OVERLORD~王の帰還~   作:海野入鹿

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王と戦士

 エンリ・エモットの朝は早い。

 

 早朝から井戸での水汲み、妹の世話、朝食作り、洗濯、そして畑仕事。

 

 村での生活と言うのは、そう言う物なのだが、彼女の場合は少し違う。それは、両親の不在だ。先日起こったとある事件によって、彼女の両親は死亡している。

 

 つまり、エモット家の全ては、まだ年若い彼女の肩にかかっていると言う事だ。

 

 もちろん、他の村人達は色々と助けては貰っている。事件以降、妹は良い子になった。だが、それがエンリに事件を思い起こさせる。

 

 あの夜の出来事を。

 

 エンリは、家の前にある、椅子変わりの切り株に腰掛け深い溜息を吐いた。何故、こうなったのだろうと。必死で自分の中からわき出る、黒い何かと戦いながら。

 

「若い娘が朝っぱらからため息とは。幸せが逃げていくぞ」

 

 突然声が聞こえた。

 

 それに驚きエンリはとっさに目を開ける。

 

「きゃああああああ!」

 

 絶叫が響く。一体エンリは何を見たのか?エンリの眼前には……生首が浮いていた。そして、悲鳴に呼応するように

 

「朝から乙女のスクリーム?」

 

 生首がもう一つ増える。

 

「うにゃああああああ!」

 

 二度目の絶叫に、生首の一つがため息を吐きながら、呆れた様に口を開く。

 

「これエンリよ、何を驚いておるのじゃ。妾じゃ。わ・ら・わ」

 

「はい?」

 

 虚を突かれた様に返事を返すエンリだが、よくよく見れば生首の一つは見知った顔だった。

 

「ビクトーリア様?」

 

 この言葉に、首だけビクトーリアはうんうんと頷き、漆黒の闇からゆっくりと姿を現す。続いてもう一人、見た事も無い衣装の少女も出てきたが、エンリは知らない人物だった。

 

 エンリの前に立つビクトーリアは、何かを思い出した様に、まだ残る漆黒に顔を入れると

 

「手間をかけたのうオーレオールよ。礼をいうぞ」

 

 と、闇の向うの誰かに言葉をかける。

 

 その後、それを受ける様に

 

「いいえ、御気になさらずにビクトーリア様。再びお会い出来てしあわせです」

 

 鈴の音の様な声が答えた。

 

 そして、闇は消滅する。

 

「ひさかたぶりじゃのうエンリ・エモット。息災であったかや?」

 

「は、はい! 元気でやっています」

 

 エンリは健気にもそう伝える。

 

 だが、ビクトーリアは再度ため息を吐き、エンリの頭に手を置くと

 

「嘘を吐くではないわ。身体は元気でもここは辛かろう」

 

 そう言って、空いた右手でエンリの慎ましい左胸をつつく。図星であったのだろう、エンリは顔を伏せると黙り込んだ。重い空気が場を支配する。図星を付いたビクトーリアもどうした物かと判断に困る。ハッキリ言って、ビクトーリアは年頃の少女を慰めた経験など一切無かったからだ。

 

 どうしよう、ビクトーリアの身体を嫌な汗が流れる。泣くかな?泣いた少女にはどう対応すればいいのか。隣にいる番外席次は、絶対に当てには出来ないと解っている。

 

 ビクトーリアは神に祈った。誰でもいいから助けて、と。その時、背後から足音が聞こえた。タン、タン、と足早に。その音は、歩幅が狭く、体重の軽い者の足音だ。そして、その足音の者の声が響く。

 

「あー、ビッチのお姉ちゃんだ!」

 

 この言葉で、エンリがぷっ! と噴き出す様に笑う。それと同時に、重い空気は消えていた。

 

 声の主はネム・エモット。エンリの妹だ。

 

 ビクトーリアは、走り寄って来たネムを思いっきり抱きしめる。あの夜の様に。今のビクトーリアにとって、ネムは天使であり、救いの神なのだった。

 

「あ、あの、ビクトーリア様。今日は一体何用で?」

 

 エンリが遠慮がちに問いかける。それもそうだと、ビクトーリアが来訪の理由を語ろうとした時、近くに暗闇が広がった。

 

 そこから現れたのは、すらりとした長身に、優雅にたなびくメイド服のスカート、そして、きっちりと結い上げられた夜会巻き風の髪形に細い眼鏡を掛けた美人女性。絵にかいた様な出来る女を体現する者。

 

 プレアデス長姉にして副リーダー、ユリ・アルファ。

 

 ユリはビクトーリアに向け一礼すると

 

「ビクトーリア様、何故御一人でお出かけになられたのですか?」

 

 底冷えする様な声だった。

 

「え? 小娘もおるのじゃが……」

 

「関係ありません! アルベド様と、必ず護衛をつけると言う約束をなされたのでは?」

 

 そう言って、右手で眼鏡を直す仕草をする。

 

 ビクトーリアの眼に映る者は、最早ユリでは無かった。此の気迫は、此のごり押し具合は、ギルド アインズ ウール ゴウンの脳筋教師、やまいこの姿だった。こうなってしまったら、取れる手段は数少ない。謝罪の言葉を口にするか、丁寧に腰を折り素直に謝るか、土下座をして許しを乞う事である。

 

「ごめんね。テヘッ」

 

 茶目っけたっぷりに謝ってみる。

 

 その瞬間、ユリの背後からドス黒い何かが吹き出した様に見えた。すかさずビクトーリアは腰を折り

 

「ごめんなさい! もうしません! 反省しています!」

 

 正しく謝罪を口にする。

 

 その時、下を向いたビクトーリアの視線に、黒い影が映る。誰かが自分の前に立った様だ。

 

「ビッチのお姉ちゃんをいじめちゃダメ!」

 

 どうやらネムの様だ。

 

「あら」

 

 この行動に、ユリも驚きの声を上げた。

 

 そして、ビクトーリアも、姉であるエンリも驚きを顕にする。

 この小さな少女は、ビクトーリアを守るために一歩を踏み出したのだ。

 

 あの夜、姉に抱かれて震えている事しか出来なかった幼子が、今は誰かを守ろうと立ち上がっている。強くなろうと必死に頑張っている。

 

 それが強く解り、ビクトーリアは再度ネムを抱きしめる。だが、その表情は誇らしげな物では無かった。唇を強く噛み締め、必死に何かの感情を抑えていた。その感情は、悲しみだ。

 

 この小さな勇者は強くなろうとしている。だが、本来ならばそんな必要は無かったのだ。父と母に守られ、優しい姉と共に過ごしていたはずの幼子だ。そんな思いと共に、ビクトーリアは確かに気付く、守る物が増えたのだと。

 

 ネムの決意を目の当たりにしたユリは、厳しい表情を緩め

 

「大丈夫よ。ビクトーリア様はお謝まりになられました。ですからもう怒ってはいませんよ。ね、ビクトーリア様」

 

 そう、語りかける。

 

「そうじゃ。悪き事をすれば、必ず報いがある。じゃから妾は叱られた。礼を言うぞネム。そなたは強き子じゃ」

 

 ビクトーリアがそう言うと、ネムは恥ずかしそうに笑うのだった。

 

 ユリのお叱りも一段落し、ビクトーリアは本題へと話を進める。

 

「エンリよ、妾はこの村の防衛プランを立ててみたのじゃが、乗る気は有るかや?」

 

「防衛プラン、ですか?」

 

「そうじゃ」

 

 ビクトーリアの言葉を聞いて、エンリだけで無く、ユリや番外席次も不思議そうな表情を浮かべる。

 

 そしてエンリは、あの夜の様な悲しみを二度と起こさない為に、首を縦に振る。それはまるで、悪魔との契約の様だった。

 

 ビクトーリアは虚空からアイテムを取り出し、エンリへと手渡す。それは古びた小さな角笛、ゴブリン将軍の角笛と呼ばれるマジックアイテムだ。

 

 頤をクイッと煽り、エンリに吹く様に促す。恐る恐る口元に近づけ、笛に息を吹き込む。ボー、と言う不細工な音が奏でられる。そして、それと呼応するように、森からガサガサと言う音が聞こえた。

 

 その後、森からそれは姿を現す。合計一九体のゴブリン。内訳は、兵士十二体、メイジ一体、クレリック一体、アーチャー二体、ライダー二体、そして部隊を統治するリーダーが一体。

 

 その者らはゆっくりとした足取りでこちらとの距離を詰めてくる。

 そして、エンリの前まで来ると、片膝を付き

 

「ゴブリン軍団総勢十九、主の召喚に答え此処に参上致しやした」

 

 最後の訛りが少々残念だが、しっかりとした意志でエンリへの忠誠を誓う。

 

 ビクトーリアは、無事召喚が成功した事に満足し、隣に目を向ける。そこには、羨ましそうな瞳で姉を見るネムが居た。

 

「なんじゃ、ネムも部下が欲しいのかや?」

 

 そう聞かれ、ネムは恥ずかしそうに小さく頷く。

 

 一度空を見上げ、何やら考え込んだ後、ビクトーリアは虚空から一枚のスクロールを取り出しネムへと渡す。「これは?」と言うネムに、「投げてみよ」と言うビクトーリア。ネムは言われた通りにスクロールを正面に投げ捨てる。放物線を描くスクロールが地面と接触した瞬間、青味がかかった魔方陣が出現し、そこから何かが浮き上がる様に出現する。

 

「ぷひ」

 

 空気の抜ける様な鳴き声と共に姿を現した物、それは見事な鬣を持った子ブタだった。

 

 登場した奇妙な生物は、場の全員の目を釘付けにする。

 

 愛らしいと言えば愛らしいのだが、見た目的にはやはり、ふさふさの鬣を持ったうり坊なのだ。

 

「ねえ、ビッチのお姉ちゃん。この子、なに?」

 

「うん、これかや? これはのう、ぬえじゃ」

 

「「ぬえ?」」

 

 全員の声が重なった。

 

「うむ。カテゴリー的にはペットモンスターじゃな」

 

 

 

〜ペットモンスター〜

 

 YGGDRASIL内で、モンスターを使役、もしくはペット感覚で所持をしようと思えば、ビーストテイマーと言うクラスを取るしか方法は無い。ナザリックでは第六階層守護者のアウラがこれにあたる。

 

 だが、すでに100Lvに達した、またはテイマーを取りたくないと言うプレイヤーから、モンスターを所持したいと言う意見が運営に挙げられた。これを考慮し精査した運営は、一つの方向性を見つける。

 

 この意見を挙げていたプレイヤーのほとんどが、戦闘目的では無く愛玩目的でのモンスターの所持を望んでいたのだ。

 

 そして、アップデート時に追加されたのがペットモンスター。

 

 獣、鳥、魚、などを基本とするモンスターのみで構築されたこれは、通常YGGDRASIL内に居るモンスターと同じ名を持つが、上限Lvは元になったモンスターの三分の一までしか上がらず、名前もひらがな表記であり、姿も可愛らしい物へと変わっている。

 

 此の仕様は癒しの効果が高く、ペットモンスター愛好家のみで構成されたギルドまであったほど。

 

 育て方で模様が変わるなどの楽しみもあり、後期YGGDRASILでは爆発的に人気のあったアイテムである。

 

 

 

「今からネムがそ奴の親じゃ。可愛がってやってくれ」

 

 ビクトーリアがそう言うと、ネムは満面の笑顔で頷きぬえを抱きしめる。抱かれたぬえも「プヒプヒ」と鳴き声を上げ喜んでいる様に見える。

 

「ネムよ、ぬえとの散歩ついでに、この娘に村を案内してやってはくれぬか?」

 

 そう言うとビクトーリアは、番外席次の背中を押す。この頼みをネムは二つ返事で引き受け、あっという間に番外席次の腕を掴むと何所かへ消えて行った。

 

 その様子を優しく見つめていたビクトーリアだが、その表情を収め口を開く。

 

「ユリ、うぬは何故来たのじゃ。うぬは妾が憎くは無いのか?」

 

 急にそう問いかけられ、ユリは少し戸惑うが

 

「さあ、どうでしょうか。僕はあなたを信用してはいませんから」

 

「そうじゃろうな」

 

「ええ。あなたは嘘を吐いていると思っていますから」

 

 ユリの発した言葉にビクトーリアは驚きを隠せなかった。

 

 ユリはこう言っているのだ。

 

 ビクトーリアは、至高の四十一人に対して何もしていないと。「そうか」と短く呟き、ビクトーリアはこの話に決着をつける。

 

 その時、村の男衆の一人が冒険者の帰還を告げる。

 

 ビクトーリアとユリには意味が解らなかったが、すぐさまエンリが説明してくれた。自分の友達が、エ・ランテルの冒険者達と薬草採取に来ていると。

 

 村の入口まで迎えに行くと言うエンリに、興味を引かれたビクトーリア達は付き合う事にする。

 

 村から見たその者達は、思ったよりも人数が多かった。そして、その中には見知った顔もあった。

 

 冒険者達が近付いて来る中、その姿が大きく確認出来る程の距離まで来た時に異変は起こった。ビクトーリアが冒険者達に背を向け、柵に寄りかかりながら震えだしたのだ。ユリもエンリも心配し声をかけるが、ビクトーリアは大丈夫と手を振るのみだった。

 

 村へ到着する冒険者達。

 

 そのメンバーは、出て行った時とは少し違っていた。人数が増えていたのだ。正確に言えば、増えたのは人では無い。白銀色をした体毛を持つ、人の身の丈を遙かに超えるモンスターが加わっていた。それは、カルネ村近くに広がるトブの大森林に生息する、森の賢王と呼ばれる存在だった。

 

 冒険者達は、蹲り震えるビクトーリアを可愛そうな眼で見つめていた。森の賢王が、魔獣が恐ろしくて震えているのだろうと。

 

 その中で一人、その魔獣にまたがっていた漆黒の鎧を着た者が、地に降りビクトーリアの背後に近づく。

 

 冒険者達もエンリもこう思った。女性を気遣えるなんて、彼は何て優しいのだろう、と。だが、男が発した言葉は真逆の物だった。

 

「笑えよ。笑いたいんだろ」

 

 冷たい言葉だった。怒りさえ含んだ言葉だった。普通の者なら耐えられない程の重みのある言葉だった。

 

 だが、言われた張本人は、鎧の男の姿を視界に納めると

 

「ぷっ。は、はは、あー、はっ、はっ、はっ! く、くるしい、いたい、お、おなか、おなか、いたい。ふっきんが、ふっきんが、きれる、きれる! ふる、ふるぷれーとのよろいをきた、か、かっこつけた、おっさんが、は、ハムスターにまたがってる! い、いたい。おなか、いたい」

 

 そう言ってお腹を抱えながら、大笑いしながら地面を転げ回る。

 

 ビクトーリアのこの行動に、場の空気が凍りつく。

 

 冒険者達は思う。圧倒的な強さを持つ、戦士モモンに対してあの様な無礼な態度は死を意味しないかと。

 

 エンリは思う。たった一人で、スレイン法国の者達を撃退した煉獄の王に手を出して、あの戦士は無事でいられるだろうかと。

 

 戦士モモンは、ビクトーリアのドレスを掴み、立ちあがらせると

 

「可笑しいか? 可笑しいよな!」

 

 先程よりも、さらに激しい言葉でビクトーリアに詰め寄る。

 

 だがビクトーリアは、なおも笑いながら

 

「おかしい、だって、は、ハムスターじゃぞ。ハムスターに、だ、大の男がまたがって、それ見て、笑うなって、言う方が、まち、まちがって、ぷっ」

 

「そうだよな! 可笑しいよな! だけどみんな、カッコいいって言うんだよ! ナーベですら!」

 

「あ、あいんず、おまえが正しい。やっぱり笑える、から」

 

「そうだよな! そうですよね! ビッチさん! 俺が正しいですよね!」

 

 周りの心配を余所に、二人は意気投合した会話を繰り返す。

 

 場の空気は、満場一致でほっとした物だ。

 

 ただ一人、ビクトーリアが発したアインズと言う名前に気が付いたエンリ以外は。


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