OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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王の決断

 アインズ達が出発して早二日、その間もビクトーリアはナザリック地下大墳墓、第六階層星青の館の書斎で書類を楽しく眺めていた。その傍らのソファーでは番外席次が美味しそうに果物を摘み、そしていつもの様に客が訪れる。

 

 艶やかな黒髪をなびかせて、腰から生える黒翼をはばたかせながら、毎日の日課としてアルベドはこの場所を訪問する。時には只の息抜きに、時にはビクトーリアの頼み事の処置に。己の欲望の……いや、愛ゆえに、彼女は甲斐がいしく通い妻を続けている。

 

 玄関ドアを開け室内へ入ると、アルベドはそこで立ち止まり、大きく息を吐く。気分を落ち着かせ、失礼にあたらない様にと深呼吸を繰り返す。その後、ゆっくりとした優雅な歩みで、書斎の扉に近づくと、きっちりとしたリズムでドアを叩く。コンコンと言うノックの音が響き暫しの静寂の後、入室許可の声が聞こえた。もう一度深呼吸をすると、アルベドは静かに書斎のドアを開ける。

 

 解放された室内からは、紙とインクの香りが混じった空気がアルベドを包みこむ。アルベドの視線は正面にいる人物に釘付けとなり、瞳はトロンと呆けた様に濡れ、頬は桜色に染まる。

 

「おはよう御座います、ビクトーリア様。アルベド、参りました」

 

 言って丁寧に腰を折る。

 

「おはよう、アルベド」

 

「おはよー」

 

 アルベドの挨拶に、部屋に居た二人からも挨拶が返される。一つは凛としながらも、優しげな声で。もう一つは、どこか呑気さがうかがえる声で。

 

 アルベドが姿勢を正した時、呑気な声の主に視線が止まる。

 

「あら。絶死絶命、あなたその衣装は?」

 

「これ? おおさまに貰った」

 

 そう言って番外席次は、自身の着ている物の襟を摘む。

 

 現在、彼女が身に付けている物は、以前の拘束服に似た物とは百八十度違う可愛らしい物だった。左胸にYと刺繍されたワッペンの付いた濃紺のブレザーに、白い開襟シャツを、青と赤の縞模様のネクタイで飾り、下半身は、農緑の地に淡い黄緑とそれを縁取る白のタータン・チェック柄のプリーツスカート。そして足元は、紺のソックスにローファーと言ういでたちだ。

 

 これは、番外席次の言葉通りビクトーリアが与えた物で、今までの拘束服風の物での日常生活では、あんまりだとの考えと、番外席次のあまりにもの常識外れの考えの矯正を加味しての物だった。

 

 中世風の異世界で、二十世紀後半から二十一世紀のJK風衣装はどうかとも言えるのだが、まずは可愛いとか、美味しいと言った一般的な感情からの矯正を第一にした処置だった。

 

 しかもこのJK風衣装、一件そうとは見えないのだが、伝説級(レジェンド)アイテムには若干落ちる程の防御力を持っている。もともとは、ビクトーリアの軽戦鎧として製作した物だったが、一度着用して見たところ、あまりにもなコレジャ無い感の為、長年封印して来た品物だ。

 

 そんな品物を、羨ましげに見つめていたアルベドだが、意識を切り替えてビクトーリアに視線を向ける。そして口を開こうとした瞬間、ビクトーリアの口が動いた。

 

 先手を取られた驚きか、アルベドの口から驚きの声が漏れそうになるが、これは何とか阻止する事に成功する。さすがは守護者統括、出来た女だった。

 

「ほら、そんな目をするではない。アルベドにも何か贈り物を見繕うておくからの。」

 

「ほ、ホントで御座いますか?」

 

「嘘は言わんよ。」

 

 そう言ってビクトーリアは書類へと視線を戻す。

 

 ほんの僅かな静寂の後、微かな笑い声が響いた。声の主はビクトーリアだ。

 

「ビッチ様、何か可笑しな事が?」

 

 そう言うアルベドの問いに、ビクトーリアは微笑みを浮かべたまま

 

「いや。そうじゃな、なかなか苦労をしておる様じゃと思うてな」

 

「苦労、で御座いますでしょうか? 一体誰が?」

 

「モモンガさんじゃよ。何でもナーベラルのコミュニケーション能力が、驚くほど低いらしい」

 

 そう言うビクトーリアの表情は、依然笑顔のままだが、アルベドの表情は厳しい物に変化する。

 

「では、急いで御供の変更を……」

 

「いや、このままで良いじゃろう」

 

「しかしビッチ様、このままではモモンガ様にご迷惑が」

 

 アルベドの発言に対して、ビクトーリアはカラカラと笑い声を上げる。

 

「それは過保護じゃな。この地で生きて行くのなら、人の中で学び修行すべきじゃろう」

 

 ビクトーリアの言葉に対して、アルベドの流麗な眉がピクンと跳ねる。それは、何か異論があると言う様に見てとれた。

 

「人の中で……。不敬とは思いますがビッチ様」

 

「何かな?」

 

「人などと言うゴミに、何か価値がある様には思えませんが? ましてや、そこから学ぶなど」

 

「そうかのう? 本当にそうかのう?」

 

 ビクトーリアは、含みのある笑みでアルベドを見つめる。

 

 そして、机の上に羊皮紙の束を置いた。

 

「妾は、今まさにそれを実践しておる最中なのじゃがな」

 

 そう指摘され、アルベドは今さらながらに気が付いたと思われ、小さな声を漏らし下唇を噛んだ。その仕草は、恥らう様でありながらも、自身の失態で尽くす者を失うかの恐怖も見てとれた。

 

 ビクトーリアは、アルベドの仕草を見ている内に、自然と笑みが漏れてくる。

 

「そんなにスネるでは無い。奇麗な顔が台無しじゃぞ」

 

「は、はい!」

 

 ビクトーリアのお世辞とも取れる言葉に、アルベドの表情は、これでもかと輝く。そんなアルベドとは対照的に、ビクトーリアの表情は硬く静かな物へと変貌していった。これから話す言葉を、一言一句記憶せよ、と言わんばかりに。

 

「アルベド、人を侮るな。決して」

 

「人を?」

 

 短く言い切られたビクトーリアの言葉。自分達、100Lv NPCにとっては、取るに足らないゴミの様な存在。それを、自分達より遙かに高みに居る存在が侮るなと警告する。

 

 アルベドの身体は小さく震え、背筋がヒヤリと冷えた。

 

「で、ではビッチ様は絶死絶命の様な存在が、多数存在すると?」

 

「小娘の様な存在か……。妾が知る限り、王国戦士長、法国漆黒聖典、そして小娘、ドラゴンロードと呼ばれる上位種、程度じゃな。探せばまだ居るじゃろうがそれほど数は居まい。それらの者など対応を講じれば脅威ではないわな」

 

「それではビッチ様の脅威とは? 王族や貴族などの権力を持つ者で?」

 

「違う。妾が恐れている者達は、うぬら力持つ者の目に留らぬ者達じゃ。」

 

「そ、それは……」

 

 意味深なビクトーリアの言葉に、アルベドの喉がゴクリと鳴る。横に目を向ければ、番外席次も同様の反応を見せていた。場に緊張と不安が充満する。一体、ビクトーリアは何を語るのか。誰を敵と定めるのか。

 

「妾が最も恐れ、危惧する存在は、名を知る事無く、振るう力は小さく、声なき者達じゃよ」

 

「そ、そんな存在が居るのでしょうか?」

 

「おるよ、見えているのに見えない者達。一度その力が集まれば、英雄とて、神とて殺せる者達は」

 

「そんな! それは一体?」

 

「民草、国民と呼ばれる人々の事じゃ」

 

「羽虫の様な存在である者達が……脅威に」

 

「そう、羽虫だと思っていた存在が、一瞬にして蜂に変わる。何万、何億の針が敵に向け小さな力を振るう。その力は多くを巻き込み、人種、種族を超え一つの力となり濁流の如く敵に襲いかかるじゃろう。アルベド、小娘、ウヌらは力ある者達じゃろう、じゃがな、例え一人で国を相手に出来る者でも、世界を相手には決して勝てぬと知れ」

 

 ビクトーリアの口から発せられる言葉は、重く、またアルベドや番外席次にとって驚くべき物だった。今までの価値観がひっくり返るほどの。だからこそ、二人はこの言葉を重く受け止める。

 

 そして、それが疑問を生む。

 

「おおさまは、どうしたいの?」

 

「どうしたい、とな?」

 

「そう。おおさまは世界とどう向き合うの? 滅ぼすの? 救うの?」

 

 番外席次の言葉に、ビクトーリアは一瞬言葉を失う。

 

 そして、ビクトーリアの視線は、目の前に立つ二人の女性に向けられる。その者達は微笑みを浮かべ、ビクトーリアの返答を待っていた。例えどんな答えでも肯定すると言う様に。

 

 ビクトーリアは、ゆっくりと一度まばたきをした後

 

「妾か。妾は、愛すべき友と、友らが残した愛しき子らと、妾が愛する者達と共に、おっかなびっくり黄昏を歩もう。世界に寄り添いながら、な」

 

 そう言うと、邪気のない笑みを浮かべたのだった。

 

 場が静寂に満ち、誰も言葉を発せようとはしなかった。その空気に、一番最初に耐えられなくなったのはビクトーリアだ。両の掌をパチンと合わせ、硬い話は此処までと合図を送る。

 

「さ、さて。今日はアルベドに折り入って頼みがあってのう」

 

「私に、頼みで御座いますか?」

 

 ビクトーリアは一度大きく頷くと、空中から小さな木箱を一つ取り出し机に置いた。それをアルベドに向け開いて見せる。木箱の中には、恐らくは水晶だろうか、一センチ程の球体が十個入っていた。

 

「これは、魔封じの水晶と同じ物なのじゃが、これにゲートの魔法を封じて貰いたいのじゃよ」

 

「はい。その程度の事ならば、後ほどシャルティア辺りにでも……ですがビッチ様、魔封じの水晶とおっしゃいましたが、随分と小さいのですね」

 

「そうじゃな。これは単体で使うのでは無く、これで起動させるのじゃよ」

 

 そう言って空中から、一つのアイテムを取り出す。それは、フリントロック式の短銃に酷似した物だった。シズが持つ、現代兵器に似た魔法の銃と比べると、古くさいデザインの。

 

「これはの、銃に見えるかも知れんが実際にはワンド(短杖)の類での、魔法を封じた水晶を、この中に入れ引き金を引けば魔法が発動すると言う寸法の物じゃな」

 

 低位階の魔法しか込められんが、とビクトーリアは補足説明を入れる。

 

 アルベドは、成程と相槌を打つが、番外席次に至っては余り解ってはいない様だった。

 

 その後は、雑談を交えた報告会が開かれ、ビクトーリアからはスレイン法国へ未知の敵との交戦を避ける様にと命を下した事が告げられる。

 

 アルベドからは、セバス、ソリュシャン、シャルティアが近くナザリックを離れる事が告げられた。

 

 アルベドの話をじっと聞いていたビクトーリアだったが、アルベドの話が終わった瞬間、何かを思いついた様に口を開く。

 

「そうじゃアルベド、セバスに言付を頼めるか?」

 

「はい。なんなりと」

 

「うむ。ではこう伝えてくれるか “己の善性に従って動け” とな」

 

「畏まりました」

 

 


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