身の下半身を確認する。その臀部には、割れ目に顔を埋める守護統括が、そして、股間には、扉の陰で機会を伺っていた番外席次の姿が。

 

「ビッチ様ー、ビッチ様ー、ああ、ビッチ様ー!」

 

「おおさま、おおさま、ふにふにふに」

 

「やめんか、やめろ、やーめーろ!」

 

 最早、制止の声は届かなかった。

 

 星青の館は、いや、ビクトーリアの周りはカオスと化していた。愛おしい者の香まで愛しむ様に、二人は顔を押し付ける。

 

「痛い! アルベド! お尻に、つ、角が! 角がめり込んでるから! アルベド!」

 

 ビクトーリアは、必死で引きはがそうとするが、相手はLv100の前衛職と、Lv90オーバーの前衛職。密着状態では、さすがの近接戦闘ガチビルドであるビクトーリアでも、拘束された状態では容易な事では無かった。

 

 しかし、ビクトーリアは一人では無い。ここには頼もしい常識人がいた。

 

 取り残された様にボーゼンとしていた三人は、急ぎアルベドの引きはがしにかかる。だが、相手はアルベド、愛と言う燃料を情欲と言う力に変えて我が道を行く暴走機関車、そう簡単には行かない。それなりの時間をかけ、何とか引きはがしに成功する。

 

 だが、それでも名残惜しかったらしく、じりじりとビクトーリア目がけて牛歩の歩みで近づいて行く。

 

 ビクトーリアは、それを警戒しながらも、まずは目の前の敵の排除を優先する事にした。それも、強引な手を使って。

 

「小娘! いい加減にせんかー!」

 

 その言葉と共に、無詠唱化したエレクトロ・スフィアを首筋に打ち込んだ。

 

 ビクンと一つ痙攣し、番外席次はその場に崩れ堕ちた。しかしその表情は、とても満足げだった。

 

 一仕事終えても安心は出来ない。最強の獣が、背後に迫っているのだから。

 

 ビクトーリアは振り返ると、ゆっくりとした歩調でアルベドに近づいて行く。一体何が起こるのか、セバス達の顔に緊張が走る。二人の距離は徐々に縮み、ほぼゼロ距離となる。

 

 この後一体何が?その何とも言えない空気が部屋を支配した瞬間、ビクトーリアはアルベドの身体を、しっかりと抱きしめる。番外席次や、ネムにした様に慈愛を持ってしっかりとその身に包んだ。アルベドの表情は、発情期の獣のそれから、徐々にいつもの貞淑な物へと戻って行った。

 

「ビッチ様……」

 

「うん」

 

「愛しのビッチさま」

 

「うん、アルベド。………………甘えるのは良いけど、私の胸とお尻揉むのはやめようね。みんないるから」

 

「……はい」

 

 頬を赤らめながら、アルベドは返事を返す。しかし、それが羞恥から来る物か、ビクトーリアの注意にある、“みんながいるから”に対して、誰も居なければ好きにして良いと言う解釈からかは、アルベドのみ知る事であった。

 

 そんな、愛する者の感触と香りを堪能するアルベドが、真面目な声色でビクトーリアへ囁きかける。

 

「ビクトーリア様……」

 

 ビクトーリア様、ビッチ様では無く、ビクトーリア様、とアルベドは呼びかける。

 

「何故、ビクトーリア様は全ての責を御一人で背負われるのですか?」

 


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