「冒険がしたいです」
星青の館の書斎で、ニグンから上がってくる報告書に目を通していたビクトーリアの前に、予告なしに突然現れた骨の第一声がこれだった。
「何を言っているんですか、モモンガさん」
マジックアイテムである赤いフレームの解析眼鏡を掛けたビクトーリアは、書類から目を離さずに言葉を返す。
「辛いんです!」
「そうですか」
アインズの必死の訴えに、ビクトーリアは涼しげに返答を返す。
まるで、別な物に集中しているかの様に。いや、実際そうだった。ニグンからの報告書は、実に有意義な情報が細かく書かれていたからだ。貨幣価値から、国同士の繋がり、特殊な職業、もちろんスレイン法国内の細かな情報も記されている。
その情報の精査に夢中なため、今アインズの存在は邪魔でしかなかった。
しかし、そんなうわの空での返事を繰り返していれば、真剣に相談しに来た者の怒りを買うのは当然の結果だ。
「ビッチさん! 真面目に聞いて下さいよ!」
アインズには珍しく、大声で異議申し立てをする。
ビクトーリアは、大きくため息を吐くと、眼鏡を外しアインズと向き合う。
「それで?」
「辛いんです。毎日、毎日、メイド達がですね、俺の世話を何でもしようとするんですよ。」
「はあ」
「それでですね、自分でやるからって言うと、……この世の終わりみたいな顔をするんですよ」
「ケッ!」
ビクトーリアは、アインズの話を聞いた瞬間、毒づく様に舌打ちをする。
「ケッ! って何です。ケッ! って」
「はあ? 沢山の女の子にお世話されて困ってます? はあ? 死ね! あ、死んでるか」
アインズの、リア充モテ話に憤慨したビクトーリアは、暴言で返す。
「そんな事言わずに聞いて下さいよ!」
アインズから、悲痛な叫びが漏れだした。
ビクトーリアは再びため息を吐くと、アインズへと視線を向け、話を聞く態勢をとる。それが嬉しかったのか、アインズはいそいそと椅子を持ってきて着席した。
そして、すぐさま濁流の様に心情を吐露する。
メイド達の一件もそうだが、やれシャルティアがくっ付いて来るとか、僕達の自分に対しての忠誠度が怖いだとか、一人になれないとか、そのせいで気を抜く事が出来ないとか、最早これは、相談では無く、愚痴だった。
話を聞いているビクトーリアにだって愚痴はある。
ナザリックの僕達の信頼が皆無であるとか、番外席次が、事あるごとに子作りを要求してくるとか、何故か毎晩ベッドが湿り気を帯びているとか、だが、この場ではアインズの話を、黙って右から左に聞き流す事に専念する。
荒れた河川と化していたアインズの心は、何度かの沈静化と愚痴を吐き出す事で、一応の安息を得られた様だった。あらかた吐き出したアインズに、ビクトーリアは真意を聞き出す事にする。
アインズは何がしたいのかと。
「冒険がしたいです」
これがアインズの望みだった。本音は外へ出て、一人の時間が欲しいと言う所だろうが、あえてそこをツッコム様な事はしない。
ビクトーリアは、眼鏡を掛けると、机の上に広がった書類の中から、一枚の羊皮紙を取り出す。
「それではこう言うのはどうでしょう。この世界には、冒険者と言う職業があるそうですが?」
「マジですか?」
「はい、マジです」
この提案に、アインズは掌をワキワキと握ったり開いたりしながら、考えを巡らせていた。しかし、この行動を見るに、どうやら乗り気の様だ。
「行ってもいいんですかね?」
アインズは、不意にこんな言葉を口にする。
意味を訳せば、ナザリックから外に出てもいいのか? と言う意味だろう。
「一人では不味いじゃろうな。守護者達が許しはせんじゃろ」
この言葉に、アインズはがっくりと頭を垂れる。その姿に、ビクトーリアは、本日三度目のため息を吐くとこう切り出した。
「まず、最初の条件じゃが、人の街へと行く訳じゃな?」
「ええ」
「ならば、お供は人に近い姿をした者が適切じゃな」
ここまで話すと、二人は適合する者達をピックアップして行く。
「それから第二の条件じゃが、見ず知らずの人達の中で暮らす訳じゃから、礼儀正しい者、じゃな」
「そうですねぇ。トラブルはなるべく避けたいですし」
そう言ってアインズは、僕達の顔を一人一人思い出してみる。しかし、どうにもピンとこなかった。何と言うか、こう、癖が強すぎるのだ。
それはそれとして、御供として考えるに、まずは、階層守護者は外さねばならない。ナザリックの防衛を考えるならば、当然の結果だ。
では次は、執事であるセバスだ。しかし、彼は現在謹慎中の身であり、今後別の任務に付ける予定があるため却下となる。
ならば、プレアデスはどうだろう。すでに除外となっているのは、シズとエントマだった。シズの場合は、彼女自身がナザリックの防衛に関わっているため除外されている。そして、エントマは、彼女の愛らしい容姿の問題で除外された。無表情だと言って通すにも程がある、と。
その他のメンバーの中で、まずは、長姉であるユリ。性格的にも、礼儀的にも何の問題も無いが、人前でポロリする可能性があるため除外となる。
続いては、ルプスレギナ。アインズの感想としては、なかなか良いのでは、と言う評価だ。
そして、ナーベラル。転移後、御側付きとして、よく身近にいるのだが、礼儀的な面から見ても、高評価を与えても良いとアインズは考える。
最後にソリュシャン。全く問題が無さそうだが、はたして金髪縦ロールな髪形と言う、見た目豪華な冒険者が居るかどうかが不明なため、現実的には保留である。
「ビッチさん、俺的には、ルプスレギナかナーベラルが良いと思うんですが?」
と言うアインズの発言に、ビクトーリアは首を縦に振り、肯定の意を表しながらも、一つの疑問を口にする。
「モモンガさんは、冒険者になって何がしたいんじゃ? やはり、魔法詠唱者かや?」
この問いに、アインズは一瞬言葉を失うが、暫しの沈黙の後、ゆっくりとだが、自分の気持ちを正直に打ち明ける。
「俺は……。俺は戦士になってみたいんですよ」
「成程。それであれば、先ほどの二人はうってつけじゃなぁ」
そう言ってビクトーリアは、指を二本立てると言葉を続ける。
「それでどっちにするのじゃ? 魔法詠唱者か? 神官戦士か?」
二択を提示され、アインズは真剣に悩んだ。
その結果、回復、蘇生等の神聖魔法は、スレイン法国との繋がりを邪推される恐れがあるため、遠距離での攻撃をアインズは選択した。
「やっぱり、戦士と魔法詠唱者の二人連れって、かっこ良いじゃないですか」
は、アインズの弁。だが、この選択を後ほど後悔する事になるとは、今のアインズには想像出来なかった。
話が一段落した所で、ビクトーリアが口を開く。
「現地協力者として、小娘をあてがってもいいのじゃが……」
「ああ、あのスレイン法国の?」
「うむ。じゃが、ちと問題が」
「あの娘にですか?一体どんな?」
「常識がね、無いの」
ビクトーリアの言葉を聞いた瞬間、アインズの顎がカクンとずれた。
常識が無い。それはどう言う事だろう。もしかして、あの少女は法国の姫か何かなのか?そんな疑問が、アインズの頭の中をグルグルと回る。
そして、いや、やはりと言うかアインズは少女、番外席次が何者であるのかの説明を求めた。
最初は戸惑っていたが、話し始めればスラスラとビクトーリアは、番外席次について、自身の知る限りの情報を開示する。
曰く、神人と言われる者である事。
曰く、法国の最終兵器である事。
曰く、人類の守り手である事。
曰く、何かすっごいドラゴンに存在を知られると、都市が一つ滅ぶらしい事。
全てをさらけ出し、まあ、こんな物か、とビクトーリアは踏ん反り返る。話し終わって満足した様だった。
だが、アインズの反応は
「何やってんだ、あんたはぁぁぁぁぁぁ! この駄巨乳ビッチが! 死ね! 脳筋教師に腹パンされて、死ね!」
「な・ん・だ・と。うぉら! ボッチ骸骨! 言うに事かいて何て言い草だ! お前こそ、鳥に掘られながら埋葬されろ!」
「「お前の様なヤツは、ロリータピンクに説教されて、悶え死ね!」
御互いを罵倒しながら、最後に口にした言葉は同じ物だった。
そして、同時に
「「それは……嫌だなぁ」」
と、言葉を漏らし、疲れ切った顔をした。