「おおさま、おっはよー!」
朝早くから、星青の館に響く声。
その正体は、元気を持て余した少女、番外席次 絶死絶命。ビクトーリアの寝室のドアを勢い良く開け放ち、声を轟かせる。
「何じゃ小娘。朝早ようから騒がしい」
方やビクトーリアは、文句を言いながらベッドから身体を起こす。
ゆったりとしたTシャツの様なパジャマは、肩部がずり落ち、その豊かな双丸の大部分が外気にさらされていた。そして、寝癖の付いたぼさぼさの髪を右手で掻きながら
「……小娘、服を脱ごうとするでない。子作りならば五十年は我慢せえ」
「ひっどーい! ぶーー」
番外席次はそう言って頬を膨らませると、子供の様にブーイングを飛ばす。
「まったく、子供かや。それで小娘、朝ごはんは?」
「アルベド様が用意してる。………………決戦装備とかで」
「アルベド? ユリじゃなくて?」
「そう」
ここ星青の館の家事は、基本ユリかメイド長のペストーニャが行っている。理由は、彼女達二人がナザリックに置いて数少ない家事スキル持ちのNPCだからである。だが、あまり知られてはいないが、アルベドもその類のスキル持ちなのであった。
まだ眠気の残る頭を抱えながら、ビクトーリアはもそもそと起き上がり、着替えもせずに食堂へと足を向ける。
ぽりぽりとだらしなく尻を掻きながら。
ふらふらとした足取りで、食堂にたどり着いたビクトーリアの眼に映った物は、決戦装備を身に付けたアルベドだ。いや、こう言い変えた方がいいだろう。決戦装備のみを身に付けたアルベド、と。
「ビッチ様、おはようございます」
「うん、おはよう。そんでね………………その恰好は、なに?」
「………………裸エプロンでございますが?」
「うん、そうだね。とっても魅力的だけど、取り合えず服、着ようね」
「いやですわ」
溜息を一つ吐くと、最早ツッコム気力も出ないと言う感じで、ビクトーリアは自分の席へと着席する。
すると、すかさずアルベドが朝食をビクトーリアの前へと差し出す。
メニューは卵二つの目玉焼きに、ソーセージが二本。たっぷりな新鮮サラダと、バスケットに入ったバケットがテーブル中央に鎮座する。そして、飲み物はオレンジジュース。
ビクトーリアが着席した後すぐに番外席次も到着し、JK風少女、だらしのない金髪女性、裸エプロンの妖艶な女性と言う訳のわからないメンツ三人でのささやかな朝食会が始まった。
カチャカチャとナイフとフォークが奏でる小さな音の中で、ビクトーリアが不意に話し始める。
「アルベドよ、ちいと頼みがあるのじゃが」
「はい。何で御座いましょうか?」
「うむ。妾は本日此処を留守にするゆえ。偽装工作を頼みたいのじゃが」
「留守、で御座いますか? 一体どこへ向かわれるのでしょうか?」
「あそこじゃよ。先日妾とモモンガさんが向かった村。カルネ村、じゃったかのう」
そう言ってビクトーリアは椅子に深く腰掛け、足を組むと、手に持ったフォークを遊ばせる。
ビクトーリアの気楽な態度とは裏腹に、アルベドはその表情を曇らせ
「ビッチ様………………帰っていらっしゃいますわよね」
そう呟く。
そこには、悲しみ、怖れ、様々な感情が混じっていた。
だが、当のビクトーリアはお気楽な物で
「当たり前であろう。言っては何じゃが妾は一文なしじゃぞ。小娘と二人で、どう生きて行けと言うのじゃ」
そう言ってカラカラと笑う。
だが、アルベドにはこれが嘘だと言いきれる。なぜなら、あのスレイン法国と言う場所に転がりこむと言う選択肢もビクトーリアにはあるからだった。先程の言葉は、自分を悲しませない為に発せられた言葉なのだとアルベドは確信していた。
「では、ビッチ様。何を為さりにあの村へ?」
「まあ、小娘に外を見せてやる、と言うのも目的の一つなのじゃが……」
「じゃが? で御座いますか?」
「妾個人としては、村を作ってみようかな、と思うてな」
「「村を作る?」」
アルベドと絶死絶命は同時に驚きの声を挙げる。
この人は一体何を考えているのだろうと。
あまりにもな二人の驚きと声の大きさにたじろいだビクトーリアは、両掌を振りながら慌てて説明を開始する。
「いや、あのね、作ると言ってもそんな大げさな物ではないぞ! 治水管理とか、農地の改良とか、道の整備とか、産業の構築とか、その程度じゃぞ! あ、後はそうじゃな、村の防衛プラン、とか?」
ビクトーリアの言葉に、アルベドも絶死絶命も言葉が出なかった。
自分達の考えが間違っている事に気付かされた為である。ビクトーリアは、何を考えているのか解らない人物では無かった。どこまで考えているか解らない人物なのだ。
アルベドは、暫しの間考えを巡らせるが、村の発展が今後のナザリック支配のテストケースの可能性を加味して了解の意を告げる。ただし、護衛を一人付ける事を条件に。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夜の帳の中、パチパチと細かな火の粉が上がる。
大地を包む暗闇の中、焚火の灯りだけが生を感じさせていた。
その灯火を中心に、六人の男性と、紅一点、一人の女性が輪になって座りながら一日を振り返っていた。
「すごかったですねモモンさん。あの
尊敬と敬意を持って話すのは、ペテル・モーク。
短く刈り込んだ短髪と、人が良さそうな風貌をし、
「うむ。それも一刀両断とは、怖れいるのである」
次に言葉を発したのは、恰幅の良い男で名はダイン・ウッドワンダー。クラスは
「いやいや、それよりもナーベちゃんの魔法も凄かった」
そう言うのは、
髪を肩辺りまで伸ばし、一見すると非常に軽薄にも見える。技能は優秀ではあるのだが、女癖が悪いのが短所、そんな人物だ。
「いえ。どちらも凄いですよ。モモンさんの力もナーベさんの魔法も。あれは常人では届かないレベルです」
最大の賛辞を贈るのは、ニニャ。二つ名は
短髪の髪形でなければ、少女と見紛う幼い顔立ちの人物で、今いる人物の中では最年少と思われる。
余談だが、本当に最年少なのは、恐らくはナーベであろうが、外見的、見た目的には彼が最年少だろう。
以上の四名が、チーム漆黒の剣、冒険者チームのメンバーである。
そのチーム漆黒の剣に加え、薬師のンフィーレア・バレアレと、戦士モモン、魔法詠唱者のナーベが今、息吹を感じさせる者、全員である。
まずは、何故彼らが此処に、この平原に居るのかを語らねばならないだろう。
時は一日程遡る。
モモンとナーベは冒険の第一歩を踏み出す為、冒険者組合を訪れる。様々な依頼書が張り付けられた壁面のボードを眺めるが、モモン、いや、アインズが期待する様な依頼は皆無であった。貴族連中の護衛、近場に出没するモンスターの討伐など、実に夢が無くアインズにとっては退屈な仕事しかなかった。
YGGDRASIL時代の様な冒険を期待していたアインズにとって、まさにはずれを引いた、と言う気分で一杯になる。その虚しさからアインズはビクトーリアに向けメッセージを送った。ただ、普通のメッセージの魔法、お互いがリアルタイムで話すタイプでは無く、
タイプ・メッセージと言う魔法、と言うよりはYGGDRASILに置ける機能、と言った方が適切な物である。メッセージがリアルタイムで話す電話や無線に例えるなら、タイプ・メッセージはFAXに例えられる物だ。
ゲーム内で岩や棺などに刻まれた古代文字や謎掛け文、それをスクリーンショットの様に記録する為の魔法である。では、何故スクリーンショットでは行けないのか。それは容量の問題である。
タイプ・メッセージのデータ量は文字のみの為、スクリーンショットの百分の一以下の容量で保存出来る。ビクトーリアの様な、探究、情報などを多く扱っていたプレイヤーが好んで使っていた物だ。
話がそれたが、夢破れぼーぜんと立ち尽くすしていたアインズに声をかけたのが、チーム漆黒の剣。
アインズは細かな説明を聞いた後、彼らの仕事に付き合う事に合意する。そして、出発しようとした時、まさにその時にアインズ、いや、モモンへ指名の依頼が来ていると冒険者組合の受付嬢から告げられる。
その依頼人がンフィーレア・バレアレであった。
依頼内容は薬草採取の護衛と言う事だったが、先日の赤いポーションの件があるため、モモンは漆黒の剣のメンバーを巻き込む事にした。
街を出て、しばらくしてオーガなどのモンスターを撃退し、一日の終りとしての夕食とキャンプ、それが現在の彼らである。
「そう言えば、皆さんは何故漆黒の剣と言うチーム名を?」
皆が思い思いに話す中、じっと黙ってばかりでは浮いてしまうと考え、モモンは当たり障りの無い質問を振って見る。その問いに、漆黒の剣の面々は懐から黒い短剣を取り出す。
「俺達はさ、昔、遙か昔に存在したと言う黒騎士が持っていた伝説の剣を探しているんですよ」
「ほう。」
メンバーを代表してリーダーであるペテルがそう答えた。
伝説の剣、と聞いてアイテムコレクターであるモモンは興味を引かれた。
「それがどこにあるかも解らない。でも、それを探す事が俺達の目標。だから、チームの名前も最終目標の漆黒の剣、にした訳。まあ、見つかるまでは、これが俺達にとっての漆黒の剣なんだよね」
そう言ってペテルは手に持つ短剣を見つめる。視野を広げてみると、他のメンバーも同様の表情を浮かべていた。
そんなしっとりとした雰囲気の中でもルクルットは、ニニャにちょっかいを掛けるなど場の空気を暖めていた。ルクルットは、このメンバー内でのムードメーカーなのであろうとモモンは感じ取る。
「仲がよろしいのですね。冒険者とはそう言う物なのでしょうか?」
かつてのギルドメンバーを、彼らに投影しながらモモンは問いかける。
だが、返事は曖昧なものだった。そう言うチームもいれば、ビジネスライクなチームもいると。
だが、一つだけ気になったのはルクルットが言った言葉。
「男ばっかりだからな、女がいたらこうは行かない」
この言葉を聞いた時のニニャの表情だ。モモン、いや、アインズにはその表情に覚えがあった。嘘を吐いている者の表情だ。そして、それを申し訳無く思っている者の。
モモンは、ニニャと言う少年に少し興味を覚える。
そんな中、自分の表情を和らげ様とニニャが口を開く。
「モモンさんは……えっと、ナーベさん以外とチームを組む気はないんですか?」
単純な質問だった。
悪気の無い問いかけだった。
だが、アインズにはこう聞こえてしまった。
【モモンガさんは、以前の仲間を忘れて新しい仲間を作らないのですか?】
「組みませんよ!」
大きな声だった。
怒りを含んだ声だ。
「す、すみません」
ニニャはすぐに謝って来た。だが、アインズは理解していた。今のは、八つ当りだと。
「いえ、私の方こそ」
アインズもすぐに謝罪の言葉を口にする。
そして、その罪悪感からか、ぽつりぽつりと心情を語る。
「仲間は、私の仲間達との距離は、今はとても遠き物です。私の仲間は彼らであって、彼らだけなのですよ」
この独白とも言える言葉に、全員が沈黙で答える。
誰も茶化す事など出来ない程の重みが、その言葉にはあった。
「ですが、そんな私の為に友がそばに居てくれました。私の弱さも、私の醜さも、全てを受け入れ笑い飛ばしてくれる友が」
「モモンさん。その方は仲間、なのでは?」
根源の疑問をンフィーレアが口にする。
「そうですね。一緒に冒険をして、長い時間を二人で過ごしましたが、仲間、と言う感じでは無かったですね。彼女を例えるならば、やはり友、ですね。………………彼女が居なかったら………………私は、世界の敵になったかもしれません」