OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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侵攻

 一仕事を終えたモモンガは、本格的に歓迎の方法を思案する事にした。

 

「うーん。一応は俺って魔王な訳だし……」

 

 そう言うとおもむろに立ち上がり、モモンガは両手を広げ声高らかに言葉を発する。

 

「ビクトーリア・F・ホーエンハイムよ、我が物となれ。さすれば世界の半分を……」

 

 そこまで言って思い出した。

 

「あ、あの人、俺達の神様だっけ」

 

 そう呟き再び玉座に座り、コンソールを開き幾つかのページを表示して行く。何かヒントでも探す様に。幾度か立ったり座ったりを繰り返した後

 

「とりあえず歓迎は大勢の方が良いよな」

 

 そう言ってコンソールにナザリック地下大墳墓のマップとPOPモンスター以外のNPCの一覧表を出す。

 

「えーと、第一~第三階層の守護者シャルティアとバンパイアブライド……」

 

 などと呟きながら各階層守護者と主だったNPC達にチェックを入れて行く。

 

「よし、これで全部だな」

 

 そう言って実行を選択した。

 

 ほんの一瞬の静寂の後、ナザリック地下大墳墓 第十階層 玉座の間は異形の者達で溢れ返った。

 

「そうだよ、やっぱりお出迎えは全員でだよな」

 

 満足げにそう言うモモンガだったが、ここで彼本来の中二病がうずき出して来た。演説ってしてみようかな。そう思ったら止まらなかった。わざとらしく荒々しげにローブを揺らしギルド武器を頭上に掲げモモンガは大声で僕達に語りかける。

 

「皆の者よ! 我が愛する下僕達よ! 今宵、この時、我らアインズ・ウール・ゴウンは目的を達成する! 我らが神が! 我らが愛が! 憎っくき光の神によって封じられてから幾万の月日が流れた! 我らアインズ・ウール・ゴウンは光の神によってかけられた四十の封印を見つけ出しそれを撃破する事に成功した! 封印一つにつき一人、我らアインズ・ウール・ゴウンの仲間達は、至高の四十人達はその身を持って封印を破壊し戻らぬ者となった。だが、だがだ! 今宵、この時、我らの神は復活する! 見よ! 神の姿を! 見よナザリック地下大墳墓の真実を!」

 

 そう言うと ギルド武器を大きく振るう。その瞬間モモンガの背後にあった巨大なギルドフラッグが音を立てて落ちた。

 

 そして、そこには巨大な肖像画が掲げられていた。黄金の髪と黄金の瞳を持ち、この世の者とは思えない、まさに美その物と言った人物の肖像画が。

 

「我が下僕達よ、しかと見よ! この方こそが我らが神!  全ての異形の母! そして………………全ての善なる者の敵!  煉獄の王 ビクトーリア・F・ホーエンハイムである!」

 

 言いきった。気持ち良かった。その場の思いつきにしては上手くまとまった。心地よい疲れと共に再び玉座に腰かけようとするモモンガだった。だがその瞬間

 

「「ウォォォォォォォォォォォォォ」」

 

 有り得ない大歓声がその場から挙がった。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「さてと、参るといたしますか」

 

 そう呟くと石段を一歩一歩確かめる様に登って行く。

 

 この者ビクトーリア・F・ホーエンハイム。

 

 金色の髪と金色の瞳を持ち、ロココ調ドレスで着飾った成人女性の姿をしていた。

 

 石段を一歩一歩登るたびに、腰までの長さの髪は優雅に揺れ、その豊かな双球はたゆんたゆんと揺れ動く。微妙な動きに対してのグラフィックの追従、その為に大金をかけキャラクターのデータ量を増やし続けた結果が此処にあった。

 

 YGGDRASILと言うゲームの中で、ビクトーリア・F・ホーエンハイムと言うプレイヤーは、そこそこに有名な存在であった。彼女の存在は年月によって様々な変貌を見せる。最初に彼女の名がゲーム内で語られた時は、雷を纏った獣人としてだった。その二年後、再び彼女の名が表舞台で囁かれた。その時はWeb詩人、情報屋、魔女、様々な言葉で彼女の存在は語られていた。

 

 しかしここ数年の彼女の二つ名は煉獄の王。

 

 それを聞きかじった見た事もないPKに追われる事も数知れず。不審に思った彼女は、自身のクランのメンバーに相談するも、笑顔のアイコンを出されるだけで何も教えてはくれなかった。友であったギルド、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーに聞いても冷や汗アイコンを提示されるだけだった。最後の頼みの綱と思い普段は見ない掲示板を覗いた瞬間、驚きと疑問の渦が捲き上る。それは何故か?

 

 その理由とは知らない間に自分が神様になっていたからである。

 

 投稿者の名前を一つ一つ確認して行く内に、こんな事をしでかした連中が判明して来た。一大叙事詩とも取れる異形の神、煉獄の王ビクトーリア・F・ホーエンハイムの伝説を語っていたのは旧知の連中の名ばかりであったから。

 

 その内容はこうだった。

 

 

 

 遙かな昔、地上は楽園であった。

 

〜神達は様々な生き物を創造し、それらの者達は楽園で幸せに暮らしていた。

 

 時は流れ、多種多様な種族へと別れた生き物達は自然に光と闇へと別れて行った。

 

 光を宿す者達は美しく可憐に、闇を宿す者達は醜くなって行った。

 

 光に属する神達は醜い闇の者達を嫌い楽園から追放しようとした。

 

 しかし、最も光に近い雷の神は異形の者を追放するのに反対した。

 

 彼らの姿もまた神々のそうあれと言う意識によってだと。

 

 だが光の神達はそれを理解しようとしなかった。

 

 そして戦争が起こった。

 

 結果闇の者達は破れ地中深くに追いやられ、雷の神は精神と体を分けられ、さらに体を幾つかの断片に分けられこの世界のどこかに封印された〜

 

 

 

 そんな内容の叙事詩が、永遠とも取れる程の文字を使って掲示板には書かれていた。

 

 ビクトーリア・F・ホーエンハイムは知らない間に神様の精神体にされていたのだった。そこには尾ひれが付き様々なトンでも情報も書き込まれている。たとえば、彼女のHPを0にすれば運営側から特別なクエストへのカギが貰えるや、彼女こそが新たなる世界への扉である、などと言った真に受けるほうがどうにかしていると言った情報まであった。

 

「まったく、思いだすと腹が立つったら……ありゃしない!」

 

 そう呟きながらビクトーリアはフラッグポールをブンッと横に薙ぐ。

 

 この攻撃によって眼前のモンスター二匹が砂粒の様な光を残して消えて行く。それを確認しポールを肩に担ぐ戦闘時におけるデフォルトのポーズを取ると正面にある下り階段に視線を向けた。

 

「現在地下三階。解せないわねー。階層守護者も居ない、POPするのは30Lv以下のモンスターばっかり。舐められてる? それとも………………歓迎、してくれているのかな? アインズ・ウール・ゴウンの皆様。いえ………………モモンガさん」

 

 そう言ってドレスの裾を揺らしながら階段を降りて行くビクトーリアの表情は、一切の変化を現さないが僅かに微笑んで見えた。

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 第四階層、地底湖。

 

 第五階層、氷河。

 

 第六階層、ジャングル。

 

 第七階層、溶岩。

 

 第八階層、荒野。

 

 一つ、また一つと広大なマップによって創られた階層を下って行く。しかしどの階層も第一~第三階層と変わらない状況だった。変化があるとすれば、POPするモンスターのレベルが若干上がった程度。

 

「う~ん。これはこれは、本格的に防御システムを切っているわね。最後だから玉座の間で雌雄を決しようって事かしら? 四十一対一、いや、今は四対一か。それはそれで………………素敵ね」

 

 呟きながら歩みは下へ。

 

 第九階層を超え最終、第十階層へ。

 

「大理石の床と左右に居並ぶレメゲトン、だったかな。ソロモンの七十二柱に守られし玉座の間。冥府の魔王の居城に相応しき場所」

 

 遠くに見える巨大なドアを見つめながら、芝居がかった言葉と共にゆっくりとビクトーリアは歩を進める。玉座の間前室、大広間も半分ほど歩いただろうか、ビクトーリアは足元と体の正面に僅かな違和感を感じた。

 そして………………

 

「ふぎゃ!」

 

 盛大に転んだ。

 

「え? 何? 一体……」

 

 周りをキョロキョロと見渡し誰も居ない事を確認し、やっと自分が自分のスカートの裾を踏んで転んだ事に気づく。そして体の正面に感じる重さに。

 

「何が起こった?」

 

 両腕で体をさすりながらその違和感に背筋が寒くなって行く。

 太ももからでん部へ、そして豊に実った胸へ

 

「うんっ!」

 

 胸の先端を掌がかすった瞬間、自身の口から艶を秘めた声が漏れる。その声に驚いたのか左手で口元を押さえるとシステムメニューを立ち上げる。

 

 しかし何も起きなかった。

 

 操作はいつも通り、通常なら眼前にステータス、マップ、などの情報が表示されるのだが、今は何も起きなかった。時間の確認、とっさに思いついたのがそれだった。いつもの習慣でシステムメニュー上に時計を表示するのを怠っていた事を今さらながらに後悔した。

 

 アイテムボックス! とっさにビクトーリアはそう思う。その瞬間、目の前の空間が歪む、それはまるで水面に小石を投げた時の様だった。恐る恐るその中へ手を入れてみる。心の中で思う物は何の変哲も無いアイテム。アバターのアクセサリーにでもと買った懐中時計。

 

 波紋の中に突っ込んだ右手に僅かな感触が浮かんだ。ビクトーリアは慌ててそれを掴みながら手を引き抜く。その右手には鈍く銀色の輝きを放つ懐中時計が握られていた。

 

 慌てて焦りながら、何度もの失敗を繰り返しようやく蓋を開く。示されていた時間は……零時二分。

 

「どう……言う……事?」

 

 混乱の中、やっとの事でそれだけの言葉を吐き出した。

 

 それと時を同じくして、前方にある大扉の中から声が聞こえて来た。知っている声だった。何度も何度も聞いた声だった。

 

 ビクトーリアは縋る様に大扉へと近づいて行く。声はだんだんと大きくなり何を言っているのか聞き取れる様になって行った。

 

 ビクトーリアは扉に手を掛けようと右手を伸ばす。あと少しで手が届く。だがその指は直前で止まった。

 

「我が下僕達よ、しかと見よ! この方こそが我らが神! 全ての異形の母! そして………………全ての善なる者の敵! 煉獄の王 ビクトーリア・F・ホーエンハイム様である!」

 

 聞こえて来たのは友からの神様紹介の言葉だった。

 

 そして一瞬遅れて

 

「「ウォォォォォォォォォォォォォ」」

 

 大歓声が響き渡った。ビクトーリアの背がビクリと跳ねる。今、ビクトーリアの全身を支配している感情は恐怖だった。

 

 ナザリック大墳墓に大歓声を挙げられる人員など存在しない。ならばあの声は一体誰の声なのだろうか。逃げだしたい、しかし今自分が逃げ出したら扉の向こうに居るモモンガはどうなってしまうのだろうか?

 

 自分はモモンガを捨てて逃げ出して良いのだろうか?

 

 あの、寂しがり屋で意地っ張りな死の支配者を残して。

 

 ビクトーリアの頭に過去の光景が浮かんでは消える。

 

 その光景はアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーのアカウントが消えた事を知った時のモモンガの姿だった。笑いながら、自分にメッセージを飛ばして来た時の痛々しい声だった。そして、YGGDRASILを辞めていったアインズ・ウール・ゴウンのメンバー達がビクトーリアに残した最後の言葉

 

「モモンガさんをお願いします」

 

 ビクトーリアは立ち上がり、フラッグポールを握り直すと背筋を正し大扉を開けた。


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