OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

34 / 115
微エロあり


王の恐怖

 今日も今日とて、守護者統括アルベド、またの名を色欲の通い妻は星青の館を訪れる。

 

 その地位に見合った優雅な歩みで地面を踏みしめる様は、流石はナザリックNPCの頂点に立つ者と見て取れた。だが、視線を小さな所に向ければ、それが建て前だとたやすく見抜く事が出来る。黄金の瞳はトロリと濡れ、白磁の頬は薄っすらと桜色に染まる。そして、異形を形作る腰から生える漆黒の翼は、ピクピクと小刻みに揺れていた。

 

 つまりは、いつも通り発情中で、サキュバスとしての彼女にとっては平常運転中であり、結果ベストコンディションなのである。

 

 正面扉を躊躇無く開け、いつも通りに書斎へと足を向ける。扉の前に立ち、今日こそはと期待を胸にノックをしようと右手を上げた瞬間、室内からカラカラと言う笑い声が漏れだして来た。

 

 一体何が? そう思いながら、そっと音を立てない様にドアを開く。

 

 アルベドの瞳に映る物は、いつも通りに執務机で書類を整理するビクトーリアの姿。だが、唯一の違いは、いつもは真面目な表情のビクトーリアが、さも楽しそうに笑顔を浮かべている事だ。

 

 室内には、番外席次の姿は見えず、ビクトーリア唯一人。それでも彼女は愉快に笑っていた。

 

「あの、ビッチ様?」

 

 アルベドはおっかなびっくり声をかけてみる。

 

「ん? ああ、おはようアルベド」

 

 返って来たビクトーリアの返事は、普通の物だった。

 

「ビッチ様、今日は随分と御機嫌なのですね」

 

「そうかな? いや、面白い報告書が届いてね」

 

 そう言って一枚の羊皮紙をひらひらと振って見せる。

 

 その瞬間、アルベドの明晰な頭脳は正解を弾き出す。羊皮紙を見ると言う目的を出汁に、その妖艶な肢体をべったりと密着する様にビクトーリアへとしな垂れかける。

 

「アルベド、近くない?」

 

「そうで御座いましょうか?」

 

 そう言ってアルベドは、さらに体を密着させる。

 

 これは最早、擦りつけると言った方が正解だ。アルベドとビクトーリア、二人の豊かな、計四つの乳房がぐにぐにと形を変えて行く。

 

「ア、アルベド?」

 

「はぁい」

 

「何、やってるの?」

 

「愛の儀式で御座います」

 

「儀……式?」

 

「はぁい。新たな生命誕生のセレモニーですわ」

 

 そう言ってアルベドは、ビクトーリアの鎖骨辺りに舌を這わせる。

 

 ビクトーリアの身体を恐怖と寒気と快楽が襲う。

 

 最早、ビクトーリアは強者では無く、捕食者に狩られる草食動物たる存在となり下がっていた。

 

 アルベドはビクトーリアに顔を寄せると、囁く様に

 

「大丈夫で御座いますわ、ビクトーリア様。天井のシミを数えている間に終わりますわ」

 

 アルベドはそう言うが、どう考えてもそれでは終わらないと感じるビクトーリアだった。

 

 口から発せられるハァアハァアと言う桃色吐息は、徐々に荒くなり、ちろりちろりと鎖骨を這っていた唾液で艶やかに濡れた舌は、徐々に上へと這い上がって行く。首筋を通り、頬を舐め上げ、ビクトーリアの黄金の髪に隠された耳へと到着する。耳たぶを、内耳をぴちゃりぴちゃりと舐めすする。

 

 その音はビクトーリアを染め上げる様に響き、最早成すすべは無く快楽の淵へと引き込んで行く。

 

 そしてアルベドは、耳たぶを甘噛みしながら次の言葉をビクトーリアに囁く。

 

「ビッチ様、ビッチ様は先日私に贈り物を下さると仰いました」

 

「う、うん。そう……だね」

 

「では、本日頂きたいと思いますわ」

 

「へ? な、何を。まだ、何もよ、用意してない、けど」

 

 アルベドの呟きに、ビクトーリアは途切れ途切れに言葉を返す。が、アルベドはそうでは無いと言い切る様に次の言葉を口にする。

 

「いいえ、それはすでに有りますわ」

 

「な、なにかな?」

 

「ビッチ様の、いえ、ビクトーリア様の……子種をちょうだい致したいと」

 

「え?」

 

「子種、ですわ」

 

 子種、つまりアルベドは、これからアレをアレしてアレをする、と言う事だ。

 

 ビクトーリアにだって性欲、と言う物はある。そして、その相手がアルベドの様な絶世の美女ならば言う事は無い。

 

 だが、なぜ彼女は此処まで自分に愛を注いでくれるのだろうか?自分はギルド アインズ ウール ゴウンのメンバーでは無い、そして彼女の造物主でも無い。一体何が此処まで彼女を走らせるのだろうか。一度モモンガに確認を取る必要があるな、とビクトーリアは流され行く意識の中で思い至る。

 

 最早これまで。アルベドの細く、白い指がビクトーリアのドレスに掛かり、左手は裾を這い上がり、艶やかな太ももを撫でる。後少し、後少しで捕食者アルベドは獲物を獲る事が出来る。もう少しでアルベドの指が、ビクトーリアの敏感な部分に到着する。もうほんの僅か、その瞬間、救世主が現れた。

 

「何していんす」

 

 背後から聞こえた声に、アルベドはゆっくりとその方向へと首を向ける。

 

「あらシャルティア。何の用かしら?」

 

「何の用とは心外でありんすぇ。わらわは、守護者統括様から頼まれた物を持って来たでありんす。」

 

「そう。ご苦労様。早く置いて行きなさい。私達は忙しいのよ」

 

「はぁ? 何を言っていんす。種族だけでなく頭の中まで桃色満開になったでありんすか? お姉さまとどうなろうが知った事では無いでありんすが、今、ナザリックは火急の事態でありんす。そう言う事は後にしんないし」

 

「「!!」」

 

 シャルティアの言葉にアルベドは、いや、意識朦朧としていたビクトーリアですら驚愕で言葉を失う。

 

 そして、二人が、異口同音に口を開いた。

 

「「シャルティアが真面目な言葉を話してる!」」

 

「………………………………し、失礼でありんす! わたしだってマジメな事ぐらい言えるでありんす! あ・り・ん・す!」

 

「そ、そうね。ごめんなさい」

 

「そうじゃよなぁ。ああ見えてペロロンさん、根は真面目な人だし。今もエロゲやってんのかのう」

 

 アルベドは素直に謝罪の意を告げ、ビクトーリアは感慨深く呟いた。だが、そのビクトーリアの言葉にシャルティアが食いつく。

 

「待ちなんし! お姉さまは今、何と言ったでありんすか!」

 

「へ?」

 

 ビクトーリアは間抜けな声を挙げる。内心は舌打ちと共に、自身の失態を悔みながら。どう言い繕うか、ビクトーリアは必死で、そのとろけ切った頭を回転させる。

 

 だが、ビクトーリアが言葉を発する前に、アルベドの口が開く。

 

「そうよシャルティア。ペロロンチーノ様は生きていらっしゃるわ」

 

「は、ほんとなの……」

 

 郭言葉も忘れて、シャルティアは言葉を返す。

 

「ええ。そうですわね、ビクトーリア様?」

 

 ビクトーリアの立場を、少しでも良い物にする為に、アルベドは爆弾に火を付ける。

 

 だが、これはビクトーリアにとっては窮地以外の物では無かった。一体何と言って説明すれば良いのか。必死でアインズが語った新入社員面接の事柄を思い出す。

 

「ふう。そうじゃな、生きておるよ、ペロロンチーノは。他の者達も含めてな」

 

 やっと、と言う感じでビクトーリアは言葉を絞り出す。

 

「で、では何故ペロロンチーノ様はこの地にお戻りになりんせんのでありんすか!」

 

 シャルティアはビクトーリアへと言葉をぶつける。

 

 これは疑問では無く、慟哭だった。

 

 ビクトーリアはゆっくりと、静かに言葉を選ぶ。

 

「シャルティア・ブラッドフォールンよ。うぬはSHAINと言う言葉を聞いた事があるか?」

 

 この問いに、暫しの沈黙を挟みながら

 

「確か……ちびすけ、いえ、第六階層守護者アウラから聞いた事がありんす。何でもお姉さまが封じられていた結界、とか?」

 

「そうじゃ。じゃが、それは光の神の表側の目論見に過ぎん」

 

 ビクトーリアの口から出た言葉に、シャルティアの表情がひきつるのが見えた。

 

「光の神の裏、真の目的は……妾を復活させようと暗躍していた異形の者、つまりはギルド アインズ ウール ゴウンの者達の抹殺。その為の餌が封印結界SHAIN」

 

 ビクトーリアは此処まで語ると、一度口を閉ざす。

 

 

 

 

(しかしモモンガさん、幾らネーミングセンスが無いと言っても、SHAIN、社員は無いでしょうに)

 

 

 

 

「じゃが、知恵高き者達は、神の目論見を見破り、自らが結界の内側へと封印される事を選んだ」

 

「で、ですがお姉さま。封印されても身の危険は有るのではありんせんか?」

 

「いや、それは無い。封印先は別の世界。そこはそこを司る神の手の中、妾を封じた神には手を出せぬ場所じゃ」

 

 ビクトーリアの補足で、シャルティアはほっと息をついた。

 

「そして妾は蘇り、モモンガさん、今はアインズじゃったな、と共に光の神への対策を講じるはずじゃった」

 

「はず、でありんすか?」

 

「そう。じゃが、力が集まるのを恐れた光の神は、世界を破壊し妾達と他の者の分裂を図ったのじゃ」

 

 此処までの説明を聞き、シャルティアは表情を引き締め

 

「それならば、何故お姉さまは血肉を食らったなどと言いんしたぇ?」

 

「妾の為にその命を賭したのは事実じゃからな。それに、うぬらを神との戦に巻き込む訳にはいかんじゃろう。彼らが愛し、創造した愛しき子らを」

 

 この言葉がきっかけになったのか、シャルティアは崩れ落ち、涙を流す。

 

 アルベドはビクトーリアから離れると、シャルティアの背後に回り、その肩に手を置いた。そして、慰める様に言葉をかける。

 

「シャルティア、あなたの悲しみは良く解るわ。でも、真実を語られ無かったのは、ビクトーリア様の優しさゆえ。私達僕を悲しませたく無かったからよ。私達を絶望させるより、御自分が憎まれる事で真実を覆い隠されたの。これも単に、ビクトーリア様が私達を愛して下さっているから」

 

 そう言うアルベドの言葉に、シャルティアは何度も頷きで返す。

 その光景をつぶさに見つめるビクトーリアの瞳には、まるで悪徳企業のたちの悪い勧誘に見えて仕方がなかった。そして、真に恐ろしいのはアルベドだと確信するのだった。

 

 暫く泣き続けたシャルティアだったが、ようやく涙も止まり、アルベド共々何度も頭を下げ館から帰って行った。

 

 帰り際にアルベドが言った「続きはまた次回に」と言うセリフが気になったが、深く考えると迷宮に入り込みそうだった為、ビクトーリアは考えを放棄する。迷宮はナザリック地下大墳墓だけでお腹一杯だと。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 星青の館からの帰り道、アルベドは気になっていた事柄をシャルティアに尋ねる。

 

「ねえ、シャルティア」

 

「何でありんすか、アルベド」

 

「あなた、何でビクトーリア様の事、お姉さまって言うの?」

 

 この問いかけに、シャルティアは一瞬キョトンとすると

 

「さあ、何ででありんしょうか。知りんせん。ひょっとすると、ペロロンチーノ様が、そう御造りになったのかも知りんせんぇ」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。