OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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僕達の密談

「おばあちゃん! おばあちゃん!」

 

 声を荒げ、少年、ンフィーレア・バレアレは祖母であるリイジー・バレアレに声を掛ける。

 

「何だい、騒々しいね。調合中は声をかけるで無いと言ってあるだろうに」

 

 祖母であるリイジー・バレアレの言葉は、字面では厳しいが、その声色は孫へと向ける優しい響きが含まれる。

 

「ごめん、おばあちゃん。実はさっきのお客さんの事なんだけど……」

 

 そう前置きして、ンフィーレアはモモンとの一件を話し出した。

 

「それは本当かい?」

 

 リイジーの問いに、ンフィーレアはゆっくりと頷く。

 

「たぶん、間違い無いと思う。混ぜ物やワインでは、あの透明度は出無いから。それに、香も」

 

「草の匂いかい?」

 

「ううん。鉱物系だと思う。錬金術を用いて創る物に似ていたから」

 

 リイジーは、孫の言葉を反芻しながら、老眼鏡とおぼしき眼鏡を外し、目頭を右手でほぐしながら次の言葉を口にする。

 

「錬金術で製造したポーションと同系統の香りの赤い液体……。これはひょっとすると、かも知れないねぇ。ンフィーレアや、そのお客はどう言った者だったのかのう」

 

「冒険者……だね。カッパー(銅)の。でも……」

 

「でも?」

 

「う、うん。装備がすごく豪華だったから、どこか別の土地から来た人かも」

 

「帝国や法国では無くてかい」

 

「連れの女の人の髪色を見る限りはね」

 

 リイジーはそこで一旦言葉を切り、暫しの沈黙の後何かを閃いたのか再び口を開く。

 

「そう言えば、お前さん近々薬草を採りに行く予定だったね」

 

「う、うん。そうだけど」

 

「ならば話が早い。薬草採りの護衛、その者達に依頼してみてはどうかねぇ」

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

~ナザリック地下大墳墓 第十階層 玉座の間~

 

「それでデミウルゴス、私に皆を集めさせてどんな用かしら?」

 

 開口一番、不機嫌そうな空気を纏いながら、アルベドが発した言葉がこれだった。

 

 この場には、至高の四十一人に名と姿を賜った者達が、若干名を除き集結している。その中でのアルベドの発する雰囲気は、一種別の物を感じさせていた。そして、それが言葉として具現化している様に見える。

 

 その違和感は全ての者が感じており、また、その原因が場を冷やす材料となっていた。だがその中で、まるで冷え切った雰囲気を楽しむ様に口を開く者も居た。

 

「そうだねアルベド。実は皆にアインズ様の御言葉を伝えようと思ってね」

 

 デミウルゴスだ。

 

「そう。それでどんな御言葉かしら? 私は聞いてないわよ」

 

「ああ、そうだね。君はおろか全ての僕が聞いてはいない御言葉だよ。なぜなら私と二人っきりの時の御言葉だからね」

 

 そう言ってデミウルゴスは誇らしげに胸を張る。

 

 そこには、自分が守護者統括よりも信用されているのだと言う、自慢とも言える思いが込められている様に見えた。だが、その傲慢とも取れる行動も、彼の悪魔と言う種族から来る物かも知れない。

 

「ナカナカ話ガ始ラナイナ。デミウルゴス、アインズ様ハ何ト仰ッタノダ」

 

「ああ、すまないね友よ。前置きが長過ぎたようだ。アルベドもすまないね」

 

 アルベドとデミウルゴス、二人の衝突を感じ取ったコキュートスが先を促す。

 

「御言葉を賜ったのはあの晩だ。あの化け物が幽閉された夜だね。しかし、アインズ様は優しすぎる。あんな化け物など素早く消せばいいのだが……いやいや、アインズ様の事、何か使い潰す方法をお考えなのだろう。おっと、話がそれたね」

 

 デミウルゴスが此処まで言った瞬間、アルベドからドス黒い殺気が湧きあがる。いち早くそれを察知したセバスが、アルベドに近寄り囁く様な声で言葉をかけた。

 

「アルベド様、ビクトーリア様の優しさは、接する事でしか解りません。どうかこの場は怒りを鎮めますよう……」

 

「ええ……解ったわ」

 

 気付かれない様に深呼吸を二度ほど繰り返し、アルベドは落ち着きを取り戻して行った。

 

 セバス同様にアルベドの変化に気付いた者達――ユリとペストーニャ――は、ほっと胸を撫で下ろす。

 

「デミウルゴス、勿体付けるのもいいけれど、皆忙しいの、早く本題を話ては貰えないかしら」

 

 アルベドの言葉には、若干の毒が含まれる。

 

「そうだねアルベド。今は、あの化け物の話をしている場合では無かったね」

 

 そして、返すデミウルゴスの言葉も毒を含んだ物だった。

 

 そんな二人のやり取りを見守る他のNPC達の心情は如何なる物なのか。ウンザリする者、呆れ返る者、恐怖に震える者、その行動は各人のレベルによって様々な物だった。

 

「まったく、二人とも何を遊んでいんす。早く話を始めるでありんす!」

 

「ホントだよ、二人とも。シャルティアに言われる様じゃ……」

 

「なにおう! このチビ!」

 

「ホントの事じゃん!」

 

 御互いをけん制する様な、アルベドとデミウルゴスに感化されたのか、シャルティアとアウラまでもがじゃれ合いを開始する。

 

 デミウルゴスはこの光景を楽しむ様に、暫しの間眺めていたが、ようやくと言った感じで本題の話を再開した。

 

「あの夜、その偉大なるお姿を煌く星々に映しながらアインズ様は仰いました。世界征服なんて良いかもな、と」

 

 デミウルゴスのこの言葉に、場が一気にどよめき、世界征服と言う言葉を口にする。

 

 だが、全ての僕が同じ感情かと言うと、少々違いが生じている。ある者は歓喜の声で、ある者は戸惑いの声で、またある者は良く解らないと言う声で。しかし、どの感情も一つの答えへと集約されて行く。

 

 

 “それが主の望みとあらば”

 

 

 こうして、ナザリック地下大墳墓の異世界での第一目標は、この世界の征服となった。

 

 そして、この計画の前段階として、情報収集に出発するセバス達に幾つかの追加事項が言い渡される。

 

 デミウルゴスが嬉々として指示を出す中、近くで嘲笑とも取れる声が響く。その声の正体は……アルベドだ。

 

「ふふっ、知謀の将デミウルゴスともあろう者が今更ね」

 

「何が言いたいのです、アルベド」

 

「いえ、言いたい事は無いわ」

 

「そうは思えませんが?」

 

 再び二人の視線に火花が走る。

 

 一体何がここまでアルベドを刺激するのだろうか?ほとんどの僕達は気付けなかったが、セバス、ユリ、ペストーニャの三名にはありありと理解出来た。デミウルゴスの化け物呼びである。

 

「アルベド、腹を割って話そうじゃありませんか?」

 

「そう。では言わせてもらうわ。あなたが今、セバスに言った調査条項、ビクトーリア様はすでに行っているわよ」

 

「!」

 

 デミウルゴスは言葉が出なかった。

 

「それに、スレイン法国と言う蛮族の国を手中にして周辺国家の調査もしているわ。あー、そうそう、この世界でプレイヤーと呼ばれるアインズ様達と同種の存在の有無も探っていらしたわね」

 

 ほほほー、と嘘くさい笑い声をアルベドは上げる。が、一瞬の後表情を引き締め、守護者統括としての命をデミウルゴスに告げる。

 

「デミウルゴス、これは守護者統括としての命です。計画の開始に当たり、これより随時草案をビクトーリア様に開示なさい」

 

「な、なんですと! 我らがナザリック、そしてアインズ様の為の計画を、いちいちあの化け物に許可を取れと言うのですか!」

 

「ええ、そうよ」

 

「あなたは一体何を考えているのです」

 

「全てを考えての言葉よ」

 

「それで何故あの化け物が出て来るのです」

 

「それはすでにあなたが言っているわ」

 

 デミウルゴスは訳が解らなかった。アルベドがビクトーリアに心頭しているのは解る。だが、何故それが許可を取る事に繋がるのか。

 

 しかしアルベドは、デミウルゴスの混乱など知る物かと言葉を続ける。

 

「デミウルゴス。あなたの計画の万に一つの間違いがナザリックを滅ぼすと覚えなさい」

 

「私の間違いがナザリックを滅ぼすですと? 至高の御方々が作り上げられたこのナザリックを、一体誰が滅ぼせると言うのですかな、守護者統括殿」

 

 そう言って、あざけ笑う様な表情をデミウルゴスは浮かべる。

 

「そんな事も解らないのかしら? 知謀の将とは名前だけなのかしら?」

 

この挑発とも取れる言葉に、デミウルゴスの感情が爆発する。

 

「だから一体誰だと言うのです!」

 

「ビクトーリア様よ」

 

「なっ!」

 

「ビクトーリア様は、至高の御方々がその命を捧げ、アインズ様とこのナザリックを託した御方。そして、至高の御方々が神と崇めた御方よ。しかし、ビクトーリア様は至高の御方々とは別の存在。今、あの御方が私達を見守って下さっているのは、その慈悲の心からのみ。我らの行動の何らかが、ビクトーリア様の意にそぐわねば、あの御方は対立し、その力は私達、ひいてはアインズ様に向くわ。それでもあなたはビクトーリア様を無下にするのかしら? それとも、ビクトーリア様を止める力をあなたが持っているとでも?」

 

 デミウルゴスは言葉を失う。

 

 ビクトーリアを葬る事が出来る可能性のある者は、このナザリックには確かに存在する。だが、それはデミウルゴスの独断で使用出来る物では無い。仮に使用出来たとしても、アインズはそれをビクトーリアに向けるのを良しとするだろうか?

 

 そして、最も注意しなければならない事柄が、ビクトーリアのスペックである。一体、どれほどの強さなのだろうか?一体、どんな戦い方をするのだろうか?

 

 デミウルゴスにとって、ビクトーリアと言う存在は未知すぎた。

 

 だからこそ、最善の手を取る事は出来ない。

 

 残る道は一度折れ、アルベドの指示に従う事だった。

 

 




アルベドのセリフって、文字にすると非常に嘘臭いというか、演技臭がすごいですね。

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