OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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王への涙

「何故、ビクトーリア様は全ての責を御一人で背負われるのですか?」

 

 アルベドのこの発言に、場の空気が凍りつく。

 

 質問の真意を理解している者、していない者。だが、ビクトーリアの言葉に、疑問を感じていた者もこの場にはいる。しかし、この問いにおける回答は、決して表に出すべきでは無い。それが、モモンガとビクトーリアの気持ちだった。

 

 ビクトーリアは必死に頭を回転させ、この場を乗り切る方法を絞り出す。だがそれは容易な事では無かった。セバス、ユリ、ペストーニャには、アルベドの言った言葉が全て聞こえている。君達の聞き間違いだ、などと言う言い逃れは決して出来ない。ましてや、「何言ってんの」などと、とぼけるのも愚策だ。

 

 悩んだ末、ビクトーリアは暫し時間を開ける事にした。自分自身にとっても、守護者達にとっても、若干のクールダンは必要と思ったからだ。

 

 ビクトーリアは、拘束時間が過ぎた鎖を解くとアイテムボックスにほおりこみ、皆を見回した後、口を開く。

 

「皆、暫し待て。妾はこの者を寝かせて来るゆえ」

 

 そう言って番外席次を抱きかかえると、階段を上り、寝室と思われる部屋へと消えて行った。

 

 残された守護者達は、お互い顔を見合わせながら無言で時を過ごす。誰もが、先ほどの言葉の真意をアルベドに確認したい気持ちは持っていたであろう。だが、“全ての責”と言う言葉がそれを躊躇わせていた。もし、この場に シャルティアかルプスレギナ辺りが居たなら、話は早かったかも知れない。

 

 しかし、この場にはナザリックの中でも、特に慎重派、もしくは穏健派が集まっていた。だからこそ、ビクトーリアの帰りを、口を噤んで待つ、と言う選択肢を選んだのだった。

 

 一方、ビクトーリアは番外席次をベッドに寝かせると、アイテムボックスを掻きまわしていた。そして、やっとの事で目当ての物を探し当てる。

 

 アイテムボックスから取り出したそれは、何の変哲も無いアイテム。

 

 防御力も、特殊効果も、何も付与されてはいない衣装、いわゆるパジャマと呼ばれる物だ。クラン、魔女の夜明けで定期的に行われていた、パジャマパーティと呼ばれる情報交換会での着用が義務づけられたアイテムである。

 

 ビクトーリアは、番外席次の装備を手早く剝ぎとると、パジャマ片手に一息吐き、眠る少女の生まれたままの姿を見つめながら

 

「見事にぺったんこじゃの。下は影も見えん。エルフとはいと悲しき種族なんじゃろか? これで二百歳とは………………アウラの未来も真っ暗じゃな」

 

 などと、失礼極まりない感想を呟く。

 

 だが、いつまでも全裸で放って置くのも忍び無い。ビクトーリアは、いそいそと番外席次にパジャマを着せ、正しくベッドに寝かせる。

 

 布団をポンポンと軽く叩き、作業終了の合図を自己演出した瞬間、背後から冷えた声が語りかけた。

 

「本当にあなたは愚かだ。甘くて優しい愚か物だ」

 

「そうかな?」

 

 言葉をかけられ、ビクトーリアは驚きつつも振り返らず答える。

 

 その行為のせいなのか、それとも言葉になのか、背後の者は苛立ちを顕にしながら、言葉を続ける。

 

「そうです。あんな者達など放っておけば良い。誰のおかげで絶望を味合わなくて済んでいるのかも気付かない、いや、気づこうともしない輩など。あなたが恨まれて、そして傷ついてまで守る価値は無い。さらにはアレらの創造主達も。……全ての責任をあなたに! ……ビクトーリア様に押しつけた者達を救うなど、馬鹿げている! 違いますか! 違いますか! 我が創造主様っ!」

 

 悲痛な叫びだった。

 

 ただ、そうただ、ビクトーリアの身を案じての言葉だった、怒りだった。

 

 ビクトーリアは、ゆっくりと振り返ると声の主を抱きしめる。

 

「お前の言う通りかもしれない。でもね、どんなに憎まれても、どんなに傷つこうと、一人でいるよりはずっと良い。孤独の寂しさに、虚しさに、恐怖に比べればずっと良い。モモンガさんは私の傍に居てくれた。私の話し相手になってくれた。私に笑いかけてくれた。私には、それで十分なんだよ。許しておくれ、我が愛しき子。怨まないでおくれ、彼らを」

 

 抱きしめられた腕から逃げる様に離れると、「あなたは、本当に愚かだ」と言う言葉を残し、その者はビクトーリアの影へと沈んで行った。

 

 暫しの間、自身の影を見つめていたビクトーリアだが、気を取りなすかの様に、自分の頬を両手で叩き、守護者達の元へと歩き出した。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「ふむ、待たせのう」

 

 そう言って、二階へ上がった時と同じ笑顔でビクトーリアは戻って来た。

 

 その顔を見た守護者達は、一様にほっとした表情を浮かべた。

 

 階段を下り終り、一階に降り立ったビクトーリアは、守護者達に落ち着ける場所は? と問いかける。腰を下ろせる場所として食堂などが候補に挙がったが、不敬であると却下され、場所は書斎に決まった。

 

 扉を開き、入ったそこは、見事に書斎と言う場所を現した場所だった。

 

 一番奥に重い色合いの、――年月を育んだマホガニーだろうか――机に、柔らかなクッションの椅子。扉の右側には一対二脚の椅子と三人掛けのソファー、そしてテーブルが一つ。壁際には机と同じ素材で出来た本棚が並び、そこには古びた本が並ぶ。

 

 ビクトーリアは、感心しながら椅子に腰かける。守護者達に着席を進めるが、それはやんわりと断られた。

 

 机に置いた手で頬杖を付きながら、ビクトーリアは、さてと再開の合図を送る。

 

 これを理解したアルベドは、先ほどとは違い、落ち着いたトーンで語り始める。

 

「では、僭越ながら。……何故、ビクトーリア様は全ての責を御一人で背負われるのですか?」

 

 改めて疑問を口にする。だが、クールダウンの時間を置いた事で、ビクトーリアも冷静さを取り戻していた。

 

「責、か。しかしアルベド、妾は何の責も負ってはおらぬが?」

 

 努めて冷静にビクトーリアは言葉を返す。

 

 が、これがいけなかった。抑圧されていたアルベドの感情が、一気に吹き出したのだ。

 

「それは嘘です! ビクトーリア様は、私達を捨てこの地を去った――」

 

「アルベド!」

 

 アルベドの言葉を遮り、ビクトーリアの激しい檄が飛ぶ。しかし、アルベドの激情も納まりはしない。追及しようとするアルベドに、それを妨げるビクトーリア。諦めないアルベドに、遂にビクトーリアが折れる形になった。

 

 そのためにビクトーリアは、セバス、ユリ、ペストーニャに退室を命じる。三人は怪訝な表情を見せるが、ナザリック地下大墳墓の最高機密に関わる、と言うビクトーリアの言葉に、渋々、と言った感で書斎を出て行った。

 

「して、アルベド。うぬの質問なのじゃが……」

 

「演技は御止め下さい」

 

 この言葉にため息を突きつつ、再び口を開く。

 

「そうだね。君は知っているんだろうね。じゃあ答えよう。何がしりたいのかな?」

 

「先ほどと同じです。何故、ビクトーリア様は全ての責を御一人で背負われるのですか?」

 

 再度ため息を吐いたビクトーリアは、虚空に手を伸ばし、アイテムボックスから木箱を取り出した。オーク材だろうか、木目のはっきりした木地に茶色いニスが塗られた様な木箱だ。

 

 アルベドは、その木箱をマジマジと見つめる。その瞬間、アルベドの瞳が見開かれた。その木箱の上部には……アインズ・ウール・ゴウンの紋章が刻まれていた。

 

 ビクトーリアは、木箱を机の上に置くと、ゆっくりとその蓋を開けて行く。蓋は蝶番で固定されており、アルベドの側が開かれて行く。そして、その中身を視認した瞬間、驚きの声と共に、再びアルベドの瞳が見開かれた。

 

 箱の中に収納されていた物は、血を思わせる紅玉をはめ込まれた指輪、リング オブ アインズ・ウール・ゴウンだった。

 

 しかも、その数三十七個。

 

 ビクトーリアは指輪を前に、アルベドに向け話始める。

 

「アルベド、君はアカウントと言う言葉を識っているかい?」

 

「はい、ビクトーリア様。モモ、いえ、アインズ様から聞いた事があります。」

 

「モモンガ様で良い。ここには二人しか居ないから」

 

「はい」

 

 此処で一度首を縦に振り、ビクトーリアは話を進める。

 

「アカウントとは、リアルと呼ばれる世界と、私達が元居た世界を繋ぐ物だ。」

 

 アルベドは黙って頷く事で、ビクトーリアに話の続きを促す。

 

「彼ら三十七人は、YGGDRASILを去る時、つまりはアカウントを消す時に、私の元を訪れ、指輪と、あるメッセージを残して行ったんだ。」

 

「メッセージ、で御座いますか?」

 

「うん。モモンガさんをよろしくと」

 

 アルベドは、その整った顔に、驚きを刻む。そして、それ以上の安堵も湧き上がって来ていた。やはり、この人は、自分の愛したビクトーリア・F・ホーエンハイムは、至高の四十人に対して何もしてはいなかったのだと。

 

 それどころか、呪いと言ってもいい程の重責を背負わされていたのだと。

 

 アルベドは、必死に冷静さを保ちながらビクトーリアと対峙する。

 

「ビクトーリア様、それを我ら僕達に公表されては」

 

「ダメだ。それはダメだよ」

 

 自分を諌めるビクトーリアの言葉は優しく、それでいて悲しげだった。

 

「捨てられるなんて事は悲しい事だ。知らなければ知らない方が良い。出来れば君にも知らずに居て欲しかった」

 

「その事はモモンガ様も?」

 

「いや、知らない。これは私と、この地を、いや、YGGDRASILを去った彼らしか知らない」

 

「では!」

 

 アルベドの声が非難する様な物に変わる。

 

 だが、対するビクトーリアの声色は同様に優しい物だ。

 

「今までずっと頑張って来たんだ。これ以上彼に重荷を背負わせたくは無い。」

 

 隣で見て来た君にはわかるだろ、とビクトーリアはアルベドに問いかける。

 

 そして

 

「一人は寂しいものだよ」

 

 と、付け加えた。

 

 アルベドは湧きあがる涙を抑え、片膝を付くと頭を下げる。

 

「ナザリック地下大墳墓 守護者統括アルベド。煉獄の王ビクトーリア・F・ホーエンハイム様に生涯の愛と忠誠を」

 

 そのまま部屋に沈黙が流れる。

 

「御許しを」

 

 そう言ったアルベドの言葉には、慟哭が含まれている様に感じられた。顔を上げ、必死に見つめて来るアルベドに、ビクトーリアは最大限の威厳をもって

 

「許す。妾と共に歩め」

 

 そう言葉を贈る。

 

 その後、ビクトーリアからの疲れたと言う言葉で、この場はお開きとなった。

 

 最後にアルベドから、「では、また明日」と言う言葉にビクトーリアも「また明日」と砕けた言葉で返した。その時のアルベドの表情は、とても嬉しそうだった。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 書斎を出たアルベドの前には、セバス、ユリ、ペストーニャの姿があった。

 

 だが、アルベドは何も言わず、館を後にする。その行動をユリ、ペストーニャは慌てて後を追う。セバスは僅か躊躇するが、事の重大さを思い後を追った。

 

 館を出て五十メートル程だろうか、アルベドが急に膝を付く様に倒れ込んだ。

 

 何が起こったのか解らず、三人はアルベドに駆け寄った。ユリとペストーニャが左右から、セバスが背後から様子をうかがう。

 

 三人の眼に映った姿は、両目から大粒の涙を流しながら、地面を握りしめ、ビクトーリアの名を連呼するアルベドの姿だった。


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