OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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王の仕事

 城塞都市エ・ランテル。

 

 リ・エスティーゼ王国の領地であり、バハルス帝国とスレイン法国の国境に位置する都市である。その立地故の物なのか、この都市は三重の城壁で囲まれていた。

 

 外界と隔てる第一の壁。その内側は王国軍の駐屯地や資材倉庫が並び、第二の壁の内側には、市民の生活の場である街が広がる。そして、中央の壁の内側は、行政区などが収まっている。簡単にだがこれが、城塞都市エ・ランテルの全貌だ。

 

 その第二の壁の内側、昼時の喧騒が鳴り響くエ・ランテルの街を、二人の人物が人混みをすり抜けながら歩いていた。

 

 一人は女性。艶やかな黒髪をポニーテールに結い、涼しげな切れ長の瞳には、黒縁の眼鏡が良く似合っていた。もう一人は男性であろうか、疑問形なのは、この者の容姿からである。真黒な、まるで夜の闇を想像させるフルプレート(全身鎧)で性別の判断が難しい物になっていた。だが、およそ二メートルに届くであろうその長身と、大きな歩幅が、この人物が男性であると物語る。

 

 その正体は、モモンガことアインズ・ウール・ゴウンと、戦闘メイドプレアデスが一人、ナーベラル・ガンマ。

 

 賑わう街を嫌う様に、二人は裏道へと姿を消した。表通りから数メートル裏道に入った所で、鎧姿の男は口を開く。

 

「ナーベよ、その眼鏡はどうした?」

 

 この問いに、ナーベと呼ばれた女性は両手で頬を覆いながら

 

「似合いませんか? アインズ様」

 

「モモンだ! いや、似合ってはいるが、一体どうした?」

 

「はい。出発前にアルベド様から。そしてコレを」

 

 そう言ってナーベは、懐から小さな羊皮紙を差し出す。モモンはそれを受け取ると、静かに目を通して行った。そこにはこれからの行動指針が簡潔に記されている。まずは、物を買い取ってくれる店へと向かえとの事だった。

 

 モモンは、まるで子供のお使いだなと思いながらも、この指示に素直に従う事にする。

 

 大通りに戻り、軒先に店を出している商人達から情報を得、二人は何とか目当ての店を見つける事が出来た。店のドアの前に立つモモンであったが、ふとよぎった疑問を口にする。

 

「ナーベよ、お前は一体何を売るつもりなのだ?」

 

「はい、アイン――」

 

「モモンだ!」

 

「はい、モモン様……」

 

「モモンだ!」

 

「すいません、モモンさ――ん」

 

「モモンさーん、か。まあ良い。それでお前は一体何を売るつもりなのだ?」

 

 ここ何日かで、すでに定番になりつつある、名前の訂正と言う寸劇を終え、やっとの事で二回目の質問をモモンは口にする。

 

 問われたナーベは、懐から布で包まれた物を差し出した。モモンはそれを受け取ると、ゆっくりと布を開いて行く。姿を現したそれは、見覚えのある物だった。鈍く銀色に輝くそれは、あの日、この世界に転移した日に見た物だ。あの時ビクトーリアが差し出した懐中時計が、そこにあった。

 

 それを見た瞬間、モモンはこの一件の首謀者を理解した。

 

「ビッチさん」

 

 懐中時計を握りしめ、モモンは静かに呟くと、手にしたそれをナーベに返す。そして、手を振り早く行ってこいと指示を出す。ナーベは、モモンのこの行動に、怒られた時の様に僅かな緊張を醸し出すが、素直に従い先程の店へと消えて行く。

 

 モモンは、その姿が見えなくなると、ヘルムで覆われた頭部を、壁に叩きつけた。ガンッ! と言う音を立て、壁と頭部は相対する。かなりの衝撃があったと思われる音だった。

 

 だが、モモンの口から吐き出された言葉は、痛みを伴う言葉でも、憎しみを含む物でも無かった。

 

「ビッチさん。………………なんであなたは此処までしてくれるんだ」

 

 どこか悲しみと申し訳無さを感じさせる物だった。

 

 そうして、後悔の念に打ちひしがれているモモンの所に、ナーベが帰って来た。そして、手に持つ袋を誇らしげにモモンへと差し出す。袋はその大きさに似合わず、モモンの手にズッシリとした重さをもたらす。

 

「ナーベよ。いくらになった?」

 

「はい、モモンさん……金貨二十五枚、だそうです」

 

「金貨二十五枚、か」

 

 モモンの肯定とも否定とも取れる物言いに、ナーベの表情が一気に曇る。自分は何か重大な失態を犯したのではないかと言う、不安がナーベを襲う。だが、それは杞憂なのだ。モモン、いやアインズとしては、ビクトーリアが持たせてくれたあの懐中時計を最高の額で売却したかった。そして、その売却金額は金貨二十五枚。それがアインズには、高いか安いかの判断が付かなかった為の微妙な対応だった。

 

 ここで悩んでいても仕方が無いと、モモンはナーベを伴い冒険者組合へと歩を向ける。だが、頭の中は懐中時計の金額の事で一杯だった。僅かではあるが、これまでに蒐集した情報を思い返して見る。

 カルネ村の村長は何と言っていたか?

 

 ビクトーリアが、法国から得た情報はどうであったか?

 

 確か……三人家族が慎ましくだが、一年暮らせる額は……金貨十枚ほどだったはず。ならば、金貨二十五枚は悪くは無いのではないかとモモンは思い至る。もし、ぼったくられていたのなら、それが解った段階であの店の主人には報いを受けて貰えば良い。そんな黒い思いを頭の片隅に描きながら、考えを閉めるアインズだった。

 

 モモン達の当初の目的である、冒険者組合での登録は、つつが無く終り、次の目的場所である宿へと場面は移る。

 

 ウエスタンドアを左右に開き、立ち入ったそこは、お世辞にも上品とは言えない物だった。確かに、冒険者などと言う荒くれ者達がたむろする場所としてはそうなのかも知れないが、此処はあまりにも酷過ぎだ。体臭が匂って来そうな男達が、まだ日が高いと言うのに、ほぼ泥酔状態で突っ伏している光景。それが、何人も居る状態がこの空間には広がっていた。

 

 モモンは確信する。この場を早く離れなければ、間違いなく面倒に巻き込まれる、と。足早にチェックインカウンター、いわゆる店の親父に金を支払い二人部屋を取った。支払が金貨であった為、非常に迷惑がられたが、モモンは両替の手間が無くなったとほくそ笑むに留まる。

 

 そして、いざ部屋へと向かおうとした時、問題が発生した。先程の男達の中を通らねば、部屋へと続く階段には辿りつけないからだ。モモンは覚悟を決め、最初の一歩を踏み出す。しかし、その行動は三歩で妨げられる事になった。

 

 階段へ向け歩きだした時に、最初に目に入るテーブル。そこに座る男が、大きく足を出し、モモン達の進路を妨害したのだ。そればかりか、下卑た笑みを浮かべながら、ナーベをいやらしい目で見つめていた。

 

 モモンにとって、いや、アインズにとってナーベラル達NPCは、友人の子供の様な物だ、そんな存在を、そんな目で見ればどう言う気分になるか。その時、欝憤を募らせるモモンの脳裏に、出発前に言われたビクトーリアの言葉が蘇る。

 

 モモンガさん、行動はなるべく温厚に。でも……やる時は徹底的にですよ。怨む事もバカバカしくなるレベルで。

 

 成程、そうだった。目の前の者達が、自分に対してこう言う態度を取るのは、全て自分達を、ひいてはアインズ・ウール・ゴウンを舐めているからだ。成らば、思い知らせてやるまでだ。この名を世界に轟かせる第一歩として。

 

 モモンは身を屈めると、目の前にあった短い脚をむんずと掴み、店内に向け放り投げる。投げられた男は、まるで重さを感じず居並ぶテーブル達へと突撃して行った。

 

 モモンはナーベに視線を向けると、無言で待機を命じ、投げた男へと近づいて行った。

 

 そして、男の胸倉を掴むと、低く静かな声で語りかける。

 

「私達が何だと? 私の連れに何をしろと? 言う事だけは聞いてやる。さあ、話すがいい」

 

 だが、男は息が詰まり言葉が発する事が出来ない。それが解っていながらも、モモンの苛立ちは収まらなかった。暴れに暴れ、それは数分間続く。精神抑制も何度もかかったが、それ以上の感情が後から後から湧き続け、あまり意味を成してはいなかった。

 

 やっとの事で落ち着きを取り戻したモモンに、店の店主が近付く。

 

「御客さん、困るよ」

 

 そう言って店をぐるりと見渡す。そこは、もう店では無く廃墟と言った方が適切な様に破壊されていた。

 

「それで? 私にどうしろと言うのだ。まさか……修理費を払えなどとは言わんよな」

 

 ドスの利いた声だった。

 

 店主は何も言えず、ただ額から汗を流すだけだ。だが、モモンも鬼では無い、ここで妥協案を提示する。

 

「私としても、少々やり過ぎた、とは思っている。だから、これから私達の仕事の報酬の中から、一定の額を毎度そちらに渡そうではないか? どうだ」

 

 この提案と先ほどの実力を鑑み、店主は渋々了承する。

 

 やっとひと段落、そう思ったモモンだが事はまだ終わってはいなかった。


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