OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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王の脅威

 カルネ村の事件から数日後、ガゼフ達王国戦士団は、城砦都市エ・ランテルに滞在していた。

 

 国命である国内を荒らす賊の討伐は、無事完遂された。だが、被害調査と言う点で王国領の一番東のこの街まで足を運んでいた。

 

 一応王国への報告として、部隊の中で馬の扱いが上手い物を三人ほど選び、新たにこの城砦都市で購入した馬に乗せ出発させている。一方、エ・ランテルに残った者達は、著しく体力が低下している者は、宿で休養となり、動ける者は、物資の調達などの任に付いている。

 

 隊長であるガゼフは、どの任にもついてはおらず、一人、この都市の魔術師組合を訪ねていた。

 

 扉を開け、屋内へと足を踏み入れると、薄暗い明かりの先に受付が見えた。ガゼフは、そこに見える受付嬢とおぼしき年配の女性に、驚かさない様に静かに、且つ丁寧に声をかける。

 

「失礼。私は王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。組合長殿は御居でで?」

 

 この言葉を聞いた瞬間、受付の女性は頬を引きつらせる。だが、話しかけられた事に驚いたのでは無い、男が口にした名前に驚いたのだ。しかし、そこは熟練の者、すぐに立ち上がると、ガゼフに一礼し階段を上がって行った。

 

 室内をあれこれと見ていると、先ほどの女性が戻って来た。ガゼフの前に立ち、礼儀正しく腰を折ると

 

「ガゼフ・ストロノーフ様、おまたせ致しました。当組合長テオ・ラケシル、歓迎するとの事です。三階の右の部屋で御座います。」

 

 そう言って再び腰を折る。

 

 ガゼフは丁寧に礼を言うと、階段を上り、目当ての部屋へと向かう。目的の部屋のドアを開けると、奥にある執務机にほっそりした神経質そうな眼をした男が座っていた。その者は、ガゼフの姿を見ると立ち上がり、両手を広げると言う芝居がかった仕草で歓待の意を告げた。

 

「これは、これは、戦士長殿。私は魔術師組合 組合長テオ・ラケシルと申します。今日は一体何用で?」

 

 ラケシルの挨拶に対し、ガゼフも自分の階級と名と、急な来訪を詫びる言葉を告げる。

 

 御互いの挨拶も終り、ラケシルはソファーに座る様に進める。二人ともが着席し、一息ついてから、ガゼフは本題を切り出した。

 

「ラケシル殿、まずはこれを見てほしい」

 

 そう言って懐から、ガラスの様な物で出来たアミュレットを取り出す。

 

 それを受け取ったラケシルは、一様に全体を眺めた後、口を開く。

 

「只のアミュレットに見えますが?」

 

「ええ。ここからの話は内密にお願いしたいのだが……」

 

 この問いに、ラケシルは頷きで返す。

 

 了承を確認したガゼフは、カルネ村での戦闘の一部始終をラケシルに話して聞かせた。話し始めの頃のラケシルの表情は、興味程度だったが、後半に行くにつれ真剣な物に変わって行った。

 

「つまりガゼフ殿は、これにどんな魔法が掛かっているか知りたいと?」

 

「そう言う事です」

 

「解りました」

 

 そう言うとラケシルは、アミュレットをテーブルに置き、両手を近づけて行く。

 

付与魔法探知(ディテクト・エンチャント)

 

 そして力強い言葉を紡ぐ。

 

 僅かの後、ラケシルの顔は大量の汗で濡れて行く。同時に目を見開き、驚愕の表情でガゼフを見つめた。

 

「ガゼフ殿……こ、これは………………」

 

 それ以上言葉が出なかった。

 

 ラケシルの慌てぶりを目の前にし、ガゼフの心にも焦りの感情が湧きあがる。一体ラケシルは、何を感じ取ったのだろうか?

 

「ガゼフ殿……これを身に付けていた者らは、全員無事、と言う事でしたな」

 

「ええ。重症、軽傷の違いはあれど」

 

「その者らのアミュレットは?」

 

「砂のように砕けておりました」

 

 もちろん、自分の物も、とガゼフは付け加える。

 

 今、ガゼフが持ち込んでいるアミュレットは、隊員達に配った時に、偶然袋の中に残った物だ。

 

「ガゼフ殿の部隊は、何名程で?」

 

 脈絡のない質問に、首を捻りながらもガゼフは答える。

 

「なるほど。その、三十数名の隊員達全てにコレを?」

 

「ええ」

 

 この答えに、ラケシルの表情はさらに曇る。

 

「ラケシル殿、一体それにはどんな魔法が掛かっているのです?」

 

 ガゼフはとうとう我慢できずに本題を口にした。

 

 だが、ラケシルの口は重い。まるで、認めたくは無い、いや、認められない何かが、そこにはある様に見える。

 

 ラケシルは、水差しからコップへと水を注ぎ、それを一息で飲み干すと、やっとの事で口を開く。

 

「ガゼフ殿。このアミュレットに込められた魔法は………………致命的な一撃を、一度だけ無効にする魔法だよ」

 

 手を机に叩きつける、バンッ! と言う音を響かせ、ガゼフはラケシルに詰め寄る。その表情からは、驚きと、焦りと、畏怖が込められていた。

 

「では……これは」

 

「うむ、王国の秘宝、守護の鎧(ガーディアン)と同じ効果を持つアイテムだ」

 

 使いきりのアイテムだが、と付け加えるが、ガゼフの耳には届かない。

 

 それはそうだろう、国家の秘宝と位置づけられている為、装着主のガゼフでさえおいそれと身に付ける事が出来ない程の物が、使いきりと言え、ゴロゴロと現れたのだ。

 

 煉獄の王と言う言葉が、ガゼフの中で恐怖へと変わって行く。

 

 だが、ラケシルの口からは、別の見解が発せられた。

 

「確かにその者、煉獄の王は脅威でしょう。ですが、……私としては、隣に居た魔法詠唱者の方に恐怖を感じますが」

 

「どう言う事でしょうか?」

 

 ガゼフはラケシルの意図が解らず、説明を求める。

 

「真にその者が、伝承にある煉獄の王なのだとしたら、それは想像以上の化け物と言う事になります。何しろ四大神様が、総出でも封印がやっとの者ですから」

 

「ええ」

 

「しかしガゼフ殿、良く考えて見て下さい。話からすると、その者は煉獄の王と仲が良く見えたと言っていましたね」

 

「ええ、友人の様な関係に見えました」

 

「それですよ。どうやってそんな化け物の友になるのです? どんな人物なら煉獄の王と肩を並べられるのです? そう考えると、その魔法詠唱者も底が知れないと私は思いますが」

 

 ラケシルの言う通りだった。

 

 最初に村を襲っていた、陽光聖典の先発隊、そして陽光聖典の本体を、煉獄の王は一人で圧倒した。

 

 その現場の片方に居合わせた自分達は、その姿に恐怖した。しかし、あの魔法詠唱者、アインズ・ウール・ゴウンはどうだったろう。

 

 ガゼフは改めて思い出して見る。一つ一つの場面を記憶の限り遡る。

 

 ガゼフの背中を、じっとりとした嫌な汗が流れ落ちて行く。二人の会話、態度、思い起こせば起こす程、異常性が際立って来た。二人の間に流れていた雰囲気、それはあまりにも普通過ぎた。親しい友の様に、長年切磋琢磨して来た戦友の様に。

 

 彼が煉獄の王に、特別目を掛けられているのならばそれで良い。最も危険なのは、そうで無かった場合だ。彼が、アインズ・ウール・ゴウンが、煉獄の王と肩を並べる者と言う危険性だ。そうであった場合、王国は、いや、世界は、扱いを間違えれば終末へと導きかねない爆弾を二つも抱える事になる。

 

 ガゼフは、ラケシルに自分の考えを話すと、今後の情報交換を密にする事を確約し、魔術師組合を後にした。

 


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